319 / 806
ルステイン狂想曲。
エメイラとラシェルアルテ。
木々の間を歩く二人のエルフ。片方は、森の祝福をその身に宿したかのような女性…エメイラヒルデ。もう一人は、歳月の重みと共に練り上げられた思慮深さを湛えるラシェルアルテ。風精伯の参謀にして、その言葉はしばしばこの国の風精たちの方針を決める力を持つ。
だが今ラシェルアルテはその気配を控えめにし先を歩くエメイラを見守るように付き従っていた。
「…静かね。この林も、きっと変わっていく」
エメイラが立ち止まり、振り返ることなくそう言った。声に威圧はなくとも、その背には確かな威厳があった。
「はい。この林も、そして我ら風精も、変わりつつあります。あの少年の存在が、それほどの風を呼んでいるのでしょう」
「リョウエスト…あの子が描いている世界は、あまりにも速すぎる。けれど、私は信じている」
エメイラが緩やかに振り返り、ラシェルに視線を向ける。その瞳には、慈しみと同時に、静かな炎が宿っていた。
「リョウはまだ幼い。人々を導く才がある。子どもたちの笑顔の意味を、獣人たちの能力の価値を、そして風精の技の未来を、あの年齢で理解している…それは奇跡に近いわ」
「奇跡、ですか」
ラシェルは小さく口元を緩めた。それは嘲笑ではなく、どこか懐かしむような笑みだった。
「昔、私も同じような言葉を言いました。今のエルフ伯がまだ若き領主だった頃。彼がアネーシャ神様の天啓を語り、戦よりも導きの時代が来ると言ったとき、誰もがそれを『奇跡』と呼びました。しかし、時は流れ、それが現実になった…ならば、あの少年もまた、歴史の起点なのかもしれません」
エメイラは深く頷いた。
「私はこの国の風精ではない。でも、私には責任がある。彼の隣に立つと決めた以上、風精として、そしてあの子の師匠でありあの子を愛おしく思う者として、この新しい時代に対して正面から向き合わなければならない」
「…立派なお考えです」
ラシェルの声にははっきりと敬意が滲んでいた。立場こそエメイラが上だが、彼女の言葉に耳を傾ける理由はそれだけではなかった。彼女の目に己を超えて未来を見据える覚悟が宿っていたからだ。
「ラシェルアルテ。あなたから見て風精たちは今、この流れに乗れると思う?」
問いかけは優しく、それでいて重い。ラシェルアルテは少しだけ目を伏せ、答えを探るように言葉を選ぶ。
「正直に申しますと……まだ半信半疑の者が多いかと。人の営みとエルフの時の流れはあまりに違い、今まで幾度も裏切られてきた記憶があります。ですが、エメイラヒルデ様。あなたが我々と共にある限り、風精たちはあなたを信じて動くでしょう」
「ありがとう、ラシェルアルテ。あなたのような人がいてくれて、私は本当に救われているわ」
そう言って、エメイラは小さく微笑んだ。幼き愛しき者を想う微笑みでもあり、ルステインの民を思う誇りでもあった。
「リョウは今、いくつもの民族を結ぼうとしている。地精、獣人、風精。それらを運ぶ輸送路の先には、まだ見ぬ未来がある。その未来を共に歩くために私たち風精も準備をしなくては」
「すでに、トッドアコック氏族が動いております。アコントッドが、魔法道具や輸送用魔術の共同開発に着手したと」
「ええ。彼の報告も受けているわ。あの人は優秀ね。必要ならば私も設計支援をするつもり」
「それは心強い」
しばしの沈黙。風が二人の間を通り過ぎ、木々がざわめく。その音の中に、何か新しい鼓動が紛れているような気さえした。
「……リョウのことを見守ってやって。私はできる限り力になるけれど、彼が選ぶ道は時として困難も伴うでしょう」
「もちろんです。参謀としてでなく、一人の風精として彼の志を支えます。アネーシャ神様の御導きがあったとはいえそれを現実にするのは、あの子自身の意志なのですから」
「ええ。私もそれを信じてる…たとえ未来がまだ霧の中でも」
二人は並んで歩き出す。かつて孤高を保っていた風精たちが、今新たな秩序の風の中に足を踏み入れようとしていた。
その第一歩を見守るのは未来を託された者たちの目であり、心であり、そして愛だった。
林の小道を進むにつれ、風の香りが変わった。どこか懐かしく、そして新しい命の息吹を感じさせる空気に、ラシェルがそっと足を止めた。
「…このあたり、精霊たちが集まり始めていますね」
「ええ。きっと時代の転換を察しているのね。この辺りの木々は昔まばらにしか生えてなかったの。アネーシャ神様の意思が感じられるわ。風精の国を出て精霊の存在を忘れかけてたけどここはいるかもしれないわね」
