333 / 806
7歳の駈歩。
友達の歌。
王都の夜、そっと灯る明かりの下『スサンの天使』王都店に、特別な集まりがあった。サテラージャ国へ嫁いだルディス姫の、かつてのご友達達が再び顔をそろえたのだ。
「ルディス様が王国にいらした頃は、よくこの季節に一緒に出かけましたわね」
「ええ。まだデビュタント前で」
「ええ、特に市場で果物を選んで回るのが楽しくて…懐かしい」
誰かがそうつぶやくと、テーブルを囲む貴族の若い男女たちは、どこか遠くを見つめた。ドレスの色も派閥も、普段なら互いに距離を置きそうな顔ぶれだが、今夜ばかりは違った。
「皆さま、本日はご来店ありがとうございます。お約束通り、僕が腕をふるうの、ゆっくりしていってください」
恭しく頭を下げると、テーブルの空気がほぐれた。
まずは前菜。厨房から運ばれてきたのは、ミニピザだ。直径10センチほどの可愛らしい円盤の上には、完熟トマトのソースと、とろけるチーズ、そして彩りのバジルが控えめに乗っている。
「まあ、可愛い…」
「こんなに香りの良いの初めてかも」
「そういえば結婚式のメイン料理こんな味だったな」
「ああ。そうだったな」
小さな歓声があがり、一人また一人と口に運ぶ。サクッとした食感に、トマトの酸味とチーズのコクが絶妙で、誰もが思わず笑みをこぼす。
「ルディス様、前こんな味のもの美味しい美味しいって食べてたわね」
「ああ。リョウエスト君が作ったニョッキとか言う料理だったな」
「ええ、あの方は軽い塩味に目がなかったのよ」
すぐにメイン料理の一つ目が登場する。ボンゴレビアンコ。たっぷりのアサリを白ワインで蒸し、香り高いスープと共にパスタに絡めた一品。火の民の協力で手に入れた特製の海塩が旨味を引き立てている。パスタなしのものがコリントとサテラージャで食べられてるんだよね。
「すごい…このパスタ、まるで海辺の味」
「美味いな」
「みなさん。この料理のパスタがないものはコリントでもサテラージャでも食べられています」
僕はそう言う。
「ははは。もしかしたら食べてるかもな」
「意外とルディスって食いしん坊だったよな」
「そうね」
誰からともなく、ルディス姫が旅立つ前の送別会の話題になる。
「涙をこらえて笑顔で送り出してねっておっしゃったわ。あのときの笑顔、忘れられない」
「ほんと…いつかまた、こうやって集まりたいって言ってたっけ」
「でも結婚式でルディスが最初に泣いたよね」
「私、もらい泣きしたわ」
少し沈黙が流れかけた時、僕は次の料理を運ぶよう厨房に合図を送った。空気を変えるには、料理の力を借りるのがいちばんだ。
次に出されたメイン料理二つ目は、上位オーク肉のソテー。下処理が難しいとされるこの肉を、僕は特製の塩麹で柔らかくし、香草と茸のソースで仕上げた。
「これは…あのオーク肉? うそでしょう?」
「まるで高級牛みたいな味わいね」
みんなが目を丸くしながらも、上品にナイフを入れていく。噛めば噛むほど旨味が広がり、テーブルの感嘆が止まらなかった。
「リョウ君、本当に七歳なの…?」
誰かがぽつりとつぶやく。僕は照れくさく笑って、そっと答えた。
「料理には年齢なんて関係ないの」
そうして、夜の帳がさらに深くなる頃、最後の一皿――果実のジェラートが出された。
凍らせた季節の果物をベースに、魔法布でなめらかに冷却し、自然な甘味を閉じ込めた一品。見た目はまるで宝石のようで、口に運ぶとひんやりと優しく、そしてどこか懐かしい。
「これは……ルディス様と買いに行った果実だわ」
「ええ、懐かしいわね……まるで、あの方がここにいるみたい」
空気がしんと澄み、誰かが小さく言った。
「派閥のことなんて今日は忘れましょう。私たちは、ルディス様の友達なのだから」
「…うん、そうね。あの人がいた頃は、こうして笑って過ごしてた」
「久しぶりに、心から笑えたわ」
「そうだな。心から笑える友達だったものな、俺たち」
「ほんとそうだ」
ふと、誰かが歌い出した。
それは、ルディス姫の結婚式で歌った歌。みなで一緒に曲を作り、必死で稽古して歌った歌。そしてこの友達達で歌った大切な歌。
誰かが口ずさむと、他の者たちも自然と声を合わせていく。最後は全員が、小さな合唱隊のように、穏やかな歌声を重ねた。
歌い終わる頃には、みんなの目に涙が光っていた。けれど、そのどれもが笑顔に包まれていた。
「また…集まりましょうね」
