602 / 689
14歳の助走。
若手役人にアドバイスを。
しおりを挟む
王城に着き、侍従に導かれて会議室へ入る。長卓の向こう側に若手の役人が十人、すでに揃っていた。僕とローランは短く挨拶を済ませ、椅子に腰を落ち着ける。
「まず、耳箱の要点です」
僕は机上の紙を一枚だけ引き、端的に告げる。
「箱の役目は、民の声を受け、必ず返すこと。置き場は人通りの多いが立ち止まりやすい場所。口は狭く、箱は重く、鍵は二本。読み手は二人一組。読む刻は決めて、書記は記録を薄く残す。返答は掲示と口頭の二筋で、刻を明示する。返せない札は束ねて、理由と次の刻を添える」
言葉は短く、要だけを置く。続けてローランが雛型を示した。
「運用の骨子です。置き場所、札の回し、読み手の交代、返答の刻、返せない札の扱い。それぞれ一枚で動ける紙にしてあります。誰が読んでも同じ動きになるように」
王都と近郊の地図を広げ、赤い小札をいくつか置く。
「試行は三か所から始めます。人の流れが違う筋を一つずつ。中継は近い代官所を使い、読み手の交代はそこで。最初は薄く始め、刻を守ることを最優先に」
説明を締めると、若い役人たちが身を乗り出した。
「これはやりがいのある仕事ですね」
「巡回の刻と噛み合うようにすべきか、それとも独立させるか」
「掲示はどの掲示板に載せるのがよいのか」
質問が矢継ぎ早に飛ぶ。僕は手を上げて止める。
「ここからは、あなた方の課題です。王様からは『若い役人に考えさせ、必要な時だけ助言を』と命じられています。まずは自分たちで案を立て、噛み合わせを確かめてください」
不満ではなく、戸惑いの気配がいくつかの顔をよぎる。だがすぐに三つの小さな輪ができ、地図の上で札が動き始めた。僕とローランは輪を渡り歩き、欠けたところにだけ薄く言葉を足す。
「置き場の高さ、子どもの目線でも札が差せるように」
「返答札の文、最初の二行だけで動けるように」
「読み手の交代は、同じ時刻に二日続けて観察してから決めるのが安全です」
議論が熱を帯び始めたとき、扉が静かに開いた。ウルリッヒ王太子が入ってこられる。場の空気が一段締まる。
「続けてくれ」
王太子は地図の端に立ち、若者たちを見回した。
「これは王国の変革の一歩だ。民の声は重い。重いが、重さは刻みで運ぶのが良い。……頼んだぞ」
短い言葉に、輪の中の背筋が伸びた。王太子が退室されると、議論はさらに具体に入る。掲示の板、札の保管、読み手の二人一組の選び方、臨時の声の扱い方……紙が動き、印が増える。
夕刻が近づくころ、三つの輪から代表が立った。
「雛型、ひとまず形になりました。現場を見に行きたいのですが……恐れ入ります、動線や運用について、現地で助言をいただけますか」
「もちろん。二日後、各所を回りましょう」
彼らは互いに顔を見合わせ、頷き合う。そして自分たちで期日を置いた。
「王様の認可をいただいたのち、二か月後に試行を始めます。そのために、雛型の細部は今月中に固めます」
「良い線です」
僕とローランは目でうなずき合う。刻が来て散会。廊下に出たところで侍従が足を止め、王太子からの伝言を伝える。
「現地に向かわれる際、邪魔にならない位置で兵が護衛につきます。ご安心ください、とのことです」
「感謝をお伝えください」
会議室の扉が背で閉まる音。歩き出すと、小走りの足音が追ってきた。先ほど、掲示の文の言い回しに最後まで固執していた青年だ。
「あの……ありがとうございました。『最初の二行だけで動けるように』という言葉、目が開きました」
「二行で人が動くなら、残りは読まれなくてもいいのです。掲示は、走りながら読む人のための文です」
「はい。……やります」
青年は深く頭を下げ、両手で紙束を抱えて戻っていった。廊の先で、仲間が待っている。
王城の階段を降りながら、僕はローランに小声で問う。
「輪の刻み、速かったね」
「良い速さでした。言葉が短く、紙が軽い。あとは現場で癖を拾って、厚みをつけるだけです」
「二日後、三か所巡る。代官所の控と掲示板、それから人の流れの角……必要なのはそこ」
「手配は今夜のうちに済ませます」
王城の門を出ると、夕闇が街の屋根に浅く落ちていた。車寄せで馬車に乗り、城壁の影が窓を滑っていくのを眺める。若者たちの顔が思い出される。問いが多く、けれど目は素直だった。王様の一言で、石臼の最初の回りがついたのだ。
「二日後、静かに見て、必要なところだけ触ろう」
「はい。二行で動ける札を、最初から最後まで通す。それだけです」
馬車が角を曲がり、王城の塔が視界から外れる。明日になれば、配属した二人の初日が待っている。耳箱の雛型も、王都の地図も、今日より少しだけ動くはずだ。重さは刻みで運ぶ。紙は軽く、言葉は短く。心は深く。
僕は深く息を吸い、窓の外へ吐いた。二日後の現地巡りの段取りを胸の中で並べ直しながら、車輪の一定の音に耳を澄ませた。
