368 / 806
8歳の旅回り。
エフェルト公爵領への旅。
「リョウ様、荷はすでに積み終わっております。いつでも出発可能でございます」
朝靄の中、執事ストークの声が響いた。
「ふむ、六泊七日か……長いようで短いな」
お父さんが馬車の前でぼそりとつぶやく。スサン商会の第二支店がエフェルト公爵領に完成し、視察と式典のための旅が始まろうとしていた。
「お父さん、ほんとに僕も行っていいの?」
「当然だ。お前の目で見て感じることに意味がある。エフェルト公爵はお前の友人でもあるしな」
僕はにこっと笑ってうなずいた。旅の同行者は、お父さんと僕、ストーク、ミザーリ、イゼルさん、青の技の六人、火の民の護衛二人、水竜人の護衛、獣人の御者だった。
馬車はゆっくりとルステインの門を出て、しばらく走るといつもの街道とは違う方向に入る。広がるのはうねる森と、時折姿を見せる農村。僕は、イゼルの隣に座り、窓から景色を見ていた。
「坊ちゃま、旅というのは、目的地よりも道中にこそ学びがございますよ」
「イゼルさんは、昔は旅たくさんしてたの?」
「…はい。サウロン商会にいたころは、ほとんどの地方を回っておりました。ええ、私が一人で…」
その口調にどこか悔しさがにじむ。
「でも、今はロイックさんのお側で働けて幸せでございます」
「良かった」
「坊ちゃま、差し出がましいようですが…公爵領の牛肉料理は絶品でございます。特に『熾火焼き』と申しますか、じわじわと焼く技法がまた…」
「イゼル、お腹空く話やめて!」
馬車の中に笑いが広がる。僕は、お父さんの真剣な横顔をちらりと見た。きっとこの旅は、楽しいだけじゃ済まない。
そして、その予感は的中することになる――
四日目の昼下がり、馬車の車輪が急に軋んだ。前を走っていたアインスが手を上げて停止の合図を出す。
「……おかしいでやすね。地面が掘り返されていやす」
アインスが指さした先には、わずかに不自然な盛り上がり。罠だ。
「配置につけ」
アインスの命令で、青の技の護衛たちが一斉に展開する。火の民が馬車の周囲を守り、水竜人は荷車の防御を固める。
「坊ちゃま、こちらにお下がりくださいませ。くれぐれも身を乗り出されぬように」
イゼルがすっと僕の前に立った。
「敵影、左前方三十歩。六人…もっと奥にもいるな」
目を細めたミザーリが矢をつがえるやいなや、林の中から黒装束の盗賊が飛び出してきた。
イゼルさんが一歩前に出て、呪文を唱える。
「退けぬ者には容赦なく。『風の刃』。裂け」
ぱしゅん、と空気が裂けるような音。イゼルの手から放たれた不可視の刃が、後衛の敵を一撃で吹き飛ばした。
「ひ、ひぃいいっ!」
残った盗賊たちは、あっけなく逃げ出していった。
「イゼル、今の、風の魔法?」
「はい、私の唯一の特技です」
そう言って丁寧にお辞儀をするイゼル。その姿は、どこか誇らしげだった。
「…まあ、君があれほど動けるとはな」
お父さんが珍しく目を丸くしている。
「お父さん、イゼルって、すごい…」
「いえ、大してすごくありません」
少し照れくさそうに笑うイゼル。
そして、翌日立ち寄った村――
「なんだ、あんたら……人間以外も混ざってるのか……」
村人の目は冷たく、火の民と水竜人をじろじろと睨む。
「ここでは水も貸せねぇな」
「…なるほど。これが、偏見というやつか」
お父さんが低くつぶやいた。僕も思わず、火の民の護衛の肩に手を置く。
「ねぇ、別に誰かに迷惑かけてるわけじゃないのに、なんであんな風に…」
「そういう場所もございます、坊ちゃま。でも、だからこそルステインが変えてきたのです」
イゼルが、膝をついて僕の目を見つめた。
「我らが見てきた世界を、どうか忘れないでいてください」
「…うん。忘れない」
そんな村での休憩を終えた後、ようやく、エフェルト公爵領の門が見えてきた。
「ようこそ!」
出迎えてくれたのは、ロイック兄さんだった。
「リョウ、よく来てくれたな」
「うん、いろいろ大変だったけど、来てよかった」
ロイック兄さんに出迎えられた僕たちは、エフェルト公爵領の街並みを抜けて、商会第二支店の建物へと向かった。
「この街…空気が違う気がする」
「ええ、坊ちゃま。エフェルト公爵領は、貴族による開発と庶民の生活の調和が見事に取れております。…領主殿が、ルステインを深く敬愛しておられると聞いております」
イゼルの言葉通り、街にはさまざまな種族が行き交い、露店では風精が布を売り、地精が工具を修理していた。ヒトの子供が火の民の少女と一緒に木製のけん玉で遊んでいる光景を見て、僕は思わず目を細めた。
「なんか……ルステインみたい」
