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15歳の飛翔。
リディアの願いで王様笑う。
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手紙の封を切った瞬間、思わず笑ってしまった。丸い字で、ところどころ墨がにじみ、行も曲がっている。けれど勢いがあって、読み手の胸にまっすぐ飛び込んでくる。
「りょうへ
わらわ、ここがとてもすき。けれど、りょうのところへいきたい。
いえとおさけつくるばしょ、いっしょにうごかせぬか。
うごかせぬなら、おなじかたちにしてくれ。
みずはきれい、かぜもきれい、これだけはまけぬ。
のう。」
リディアらしい直球だ。僕はもう一通、王様宛の封書を確かめ、侍従に都合を伺う。返事は「今日いまからで良い」とのこと。慌てて身支度を整え、王城へ向かった。
執務室。王様は封を割るなり声を上げて笑った。
「はっはっは。リョウエスト、お前の所へ引っ越すそうだぞ。建物ごと移せぬか、とな。『わらわこの棲家が気に入っておるのじゃ』……実にあの子らしい」
笑いを収めると、王様は真顔に戻り、短く命じる。
「呑み友達の頼みは断れん。王家で費用は持つ。寸分違わぬ建物と蒸留施設を、アルカディアに建ててやれ。条件はひとつ、あの子の言う通り『水と空気の清さ』だ。場所の選定から頼む」
「かしこまりました」
僕は深く頭を下げ、その足で速文板に向かった。
まずはルステインのティルシェードへ。
『至急。リディアが引っ越したいそう。アルカディア周辺の水系と風の抜けの好い地点を幾つか見てほしい。条件は清水、下流への負荷が少ないこと、煙の逆流を招かぬ風筋。最終候補は三つ』
返電はすぐだった。
『運河の踏査は片付いた。任された。明日から測り始める』
次に、アルカディア現地のヂョウギへ。
『リディアがアルカディアに移りたい。棲家と家具、蒸留施設を“同じかたち”で。段取りを頼む』
間髪いれず返る。
『承りました。ブルッグを採寸に向かわせます。図は差し戻し無しで上げられるよう写し二部で進めます』
さらにドワーヴンベースの連絡台へも速文。
『リディアへ伝言。社交シーズンが終わり次第、土地を一緒に見に行く。水と風の候補地は用意する』
留守番の職人からすぐに返ってきた。
『伝えた。『わかったのじゃ』とのこと』
ほどなくして、ブルッグ本人から速文が入る。
『只今、棲家にて採寸し一度帰ってきた。床から梁まで、全部いく?』
僕は迷わず打つ。
『リディアが望むところまで。板目の向き、縁の面取り、椅子の脚の擦り減り具合、棚の軋み……触れたらわかる“いつもの”まで写して』
『了解。音も拾う。扉の鳴り、樽の鳴り、火床の爆ぜ。書き起こして渡す』
ここまで手配して、ようやく息を吐く。けれど段取りはまだある。僕は紙を引き寄せ、要点を短く並べた。
一、水と空気の選定……ティルシェード隊。上流の保全と排水路計画はセットで。
二、建物の写し……ブルッグ主導。採寸帳は二重、現物写しの試材も併走。
三、蒸留施設……釜の胴厚、蛇管の長さ、冷却槽の水回り、火床の深さ。現状の癖まで再現。
四、香と音……樽庫の湿度と温度、床下の空気の回り。嗅ぎ手と聞き手を付ける。
五、搬入計画……組み上げ順を家と施設で干渉しないように。夜間は静音作業のみ。
書き終えて、再び速文を走らせる。
『トーマスへ。現場の護衛に“鼻の利く者”を二人、嗅ぎ分け係として回せるか』
『いける。陽炎隊から出す。静かに動ける奴を付ける』
そしてカレルを呼ぶ。
