【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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14歳の助走。

六伯の志。

宿舎に戻ると、まだ湯気の残る土間にナミリアが腰掛け、地図と帳面を広げていた。ヂョウギが湯呑みを二つ運び、腰を折る。

「これから一ヶ月半の仕事の流れを教えて」ナミリアが切り出す。
「なぜですか?」ヂョウギは首を傾げた。
「リョウは社交シーズンで王都に行かなきゃいけないの。私が現場を回るわ。だから流れを教えてちょうだい」
「承知いたしました、若奥様」

 ヂョウギは地図に指を置き、淡々と説明を始める。最初の十日で背骨となる通りを二本……雨水が流れるように勾配を刻み、側溝の仮設。簡素な作業小屋と資材置き場。次の十日で井戸と貯水槽、共同竈の基礎……火と水の位置関係を先に決めれば事故が減る。三十日目前後で、主要な建物の基礎と外縁の見回り道……夜の灯りは低く、足元は明るく。海側はチャンシルバの工程に合わせ、波止の心材が入ったら荷揚げ場を仮にでも開ける……。

「毎朝の巡回は?」とナミリア。
「日の出前に危険箇所を洗い、日の入り後に仮補修……若奥様が回られるなら、耳役の札を持つ者を一本連れて下さい。記録の目が一つあるだけで無駄が消えます」
「ありがとう、ヂョウギ。助かるわ」
「こちらこそ。王都は……」
「まだ私には王都の魔窟は無理だわ」ナミリアは笑った。「エメイラと決めたの。エメイラは外交で頑張る。私は内政で頑張る。ミザーリは護衛で頑張るってね。これからもよろしく」
「もちろんですとも」

 ありがたいなあ……胸の奥が温かくなる。湯呑みの茶はすっかり冷めていたが、心は不思議と落ち着いていた。

 翌朝。土埃に陽が差し込む頃、角笛が鳴った。火の民の一団が、獣人隊商を連れてやってくる。先頭の赤髪の男が胸に手を当てた。

「陽炎隊の増援と、傭兵団『槍炎団』を連れてきた。これから世話になる」
「まだ君たちの本拠は出来てないよ」
「天幕は持ってきた。報酬も先払いで受け取っている。明日から働く……いや、今日からでもいい」

 団長は振り向き、荷車の一隊を指し示す。
「六伯の物志だ。現場でいる物と食糧……あんたが受け取るよう言われている」

 布を外すと、干し肉や麦、油、縄、工具の替刃、包帯……どれも今すぐにでも使えるものばかりだった。言葉が出ない。友情が、手触りのある重みになってそこにあった。

「六伯のみなさんに必ず礼を伝える。心から感謝する」
「受け取ってくれりゃ、それでいい。それからうちの伯爵からこれだ」

 団長は大きな袋を一つ僕に差し出した。中には種籾が入っていた。これはほんとありがたかった。

 陽炎隊は既存の部隊に合流し、幹部と僕とナミリアの護衛を受け持つことに決まる。ほどなくして樽を載せた荷車がもう一台。封蝋に刻まれた刻印を見て、僕は笑った。

「グラドだ……ドワーフ伯からのエールだ」
 栓を一本だけ抜き、土埃に乾いた喉へ、労志と職人に少しずつ振る舞う。大樽の香りが風に乗って広がり、誰かが短い歌を口笛で鳴らした。

「ストーク、速文を。六伯へ礼を、火の民伯へは陽炎隊と槍炎団の働きに礼を、グラドへは樽のおかげで皆の足が軽くなったと」
「すぐに」

 昼過ぎ、採石場へ。山肌は朝より静かだが、要領のよい音が響く。合図、鎚、楔……間が揃っている。地装隊が外周に散り、通り道に石くれ一つ残っていない。粉塵よけの布を巻いた石工たちが、石目を覗き込み、丁場の監督が指を二本立てた。二尺の合図だ。運び出しの台に乗る石が、均一だとひと目で分かる。

「順調ね」とナミリア。
「グラッツの『石目会議』が効いてる」僕は頷く。「現場の声が先に回る」

 台帳の脇で小人の書記が二重表記の札を素早く切り、ドニーズの勘定に渡す。獣人隊商が荷車を寄せ、車輪の止め木を確かめ、静かに引き出す。崖縁には縄の目印、子どもでも分かる小さな標も置かれている。風撃隊は粉が上がる向きを見て布を張り替え、水波隊は手洗い場の桶を替え、酢を一滴落とした。

「怪我人は?」
「今のところなし。朝の巡回で足場を一段増やしました」地装隊の隊長が報告する。
「よし……夕方、炊き出しに温いものをもう一つ増やそう。豆の粥を薄く」

 帰り道、陽は傾き始めていた。港の方角からは槌と縄の音、海鳥の声。内陸からは木挽きの鋸の息。新街の芯では、縄が引かれ、杭が立ち、幼い子らが小刃隊の見守りのもと、拾い石を籠に入れていた。誰もが短い動きで、よく通る声で、次の人間の手に渡していく。

 天幕の影へ戻ると、槍炎団の団長が腕を組んで立っていた。
「内の者は夜明けとともに巡回を回す。陽炎隊は要所の見張り台を」
「任せる。ただし……槍は袋に。子どもや小人たちを驚かせないこと。それがこの地の決まりだ」
「心得た。うちの連中にも徹底する」

 ナミリアが荷札の束を持って現れた。髪を布でまとめ、袖を捲り、目がよく笑っている。
「明日から私は現場回り。毎朝、耳役の札の要点をヂョウギに渡して、夕刻に再確認するわ。あなたは王都へ……大丈夫、やっておくから」
「頼もしい……胃が軽くなるよ」
「その分、王都で胃を重たくしてきて。礼を尽くし、必要なものを取ってくるのは、あなたの仕事」

 ミザーリがいつもの調子で割り込んできた。
「護衛割、組み直した。陽炎隊を核に、槍炎団から四班借りる。夜更けの見回りは地装隊の眼が効く時間に寄せたよ」
「助かる。皆……本当にありがとう」

 夜。樽は一本だけ空になり、残りは倉庫へ。灯は低く、足元は明るく。耳役の机では老人が札を整え、小さな字で一日の終わりを書き足している。遠い海鳴りに混じって、どこかで短い歌がまた生まれた。明日もまた朝が来て、石が動き、木が立ち、人が笑い、槍は袋に収まり、声は小さく、歩はゆっくり……そして街の骨は、また一線、濃くなる。
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