その視線の先に、一本の樹がそびえていた。幹に蔦が絡み、枝には白い小花が咲き乱れている。ラシェルアルテはその根元に近づき、静かに膝をついた。
「…この樹は、五百年もここに立ち続けています。風の変化を知るには、うってつけの存在。私には、わかるのです。今、精霊たちは『肯定』の風を送っている」
「つまり、リョウの描く未来を、森の精霊たちも祝福している?」
「はい。それでも、まだ危うさも残ります。エメイラヒルデ様。あの少年には…あなたの導きが、きっと必要になる」
エメイラは静かに歩み寄り、ラシェルアルテの隣に立った。そして、蔦の絡む老樹に手を添える。
「導くというより…私は、彼の隣に立ち続けたいの。肩を並べて、彼と同じ未来を見たいだけ。私は、彼のすべてを信じている。だから、あなたも信じて。ラシェルアルテ。共に行きましょう」
「…はい。喜んで」
二人の間に吹いた風は、柔らかく、どこか温かかった。森はそれを受け入れ、そっと光を落とした。
だが今ラシェルアルテはその気配を控えめにし先を歩くエメイラを見守るように付き従っていた。
「…静かね。この林も、きっと変わっていく」
エメイラが立ち止まり、振り返ることなくそう言った。声に威圧はなくとも、その背には確かな威厳があった。
「はい。この林も、そして我ら風精も、変わりつつあります。あの少年の存在が、それほどの風を呼んでいるのでしょう」
「リョウエスト…あの子が描いている世界は、あまりにも速すぎる。けれど、私は信じている」
エメイラが緩やかに振り返り、ラシェルに視線を向ける。その瞳には、慈しみと同時に、静かな炎が宿っていた。
「リョウはまだ幼い。人々を導く才がある。子どもたちの笑顔の意味を、獣人たちの能力の価値を、そして風精の技の未来を、あの年齢で理解している…それは奇跡に近いわ」
「奇跡、ですか」
ラシェルは小さく口元を緩めた。それは嘲笑ではなく、どこか懐かしむような笑みだった。
「昔、私も同じような言葉を言いました。今のエルフ伯がまだ若き領主だった頃。彼がアネーシャ神様の天啓を語り、戦よりも導きの時代が来ると言ったとき、誰もがそれを『奇跡』と呼びました。しかし、時は流れ、それが現実になった…ならば、あの少年もまた、歴史の起点なのかもしれません」
エメイラは深く頷いた。
「私はこの国の風精ではない。でも、私には責任がある。彼の隣に立つと決めた以上、風精として、そしてあの子の師匠でありあの子を愛おしく思う者として、この新しい時代に対して正面から向き合わなければならない」
「…立派なお考えです」
ラシェルの声にははっきりと敬意が滲んでいた。立場こそエメイラが上だが、彼女の言葉に耳を傾ける理由はそれだけではなかった。彼女の目に己を超えて未来を見据える覚悟が宿っていたからだ。
「ラシェルアルテ。あなたから見て風精たちは今、この流れに乗れると思う?」
問いかけは優しく、それでいて重い。ラシェルアルテは少しだけ目を伏せ、答えを探るように言葉を選ぶ。
「正直に申しますと……まだ半信半疑の者が多いかと。人の営みとエルフの時の流れはあまりに違い、今まで幾度も裏切られてきた記憶があります。ですが、エメイラヒルデ様。あなたが我々と共にある限り、風精たちはあなたを信じて動くでしょう」
「ありがとう、ラシェルアルテ。あなたのような人がいてくれて、私は本当に救われているわ」
そう言って、エメイラは小さく微笑んだ。幼き愛しき者を想う微笑みでもあり、ルステインの民を思う誇りでもあった。
「リョウは今、いくつもの民族を結ぼうとしている。地精、獣人、風精。それらを運ぶ輸送路の先には、まだ見ぬ未来がある。その未来を共に歩くために私たち風精も準備をしなくては」
「すでに、トッドアコック氏族が動いております。アコントッドが、魔法道具や輸送用魔術の共同開発に着手したと」
「ええ。彼の報告も受けているわ。あの人は優秀ね。必要ならば私も設計支援をするつもり」
「それは心強い」
しばしの沈黙。風が二人の間を通り過ぎ、木々がざわめく。その音の中に、何か新しい鼓動が紛れているような気さえした。
「……リョウのことを見守ってやって。私はできる限り力になるけれど、彼が選ぶ道は時として困難も伴うでしょう」
「もちろんです。参謀としてでなく、一人の風精として彼の志を支えます。アネーシャ神様の御導きがあったとはいえそれを現実にするのは、あの子自身の意志なのですから」
「ええ。私もそれを信じてる…たとえ未来がまだ霧の中でも」
二人は並んで歩き出す。かつて孤高を保っていた風精たちが、今新たな秩序の風の中に足を踏み入れようとしていた。
その第一歩を見守るのは未来を託された者たちの目であり、心であり、そして愛だった。