「まず、耳箱の要点です」
僕は机上の紙を一枚だけ引き、端的に告げる。
「箱の役目は、民の声を受け、必ず返すこと。置き場は人通りの多いが立ち止まりやすい場所。口は狭く、箱は重く、鍵は二本。読み手は二人一組。読む刻は決めて、書記は記録を薄く残す。返答は掲示と口頭の二筋で、刻を明示する。返せない札は束ねて、理由と次の刻を添える」
言葉は短く、要だけを置く。続けてローランが雛型を示した。
「運用の骨子です。置き場所、札の回し、読み手の交代、返答の刻、返せない札の扱い。それぞれ一枚で動ける紙にしてあります。誰が読んでも同じ動きになるように」
王都と近郊の地図を広げ、赤い小札をいくつか置く。
「試行は三か所から始めます。人の流れが違う筋を一つずつ。中継は近い代官所を使い、読み手の交代はそこで。最初は薄く始め、刻を守ることを最優先に」
説明を締めると、若い役人たちが身を乗り出した。
「これはやりがいのある仕事ですね」
「巡回の刻と噛み合うようにすべきか、それとも独立させるか」
「掲示はどの掲示板に載せるのがよいのか」
質問が矢継ぎ早に飛ぶ。僕は手を上げて止める。
「ここからは、あなた方の課題です。王様からは『若い役人に考えさせ、必要な時だけ助言を』と命じられています。まずは自分たちで案を立て、噛み合わせを確かめてください」
不満ではなく、戸惑いの気配がいくつかの顔をよぎる。だがすぐに三つの小さな輪ができ、地図の上で札が動き始めた。僕とローランは輪を渡り歩き、欠けたところにだけ薄く言葉を足す。
「置き場の高さ、子どもの目線でも札が差せるように」
「返答札の文、最初の二行だけで動けるように」
「読み手の交代は、同じ時刻に二日続けて観察してから決めるのが安全です」
議論が熱を帯び始めたとき、扉が静かに開いた。ウルリッヒ王太子が入ってこられる。場の空気が一段締まる。
「続けてくれ」
王太子は地図の端に立ち、若者たちを見回した。
「これは王国の変革の一歩だ。民の声は重い。重いが、重さは刻みで運ぶのが良い。……頼んだぞ」
短い言葉に、輪の中の背筋が伸びた。王太子が退室されると、議論はさらに具体に入る。掲示の板、札の保管、読み手の二人一組の選び方、臨時の声の扱い方……紙が動き、印が増える。
夕刻が近づくころ、三つの輪から代表が立った。
「雛型、ひとまず形になりました。現場を見に行きたいのですが……恐れ入ります、動線や運用について、現地で助言をいただけますか」
「もちろん。二日後、各所を回りましょう」
彼らは互いに顔を見合わせ、頷き合う。そして自分たちで期日を置いた。
「王様の認可をいただいたのち、二か月後に試行を始めます。そのために、雛型の細部は今月中に固めます」
「良い線です」
僕とローランは目でうなずき合う。刻が来て散会。廊下に出たところで侍従が足を止め、王太子からの伝言を伝える。
「現地に向かわれる際、邪魔にならない位置で兵が護衛につきます。ご安心ください、とのことです」
「感謝をお伝えください」
会議室の扉が背で閉まる音。歩き出すと、小走りの足音が追ってきた。先ほど、掲示の文の言い回しに最後まで固執していた青年だ。
「あの……ありがとうございました。『最初の二行だけで動けるように』という言葉、目が開きました」
「二行で人が動くなら、残りは読まれなくてもいいのです。掲示は、走りながら読む人のための文です」
「はい。……やります」
青年は深く頭を下げ、両手で紙束を抱えて戻っていった。廊の先で、仲間が待っている。
王城の階段を降りながら、僕はローランに小声で問う。
「輪の刻み、速かったね」
「良い速さでした。言葉が短く、紙が軽い。あとは現場で癖を拾って、厚みをつけるだけです」
「二日後、三か所巡る。代官所の控と掲示板、それから人の流れの角……必要なのはそこ」
「手配は今夜のうちに済ませます」
王城の門を出ると、夕闇が街の屋根に浅く落ちていた。車寄せで馬車に乗り、城壁の影が窓を滑っていくのを眺める。若者たちの顔が思い出される。問いが多く、けれど目は素直だった。王様の一言で、石臼の最初の回りがついたのだ。
「二日後、静かに見て、必要なところだけ触ろう」
「はい。二行で動ける札を、最初から最後まで通す。それだけです」
馬車が角を曲がり、王城の塔が視界から外れる。明日になれば、配属した二人の初日が待っている。耳箱の雛型も、王都の地図も、今日より少しだけ動くはずだ。重さは刻みで運ぶ。紙は軽く、言葉は短く。心は深く。
僕は深く息を吸い、窓の外へ吐いた。二日後の現地巡りの段取りを胸の中で並べ直しながら、車輪の一定の音に耳を澄ませた。
11
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて森に捨てられた悪役令嬢を救ったら〜〜名もなき平民の世直し戦記〜〜
