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14歳の助走。
帰路の差し替え。
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翌朝、侍従から昨夜の報せが入った。王様は夕餉のあとすぐにお休みになられたという。てっきりお呼びがかかるかと思っていたが、体を休めることを優先されたのだろう。胸のどこかが温かくなる。
間もなくマックスさんに呼ばれ、玄関脇の小間へ。入るなり、声を落として笑う。
「王がな、ぎりぎりまでここにいたいそうだ。帰りは運河船で頼む、と。支度を急いでくれ」
「承知しました。帰路の段取りは陸路で組んでいましたが、差し替えます」
「言い出しにくかったんじゃないか? 君に追加の手間を掛けるからな」
冗談めかす口調に、こちらも肩の力が抜ける。続けてマックスさんは、さらに声を落とした。
「それと内々に頼まれた。王族専用の運河船だ。ルステインの総力を上げて作るつもりだと王に伝えたら、良い顔をされたよ。ここが、よほど気に入られたんだろう」
「……作って良かった。本当に」
短く答えて部屋を辞す。廊下を早足で戻りながら、頭の中で紙束が並び替わっていく。まずは王城側へ連絡、次に宿と代官所の保留指示、警備の組み替え、献立の見直し、船と桟橋の確保……順番は決まった。
控室に戻って、ローランに速文を打つ。帰路は運河船に切り替えの可能性あり、王都側の運河停泊所の手配を前倒しで一応進めてほしい、と。返事はすぐ来た。
「了解。停泊所は二手確保の交渉を始める。出立後にも差し替え可能なよう窓口を一本化する」
続けて、アインス、フィア、ゼクスを呼ぶ。三人が揃ったところで、要点だけ落とす。
「帰りの段取りが変わる。最短で六日後に運河船出立。本来は三日後だったが、王のご希望だ。アインスとフィアは帰りの周辺警備の組み直し。陸路から水路へ切り替えるにあたり、乗船地点と降船地点、それぞれの見張りと人払いを増やす。ゼクスは先に水路筋の宿と停泊場を回り、作法のすり合わせを頼む。静かに、目立たず」
「承知」「承りました」「行ってきやす」
三者三様、短く頷いて散っていく。
次に、各宿と各代官所へ。今回は貸し出し用に各所に置かせてもらっている速文の器がある。控えの文言はもう決めてある。移動方式変更の可能性があるため、現行の馬車・人馬の受け入れ段取りは一旦保留。紙と人の手配はキャンセルではなく凍結扱い。費用の扱いは後刻こちらから改めて通知。夕刻までに返答不要、という一文も添えた。紙は薄く、しかし必要な言葉はすべて載る。
厨房に向かい、仮に滞在が延びる前提で献立の骨子を作り直す。体を重くしない小皿、温のものは薄い、香りは静か、夕は早めに。朝湯のあとに喉を潤す飲み物を増やし、昼は茶の刻に合わせて果実と軽い菓子を用意。魚は蒸し、肉は香草で炙って脂を落とす。台所頭と若い厨が素早く印を入れ、器の受け渡しの順を整える。無理のない配膳導線に組み替えるだけで、誰の顔からも緊張が消えた。
控室へ戻ると、マックスさんからの返文が扉の上に挟まっていた。ルステインで一番大きく、推進器の音が小さい運河船を押さえた、桟橋も手配済み、とある。思わず息が出る。あとは、出立当日の周辺警備と、乗り換えの刻の整理だ。
その足で、レウフォ叔父さんの詰所へ。
「帰路は水路に切り替え。乗船地点と降船地点の層を厚くしたい。陽炎隊と詰所の混成で、目立たぬ層を二枚追加できますか」
「できる。橋の手前と桟橋の脇に薄く置こう。合図は短く、子どもは端へ」
「お願いします」
詰所を出ると、ちょうどゼクスが裏門から戻ってくるところだった。
「停泊場まわってきました。音の出る荷車は外で止める、夜の灯は低いままで、という話は通ってます。桟橋の板、今夜のうちに油を引いてもらいます」
「助かる。次は王都側の停泊所の窓口と合わせてほしい。ローランが押さえを始めている」
