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14歳の助走。
小人の都に到着。
運河の水面がきらりと裏返り、停泊所の杭にロープがかかった。アールが先触れの口上を述べると、詰所の小人兵が胸を張って敬礼し、僕らの船に向けて小さな旗を振った。控えの兵も慌てて並び、にこにこと笑う顔が並ぶ。歓迎の気持ちはひしひしと伝わってくるが、桟橋に立つ「普通」の背丈の人間や異種族の護衛が視界に入ると、通りを行く小人たちの足がふっと遅くなるのも見て取れた。
荷の縄が解かれるまでの間、僕は陽炎隊と人間の護衛に一歩退いてもらい、ストークとローラン、アールの三人だけを連れて運河沿いの市を歩いた。屋台は新しく、木地の色もまだ若い。小さな手に合う柄の短い木杓子、腰の高さに合わせた秤台、看板は低い視線で読みやすい位置に揃っている。大工仕事の音が通りの奥から響き、覗くと、ドワーフや人間の大工が小人の棟梁の指図で梁を組み、階段の蹴上げを「小人寸」と六種族標準で二重に刻んでいた。すごい、とローランが口の中で言う。彼が指先で二つの目盛りをなぞるのを見て、ここでは「二つのものさしを併記する」知恵が生きていると分かった。
しばらくして積み下ろしが済み、僕らは陸路の馬車に乗り換える。小人の街へ入る木門は新調され、門扉の唐草模様に車輪の意匠が増えていた。いつか見た城壁の内側は、さらに外へ輪を広げ、大きな者も泊まれる客館が外縁に帯のように並ぶ。通りは低い屋根が連なり、庇の影が気持ちいい。そこへ、ひょいと腕を振る影が駆け寄ってきた。
「やあやあ、来たね。待ってたんだよ」
子どものような抑揚で笑う小人伯……いや、今は親しみを込めて、プルックだ。彼はしょっちゅうルステインの空の船の実験場に遊びに来るので、会う頻度ではもはや近所の友達に等しい。僕が土産とエルフ伯の書状を差し出すと、封を開けて首をかしげる。
「エルフ伯が『真面目に話をしろ』だって。ぼくはいつも真面目なんだよ? 本当に」
周りの家臣たちが苦笑いし、プルックは照れ隠しに手を打った。
「でも今日の真面目は明日でもできるんだよ。まずはご飯なんだよ。お酒もあるよ。今夜はよく食べて、よく話そうね」
案内された館は、梁こそ低いが廊の幅は広く、壁にはところどころ「大きい人、頭に注意」の絵札が貼ってある。客間は段差が緩く、寝台は脚を継ぎ足して高さを合わせてあった。心遣いが随所にある。
着替えを済ませて広間へ戻ると、長い卓に皿がずらりと並んでいた。香草を和えた茸のマリネ、小人寸の串に刺した炙り肉、根菜と雑穀をとろりと煮込んだ鍋、小麦と蕎麦を半々にした小さな平パン。樽からは軽い泡の麦酒、果実の蜜酒、透明な蒸留酒まで。プルックが両手を広げる。
「用意したよ。いっぱい食べるんだよ」
僕らは席に着き、杯を掲げた。最初は近況のやりとり、次にいつもの流れで発明話と空の船の話に火がつく。プルックは目をきらきらさせ、手振りで翼の角度を語り、ミレイユは卓隅の紙に翼断面の落書きを描く。アールは渉外で覚えた言い回しで大事な人への挨拶と先触れの礼儀を披露し、家臣たちが感心して頷いた。トーマスは黙って杯を受けつつ、背中で部屋の出入りを見張る。ナビは子どもたちに囲まれて、耳の後ろを撫でられては喉を鳴らしている。リディアは小樽をひとつ片腕で傾けて香りを嗅ぎ、にんまり笑って言った。
「良い酒じゃ。小さいが、芯が強い。わらわは気に入ったぞ」
ひとしきり盛り上がったところで、僕は杯を置き、話題を切り替えた。