「ふふ、坊ちゃまにそう言っていただければ、公爵様も本望かと存じます」
支店の前には、すでに多くの人々が集まり、旗が風になびいていた。
「リョウエスト君」
笑みを浮かべて立っていたのは、エフェルト公爵その人だった。僕よりずっと年上だけど、いつも気さくに話してくれる、ちょっと変わった歳の離れた友達。
「いやぁ、無事に来てくれて嬉しいよ。ロイックエン君がしきりに心配していたからね」
「途中で盗賊に襲われたり、ちょっと差別のある村にも行ったけど…なんとかなったよ」
「それは…心苦しい限りだが、君たちの旅が無駄じゃなかったことは確かだ」
公爵様は真剣な顔になり、僕の肩に手を置いた。
「この街も、ルステインのように種族の垣根を越えて栄えさせたい。君たちがそれを証明してくれている。だからこそ、スサン商会の力を借りたいのだ」
「うん」
開店式では、公爵様が直々にテープカットをしてくれた。集まった人々から歓声が上がり、祝福の音楽が広場に響いた。
朝靄の中、執事ストークの声が響いた。
「ふむ、六泊七日か……長いようで短いな」
お父さんが馬車の前でぼそりとつぶやく。スサン商会の第二支店がエフェルト公爵領に完成し、視察と式典のための旅が始まろうとしていた。
「お父さん、ほんとに僕も行っていいの?」
「当然だ。お前の目で見て感じることに意味がある。エフェルト公爵はお前の友人でもあるしな」
僕はにこっと笑ってうなずいた。旅の同行者は、お父さんと僕、ストーク、ミザーリ、イゼルさん、青の技の六人、火の民の護衛二人、水竜人の護衛、獣人の御者だった。
馬車はゆっくりとルステインの門を出て、しばらく走るといつもの街道とは違う方向に入る。広がるのはうねる森と、時折姿を見せる農村。僕は、イゼルの隣に座り、窓から景色を見ていた。
「坊ちゃま、旅というのは、目的地よりも道中にこそ学びがございますよ」
「イゼルさんは、昔は旅たくさんしてたの?」
「…はい。サウロン商会にいたころは、ほとんどの地方を回っておりました。ええ、私が一人で…」
その口調にどこか悔しさがにじむ。
「でも、今はロイックさんのお側で働けて幸せでございます」
「良かった」
「坊ちゃま、差し出がましいようですが…公爵領の牛肉料理は絶品でございます。特に『熾火焼き』と申しますか、じわじわと焼く技法がまた…」
「イゼル、お腹空く話やめて!」
馬車の中に笑いが広がる。僕は、お父さんの真剣な横顔をちらりと見た。きっとこの旅は、楽しいだけじゃ済まない。
そして、その予感は的中することになる――
四日目の昼下がり、馬車の車輪が急に軋んだ。前を走っていたアインスが手を上げて停止の合図を出す。
「……おかしいでやすね。地面が掘り返されていやす」
アインスが指さした先には、わずかに不自然な盛り上がり。罠だ。
「配置につけ」
アインスの命令で、青の技の護衛たちが一斉に展開する。火の民が馬車の周囲を守り、水竜人は荷車の防御を固める。
「坊ちゃま、こちらにお下がりくださいませ。くれぐれも身を乗り出されぬように」
イゼルがすっと僕の前に立った。
「敵影、左前方三十歩。六人…もっと奥にもいるな」
目を細めたミザーリが矢をつがえるやいなや、林の中から黒装束の盗賊が飛び出してきた。
イゼルさんが一歩前に出て、呪文を唱える。
「退けぬ者には容赦なく。『風の刃』。裂け」
ぱしゅん、と空気が裂けるような音。イゼルの手から放たれた不可視の刃が、後衛の敵を一撃で吹き飛ばした。
「ひ、ひぃいいっ!」
残った盗賊たちは、あっけなく逃げ出していった。
「イゼル、今の、風の魔法?」
「はい、私の唯一の特技です」
そう言って丁寧にお辞儀をするイゼル。その姿は、どこか誇らしげだった。
「…まあ、君があれほど動けるとはな」
お父さんが珍しく目を丸くしている。
「お父さん、イゼルって、すごい…」
「いえ、大してすごくありません」
少し照れくさそうに笑うイゼル。
そして、翌日立ち寄った村――
「なんだ、あんたら……人間以外も混ざってるのか……」
村人の目は冷たく、火の民と水竜人をじろじろと睨む。
「ここでは水も貸せねぇな」
「…なるほど。これが、偏見というやつか」
お父さんが低くつぶやいた。僕も思わず、火の民の護衛の肩に手を置く。
「ねぇ、別に誰かに迷惑かけてるわけじゃないのに、なんであんな風に…」
「そういう場所もございます、坊ちゃま。でも、だからこそルステインが変えてきたのです」
イゼルが、膝をついて僕の目を見つめた。
「我らが見てきた世界を、どうか忘れないでいてください」
「…うん。忘れない」
