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8歳の旅回り。
水の街へ。
翌朝、僕たちは再び、あの鹿族の村へ向かっていた。獣人伯自身が随行するということで、村の空気も前日とは打って変わって引き締まっていた。
「まさか伯爵様ご本人が来るとは……!」
村長が腰を深く折って出迎えてくれる。
獣人伯はそれを制して、軽く笑った。
「この森は我ら獣人の心の一部だ。そこに新しい芽が生まれるとあらば、見届けるのは当然のことよ」
畑の奥に案内されると、昨日見たあの『薬草』。カカオの木らしき若木がいくつも立っていた。黒くて艶のある実が、太陽の下でじっと熟している。
「これが…甘くなる、ですか?」
村の青年が不思議そうに実を手に取りながら言う。
「うん。ちゃんと発酵と焙煎の工程を通せば、甘く、香ばしくなる。僕が戻ったら、製法をまとめて、指導員と一緒に送り届けるよ」
「そんな……いいんですか?」
「もちろん。これは、新しい未来の扉だから」
ナビが僕の肩に乗り、耳をぴくつかせた。
獣人伯は森を見渡し、しばし無言で風を聞いたのち、振り返った。
「民が育てる命を、命が育てる民を、我は誇りに思う」
「このカカオをどうか、大事にしてあげてください」
僕が言うと、村人たちは真剣な顔で頷いた。
「……では、契約としよう」
獣人伯は腰から小さな刃を抜き、空気を割るように前方の地面に突き立てた。
「この森の恵みを受け、王都と連なる『新たなる道』とすること。異種族の友と共に築く未来を、獣人の名において認めよう」
その言葉に、村人たちも跪き、両手を胸に重ねて「誓い」とした。
帰路、馬車の中でエメイラがため息をついた。
「やっぱり…すごいね、リョウ。普通に来て、普通に未来つくってる」
「普通じゃないよ。こっちは毎回、心臓バクバクなんだから」
「ふふっ、そう? じゃあ次はもっと激しい出会いが待ってるかもね」
ミザーリが槍の柄を握りながら聞く。
「主よ、次の自治領は…小人族か?」
「ううん、その前にもう一か所。水竜人。潮と水の街だよ」
「潮と水の街?」
エメイラが目を輝かせた。
「美味しい魚、食べ放題?」
「たぶん。でも、その代わりにまた面倒ごとも…」
僕の言葉に、全員が笑った。
未来はまだ見えない。でも、僕たちは確かに『育って』いた。
館に戻ると、獣人伯が席に座る。
「そろそろ出かけると聞いた。しばらく滞在しても良いのだぞ。」
「ありがとうございます、獣人伯様。ですが僕は王命を受けてます」
「そうか…行くがよい、リョウエスト。君の旅は始まったばかりだ」
「はい、次は潮と水の街。水竜人伯様に会いに行きます」
伯爵は満足げに頷き、僕の頭をそっと撫でた。
「では、行ってこい。『道を繋ぐ者』よ。新たなる港へ」
獣人伯の館を後にした僕たちは、潮と水の街と呼ばれる水竜人の自治領へと向かっていた。海辺に広がるその都市は、石造りの運河と水車が並び、水竜人たちが水の流れと共に暮らす不思議な場所だと聞いていた。
「潮の香り、懐かしいですねえ」
とミザーリが言う。故郷の火山地帯とは対照的な湿った風に、彼女の表情はどこか緩んでいた。
街の門をくぐると、潮風が肌を撫でた。白い衣装に身を包んだ水竜人たちが、水面の上を滑るように歩いていく。その中のひとりが、僕に気づいて近づいてきた。
「あなたが…『波を分ける者』ですか?」
「波を分ける…?」
僕が首を傾げると、その水竜人は柔らかく微笑んだ。
「この地には古くから、海の流れを変え、道を作る者が現れるという伝承があるのです。あなたがその者であると、多くの者が感じています」
「僕はただ…王様に頼まれて、皆のところを回っているだけなんだけど」
「それが波を変えるのです」
まるで謎かけのような会話だったが、歓迎の意を示してくれているのは伝わった。
白い石壁に囲まれ、潮風でなめらかに磨かれた街並みが続く。その中心に立つのは、青い珊瑚の紋章を掲げた水竜人伯の館だった。
館に着くと、すぐに応接室に通され、冷たい海藻茶が出された。
「ようこそ、潮の街へ」
静かな声と共に現れたのは、水竜人伯だった。彼の肌は青白く、目元は水のように澄んでいた。装束は軽やかで、海の泡を思わせる刺繍が浮かんでいる。
「お久しぶりです。この度王命によりこちらに参りました」
「うん。この潮と水の街へようこそ。海水と淡水が混じり合うこの街は君を歓迎するよ。」
静かな口調の中にも確かな芯があり、まるで深海の水圧を感じるような重みがあった。
「君の働きは、各地の海路を通じて我らの耳にも届いている。今度の発明も面白い。だが、それだけではないはず」
僕は頷き、視線を彼の正面にまっすぐ向けた。
「異種族が共に手を取り合う時代を作りたい。僕一人の力では足りません。だから、各地の自治領を訪れて、対話をし、繋がりを育てたいと思ってるんです」
水竜人伯は少し目を細めた。エメイラが横から言った。
「リョウはね、まだ子どもだけど、未来の道を作ってるの。私たちはそれを手伝ってるだけ」
ミザーリが目を細めて言う。
「主は港のような存在。いろんなものが集まり、そこから世界へ出ていく」
沈黙ののち、水竜人伯は微笑んだ。
「……なるほど、潮の香りだけではなく、未来の香りもする」
「お認めいただけますか?」
「よし。客人として迎えよう。明日、港と水源施設を案内しよう。我らの生き方を知った上で、語るといい」