「プルック。今回はね、ただ騒ぎに来ただけじゃない。君たちの良いところを僕の目で見て、異種族が入ってきて困っているところも見て、普段の困りごとを聞いて、一緒に直していきたい。そういう旅なんだ」
「うん、聞いてるよ。外縁の客館、すごく増えたんだよ。お仕事もたくさん来てるよ。で、ちょっと問題もあるんだよ」
プルックが指を折る。家臣が紙を出して控え始めた。
「まずね、兵がいると、みんなびっくりしちゃうんだよ。でっかい槍と、硬い顔。ぼくは分かってるよ。守ってるの。でもね、心が先にすくむんだよ」
「おおきい人の宿の厨房、熱の道が違って、煙が低い屋根にこもるんだよ。匂いは好きだけど、目が痛いんだよ」
「それから、窓口の机。高いんだよ。書くのが大変なんだよ」
僕は頷き、急いで解決案を口にしないよう、自分の舌に軽く圧をかけた。ここでの僕の役目は、まず聞くこと。押し付けてしまえば、せっかくの芽が踏まれる。ローランが合図もなくうなずき、筆を走らせる。ストークは笑顔で相槌を刻み、相手の言葉を促す間を作る。
「明日、現場を見せてもらっていいかな。兵の装いと動き方は工夫できると思う。例えば槍の穂に布袋を掛けるとか、兜を外す巡回時刻を決めるとか、通りに入る前に『巡回中』の旗を子どもの背丈で見える位置に出すとか。だけど、まずはみんなのやり方を教えて」
「うん、見てほしいんだよ。明日は窓口、客館の厨房、外縁の棟梁の仕事、それから市の秤を見ようね。あとね……」
プルックが身を乗り出した瞬間、子どもたちの歓声が上がった。ナビが小人寸の紙風船を前脚でぽんと打ち上げているのだ。紙風船はふわりふわりと低い天井を撫で、子らの笑いが広間の梁に弾んだ。硬かった空気が、ひと息でほぐれる。
「やっぱりナビは人気者だね」
「当然じゃ」
リディアが胸を反らせ、杯を空ける。アールが笑いつつ、すっと立って近くの小人職人たちに声をかけた。
「明日、お手すきの刻に少しだけ、外来の者に向けた挨拶の言葉を練習しませんか。ぼくが最初の文案を作ってきます」
渉外の顔が光る。プルックが「いいね!」と手を叩く。家臣が「じゃあ、朝の二刻後、広場の屋台の横で」と即座に段取りを決めた。仕事が速い。
宴はその後も続き、黒麦の軽い麦酒から、蜂蜜の濃い酒へ、最後は小瓶の白い蒸留酒で締めた。僕は酔いの輪郭を保ちながら、今日見た目盛り、庇の影、段差の高さ、笑い声の高さを手帳に落とし込む。頁の隅に、明日の見学順を小さく書いた。
一、役所の窓口(机、高さ、絵札の枠)
二、客館の厨房(煙の抜け道、火の位置)
三、秤とものさし(併記の位置、目の高さ)
四、兵の巡回(装い、時刻、旗)
ふと、プルックが隣に腰かけ、こっそり囁いた。
「ぼくね、でかい人、こわいんだよ。でも、君はこわくないんだよ。理由、分かる?」
「うん。君が目線をくれるからだよ。僕も、君と同じ高さに座るからだ」
「そうだよ。明日、座って話そうね」
小さな掌が僕の掌に重なり、すぐに離れた。広間の隅では、ミレイユが梁の低さと灯の位置を絵に描き起こしている。カレルは台帳を閉じ、盃の縁を指で鳴らしてリズムを取っていた。ローランは紙束の角を揃え、ストークは明日の移動の順を小声で確認する。トーマスは出入りの影を最後まで見張り、リディアは小樽の残りを慎重に舐めた。
お開きの刻、外へ出ると、街の灯が低い位置にぽつぽつと並び、星は広間の屋根より低く見えた。僕は深く息を吸い、胸の中で小さく数を取る。ここで僕がすることは一つ。明日は座って、同じ高さで聞く。それから、一緒に手直しをする。それで十分だ。
プルックが振り返って、にっこり笑った。
「明日は忙しいよ。でも楽しいんだよ」
「そうだね。忙しくて、楽しい一日になる」
ナビが肩に乗り、尻尾で僕の頬をくすぐる。遠くで小さな木槌の音が、まだ夜の中にコトコトと続いていた。
荷の縄が解かれるまでの間、僕は陽炎隊と人間の護衛に一歩退いてもらい、ストークとローラン、アールの三人だけを連れて運河沿いの市を歩いた。屋台は新しく、木地の色もまだ若い。小さな手に合う柄の短い木杓子、腰の高さに合わせた秤台、看板は低い視線で読みやすい位置に揃っている。大工仕事の音が通りの奥から響き、覗くと、ドワーフや人間の大工が小人の棟梁の指図で梁を組み、階段の蹴上げを「小人寸」と六種族標準で二重に刻んでいた。すごい、とローランが口の中で言う。彼が指先で二つの目盛りをなぞるのを見て、ここでは「二つのものさしを併記する」知恵が生きていると分かった。
しばらくして積み下ろしが済み、僕らは陸路の馬車に乗り換える。小人の街へ入る木門は新調され、門扉の唐草模様に車輪の意匠が増えていた。いつか見た城壁の内側は、さらに外へ輪を広げ、大きな者も泊まれる客館が外縁に帯のように並ぶ。通りは低い屋根が連なり、庇の影が気持ちいい。そこへ、ひょいと腕を振る影が駆け寄ってきた。
「やあやあ、来たね。待ってたんだよ」
子どものような抑揚で笑う小人伯……いや、今は親しみを込めて、プルックだ。彼はしょっちゅうルステインの空の船の実験場に遊びに来るので、会う頻度ではもはや近所の友達に等しい。僕が土産とエルフ伯の書状を差し出すと、封を開けて首をかしげる。
「エルフ伯が『真面目に話をしろ』だって。ぼくはいつも真面目なんだよ? 本当に」
周りの家臣たちが苦笑いし、プルックは照れ隠しに手を打った。
「でも今日の真面目は明日でもできるんだよ。まずはご飯なんだよ。お酒もあるよ。今夜はよく食べて、よく話そうね」
案内された館は、梁こそ低いが廊の幅は広く、壁にはところどころ「大きい人、頭に注意」の絵札が貼ってある。客間は段差が緩く、寝台は脚を継ぎ足して高さを合わせてあった。心遣いが随所にある。
着替えを済ませて広間へ戻ると、長い卓に皿がずらりと並んでいた。香草を和えた茸のマリネ、小人寸の串に刺した炙り肉、根菜と雑穀をとろりと煮込んだ鍋、小麦と蕎麦を半々にした小さな平パン。樽からは軽い泡の麦酒、果実の蜜酒、透明な蒸留酒まで。プルックが両手を広げる。
「用意したよ。いっぱい食べるんだよ」
僕らは席に着き、杯を掲げた。最初は近況のやりとり、次にいつもの流れで発明話と空の船の話に火がつく。プルックは目をきらきらさせ、手振りで翼の角度を語り、ミレイユは卓隅の紙に翼断面の落書きを描く。アールは渉外で覚えた言い回しで大事な人への挨拶と先触れの礼儀を披露し、家臣たちが感心して頷いた。トーマスは黙って杯を受けつつ、背中で部屋の出入りを見張る。ナビは子どもたちに囲まれて、耳の後ろを撫でられては喉を鳴らしている。リディアは小樽をひとつ片腕で傾けて香りを嗅ぎ、にんまり笑って言った。
「良い酒じゃ。小さいが、芯が強い。わらわは気に入ったぞ」
ひとしきり盛り上がったところで、僕は杯を置き、話題を切り替えた。
「プルック。今回はね、ただ騒ぎに来ただけじゃない。君たちの良いところを僕の目で見て、異種族が入ってきて困っているところも見て、普段の困りごとを聞いて、一緒に直していきたい。そういう旅なんだ」
