369 / 806
8歳の旅回り。
エフェルト公爵とナビ。
開店式典のあと、第二支店の広間では祝賀行事が盛大に開かれた。光の魔法道具の灯りが暖かく揺れ、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。会場の一角では、大鍋で煮込まれたアバーンの肉が大皿に盛られ、人々に振る舞われていた。
「これは…アバーンの肉か?本当に大丈夫なのか?」
「ええ、安心して食べて。僕が食べられるように改良した」
僕はそう答えながら、目の前で少し不安げにしていた来賓たちに微笑みかけた。アバーンは魔獣であり、かつては臭みのあるとして忌避されていたが、特殊な下処理と香辛料で安全に、しかも絶品の味に仕上がったのだ。
「ほほう、これは旨いな…まるで牛肉のような…いや、それ以上かもしれん」
「香辛料に漬けたおかげで柔らかく、風味が際立っていますね」
来賓たちは感嘆の声をあげ、次々と皿を手に取っていた。その傍らでは、エフェルト公爵領の特産品である牛肉を大きな鉄板で焼いていた。焼き上がると、軽く塩を振って供される。
「どうじゃ、リョウエスト君。うちの牛肉の焼きは」
「…文句なし。肉の繊維が柔らかく、香ばしい脂が舌の上で溶けていくね」
僕の正直な感想に、公爵は笑った。
「さすがだな、良い口をしておる。あの肉は、冬でも青草を与えて育てた特別な牛だ。どこに出しても恥ずかしくない」
そのとき、ナビがするりと僕の足元から抜け出して、公爵の足元に行った。警戒する様子もなく、しっぽを振ってすり寄る。エフェルト公爵の足に身体をすりつけている。何をやってるのだろう?
「おや?この猫は…猫に翼が生えておる。君のか?」
「はい。ナビという名前で、旅の間も一緒でした。人見知りなんですが…」
「ふふ、気に入られたようだ」
ナビは公爵の膝にぴょんと飛び乗り、ぐるぐると喉を鳴らし始めた。まさか、あのナビがこんなにあっさりと懐くとは…。公爵はしばしナビの頭を撫でながら、静かに微笑んでいた。
夜も更け、賑わいが一段落したころ、公爵と僕は控えの間に移った。ナビはすっかり公爵の膝で落ち着いている。部屋には香木が焚かれ、落ち着いた雰囲気が広がっていた。
「リョウエスト君。君のようなものが、彼の地で種族融和を形にしておる。見事なことじゃ」
「ありがと。でも、まだ始まったばかり。うまくいかないこともあるし、苦情や反発も出ている」
僕の言葉に、公爵は頷いた。
「だろうな。私の領でも、火の民や水竜人と暮らすのは簡単ではない。信頼を築くのは、何よりも時間がかかる」
「けれど、築けた信頼は簡単には壊れない。人も獣人も、地精も、風精も…」
僕の言葉に、公爵は少し目を細めた。
「そうだな。そうでなければ、わしの息子の代はこの地を治める意味がない」
そう言って、彼は呼び鈴を鳴らした。しばらくして、ひとりの青年が現れる。背は高く、整った顔立ちに端正な制服。公爵の息子、領主代理の若き統治者だった。
「初めまして。私はセリオ・エフェルト。父に代わり、この地を預かっています」
「リョウエスト・スサンです。よろしくお願い、します」
セリオ様は穏やかな声で自己紹介をしてくれた。彼が公爵として名乗れるのは、父の代から決められた特例によるものだという。
「次の次の代で公爵の称号は剥奪される。ゆえに、我が家は今、力を蓄えねばならぬのだ」
「力、ですか…」
「戦ではない。種族を隔てぬ経済の力だ。ゆえにスサン商会の支店誘致は我が家にとって大きな意味を持つ」
翌朝、帰路に就くため支度を整えた僕たちは、公爵館の前に集まっていた。エフェルト公爵とセリオ領主が並び立ち、僕たちを見送ってくれる。
「リョウエスト殿、また来てくれ。次はもっと美味い料理を用意しておく」
「はい、また来ます。アバーンの燻製なんてどうですか?香りがさらに増しますよ」
「ほほう、それは面白い。やってみようかのう」
僕がそう言うと、公爵はまた笑い声をあげた。ナビは名残惜しそうに、公爵の足元から離れようとしなかったが、僕が声をかけるとようやく戻ってきた。
馬車に乗り込むと、ロイック兄さんが隣で声をかけてきた。
「今回は良い出張になったな、リョウ。公爵との縁もさらに強くなった」
「うん。だけど、まだまだやることは多いよね。公爵様にも満足して欲しいね」
「そのために我々がいる。リョウが切り拓いた種族の融和を各地で推し進めていく」