林の小道を進むにつれ、風の香りが変わった。どこか懐かしく、そして新しい命の息吹を感じさせる空気に、ラシェルがそっと足を止めた。
「…このあたり、精霊たちが集まり始めていますね」
「ええ。きっと時代の転換を察しているのね。この辺りの木々は昔まばらにしか生えてなかったの。アネーシャ神様の意思が感じられるわ。風精の国を出て精霊の存在を忘れかけてたけどここはいるかもしれないわね」
その視線の先に、一本の樹がそびえていた。幹に蔦が絡み、枝には白い小花が咲き乱れている。ラシェルアルテはその根元に近づき、静かに膝をついた。
「…この樹は、五百年もここに立ち続けています。風の変化を知るには、うってつけの存在。私には、わかるのです。今、精霊たちは『肯定』の風を送っている」
「つまり、リョウの描く未来を、森の精霊たちも祝福している?」
「はい。それでも、まだ危うさも残ります。エメイラヒルデ様。あの少年には…あなたの導きが、きっと必要になる」
エメイラは静かに歩み寄り、ラシェルアルテの隣に立った。そして、蔦の絡む老樹に手を添える。
「導くというより…私は、彼の隣に立ち続けたいの。肩を並べて、彼と同じ未来を見たいだけ。私は、彼のすべてを信じている。だから、あなたも信じて。ラシェルアルテ。共に行きましょう」
「…はい。喜んで」
二人の間に吹いた風は、柔らかく、どこか温かかった。森はそれを受け入れ、そっと光を落とした。
あなたにおすすめの小説
異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~
夏見ナイ
ファンタジー
過労死したプラントエンジニアの俺が転生したのは、剣と魔法の世界のド貧乏な貴族の三男、リオ。石鹸すらない不衛生な環境、飢える家族と領民……。こんな絶望的な状況、やってられるか! 前世の知識を総動員し、俺は快適な生活とスローライフを目指して領地改革を開始する!
農業革命で食料問題を解決し、衛生革命で疫病を撲滅。石鹸、ガラス、醤油もどきで次々と生活レベルを向上させると、寂れた領地はみるみる豊かになっていった。
逃げてきた伯爵令嬢や森のエルフ、ワケありの元騎士など、頼れる仲間も集まり、順風満帆かと思いきや……その成功が、強欲な隣領や王都の貴族たちの目に留まってしまう。
これは、ただ快適に暮らしたかっただけの男が、やがて“近代化の父”と呼ばれるようになるまでの物語。
最強魔法は生活魔法!? ~異世界ではモンスター退治も生活のうち~
gagaga
ファンタジー
神の気まぐれにより異世界へと転移した主人公田辺竜太(大学生)が生活魔法を駆使して冒険したり町の人と触れ合ったりする物語です。
なお、神が気まぐれすぎて一番最初に降り立つ地は、無人島です。
一人称視点、独り言多め、能天気となっております。
なお、作者が気ままに書くので誤字脱字は多いかもしれませんが、大目に見て頂けるとありがたいです。
ただ、敢えてそうしている部分もあり、ややこしくてすいません。(^^;A
ご指摘あればどんどん仰ってください。
※2017/8/29 連載再開しました!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
ひだまりのFランク冒険者
みなと劉
ファンタジー
ここは異世界。
そこの冒険者ギルドでは毎日仕事がてんこ盛り。
そんな中
冒険者ギルドには万年Fランクの冒険者が一人いる。
その名は、リルド。
彼は、特に何もない感じに毎日
「薬草採取」「石集め」Fランク向け「討伐」場合によっては「ポーション生成」をする。
この話はこの万年Fランク冒険者リルドの物語である。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
子ドラゴンとゆく、異世界スキル獲得記! ~転生幼女、最強スキルでバッドエンドを破壊する~
九條葉月
ファンタジー
第6回HJ小説大賞におきまして、こちらの作品が受賞・書籍化決定しました! ありがとうございます!
七歳の少女リーナは突如として前世の記憶を思い出した。
しかし、戸惑う暇もなく『銀髪が不気味』という理由で別邸に軟禁されてしまう。
食事の量も減らされたリーナは生き延びるために別邸を探索し――地下室で、ドラゴンの卵を発見したのだった。
孵化したドラゴンと共に地下ダンジョンに潜るリーナ。すべては、軟禁下でも生き延びるために……。
これは、前を向き続けた少女が聖女となり、邪竜を倒し、いずれは魔王となって平和に暮らす物語……。