「承知」
アインスとフィアからも一報。乗船地点の地形、風の向き、人の流れを図に起こして戻ってきた。紙は薄いのに、必要な情報がきちんと並ぶ。裏の抜け道、荷の置き場、静かな待合。目で見て、すぐ動ける。
夕刻前、ローランから速文が届く。王都側の停泊所、第一・第二候補ともに受付。出立の刻は幅を持たせたまま確保。人の導線図は夜には仕上げる、と書かれていた。こちらからは、出立の幅は六日後を中心に二日の余白、船の名と桟橋の位置、降船後の馬の手配数を返す。
日が傾き、庭の影が伸びる。侍従が控板に新しい紙を重ねた。帰路の変更、宿と代官所は保留、厨房は延長献立に差し替え、湯は朝と夕を薄く、見張りは橋と桟橋に薄い層を追加。どれも短い文だが、すぐに人が動ける形になっている。
中庭で風に当たっていると、ミザーリが横に来て、肩を軽く小突いた。
「運河船、静かなやつを押さえたそうね」
「うん。桟橋も手配済みだ」
「なら大丈夫だ。水の道は、静けさが命。主の作法に向いている」
頷く。静養の家の白い壁に、薄い夕陽がかかっている。あの壁が気に入って、王は日程を延ばされた。なら、こちらもその静けさを守るだけだ。
夜、厨房で延長献立の最終確認。器の割り当て、温の管理、廊の通り道。紙に印を入れ、最後に一枚だけ余白を残す。「変わり目が来たら、無理なく差し替えるための余白」。料理番がそれを見て、静かに笑った。
部屋に戻る道すがら、速文を三通だけ。王都のローランへ停泊所の図面の差し替え。ルステインの詰所へ橋上の薄い層の刻。各宿と代官所へ保留継続の礼。どれも短く、返事は要さない。
灯がひとつ、またひとつ消え、夜気が深くなる。遠くで水の音。扉の向こうからは、湯殿の片付けが静かに進む気配。紙は飛んだ。人は動いた。あとは、出立の合図を待つだけだ。
翌朝までに、献立表の骨子を書き直しておく。朝は喉に優しいものを少し。昼は茶と果実で軽く。夕は温のものを中心に、長くならない肩の皿で。滞在が延びても重くならない線。厨房の若い厨がうなずき、器の並びを変えていく。
最後にもう一度、中庭で空を見上げる。ここに長くいたい、と願ってくれた人のための家だ。静けさは深まり、風はやわらかい。僕は深く息を吐き、明日の紙束の順番を頭の中で確かめた。準備は整った。あとは、静かに運ぶだけだ。
間もなくマックスさんに呼ばれ、玄関脇の小間へ。入るなり、声を落として笑う。
「王がな、ぎりぎりまでここにいたいそうだ。帰りは運河船で頼む、と。支度を急いでくれ」
「承知しました。帰路の段取りは陸路で組んでいましたが、差し替えます」
「言い出しにくかったんじゃないか? 君に追加の手間を掛けるからな」
冗談めかす口調に、こちらも肩の力が抜ける。続けてマックスさんは、さらに声を落とした。
「それと内々に頼まれた。王族専用の運河船だ。ルステインの総力を上げて作るつもりだと王に伝えたら、良い顔をされたよ。ここが、よほど気に入られたんだろう」
「……作って良かった。本当に」
短く答えて部屋を辞す。廊下を早足で戻りながら、頭の中で紙束が並び替わっていく。まずは王城側へ連絡、次に宿と代官所の保留指示、警備の組み替え、献立の見直し、船と桟橋の確保……順番は決まった。
控室に戻って、ローランに速文を打つ。帰路は運河船に切り替えの可能性あり、王都側の運河停泊所の手配を前倒しで一応進めてほしい、と。返事はすぐ来た。
「了解。停泊所は二手確保の交渉を始める。出立後にも差し替え可能なよう窓口を一本化する」
続けて、アインス、フィア、ゼクスを呼ぶ。三人が揃ったところで、要点だけ落とす。
「帰りの段取りが変わる。最短で六日後に運河船出立。本来は三日後だったが、王のご希望だ。アインスとフィアは帰りの周辺警備の組み直し。陸路から水路へ切り替えるにあたり、乗船地点と降船地点、それぞれの見張りと人払いを増やす。ゼクスは先に水路筋の宿と停泊場を回り、作法のすり合わせを頼む。静かに、目立たず」
「承知」「承りました」「行ってきやす」
三者三様、短く頷いて散っていく。
次に、各宿と各代官所へ。今回は貸し出し用に各所に置かせてもらっている速文の器がある。控えの文言はもう決めてある。移動方式変更の可能性があるため、現行の馬車・人馬の受け入れ段取りは一旦保留。紙と人の手配はキャンセルではなく凍結扱い。費用の扱いは後刻こちらから改めて通知。夕刻までに返答不要、という一文も添えた。紙は薄く、しかし必要な言葉はすべて載る。
厨房に向かい、仮に滞在が延びる前提で献立の骨子を作り直す。体を重くしない小皿、温のものは薄い、香りは静か、夕は早めに。朝湯のあとに喉を潤す飲み物を増やし、昼は茶の刻に合わせて果実と軽い菓子を用意。魚は蒸し、肉は香草で炙って脂を落とす。台所頭と若い厨が素早く印を入れ、器の受け渡しの順を整える。無理のない配膳導線に組み替えるだけで、誰の顔からも緊張が消えた。
控室へ戻ると、マックスさんからの返文が扉の上に挟まっていた。ルステインで一番大きく、推進器の音が小さい運河船を押さえた、桟橋も手配済み、とある。思わず息が出る。あとは、出立当日の周辺警備と、乗り換えの刻の整理だ。
その足で、レウフォ叔父さんの詰所へ。
「帰路は水路に切り替え。乗船地点と降船地点の層を厚くしたい。陽炎隊と詰所の混成で、目立たぬ層を二枚追加できますか」
「できる。橋の手前と桟橋の脇に薄く置こう。合図は短く、子どもは端へ」
「お願いします」
詰所を出ると、ちょうどゼクスが裏門から戻ってくるところだった。
「停泊場まわってきました。音の出る荷車は外で止める、夜の灯は低いままで、という話は通ってます。桟橋の板、今夜のうちに油を引いてもらいます」
「助かる。次は王都側の停泊所の窓口と合わせてほしい。ローランが押さえを始めている」
「承知」
アインスとフィアからも一報。乗船地点の地形、風の向き、人の流れを図に起こして戻ってきた。紙は薄いのに、必要な情報がきちんと並ぶ。裏の抜け道、荷の置き場、静かな待合。目で見て、すぐ動ける。
夕刻前、ローランから速文が届く。王都側の停泊所、第一・第二候補ともに受付。出立の刻は幅を持たせたまま確保。人の導線図は夜には仕上げる、と書かれていた。こちらからは、出立の幅は六日後を中心に二日の余白、船の名と桟橋の位置、降船後の馬の手配数を返す。
日が傾き、庭の影が伸びる。侍従が控板に新しい紙を重ねた。帰路の変更、宿と代官所は保留、厨房は延長献立に差し替え、湯は朝と夕を薄く、見張りは橋と桟橋に薄い層を追加。どれも短い文だが、すぐに人が動ける形になっている。
中庭で風に当たっていると、ミザーリが横に来て、肩を軽く小突いた。
「運河船、静かなやつを押さえたそうね」
「うん。桟橋も手配済みだ」
「なら大丈夫だ。水の道は、静けさが命。主の作法に向いている」
頷く。静養の家の白い壁に、薄い夕陽がかかっている。あの壁が気に入って、王は日程を延ばされた。なら、こちらもその静けさを守るだけだ。
夜、厨房で延長献立の最終確認。器の割り当て、温の管理、廊の通り道。紙に印を入れ、最後に一枚だけ余白を残す。「変わり目が来たら、無理なく差し替えるための余白」。料理番がそれを見て、静かに笑った。
部屋に戻る道すがら、速文を三通だけ。王都のローランへ停泊所の図面の差し替え。ルステインの詰所へ橋上の薄い層の刻。各宿と代官所へ保留継続の礼。どれも短く、返事は要さない。
灯がひとつ、またひとつ消え、夜気が深くなる。遠くで水の音。扉の向こうからは、湯殿の片付けが静かに進む気配。紙は飛んだ。人は動いた。あとは、出立の合図を待つだけだ。
翌朝までに、献立表の骨子を書き直しておく。朝は喉に優しいものを少し。昼は茶と果実で軽く。夕は温のものを中心に、長くならない肩の皿で。滞在が延びても重くならない線。厨房の若い厨がうなずき、器の並びを変えていく。
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