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7歳の駈歩。
今年のルステイン領の夜会。
王都での社交シーズンも終盤に差しかかる頃、ルステイン領主催の夜会がついに幕を開けた。あまりにもルステインが人気の為、場所は王宮の一角にある大広間となった。壁にはルステインの紋章が飾られ、種族や身分の垣根を越えた賓客たちが次々と入場してくる。
僕は、ルステイン料理の実演ブースの前で最終確認をしていた。背には料理番の白いコックコート、腰にはお気に入りの調味料ポーチ。厨房からは香ばしい香りが流れ、ヤク牛の乳から作られたチーズがとろける音が耳に届いていた。
「おお、これはこれは! 本当に実演するとは聞いていたが…少年が料理する姿を実際に見ると、まるで芸術だな」
と、声をかけてきたのは、グロッサム侯爵。礼服に身を包んだ彼は、政治では強硬派と知られるが、僕の料理には目がない。王国美食三人衆の1人である。
「ようこそ、侯爵様。今夜はルステイン名物の『山野の実り包み焼き』を実演するの。山菜と茸、ヤク牛の肉、それに自家製の香草バターで香りを立ててるの」
僕は笑顔で応じながら、次々と食材を鉄板に乗せていく。目の前に集まった貴族たちが身を乗り出すように見守る中、香りが広がり、場の空気が自然と和らいでいく。
広間の奥では、楽団の奏でる柔らかな演奏が流れ、ブュッフェ台に並ぶ料理の列には、上級貴族に加えて、風精や地精、火の民、水竜人、小人、獣人の姿も見える。火の民の貴婦人は香辛料の効いた煮込みを絶賛し、小人の青年は焼きたてのパンに舌鼓を打っていた。
そして、ルステイン領主であるマックスが妻レイアムさんとともに登場すると、場にさらなる華やぎが生まれた。
「リョウ、ありがとう。君の料理が今夜もまたこの夜会を成功へ導いてくれる」
「マックスさん、ルステイン料理を知ってもらえることが僕にとっての喜び」
貴族の若い令嬢たちも、実演ブースの前に小さく輪を作って話していた。彼女たちは社交の場の緊張感を忘れ、まるで学友同士のように笑い合っている。きっかけは、ある風精令嬢が僕の小さな背丈を見て、
「まあ、なんて可愛らしい料理長かしら」
と口にしたことだったが僕は気にするどころか、
「料理は年齢ではなく舌が語るの」
と軽く返して、逆に笑いを取ったのだ。
そんな中、スクワンジャー公爵とゼローキア侯爵が偶然並び政治的に緊張する場面が一瞬生まれた。しかし、そこに現れたのがエフェルト公爵だった。
「今夜は料理が主役だ。どうか、皿の上で争うのはフォークとナイフだけにしてくれたまえ」
この一言に場が和らぎ、三人の上級貴族は小さく笑ってグラスを交わした。僕はというと、焼きあがった茸の包み焼きを一人一人に手渡していた。
実演料理が一段落ついた頃、僕は一度調理台を離れて会場を歩き始めた。ブュッフェ形式の料理テーブルには、ルステインの新しい料理と僕の料理を中心に、各種族に合わせた工夫を凝らした品々が並べられている。
「これは……紫芋のガレットか。甘さの中にほんのり塩気がある。まさかこの調味は、乾燥トマトの粉末かね?」
と、地精伯が目を丸くして僕に話しかけてきた。彼の背丈は僕とさほど変わらないが、太くて逞しい腕と声に、相変わらずの威圧感がある。
「はい、地精伯。赤土で育ったルステイン産の干しトマトを低温で粉末にして、香りを引き出してあるの。お口に合う?」
「文句なしじゃ。これを機械仕掛けで大量に乾燥できるとしたら、商会としてもう一歩進めるぞ」
商談の匂いがする声に、僕は微笑み返した。料理を通じて話が進むのは、いつものことだ。隣には風精伯が控えており、優雅な所作で果実のピクルスを口に運んでいる。
「この酸味の調整、ただ事ではないね。蜜林の実を塩漬けするだけでは、こうはならない」
「ありがと。香草と甜菜糖を少し加えて、風味の層を増やしてみた」
「君の舌は、我々風精でも再現できるかどうか…それほどの精密さだ」
そう言って、風精伯は軽く杯を掲げた。
一方、広間の隅では、火の民伯が召使いと共に料理のスパイスを分析していた。彼の舌は火に例えられるほど鋭いが、その反応は上々だった。
「辛味の中にある、芯の通った甘さ…これは甜菜糖と、燻製香草の合わせ技だな?」
「正解。火の民向けの煮込み料理には、土鍋ごと出すことで温度を保ってあるの」
「なるほど、それでか。最後の一匙まで温かかったのは」
火の民伯は少しうなずき、何やらメモを取り始めた。
さらに、小人の若い女性たちが集まり、小声で盛り上がっていた。
「これって、さっきのキノコのやつ、おかわりできるのかな?」
「できるって聞いたよ。だってあの小さい料理長が『気に入ったら何度でも』って言ってたもん!」
僕が近づくと、彼女たちはぴたりと会話を止めたが、僕がにっこり笑って
「おかわり用、焼いておきます」
と言うと、ぱっと花が咲いたように笑顔が広がった。小さな人々の中にある大きな心。その温かさが、ルステインの空気を包んでいるように感じた。
最後に僕が向かったのは、水竜人伯の一団。ジェン姉さんと同じ青い髪を持つ青年が、仲間たちと共に魚料理の感想を言い合っていた。
「このスズキのムニエル、外はカリッと、中はふっくら。まるで波打ち際に立っているような…あ、今日は君が料理長か!」