「リョウエスト君、今日の料理は本当に素晴らしかったわ」
「最高だった。ここは贔屓にする」
「美味しかった。涙が出るほどな」
「ありがとう。本当に、ありがとう」
ひとり、またひとりと店を後にする。帰り際それぞれが僕の手を取り、小さな声で「また来るね」と言ってくれた。
僕は深くお辞儀をして、見送った。
扉が閉まり静寂が戻った店内。
テーブルの上に残されたグラスと、歌声の余韻。ルディス姫の不在が、確かに皆を結びつけた。料理は心の距離を埋める力を持っていると、僕は信じている。
今夜はその証明ができた。
そしていつかまた。ルディス姫が戻ってくるその日まで、この味と記憶がみんなの中に残っていればいいと、僕は願った。
「ルディス様が王国にいらした頃は、よくこの季節に一緒に出かけましたわね」
「ええ。まだデビュタント前で」
「ええ、特に市場で果物を選んで回るのが楽しくて…懐かしい」
誰かがそうつぶやくと、テーブルを囲む貴族の若い男女たちは、どこか遠くを見つめた。ドレスの色も派閥も、普段なら互いに距離を置きそうな顔ぶれだが、今夜ばかりは違った。
「皆さま、本日はご来店ありがとうございます。お約束通り、僕が腕をふるうの、ゆっくりしていってください」
恭しく頭を下げると、テーブルの空気がほぐれた。
まずは前菜。厨房から運ばれてきたのは、ミニピザだ。直径10センチほどの可愛らしい円盤の上には、完熟トマトのソースと、とろけるチーズ、そして彩りのバジルが控えめに乗っている。
「まあ、可愛い…」
「こんなに香りの良いの初めてかも」
「そういえば結婚式のメイン料理こんな味だったな」
「ああ。そうだったな」
小さな歓声があがり、一人また一人と口に運ぶ。サクッとした食感に、トマトの酸味とチーズのコクが絶妙で、誰もが思わず笑みをこぼす。
「ルディス様、前こんな味のもの美味しい美味しいって食べてたわね」
「ああ。リョウエスト君が作ったニョッキとか言う料理だったな」
「ええ、あの方は軽い塩味に目がなかったのよ」
すぐにメイン料理の一つ目が登場する。ボンゴレビアンコ。たっぷりのアサリを白ワインで蒸し、香り高いスープと共にパスタに絡めた一品。火の民の協力で手に入れた特製の海塩が旨味を引き立てている。パスタなしのものがコリントとサテラージャで食べられてるんだよね。
「すごい…このパスタ、まるで海辺の味」
「美味いな」
「みなさん。この料理のパスタがないものはコリントでもサテラージャでも食べられています」
僕はそう言う。
「ははは。もしかしたら食べてるかもな」
「意外とルディスって食いしん坊だったよな」
「そうね」
誰からともなく、ルディス姫が旅立つ前の送別会の話題になる。
「涙をこらえて笑顔で送り出してねっておっしゃったわ。あのときの笑顔、忘れられない」
「ほんと…いつかまた、こうやって集まりたいって言ってたっけ」
「でも結婚式でルディスが最初に泣いたよね」
「私、もらい泣きしたわ」
少し沈黙が流れかけた時、僕は次の料理を運ぶよう厨房に合図を送った。空気を変えるには、料理の力を借りるのがいちばんだ。
次に出されたメイン料理二つ目は、上位オーク肉のソテー。下処理が難しいとされるこの肉を、僕は特製の塩麹で柔らかくし、香草と茸のソースで仕上げた。
「これは…あのオーク肉? うそでしょう?」
「まるで高級牛みたいな味わいね」
みんなが目を丸くしながらも、上品にナイフを入れていく。噛めば噛むほど旨味が広がり、テーブルの感嘆が止まらなかった。
「リョウ君、本当に七歳なの…?」
誰かがぽつりとつぶやく。僕は照れくさく笑って、そっと答えた。
「料理には年齢なんて関係ないの」
そうして、夜の帳がさらに深くなる頃、最後の一皿――果実のジェラートが出された。
凍らせた季節の果物をベースに、魔法布でなめらかに冷却し、自然な甘味を閉じ込めた一品。見た目はまるで宝石のようで、口に運ぶとひんやりと優しく、そしてどこか懐かしい。
「これは……ルディス様と買いに行った果実だわ」
「ええ、懐かしいわね……まるで、あの方がここにいるみたい」
空気がしんと澄み、誰かが小さく言った。
「派閥のことなんて今日は忘れましょう。私たちは、ルディス様の友達なのだから」
「…うん、そうね。あの人がいた頃は、こうして笑って過ごしてた」
「久しぶりに、心から笑えたわ」