「ありがとうございます!」
静かな出会いの中に、確かな波が生まれ始めていた。
「まさか伯爵様ご本人が来るとは……!」
村長が腰を深く折って出迎えてくれる。
獣人伯はそれを制して、軽く笑った。
「この森は我ら獣人の心の一部だ。そこに新しい芽が生まれるとあらば、見届けるのは当然のことよ」
畑の奥に案内されると、昨日見たあの『薬草』。カカオの木らしき若木がいくつも立っていた。黒くて艶のある実が、太陽の下でじっと熟している。
「これが…甘くなる、ですか?」
村の青年が不思議そうに実を手に取りながら言う。
「うん。ちゃんと発酵と焙煎の工程を通せば、甘く、香ばしくなる。僕が戻ったら、製法をまとめて、指導員と一緒に送り届けるよ」
「そんな……いいんですか?」
「もちろん。これは、新しい未来の扉だから」
ナビが僕の肩に乗り、耳をぴくつかせた。
獣人伯は森を見渡し、しばし無言で風を聞いたのち、振り返った。
「民が育てる命を、命が育てる民を、我は誇りに思う」
「このカカオをどうか、大事にしてあげてください」
僕が言うと、村人たちは真剣な顔で頷いた。
「……では、契約としよう」
獣人伯は腰から小さな刃を抜き、空気を割るように前方の地面に突き立てた。
「この森の恵みを受け、王都と連なる『新たなる道』とすること。異種族の友と共に築く未来を、獣人の名において認めよう」
その言葉に、村人たちも跪き、両手を胸に重ねて「誓い」とした。
帰路、馬車の中でエメイラがため息をついた。
「やっぱり…すごいね、リョウ。普通に来て、普通に未来つくってる」
「普通じゃないよ。こっちは毎回、心臓バクバクなんだから」
「ふふっ、そう? じゃあ次はもっと激しい出会いが待ってるかもね」
ミザーリが槍の柄を握りながら聞く。
「主よ、次の自治領は…小人族か?」
「ううん、その前にもう一か所。水竜人。潮と水の街だよ」
「潮と水の街?」
エメイラが目を輝かせた。
「美味しい魚、食べ放題?」
「たぶん。でも、その代わりにまた面倒ごとも…」
僕の言葉に、全員が笑った。
未来はまだ見えない。でも、僕たちは確かに『育って』いた。
館に戻ると、獣人伯が席に座る。
「そろそろ出かけると聞いた。しばらく滞在しても良いのだぞ。」
「ありがとうございます、獣人伯様。ですが僕は王命を受けてます」
「そうか…行くがよい、リョウエスト。君の旅は始まったばかりだ」
「はい、次は潮と水の街。水竜人伯様に会いに行きます」
伯爵は満足げに頷き、僕の頭をそっと撫でた。
「では、行ってこい。『道を繋ぐ者』よ。新たなる港へ」
獣人伯の館を後にした僕たちは、潮と水の街と呼ばれる水竜人の自治領へと向かっていた。海辺に広がるその都市は、石造りの運河と水車が並び、水竜人たちが水の流れと共に暮らす不思議な場所だと聞いていた。
「潮の香り、懐かしいですねえ」
とミザーリが言う。故郷の火山地帯とは対照的な湿った風に、彼女の表情はどこか緩んでいた。
街の門をくぐると、潮風が肌を撫でた。白い衣装に身を包んだ水竜人たちが、水面の上を滑るように歩いていく。その中のひとりが、僕に気づいて近づいてきた。
「あなたが…『波を分ける者』ですか?」
「波を分ける…?」
僕が首を傾げると、その水竜人は柔らかく微笑んだ。
「この地には古くから、海の流れを変え、道を作る者が現れるという伝承があるのです。あなたがその者であると、多くの者が感じています」
「僕はただ…王様に頼まれて、皆のところを回っているだけなんだけど」
「それが波を変えるのです」
まるで謎かけのような会話だったが、歓迎の意を示してくれているのは伝わった。
白い石壁に囲まれ、潮風でなめらかに磨かれた街並みが続く。その中心に立つのは、青い珊瑚の紋章を掲げた水竜人伯の館だった。
館に着くと、すぐに応接室に通され、冷たい海藻茶が出された。
「ようこそ、潮の街へ」
静かな声と共に現れたのは、水竜人伯だった。彼の肌は青白く、目元は水のように澄んでいた。装束は軽やかで、海の泡を思わせる刺繍が浮かんでいる。
「お久しぶりです。この度王命によりこちらに参りました」
「うん。この潮と水の街へようこそ。海水と淡水が混じり合うこの街は君を歓迎するよ。」
静かな口調の中にも確かな芯があり、まるで深海の水圧を感じるような重みがあった。
「君の働きは、各地の海路を通じて我らの耳にも届いている。今度の発明も面白い。だが、それだけではないはず」
僕は頷き、視線を彼の正面にまっすぐ向けた。
「異種族が共に手を取り合う時代を作りたい。僕一人の力では足りません。だから、各地の自治領を訪れて、対話をし、繋がりを育てたいと思ってるんです」
水竜人伯は少し目を細めた。エメイラが横から言った。
「リョウはね、まだ子どもだけど、未来の道を作ってるの。私たちはそれを手伝ってるだけ」
ミザーリが目を細めて言う。
「主は港のような存在。いろんなものが集まり、そこから世界へ出ていく」
沈黙ののち、水竜人伯は微笑んだ。
「……なるほど、潮の香りだけではなく、未来の香りもする」
「お認めいただけますか?」
「よし。客人として迎えよう。明日、港と水源施設を案内しよう。我らの生き方を知った上で、語るといい」
「ありがとうございます!」
静かな出会いの中に、確かな波が生まれ始めていた。
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