「はい。お口に合って嬉しいの。水竜人の方々には海の幸を喜んでもらいたい」
「君の味は水にも似て変幻自在だな。今夜の夜会、忘れられないものになるぞ」
そう言って彼はグラスを掲げた。各種族、それぞれの美学や誇りが料理によって一つになり、ルステインの名のもとに繋がっていくのを感じた。
僕は、ルステイン料理の実演ブースの前で最終確認をしていた。背には料理番の白いコックコート、腰にはお気に入りの調味料ポーチ。厨房からは香ばしい香りが流れ、ヤク牛の乳から作られたチーズがとろける音が耳に届いていた。
「おお、これはこれは! 本当に実演するとは聞いていたが…少年が料理する姿を実際に見ると、まるで芸術だな」
と、声をかけてきたのは、グロッサム侯爵。礼服に身を包んだ彼は、政治では強硬派と知られるが、僕の料理には目がない。王国美食三人衆の1人である。
「ようこそ、侯爵様。今夜はルステイン名物の『山野の実り包み焼き』を実演するの。山菜と茸、ヤク牛の肉、それに自家製の香草バターで香りを立ててるの」
僕は笑顔で応じながら、次々と食材を鉄板に乗せていく。目の前に集まった貴族たちが身を乗り出すように見守る中、香りが広がり、場の空気が自然と和らいでいく。
広間の奥では、楽団の奏でる柔らかな演奏が流れ、ブュッフェ台に並ぶ料理の列には、上級貴族に加えて、風精や地精、火の民、水竜人、小人、獣人の姿も見える。火の民の貴婦人は香辛料の効いた煮込みを絶賛し、小人の青年は焼きたてのパンに舌鼓を打っていた。
そして、ルステイン領主であるマックスが妻レイアムさんとともに登場すると、場にさらなる華やぎが生まれた。
「リョウ、ありがとう。君の料理が今夜もまたこの夜会を成功へ導いてくれる」
「マックスさん、ルステイン料理を知ってもらえることが僕にとっての喜び」
貴族の若い令嬢たちも、実演ブースの前に小さく輪を作って話していた。彼女たちは社交の場の緊張感を忘れ、まるで学友同士のように笑い合っている。きっかけは、ある風精令嬢が僕の小さな背丈を見て、
「まあ、なんて可愛らしい料理長かしら」
と口にしたことだったが僕は気にするどころか、
「料理は年齢ではなく舌が語るの」
と軽く返して、逆に笑いを取ったのだ。
そんな中、スクワンジャー公爵とゼローキア侯爵が偶然並び政治的に緊張する場面が一瞬生まれた。しかし、そこに現れたのがエフェルト公爵だった。
「今夜は料理が主役だ。どうか、皿の上で争うのはフォークとナイフだけにしてくれたまえ」
この一言に場が和らぎ、三人の上級貴族は小さく笑ってグラスを交わした。僕はというと、焼きあがった茸の包み焼きを一人一人に手渡していた。
実演料理が一段落ついた頃、僕は一度調理台を離れて会場を歩き始めた。ブュッフェ形式の料理テーブルには、ルステインの新しい料理と僕の料理を中心に、各種族に合わせた工夫を凝らした品々が並べられている。
「これは……紫芋のガレットか。甘さの中にほんのり塩気がある。まさかこの調味は、乾燥トマトの粉末かね?」
と、地精伯が目を丸くして僕に話しかけてきた。彼の背丈は僕とさほど変わらないが、太くて逞しい腕と声に、相変わらずの威圧感がある。
「はい、地精伯。赤土で育ったルステイン産の干しトマトを低温で粉末にして、香りを引き出してあるの。お口に合う?」
「文句なしじゃ。これを機械仕掛けで大量に乾燥できるとしたら、商会としてもう一歩進めるぞ」
商談の匂いがする声に、僕は微笑み返した。料理を通じて話が進むのは、いつものことだ。隣には風精伯が控えており、優雅な所作で果実のピクルスを口に運んでいる。
「この酸味の調整、ただ事ではないね。蜜林の実を塩漬けするだけでは、こうはならない」
「ありがと。香草と甜菜糖を少し加えて、風味の層を増やしてみた」
「君の舌は、我々風精でも再現できるかどうか…それほどの精密さだ」
そう言って、風精伯は軽く杯を掲げた。
一方、広間の隅では、火の民伯が召使いと共に料理のスパイスを分析していた。彼の舌は火に例えられるほど鋭いが、その反応は上々だった。
「辛味の中にある、芯の通った甘さ…これは甜菜糖と、燻製香草の合わせ技だな?」
「正解。火の民向けの煮込み料理には、土鍋ごと出すことで温度を保ってあるの」
「なるほど、それでか。最後の一匙まで温かかったのは」
火の民伯は少しうなずき、何やらメモを取り始めた。
さらに、小人の若い女性たちが集まり、小声で盛り上がっていた。
「これって、さっきのキノコのやつ、おかわりできるのかな?」
「できるって聞いたよ。だってあの小さい料理長が『気に入ったら何度でも』って言ってたもん!」
僕が近づくと、彼女たちはぴたりと会話を止めたが、僕がにっこり笑って
「おかわり用、焼いておきます」
と言うと、ぱっと花が咲いたように笑顔が広がった。小さな人々の中にある大きな心。その温かさが、ルステインの空気を包んでいるように感じた。
最後に僕が向かったのは、水竜人伯の一団。ジェン姉さんと同じ青い髪を持つ青年が、仲間たちと共に魚料理の感想を言い合っていた。
「このスズキのムニエル、外はカリッと、中はふっくら。まるで波打ち際に立っているような…あ、今日は君が料理長か!」
「はい。お口に合って嬉しいの。水竜人の方々には海の幸を喜んでもらいたい」
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