そして、ストークが丁寧な声で一言。
「お疲れ様でございました、リョウ様」
「ありがとう、ストーク。帰ったら少し休みたいなぁ…」
馬車がゆっくりと出発し、公爵領の街並みが遠ざかっていく。振り返ると、公爵とその息子セリオがいつまでも手を振って見送ってくれていた。
「……こうして見送られるの、なんだかくすぐったいね」
「スサン商会の支店は、ただの商売の拠点じゃない。信頼と期待が込められている」
「そうだね」
「リョウが種族融和に舵を切ってからただの商会というだけではなく、そういう風に見られる事も多くなった。我々もそれに応えないと」
馬車の外では、ナビが窓から顔を出して、風に耳をなびかせていた。視線の先に広がるのは、果てしなく続くルステインへの帰路。けれど、その道はもう、往きとは違って見えた。
種族の違いを越えて、人々が手を取り合って生きるために。僕にできることはまだまだある。
「……次はどこに支店を出そうか」
そんなロイック兄さんの呟きが、馬車の中に静かに響いた。
「これは…アバーンの肉か?本当に大丈夫なのか?」
「ええ、安心して食べて。僕が食べられるように改良した」
僕はそう答えながら、目の前で少し不安げにしていた来賓たちに微笑みかけた。アバーンは魔獣であり、かつては臭みのあるとして忌避されていたが、特殊な下処理と香辛料で安全に、しかも絶品の味に仕上がったのだ。
「ほほう、これは旨いな…まるで牛肉のような…いや、それ以上かもしれん」
「香辛料に漬けたおかげで柔らかく、風味が際立っていますね」
来賓たちは感嘆の声をあげ、次々と皿を手に取っていた。その傍らでは、エフェルト公爵領の特産品である牛肉を大きな鉄板で焼いていた。焼き上がると、軽く塩を振って供される。
「どうじゃ、リョウエスト君。うちの牛肉の焼きは」
「…文句なし。肉の繊維が柔らかく、香ばしい脂が舌の上で溶けていくね」
僕の正直な感想に、公爵は笑った。
「さすがだな、良い口をしておる。あの肉は、冬でも青草を与えて育てた特別な牛だ。どこに出しても恥ずかしくない」
そのとき、ナビがするりと僕の足元から抜け出して、公爵の足元に行った。警戒する様子もなく、しっぽを振ってすり寄る。エフェルト公爵の足に身体をすりつけている。何をやってるのだろう?
「おや?この猫は…猫に翼が生えておる。君のか?」
「はい。ナビという名前で、旅の間も一緒でした。人見知りなんですが…」
「ふふ、気に入られたようだ」
ナビは公爵の膝にぴょんと飛び乗り、ぐるぐると喉を鳴らし始めた。まさか、あのナビがこんなにあっさりと懐くとは…。公爵はしばしナビの頭を撫でながら、静かに微笑んでいた。
夜も更け、賑わいが一段落したころ、公爵と僕は控えの間に移った。ナビはすっかり公爵の膝で落ち着いている。部屋には香木が焚かれ、落ち着いた雰囲気が広がっていた。
「リョウエスト君。君のようなものが、彼の地で種族融和を形にしておる。見事なことじゃ」
「ありがと。でも、まだ始まったばかり。うまくいかないこともあるし、苦情や反発も出ている」
僕の言葉に、公爵は頷いた。
「だろうな。私の領でも、火の民や水竜人と暮らすのは簡単ではない。信頼を築くのは、何よりも時間がかかる」
「けれど、築けた信頼は簡単には壊れない。人も獣人も、地精も、風精も…」
僕の言葉に、公爵は少し目を細めた。
「そうだな。そうでなければ、わしの息子の代はこの地を治める意味がない」
そう言って、彼は呼び鈴を鳴らした。しばらくして、ひとりの青年が現れる。背は高く、整った顔立ちに端正な制服。公爵の息子、領主代理の若き統治者だった。
「初めまして。私はセリオ・エフェルト。父に代わり、この地を預かっています」
「リョウエスト・スサンです。よろしくお願い、します」
セリオ様は穏やかな声で自己紹介をしてくれた。彼が公爵として名乗れるのは、父の代から決められた特例によるものだという。
「次の次の代で公爵の称号は剥奪される。ゆえに、我が家は今、力を蓄えねばならぬのだ」
「力、ですか…」
「戦ではない。種族を隔てぬ経済の力だ。ゆえにスサン商会の支店誘致は我が家にとって大きな意味を持つ」
翌朝、帰路に就くため支度を整えた僕たちは、公爵館の前に集まっていた。エフェルト公爵とセリオ領主が並び立ち、僕たちを見送ってくれる。
「リョウエスト殿、また来てくれ。次はもっと美味い料理を用意しておく」
「はい、また来ます。アバーンの燻製なんてどうですか?香りがさらに増しますよ」
「ほほう、それは面白い。やってみようかのう」
僕がそう言うと、公爵はまた笑い声をあげた。ナビは名残惜しそうに、公爵の足元から離れようとしなかったが、僕が声をかけるとようやく戻ってきた。
馬車に乗り込むと、ロイック兄さんが隣で声をかけてきた。
「今回は良い出張になったな、リョウ。公爵との縁もさらに強くなった」
「うん。だけど、まだまだやることは多いよね。公爵様にも満足して欲しいね」
「そのために我々がいる。リョウが切り拓いた種族の融和を各地で推し進めていく」
そして、ストークが丁寧な声で一言。
「お疲れ様でございました、リョウ様」
「ありがとう、ストーク。帰ったら少し休みたいなぁ…」
馬車がゆっくりと出発し、公爵領の街並みが遠ざかっていく。振り返ると、公爵とその息子セリオがいつまでも手を振って見送ってくれていた。
「……こうして見送られるの、なんだかくすぐったいね」
「スサン商会の支店は、ただの商売の拠点じゃない。信頼と期待が込められている」
「そうだね」
「リョウが種族融和に舵を切ってからただの商会というだけではなく、そういう風に見られる事も多くなった。我々もそれに応えないと」
馬車の外では、ナビが窓から顔を出して、風に耳をなびかせていた。視線の先に広がるのは、果てしなく続くルステインへの帰路。けれど、その道はもう、往きとは違って見えた。
種族の違いを越えて、人々が手を取り合って生きるために。僕にできることはまだまだある。
「……次はどこに支店を出そうか」
そんなロイック兄さんの呟きが、馬車の中に静かに響いた。
あなたにおすすめの小説
異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~
夏見ナイ
ファンタジー
過労死したプラントエンジニアの俺が転生したのは、剣と魔法の世界のド貧乏な貴族の三男、リオ。石鹸すらない不衛生な環境、飢える家族と領民……。こんな絶望的な状況、やってられるか! 前世の知識を総動員し、俺は快適な生活とスローライフを目指して領地改革を開始する!
農業革命で食料問題を解決し、衛生革命で疫病を撲滅。石鹸、ガラス、醤油もどきで次々と生活レベルを向上させると、寂れた領地はみるみる豊かになっていった。
逃げてきた伯爵令嬢や森のエルフ、ワケありの元騎士など、頼れる仲間も集まり、順風満帆かと思いきや……その成功が、強欲な隣領や王都の貴族たちの目に留まってしまう。
これは、ただ快適に暮らしたかっただけの男が、やがて“近代化の父”と呼ばれるようになるまでの物語。
最強魔法は生活魔法!? ~異世界ではモンスター退治も生活のうち~
gagaga
ファンタジー
神の気まぐれにより異世界へと転移した主人公田辺竜太(大学生)が生活魔法を駆使して冒険したり町の人と触れ合ったりする物語です。
なお、神が気まぐれすぎて一番最初に降り立つ地は、無人島です。
一人称視点、独り言多め、能天気となっております。
なお、作者が気ままに書くので誤字脱字は多いかもしれませんが、大目に見て頂けるとありがたいです。
ただ、敢えてそうしている部分もあり、ややこしくてすいません。(^^;A
ご指摘あればどんどん仰ってください。
※2017/8/29 連載再開しました!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
ひだまりのFランク冒険者
みなと劉
ファンタジー
ここは異世界。
そこの冒険者ギルドでは毎日仕事がてんこ盛り。
そんな中
冒険者ギルドには万年Fランクの冒険者が一人いる。
その名は、リルド。
彼は、特に何もない感じに毎日
「薬草採取」「石集め」Fランク向け「討伐」場合によっては「ポーション生成」をする。
この話はこの万年Fランク冒険者リルドの物語である。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
[完]異世界銭湯
三園 七詩
ファンタジー
下町で昔ながらの薪で沸かす銭湯を経営する一家が住んでいた。
しかし近くにスーパー銭湯が出来てから客足が激減…このままでは店を畳むしかない、そう思っていた。
暗い気持ちで目覚め、いつもの習慣のように準備をしようと外に出ると…そこは見慣れた下町ではなく見たことも無い場所に銭湯は建っていた…