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8歳の旅回り。
老小人の夢
「ついてきてほしいと、思うんだっ」
そう言って、小人伯はふわふわと草原を跳ねながら、僕の手を引いた。彼の声はまだ割れるように高く、目もきらきらしている。まるで子供そのもの。でもその背中には、不思議な威厳があった。
「どこへ?」
「宇宙で一番高いところへ行きたかったやつに、会わせてあげるっ」
その案内でたどり着いたのは、森の奥の、傾いた塔だった。錆びた風見鶏がくるくる回る屋根。中からは、機械のような音と、金属の焼けた匂いが漏れている。
「…誰か住んでるの?」
「うん。ちっちゃくて、古くて、変なことばっか考えてたおじいだよ。でも、すごいんだ。あいつ、空を目指してたんだよ!」
扉をノックすると、ゆっくりと軋む音とともに開いた。
「…ああ。小人伯か。客か?」
現れたのは、腰の曲がった、白髪の小人だった。つなぎ服には油汚れが染みつき、ゴーグルの跡が顔にくっきりとついている。
「このひと、ボクのともだちっ。人間で、でも、ただの人間じゃないっ」
「ふむ…目がいい。見たことのない光をしている」
その目は、夢を見て、それを失った人の目だった。
僕は名乗り、彼は「バレト」と言った。老小人の発明家。かつて、将来を嘱望された科学者だったが、「空を飛びたい」と言い出して以来、村でも変人扱いされ、独りでこの塔に住み着いたのだという。
「飛ぶって……何で?」
「空は、自由だ。高さに終わりがない。風がすべてを拒み、すべてを迎え入れる。そこにこそ、意味がある」
彼はそう語ると、積み上げたノートの山の中から、一冊の綴りを差し出した。
「わしは、もう飛べん。力も、若さも、惜しまず使い切った。だが、お前なら……」
僕はそれを手に取った。文字は細かく、図面は独創的だった。羽の角度、回転翼の試作、燃焼機構まで書いてある。だが……。
(これじゃ、飛べない。……構造も理論も、決定的にずれてる)
それでも、ページの隅には何度も修正の跡があった。試して、壊して、また組み立てて。彼なりに、全力で飛ぼうとした跡が残っていた。
「…すごいよ。これ、ちゃんとやってたんだね。たぶん、飛ばないけど、それでも…すごいよ」
老小人の目が、一瞬だけ潤んだ。
「おまえは、嘘を言わないな…なら、それで充分だ」
その夜、僕は塔の上で星を見ながら、ノートを読み込んだ。小人伯は僕の隣で、眠そうにあくびをしていた。
「ねぇ、おじい、元気なかったね…」
「うん。でも、すごくいい顔してたよ」
小人伯は、ぱちりと目を開いた。
「ボクね、あいつの飛ぶって夢、ぜんぶ聞いてた。バカだって言われても、ずっと、飛ぶことばっか考えてた…でも、もう飛べないの、分かってたみたい」
僕は、ノートを胸に抱いた。
「…じゃあ、僕が飛ぶよ。絶対に」
そして次の日の朝、老小人バレトは、静かに息を引き取った。
老小人バレトの遺体は、塔の奥にある古びた作業台の横で安らかに眠っていた。目を閉じて、まるで昼寝でもしているかのような表情だった。
「…おじい、ほんとに、いなくなっちゃったんだね」
小人伯が、ぽつりとつぶやいた。その声には、いつもの明るさがなかった。
僕は研究ノートを胸に抱きしめ、塔の片隅で黙っていた。
「彼の夢は、空を飛ぶことだった。孤独でも、笑われても、ただそれだけをずっと…」
棚に並んだ金属片や、バネ、羽根の試作機。どれも年季が入っていて、油にまみれ、ところどころ焼け焦げている。
(でも、使える)