「うん、聞いてるよ。外縁の客館、すごく増えたんだよ。お仕事もたくさん来てるよ。で、ちょっと問題もあるんだよ」
プルックが指を折る。家臣が紙を出して控え始めた。
「まずね、兵がいると、みんなびっくりしちゃうんだよ。でっかい槍と、硬い顔。ぼくは分かってるよ。守ってるの。でもね、心が先にすくむんだよ」
「おおきい人の宿の厨房、熱の道が違って、煙が低い屋根にこもるんだよ。匂いは好きだけど、目が痛いんだよ」
「それから、窓口の机。高いんだよ。書くのが大変なんだよ」
僕は頷き、急いで解決案を口にしないよう、自分の舌に軽く圧をかけた。ここでの僕の役目は、まず聞くこと。押し付けてしまえば、せっかくの芽が踏まれる。ローランが合図もなくうなずき、筆を走らせる。ストークは笑顔で相槌を刻み、相手の言葉を促す間を作る。
「明日、現場を見せてもらっていいかな。兵の装いと動き方は工夫できると思う。例えば槍の穂に布袋を掛けるとか、兜を外す巡回時刻を決めるとか、通りに入る前に『巡回中』の旗を子どもの背丈で見える位置に出すとか。だけど、まずはみんなのやり方を教えて」
「うん、見てほしいんだよ。明日は窓口、客館の厨房、外縁の棟梁の仕事、それから市の秤を見ようね。あとね……」
プルックが身を乗り出した瞬間、子どもたちの歓声が上がった。ナビが小人寸の紙風船を前脚でぽんと打ち上げているのだ。紙風船はふわりふわりと低い天井を撫で、子らの笑いが広間の梁に弾んだ。硬かった空気が、ひと息でほぐれる。
「やっぱりナビは人気者だね」
「当然じゃ」
リディアが胸を反らせ、杯を空ける。アールが笑いつつ、すっと立って近くの小人職人たちに声をかけた。
「明日、お手すきの刻に少しだけ、外来の者に向けた挨拶の言葉を練習しませんか。ぼくが最初の文案を作ってきます」
渉外の顔が光る。プルックが「いいね!」と手を叩く。家臣が「じゃあ、朝の二刻後、広場の屋台の横で」と即座に段取りを決めた。仕事が速い。
宴はその後も続き、黒麦の軽い麦酒から、蜂蜜の濃い酒へ、最後は小瓶の白い蒸留酒で締めた。僕は酔いの輪郭を保ちながら、今日見た目盛り、庇の影、段差の高さ、笑い声の高さを手帳に落とし込む。頁の隅に、明日の見学順を小さく書いた。
一、役所の窓口(机、高さ、絵札の枠)
二、客館の厨房(煙の抜け道、火の位置)
三、秤とものさし(併記の位置、目の高さ)
四、兵の巡回(装い、時刻、旗)
ふと、プルックが隣に腰かけ、こっそり囁いた。
「ぼくね、でかい人、こわいんだよ。でも、君はこわくないんだよ。理由、分かる?」
「うん。君が目線をくれるからだよ。僕も、君と同じ高さに座るからだ」
「そうだよ。明日、座って話そうね」
小さな掌が僕の掌に重なり、すぐに離れた。広間の隅では、ミレイユが梁の低さと灯の位置を絵に描き起こしている。カレルは台帳を閉じ、盃の縁を指で鳴らしてリズムを取っていた。ローランは紙束の角を揃え、ストークは明日の移動の順を小声で確認する。トーマスは出入りの影を最後まで見張り、リディアは小樽の残りを慎重に舐めた。
お開きの刻、外へ出ると、街の灯が低い位置にぽつぽつと並び、星は広間の屋根より低く見えた。僕は深く息を吸い、胸の中で小さく数を取る。ここで僕がすることは一つ。明日は座って、同じ高さで聞く。それから、一緒に手直しをする。それで十分だ。
プルックが振り返って、にっこり笑った。
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