naturalsoft
ファンタジー
アヴァロン王国は現国王が病に倒れて、第一王子が摂政に就いてから変わってしまった。度重なる重税と徴収に国民は我慢の限界にきていた。国を守るはずの騎士達が民衆から略奪するような徴収に、とある街の若者が立ち上がった。さらに森で捨てられた悪役令嬢を拾ったことで物語は進展する。
※一部有料のイラスト素材を利用しています。【無断転載禁止】です。
素材利用
・森の奥の隠里様
・みにくる様
35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~
月神世一
ファンタジー
紹介文
「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」
そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。
失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。
「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」
手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。
電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。
さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!?
森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、
罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、
競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。
これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。
……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――
銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」
世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。
魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。
彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。
一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。
構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。
彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。
「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」
暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。
管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。
これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。
※アルファポリスで先行で公開されます。
ペットになった
ノーウェザー
ファンタジー
ペットになってしまった『クロ』。
言葉も常識も通用しない世界。
それでも、特に不便は感じない。
あの場所に戻るくらいなら、別にどんな場所でも良かったから。
「クロ」
笑いながらオレの名前を呼ぶこの人がいる限り、オレは・・・ーーーー・・・。
※視点コロコロ
※更新ノロノロ
チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記
ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。
これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。
設定
この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。
その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる