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15歳の飛翔。
リディアの棲家探訪。
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アレクの手綱を頼りに、陽炎隊の先導で指令所の前に二台の馬車が止まった。扉が開くより早く、リディアがぴょんと飛び降りる。上機嫌の目がまっすぐ僕を射抜いた。
「リョウ、現地を見に行くぞ。三か所、すぐじゃ」
「いや、今は領の段取りが山積みで……」
「だめじゃ。水と空気は待ってくれん。酒は生き物、場所選びは命じゃ」
押し切られかけたところで、エメイラが横から肩を叩いた。
「行ってきて。ミザーリを付ける。こちらは私が見ておくから」
ミザーリは既に装具を整え、短く頷く。僕は観念してストークに留守を託し、速文でキースとトーマスにも共有を飛ばすと、軽装の乗り継ぎ馬へ。案内役のティルシェードは、鱗の縁をきりりと締め直し、地図の三点を指先で叩いた。
「候補は三つ。川の上手の丘の緩み、海風の谷口、そして運河から離れた湧水の森です。順に回りましょう」
まずは川の上手。河畔から一段高く、南からの風が素直に抜ける浅い斜面。土を踏むと微かに乾いた音が返り、足元の草は短く締まっている。ティルシェードが手際よく小さな堤の跡を確かめ、川幅、川底の石質、洪水痕の高さを指で示す。
「ここは増水の癖が穏やか。風はいい。上手に白樺と楢が混じりますね。材は十分」
リディアは収納から盃を出し、汲み上げた水を口に含む。瞳が細くなる。
「香りは軽い。冷えは良い。じゃが、口の真ん中でふっとほどけて、芯が薄い。蒸留の骨が少し痩せるのう」
僕も掌に受けて舌に落とす。たしかに柔らかく、通りが軽い。穀物を優しく立てるには向くが、リディアの求める「厚み」とは違う気がした。ミザーリは斜面の上と川べりの間を往復し、警備線の取り方と搬入路の引き方を素早くノートに描いていく。
次は海からの風が直に入る谷口。ここは地形がぐっと開け、遠くに潮のきらめきが見えた。潮の匂いとハマナスの青い香りが混ざり、胸の内側を清めるように抜けていく。足元は砂と小石が混ざり、踏むたびさらさらと音が鳴った。
「風は強い季節がある。霧も出る。乾く日は極端に乾くし、湿る日は極端に湿る」
ティルシェードが空を見上げて呟く。リディアは笑って風を一口飲むみたいに顔を上げ、持参の麦芽を指先で揉んで鼻に寄せた。
「海の力で香りは立つ。だが塩の気配が僅かに混じる。樽と道具の手入れが少し面倒になるやもしれん。それに、ここは風が酒蔵の呼吸より強い日がある。酵母の気まぐれが増える」
「物流と防備は優等。けど、造りの再現性を思うと、癖が強いか」
ミザーリが合図すると、陽炎隊の二人が谷口から山寄りの獣道まで歩測して戻ってくる。搬入出、近衛の巡回位置、避難路……図上は組める。だが、ここでも僕の胸のどこかが「決め手に欠ける」と呟いていた。
最後は運河から距離を置いた湧水の森。森の縁に入ると、空気がすぐに変わる。湿りすぎず、乾きすぎず、丁度よい水分が鼻腔と喉に薄い膜を敷く。苔が石の肩にやわらかくのり、杉と広葉が混じる下、土はふくふくとして足を受け止める。鳥の声はあるのに、静けさは崩れない。
「ここは……良い」
リディアがもう盃を待てず、泉の口にしゃがみ込んで掌で受けた。ひと口、ふた口。三口目で小さく笑う。
「冷えが深い。香りに邪魔がない。口の中で芯が立つ。水の柱がまっすぐ通っとる」
ティルシェードは泉の周りを一周し、湧きの数、流速、吐出温度を測る。石肌を指でなで、わずかな鉄の気配すら言い当てる。
「年中、温度が安定している。微細鉱物のバランスも良い。上流に耕地も集落もなし。風は木々でほどよく撫でられて、埃が立たない。運河から距離があるぶん、騒音と煤からも離れている」
「物流は?」
「森の縁まで仮設道を引ける。獣人隊商の短車なら入れる。重い樽は台車と滑り路で上下。運河からは枝水路を一本分ける案もあるが、それは森の呼吸を見ながら、ね」
ミザーリがその場で地面に小枝で線を引き、蔵の配置をぐるりと描く。風の入り口、煙の抜け、受け水の流し、木陰の休み場。彼女の線はすぐに生き物みたいに呼吸を始めた。
「ここなら、あの家と蒸留所を寸分違わず再現しても、さらに良くなる。香が薄く、音が静か。警備線は森の縁に三重。見張り台は二。夜は狐火の代わりに小灯りを点々と置いて、迷いを防ぐ」
リディアは立ち上がって、森の天井を仰ぐ。龍の本能が聞き分ける何かに、すっかり頷いていた。
「決めた。湧水の森じゃ。ここに棲む。水が良い。空気が良い。夜の星もきっと良い」
僕はその場で速文板を出し、ヂョウギへ連絡を飛ばす。採寸に入っているブルッグへも「設計は湧水の森で」と追加。王様への報告文には、選定理由と初期工事の方針を簡潔にまとめる。土を傷めない仮設路、湧きの保護柵、静音の排気、火の扱い規程。港湾と役所には、運河側の荷揚げ場と森の仮設倉の割り振りを連絡。ティルシェードはすぐさま湧きの周囲に薄い縄を回し、立札の文言を僕に見せる。
「『この水は王命の守り水。足を濡らす者は足を拭い、手を入れる者は手を清めること』……よし」
帰り道、リディアはすっかり機嫌で、森の香りを何度も吸い込んでは「良い、良い」と鼻歌をこぼす。アレクは笑いながら御者台で手綱を操り、陽炎隊は森の影と陽の斑を交互に踏み、周囲の巡察を欠かさない。ティルシェードが最後に振り返った。
「水は通いました。あとは、人のやり方次第です」
「任せて。約束は守る。森に礼を欠かさず、音を小さく、香を薄く……だ」
指令所に戻るなり、僕は会議卓に地図を広げ、今決めたことを一気に流し込む。エメイラは手配の続き、ミザーリは護衛線の設計、ストークは許認可の束を分類し、キースへ伝達。やるべきことは山ほどある。それでも胸は軽かった。リディアの棲家は、きっとあの森なら喜ぶ。水が語りかける声を、僕たちは聞いたのだ。
夜、リディアから速文が届く。「ゆうすいのもり、きに入ったのじゃ。れいをいう。わらわの酒、ここでそだてる」。短い文なのに、杯を一つ空けたみたいに温かい。窓の外、風が森の方角から運ばれてくる。新しい香りが、確かに、始まっていた。
「リョウ、現地を見に行くぞ。三か所、すぐじゃ」
「いや、今は領の段取りが山積みで……」
「だめじゃ。水と空気は待ってくれん。酒は生き物、場所選びは命じゃ」
押し切られかけたところで、エメイラが横から肩を叩いた。
「行ってきて。ミザーリを付ける。こちらは私が見ておくから」
ミザーリは既に装具を整え、短く頷く。僕は観念してストークに留守を託し、速文でキースとトーマスにも共有を飛ばすと、軽装の乗り継ぎ馬へ。案内役のティルシェードは、鱗の縁をきりりと締め直し、地図の三点を指先で叩いた。
「候補は三つ。川の上手の丘の緩み、海風の谷口、そして運河から離れた湧水の森です。順に回りましょう」
まずは川の上手。河畔から一段高く、南からの風が素直に抜ける浅い斜面。土を踏むと微かに乾いた音が返り、足元の草は短く締まっている。ティルシェードが手際よく小さな堤の跡を確かめ、川幅、川底の石質、洪水痕の高さを指で示す。
「ここは増水の癖が穏やか。風はいい。上手に白樺と楢が混じりますね。材は十分」
リディアは収納から盃を出し、汲み上げた水を口に含む。瞳が細くなる。
「香りは軽い。冷えは良い。じゃが、口の真ん中でふっとほどけて、芯が薄い。蒸留の骨が少し痩せるのう」
僕も掌に受けて舌に落とす。たしかに柔らかく、通りが軽い。穀物を優しく立てるには向くが、リディアの求める「厚み」とは違う気がした。ミザーリは斜面の上と川べりの間を往復し、警備線の取り方と搬入路の引き方を素早くノートに描いていく。
次は海からの風が直に入る谷口。ここは地形がぐっと開け、遠くに潮のきらめきが見えた。潮の匂いとハマナスの青い香りが混ざり、胸の内側を清めるように抜けていく。足元は砂と小石が混ざり、踏むたびさらさらと音が鳴った。
「風は強い季節がある。霧も出る。乾く日は極端に乾くし、湿る日は極端に湿る」
ティルシェードが空を見上げて呟く。リディアは笑って風を一口飲むみたいに顔を上げ、持参の麦芽を指先で揉んで鼻に寄せた。
「海の力で香りは立つ。だが塩の気配が僅かに混じる。樽と道具の手入れが少し面倒になるやもしれん。それに、ここは風が酒蔵の呼吸より強い日がある。酵母の気まぐれが増える」
「物流と防備は優等。けど、造りの再現性を思うと、癖が強いか」
ミザーリが合図すると、陽炎隊の二人が谷口から山寄りの獣道まで歩測して戻ってくる。搬入出、近衛の巡回位置、避難路……図上は組める。だが、ここでも僕の胸のどこかが「決め手に欠ける」と呟いていた。
最後は運河から距離を置いた湧水の森。森の縁に入ると、空気がすぐに変わる。湿りすぎず、乾きすぎず、丁度よい水分が鼻腔と喉に薄い膜を敷く。苔が石の肩にやわらかくのり、杉と広葉が混じる下、土はふくふくとして足を受け止める。鳥の声はあるのに、静けさは崩れない。
「ここは……良い」
リディアがもう盃を待てず、泉の口にしゃがみ込んで掌で受けた。ひと口、ふた口。三口目で小さく笑う。
「冷えが深い。香りに邪魔がない。口の中で芯が立つ。水の柱がまっすぐ通っとる」
ティルシェードは泉の周りを一周し、湧きの数、流速、吐出温度を測る。石肌を指でなで、わずかな鉄の気配すら言い当てる。
「年中、温度が安定している。微細鉱物のバランスも良い。上流に耕地も集落もなし。風は木々でほどよく撫でられて、埃が立たない。運河から距離があるぶん、騒音と煤からも離れている」
「物流は?」
「森の縁まで仮設道を引ける。獣人隊商の短車なら入れる。重い樽は台車と滑り路で上下。運河からは枝水路を一本分ける案もあるが、それは森の呼吸を見ながら、ね」
ミザーリがその場で地面に小枝で線を引き、蔵の配置をぐるりと描く。風の入り口、煙の抜け、受け水の流し、木陰の休み場。彼女の線はすぐに生き物みたいに呼吸を始めた。
「ここなら、あの家と蒸留所を寸分違わず再現しても、さらに良くなる。香が薄く、音が静か。警備線は森の縁に三重。見張り台は二。夜は狐火の代わりに小灯りを点々と置いて、迷いを防ぐ」
リディアは立ち上がって、森の天井を仰ぐ。龍の本能が聞き分ける何かに、すっかり頷いていた。
「決めた。湧水の森じゃ。ここに棲む。水が良い。空気が良い。夜の星もきっと良い」
僕はその場で速文板を出し、ヂョウギへ連絡を飛ばす。採寸に入っているブルッグへも「設計は湧水の森で」と追加。王様への報告文には、選定理由と初期工事の方針を簡潔にまとめる。土を傷めない仮設路、湧きの保護柵、静音の排気、火の扱い規程。港湾と役所には、運河側の荷揚げ場と森の仮設倉の割り振りを連絡。ティルシェードはすぐさま湧きの周囲に薄い縄を回し、立札の文言を僕に見せる。
「『この水は王命の守り水。足を濡らす者は足を拭い、手を入れる者は手を清めること』……よし」
帰り道、リディアはすっかり機嫌で、森の香りを何度も吸い込んでは「良い、良い」と鼻歌をこぼす。アレクは笑いながら御者台で手綱を操り、陽炎隊は森の影と陽の斑を交互に踏み、周囲の巡察を欠かさない。ティルシェードが最後に振り返った。
「水は通いました。あとは、人のやり方次第です」
「任せて。約束は守る。森に礼を欠かさず、音を小さく、香を薄く……だ」
指令所に戻るなり、僕は会議卓に地図を広げ、今決めたことを一気に流し込む。エメイラは手配の続き、ミザーリは護衛線の設計、ストークは許認可の束を分類し、キースへ伝達。やるべきことは山ほどある。それでも胸は軽かった。リディアの棲家は、きっとあの森なら喜ぶ。水が語りかける声を、僕たちは聞いたのだ。
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