そんな村での休憩を終えた後、ようやく、エフェルト公爵領の門が見えてきた。
「ようこそ!」
出迎えてくれたのは、ロイック兄さんだった。
「リョウ、よく来てくれたな」
「うん、いろいろ大変だったけど、来てよかった」
ロイック兄さんに出迎えられた僕たちは、エフェルト公爵領の街並みを抜けて、商会第二支店の建物へと向かった。
「この街…空気が違う気がする」
「ええ、坊ちゃま。エフェルト公爵領は、貴族による開発と庶民の生活の調和が見事に取れております。…領主殿が、ルステインを深く敬愛しておられると聞いております」
イゼルの言葉通り、街にはさまざまな種族が行き交い、露店では風精が布を売り、地精が工具を修理していた。ヒトの子供が火の民の少女と一緒に木製のけん玉で遊んでいる光景を見て、僕は思わず目を細めた。
「なんか……ルステインみたい」
「ふふ、坊ちゃまにそう言っていただければ、公爵様も本望かと存じます」
支店の前には、すでに多くの人々が集まり、旗が風になびいていた。
「リョウエスト君」
笑みを浮かべて立っていたのは、エフェルト公爵その人だった。僕よりずっと年上だけど、いつも気さくに話してくれる、ちょっと変わった歳の離れた友達。
「いやぁ、無事に来てくれて嬉しいよ。ロイックエン君がしきりに心配していたからね」
「途中で盗賊に襲われたり、ちょっと差別のある村にも行ったけど…なんとかなったよ」
「それは…心苦しい限りだが、君たちの旅が無駄じゃなかったことは確かだ」
公爵様は真剣な顔になり、僕の肩に手を置いた。
「この街も、ルステインのように種族の垣根を越えて栄えさせたい。君たちがそれを証明してくれている。だからこそ、スサン商会の力を借りたいのだ」
「うん」
開店式では、公爵様が直々にテープカットをしてくれた。集まった人々から歓声が上がり、祝福の音楽が広場に響いた。
あなたにおすすめの小説
異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~
夏見ナイ
ファンタジー
過労死したプラントエンジニアの俺が転生したのは、剣と魔法の世界のド貧乏な貴族の三男、リオ。石鹸すらない不衛生な環境、飢える家族と領民……。こんな絶望的な状況、やってられるか! 前世の知識を総動員し、俺は快適な生活とスローライフを目指して領地改革を開始する!
農業革命で食料問題を解決し、衛生革命で疫病を撲滅。石鹸、ガラス、醤油もどきで次々と生活レベルを向上させると、寂れた領地はみるみる豊かになっていった。
逃げてきた伯爵令嬢や森のエルフ、ワケありの元騎士など、頼れる仲間も集まり、順風満帆かと思いきや……その成功が、強欲な隣領や王都の貴族たちの目に留まってしまう。
これは、ただ快適に暮らしたかっただけの男が、やがて“近代化の父”と呼ばれるようになるまでの物語。
最強魔法は生活魔法!? ~異世界ではモンスター退治も生活のうち~
gagaga
ファンタジー
神の気まぐれにより異世界へと転移した主人公田辺竜太(大学生)が生活魔法を駆使して冒険したり町の人と触れ合ったりする物語です。
なお、神が気まぐれすぎて一番最初に降り立つ地は、無人島です。
一人称視点、独り言多め、能天気となっております。
なお、作者が気ままに書くので誤字脱字は多いかもしれませんが、大目に見て頂けるとありがたいです。
ただ、敢えてそうしている部分もあり、ややこしくてすいません。(^^;A
ご指摘あればどんどん仰ってください。
※2017/8/29 連載再開しました!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
ひだまりのFランク冒険者
みなと劉
ファンタジー
ここは異世界。
そこの冒険者ギルドでは毎日仕事がてんこ盛り。
そんな中
冒険者ギルドには万年Fランクの冒険者が一人いる。
その名は、リルド。
彼は、特に何もない感じに毎日
「薬草採取」「石集め」Fランク向け「討伐」場合によっては「ポーション生成」をする。
この話はこの万年Fランク冒険者リルドの物語である。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
[完]異世界銭湯
三園 七詩
ファンタジー
下町で昔ながらの薪で沸かす銭湯を経営する一家が住んでいた。
しかし近くにスーパー銭湯が出来てから客足が激減…このままでは店を畳むしかない、そう思っていた。
暗い気持ちで目覚め、いつもの習慣のように準備をしようと外に出ると…そこは見慣れた下町ではなく見たことも無い場所に銭湯は建っていた…