「そうだな。心から笑える友達だったものな、俺たち」
「ほんとそうだ」
ふと、誰かが歌い出した。
それは、ルディス姫の結婚式で歌った歌。みなで一緒に曲を作り、必死で稽古して歌った歌。そしてこの友達達で歌った大切な歌。
誰かが口ずさむと、他の者たちも自然と声を合わせていく。最後は全員が、小さな合唱隊のように、穏やかな歌声を重ねた。
歌い終わる頃には、みんなの目に涙が光っていた。けれど、そのどれもが笑顔に包まれていた。
「また…集まりましょうね」
「リョウエスト君、今日の料理は本当に素晴らしかったわ」
「最高だった。ここは贔屓にする」
「美味しかった。涙が出るほどな」
「ありがとう。本当に、ありがとう」
ひとり、またひとりと店を後にする。帰り際それぞれが僕の手を取り、小さな声で「また来るね」と言ってくれた。
僕は深くお辞儀をして、見送った。
扉が閉まり静寂が戻った店内。
テーブルの上に残されたグラスと、歌声の余韻。ルディス姫の不在が、確かに皆を結びつけた。料理は心の距離を埋める力を持っていると、僕は信じている。
今夜はその証明ができた。
そしていつかまた。ルディス姫が戻ってくるその日まで、この味と記憶がみんなの中に残っていればいいと、僕は願った。
あなたにおすすめの小説
異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~
夏見ナイ
ファンタジー
過労死したプラントエンジニアの俺が転生したのは、剣と魔法の世界のド貧乏な貴族の三男、リオ。石鹸すらない不衛生な環境、飢える家族と領民……。こんな絶望的な状況、やってられるか! 前世の知識を総動員し、俺は快適な生活とスローライフを目指して領地改革を開始する!
農業革命で食料問題を解決し、衛生革命で疫病を撲滅。石鹸、ガラス、醤油もどきで次々と生活レベルを向上させると、寂れた領地はみるみる豊かになっていった。
逃げてきた伯爵令嬢や森のエルフ、ワケありの元騎士など、頼れる仲間も集まり、順風満帆かと思いきや……その成功が、強欲な隣領や王都の貴族たちの目に留まってしまう。
これは、ただ快適に暮らしたかっただけの男が、やがて“近代化の父”と呼ばれるようになるまでの物語。
最強魔法は生活魔法!? ~異世界ではモンスター退治も生活のうち~
gagaga
ファンタジー
神の気まぐれにより異世界へと転移した主人公田辺竜太(大学生)が生活魔法を駆使して冒険したり町の人と触れ合ったりする物語です。
なお、神が気まぐれすぎて一番最初に降り立つ地は、無人島です。
一人称視点、独り言多め、能天気となっております。
なお、作者が気ままに書くので誤字脱字は多いかもしれませんが、大目に見て頂けるとありがたいです。
ただ、敢えてそうしている部分もあり、ややこしくてすいません。(^^;A
ご指摘あればどんどん仰ってください。
※2017/8/29 連載再開しました!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
ひだまりのFランク冒険者
みなと劉
ファンタジー
ここは異世界。
そこの冒険者ギルドでは毎日仕事がてんこ盛り。
そんな中
冒険者ギルドには万年Fランクの冒険者が一人いる。
その名は、リルド。
彼は、特に何もない感じに毎日
「薬草採取」「石集め」Fランク向け「討伐」場合によっては「ポーション生成」をする。
この話はこの万年Fランク冒険者リルドの物語である。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
子ドラゴンとゆく、異世界スキル獲得記! ~転生幼女、最強スキルでバッドエンドを破壊する~
九條葉月
ファンタジー
第6回HJ小説大賞におきまして、こちらの作品が受賞・書籍化決定しました! ありがとうございます!
七歳の少女リーナは突如として前世の記憶を思い出した。
しかし、戸惑う暇もなく『銀髪が不気味』という理由で別邸に軟禁されてしまう。
食事の量も減らされたリーナは生き延びるために別邸を探索し――地下室で、ドラゴンの卵を発見したのだった。
孵化したドラゴンと共に地下ダンジョンに潜るリーナ。すべては、軟禁下でも生き延びるために……。
これは、前を向き続けた少女が聖女となり、邪竜を倒し、いずれは魔王となって平和に暮らす物語……。