【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

文字の大きさ
649 / 689
15歳の飛翔。

ふろふき大根の例え話。

しおりを挟む
 ゲーンズブルク伯爵家の紋章入りの封蝋を割ると、端正な筆致で一文が踊っていた。ふろふき大根を「ゲーンズブルク」と冠してくれた礼、それにあわせて今宵、貴族派の若手が集う夕食会へ招きたいという招待状だった。僕はすぐ返書を書き、礼物に季節の白味噌と、器用な職人に拵えてもらった木杓子を添える。エメイラを伴い、定刻より少し早く伯爵家のタウンハウスに着くと、玄関広間には若い当主たちの視線が集まった。新しく伯爵になった異色の来客に、場の空気はわずかに波立つ。

 迎えの執事に案内され、最初に家主へ拝謁。言葉を節約し、余計な賛辞はしない。相手に一歩譲り、返礼の間を邪魔しない。ゼローキア侯爵家の執事長から叩き込まれた礼が、身体の動きに染みついているのが自分でもわかった。杯を受ける角度、声をかけられた時の目線の置きどころ、通路ですれ違う給仕への合図。ひとつひとつがちぐはぐでないよう、息を合わせる。最初の対面で、数人の眉がほのかに和らいだ。

 ほどなく料理長が現れ、銀の蓋を掲げる。湯気をまとった大根が、白磁の皿の上で宝石みたいに透き通っていた。上掛けの味噌は艶やかで、刻んだ柚子がふっと香る。僕は一礼して口を開く。

「本日は僭越ながら、わが領で試作した品を。ふろふき大根……いえ、名を『ゲーンズブルク』と致しました。貴家の大根が見事で、素材を立てるのが最も相応しいと考えたからです」

 囲む若手の視線が、皿からこちらへ移る。敵意ではない。測るような、好奇の色。伯爵本人が自分の冠料理を提げてくるなど前代未聞なのだろう。僕は微笑み、後ろに控えるエメイラへ視線を送る。彼女は軽く頷いた。

 夕食会は立食と着席を交えた形式で始まった。始めの杯が回り、数人が僕のそばに寄ってくる。ひとりが率直に聞いた。

「では新伯爵、あなたの立ち位置はどこだ。王党か、中立か、我らか」

 場がわずかに静まる。僕は盆の上の小碗を両手で持ち上げ、味噌の面をちらりと見た。

「私たちは、この味噌の役を担います。素材を消さず、皿を汚さず、甘味も塩気も出過ぎないように、仕上げる役目です」

「ほう……どの派閥にも染まらない、と」

「はい。貴族派には貴族派の、王党派には王党派の、中立派には中立派の味があります。違う味を混ぜれば濁ります。けれど同じ膳に出して『美味しい』まで持っていく方法はある。私の務めはそこにあります」

「例えば?」

 僕はひと呼吸置き、ゆっくりと例えを差し出す。

「皿は王家です。欠けぬこと、歪まぬこと。それがなければ何も盛れない。素材は諸家、皆さま方が持つ持ち味。硬いもの、柔らかいもの、香りの強いもの……それぞれが主役を張れる力を持っている。そこに私が味を置く。出過ぎない分量で、互いが互いを引き立てる塩梅に。大根の甘みを活かすなら、味噌は甘く見えて実は辛味を細く通し、噛んだ後に芯が残るように。皿を王家、素材を諸家、味を私。そういう使い分けです」

 若い当主がひとり、腕を組んで笑った。

「味が主張し過ぎると、食う者の舌が疲れる。つまり、あなたは口数の多い政治をしない、と」

「根回しはします。けれど、約束は短く。返す時は必ず返す。料理も政も、たれ流しにするくらいなら湯気を守ります」

 別の青年が杯を掲げた。

「皿の縁は王家……では火加減は?」

「時勢です。燃え過ぎれば焦げ、弱ければ煮えない。火を入れるのは王家であり、諸侯であり、そして民です。誰の手にも、薪は握られている」

 言葉が飛び、笑いが広がり、さざめきが解けた。ゲーンズブルク伯爵が近づいてくる。頰は上気し、落ち着いた眼差しの奥で愉快そうに火花が揺れている。

「名を冠してもらった礼を、わたしの口で述べよう。これは見事だ、リョウエスト卿。素材の甘みをここまで、品よく、しかも惜しまず立てるとは」

「大根が良いのです。土と陽と水がよく、育てた手が見える。私はただ、邪魔をしないよう気を配っただけです」

「邪魔をしない……言うは易いが難しい。さて、この集まりは若い者が多く、言葉も時に荒い。あなたを礼知らずと評する声もなかったわけではないが……今日は良いものを見た。礼は、相手を立てるために使うのだな」