「リディア移動の費用線の仮組。王家負担分と領の線引き、入出金の掲示案を先に起こして」
「了解しました。写しは王都と現地に二部掲示で進めます」
ふと、机の端に置いたリディアの手紙に目が止まる。最後の一文は、たった三文字で終わっていた。
「のう。」
頼り、甘え、そして少しの照れ。あの大きな体で可愛らしい字を書く姿を想像してしまい、頬が緩む。
夕刻、ブルッグから第二報。
『採寸、家具に入った。椅子の座面、右だけわずかに沈み。机の傷、南西隅に三条。樽庫の棚、二段目が鳴く。写し進行中』
『助かる。蒸留の火床は?』
『灰の癖、拾った。炭の置き場、床の焦げ、全部写す。リディア殿が『ここも好き』と指差した窓のきしみも』
続けてヂョウギ。
『基礎図は仮置き完了。場所さえ決まれば、写しの骨はいつでも立つ。現地の風が決まり次第、煙の道を合わせる』
その時、ティルシェードからの長文が届いた。
『候補三。ひとつは川の上手、風が抜ける丘の緩み。ひとつは海からの風を受ける谷の口。ひとつは運河から距離を置いた湧水の森。どれも水は良い。気配と音が違う。女主人の好みは、たぶん“静かな方”』
僕は即座に返す。
『三つとも押さえて。明るさ、朝夕の冷え、霧の出方、人の通りの線も記録を。社交が明けたら本人を連れて立つ』
夜。窓を開けると、王都の風が柔らかい。遠くで鐘が鳴り、街の屋根を渡って消えていく。リディアの棲家と同じ音を、同じ高さで鳴らせるだろうか……いや、鳴らしてみせる。彼女が「ここだ」と肩の力を抜ける場所を、そのまま新しい地に写し取る。
最後にもう一通、短い速文をブルッグへ。
『どこまで採寸?と聞かれたら、こう答えてくれ』
『望むところまで、だと』
板の節から樽の匂いまで。窓の開く音から、夜の沈み方まで。全部、望むところまで。僕は速文板の蓋を閉じ、深く息を吸った。明日もまた、約した分だけ前へ進めば良い。リディアの可笑しく愛しい字が、胸の内で灯のように暖かかった。
「りょうへ
わらわ、ここがとてもすき。けれど、りょうのところへいきたい。
いえとおさけつくるばしょ、いっしょにうごかせぬか。
うごかせぬなら、おなじかたちにしてくれ。
みずはきれい、かぜもきれい、これだけはまけぬ。
のう。」
リディアらしい直球だ。僕はもう一通、王様宛の封書を確かめ、侍従に都合を伺う。返事は「今日いまからで良い」とのこと。慌てて身支度を整え、王城へ向かった。
執務室。王様は封を割るなり声を上げて笑った。
「はっはっは。リョウエスト、お前の所へ引っ越すそうだぞ。建物ごと移せぬか、とな。『わらわこの棲家が気に入っておるのじゃ』……実にあの子らしい」
笑いを収めると、王様は真顔に戻り、短く命じる。
「呑み友達の頼みは断れん。王家で費用は持つ。寸分違わぬ建物と蒸留施設を、アルカディアに建ててやれ。条件はひとつ、あの子の言う通り『水と空気の清さ』だ。場所の選定から頼む」
「かしこまりました」
僕は深く頭を下げ、その足で速文板に向かった。
まずはルステインのティルシェードへ。
『至急。リディアが引っ越したいそう。アルカディア周辺の水系と風の抜けの好い地点を幾つか見てほしい。条件は清水、下流への負荷が少ないこと、煙の逆流を招かぬ風筋。最終候補は三つ』
返電はすぐだった。
『運河の踏査は片付いた。任された。明日から測り始める』
次に、アルカディア現地のヂョウギへ。
『リディアがアルカディアに移りたい。棲家と家具、蒸留施設を“同じかたち”で。段取りを頼む』
間髪いれず返る。
『承りました。ブルッグを採寸に向かわせます。図は差し戻し無しで上げられるよう写し二部で進めます』
さらにドワーヴンベースの連絡台へも速文。
『リディアへ伝言。社交シーズンが終わり次第、土地を一緒に見に行く。水と風の候補地は用意する』
留守番の職人からすぐに返ってきた。
『伝えた。『わかったのじゃ』とのこと』
ほどなくして、ブルッグ本人から速文が入る。
『只今、棲家にて採寸し一度帰ってきた。床から梁まで、全部いく?』
僕は迷わず打つ。
『リディアが望むところまで。板目の向き、縁の面取り、椅子の脚の擦り減り具合、棚の軋み……触れたらわかる“いつもの”まで写して』
『了解。音も拾う。扉の鳴り、樽の鳴り、火床の爆ぜ。書き起こして渡す』
ここまで手配して、ようやく息を吐く。けれど段取りはまだある。僕は紙を引き寄せ、要点を短く並べた。
一、水と空気の選定……ティルシェード隊。上流の保全と排水路計画はセットで。
二、建物の写し……ブルッグ主導。採寸帳は二重、現物写しの試材も併走。
三、蒸留施設……釜の胴厚、蛇管の長さ、冷却槽の水回り、火床の深さ。現状の癖まで再現。
四、香と音……樽庫の湿度と温度、床下の空気の回り。嗅ぎ手と聞き手を付ける。
五、搬入計画……組み上げ順を家と施設で干渉しないように。夜間は静音作業のみ。
書き終えて、再び速文を走らせる。
『トーマスへ。現場の護衛に“鼻の利く者”を二人、嗅ぎ分け係として回せるか』
『いける。陽炎隊から出す。静かに動ける奴を付ける』
そしてカレルを呼ぶ。
「リディア移動の費用線の仮組。王家負担分と領の線引き、入出金の掲示案を先に起こして」
「了解しました。写しは王都と現地に二部掲示で進めます」
ふと、机の端に置いたリディアの手紙に目が止まる。最後の一文は、たった三文字で終わっていた。
「のう。」
頼り、甘え、そして少しの照れ。あの大きな体で可愛らしい字を書く姿を想像してしまい、頬が緩む。
夕刻、ブルッグから第二報。
『採寸、家具に入った。椅子の座面、右だけわずかに沈み。机の傷、南西隅に三条。樽庫の棚、二段目が鳴く。写し進行中』
『助かる。蒸留の火床は?』
『灰の癖、拾った。炭の置き場、床の焦げ、全部写す。リディア殿が『ここも好き』と指差した窓のきしみも』
続けてヂョウギ。
『基礎図は仮置き完了。場所さえ決まれば、写しの骨はいつでも立つ。現地の風が決まり次第、煙の道を合わせる』
その時、ティルシェードからの長文が届いた。
『候補三。ひとつは川の上手、風が抜ける丘の緩み。ひとつは海からの風を受ける谷の口。ひとつは運河から距離を置いた湧水の森。どれも水は良い。気配と音が違う。女主人の好みは、たぶん“静かな方”』
僕は即座に返す。
『三つとも押さえて。明るさ、朝夕の冷え、霧の出方、人の通りの線も記録を。社交が明けたら本人を連れて立つ』
夜。窓を開けると、王都の風が柔らかい。遠くで鐘が鳴り、街の屋根を渡って消えていく。リディアの棲家と同じ音を、同じ高さで鳴らせるだろうか……いや、鳴らしてみせる。彼女が「ここだ」と肩の力を抜ける場所を、そのまま新しい地に写し取る。
最後にもう一通、短い速文をブルッグへ。
『どこまで採寸?と聞かれたら、こう答えてくれ』
『望むところまで、だと』
板の節から樽の匂いまで。窓の開く音から、夜の沈み方まで。全部、望むところまで。僕は速文板の蓋を閉じ、深く息を吸った。明日もまた、約した分だけ前へ進めば良い。リディアの可笑しく愛しい字が、胸の内で灯のように暖かかった。
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