「そう教わりました」

 杯が重なり、ふろふきの皿がいくつも空く。エメイラは陰に回り、給仕や書記にさりげなく合図を送る。立ち位置を問う声は、いつのまにか仕事の話に変わっていた。新街の着工、港の基礎、上下の通い道、若い家の出店計画。僕は長広舌を避け、相手の皿にのる言葉だけを返す。できる約束は短く、できない約束は笑顔で保留する。味噌を必要以上に継ぎ足さない。皿に余白を残す。

 やがて食後の杯。楽の音が遠くで鳴り、庭の灯が柔らかく揺れた。先ほどの青年が、再び近づく。

「では、あなたの味は甘いのか、辛いのか」

「場によります。今日は甘い。皆さまの大根が主役ですから。けれど、いざという時は辛味を通します。喉を通った後に、筋が残るくらいには」

「筋、か。覚えておこう」

 ゲーンズブルク伯爵が最後の挨拶を告げると、拍手が起こった。退出の列に加わる前に、彼はそっと耳打ちしてくる。

「貴族派は、型を守る。だが中には型に縛られる者もいる。今夜、あなたが見せたのは型を使って相手を楽にする礼だ。若い者たちは、その違いを覚えたはずだ」

「学びの場をいただき、感謝します」

 邸を辞する時、玄関広間の空気は来た時と違っていた。刺すような視線は消え、好奇の色に温度が宿っている。馬車に乗り込むと、エメイラが小さく笑った。

「よくできました。今のあなたは本当に味噌ね。香りが立つのに、強すぎない」

「君が火加減を見てくれたから」

「ふふ。では明日は少し辛味を足してもいいわ。別の席では、それが必要になるから」

 街路の灯が流れる。ふろふきの残り香が、どこか懐かしいぬくもりを連れてくる。皿は王家、素材は諸家、味は僕。湯気は民の期待で、火加減は時勢。忘れるな、と自分に言い聞かせる。味は主張するために置くのではない。皆が同じ膳で、最後まで気持ちよく箸を置けるように整えるために置くのだ。

 タウンハウスに着くころ、エメイラが横目で僕を見る。

「ところで、あの大根。今度は王都の市場の品でも試してみる?土が違えば、味も違う。あなたの味噌が本物かどうか、よくわかるわよ」

「いいね。皿を欠かさず、素材を測り、味を足す。明日もそれでいこう」

 扉が閉まり、夜気が背中から抜ける。胸の内の湯気はまだ温かく、けれど軽い。学んだ礼は、相手を立てるためにある。新しい伯爵としての一歩は、どうにか、湯気を曇らせずに踏み出せた気がした。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて森に捨てられた悪役令嬢を救ったら〜〜名もなき平民の世直し戦記〜〜

naturalsoft
ファンタジー
アヴァロン王国は現国王が病に倒れて、第一王子が摂政に就いてから変わってしまった。度重なる重税と徴収に国民は我慢の限界にきていた。国を守るはずの騎士達が民衆から略奪するような徴収に、とある街の若者が立ち上がった。さらに森で捨てられた悪役令嬢を拾ったことで物語は進展する。 ※一部有料のイラスト素材を利用しています。【無断転載禁止】です。 素材利用 ・森の奥の隠里様 ・みにくる様

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

ペットになった

ノーウェザー
ファンタジー
ペットになってしまった『クロ』。 言葉も常識も通用しない世界。 それでも、特に不便は感じない。 あの場所に戻るくらいなら、別にどんな場所でも良かったから。 「クロ」 笑いながらオレの名前を呼ぶこの人がいる限り、オレは・・・ーーーー・・・。 ※視点コロコロ ※更新ノロノロ

極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――

銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」 世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。 魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。 彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。 一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。 構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。 彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。 「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」 暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。 管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。 これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。 ※アルファポリスで先行で公開されます。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *本作の無断転載、無断翻訳、無断利用を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

処理中です...