彼が残した素材や技術は、僕の元いた世界の知識と組み合わせれば、十分に応用できるものばかりだった。ねじ一本、軽量材の扱い方一つにすら、工夫と執念が詰まっていた。
「……たとえ、間違っていたとしても。これは、無駄なんかじゃない」
「……うん。ボクも、そう思うよ」
小人伯が、小さな拳を握りしめて言った。
「ねぇ……あいつの夢、キミが叶えてあげるんでしょ?」
僕は頷いた。
「僕が飛ぶ。絶対に。バレトさんの材料と、僕の知識を合わせて。時間はかかるけど、やる」
ふいに、小人伯が僕の袖を引いた。ふと見ると、潤んだ瞳で僕を見上げていた。
「じゃあボクも、手伝う。すぐには無理でも、きっと。飛ぶのって……かっこいいしっ!」
「ありがとう。頼もしいね、小人伯」
その言葉に、彼は顔を赤くしながらふんっと胸を張った。
「当然だっ! だってボク、小人伯だぞっ!」
そう叫んで、彼は塔の中をぴょんぴょんと跳ね回った。その背中が、どこか哀しみを振り切ろうとしているように見えた。
夜。塔の上に立って、星空を見上げる。
小人伯は寝息を立てて、隣で丸まっていた。彼はまだ知らない。
僕が、この世界に来る前の記憶を持っていることを。
それを知っているのは、いまのところ家族とエメイラとミザーリとドルトとアニナと王様達だけだ。
(…バレトさんの理論は、推進力の概念が足りてない。揚力計算もズレてる。でも、あのパーツの構造、軽量合金の作り方はすごい。…あれなら、翼の骨組みに使える)
僕の中で、過去の知識とこの世界の技術が、ひとつに繋がりはじめていた。
…飛ぶ。
…誰も届かなかった空へ。
僕はそっとバレトの研究ノートを撫でた。
「必ず飛ぶよ、バレトさん。あなたがくれた夢と、この世界の空を…僕の翼で、つなぐんだ」
風が静かに吹いた。
どこからか、老小人の笑う声が聞こえた気がした。
そう言って、小人伯はふわふわと草原を跳ねながら、僕の手を引いた。彼の声はまだ割れるように高く、目もきらきらしている。まるで子供そのもの。でもその背中には、不思議な威厳があった。
「どこへ?」
「宇宙で一番高いところへ行きたかったやつに、会わせてあげるっ」
その案内でたどり着いたのは、森の奥の、傾いた塔だった。錆びた風見鶏がくるくる回る屋根。中からは、機械のような音と、金属の焼けた匂いが漏れている。
「…誰か住んでるの?」
「うん。ちっちゃくて、古くて、変なことばっか考えてたおじいだよ。でも、すごいんだ。あいつ、空を目指してたんだよ!」
扉をノックすると、ゆっくりと軋む音とともに開いた。
「…ああ。小人伯か。客か?」
現れたのは、腰の曲がった、白髪の小人だった。つなぎ服には油汚れが染みつき、ゴーグルの跡が顔にくっきりとついている。
「このひと、ボクのともだちっ。人間で、でも、ただの人間じゃないっ」
「ふむ…目がいい。見たことのない光をしている」
その目は、夢を見て、それを失った人の目だった。
僕は名乗り、彼は「バレト」と言った。老小人の発明家。かつて、将来を嘱望された科学者だったが、「空を飛びたい」と言い出して以来、村でも変人扱いされ、独りでこの塔に住み着いたのだという。
「飛ぶって……何で?」
「空は、自由だ。高さに終わりがない。風がすべてを拒み、すべてを迎え入れる。そこにこそ、意味がある」
彼はそう語ると、積み上げたノートの山の中から、一冊の綴りを差し出した。
「わしは、もう飛べん。力も、若さも、惜しまず使い切った。だが、お前なら……」
僕はそれを手に取った。文字は細かく、図面は独創的だった。羽の角度、回転翼の試作、燃焼機構まで書いてある。だが……。
(これじゃ、飛べない。……構造も理論も、決定的にずれてる)
それでも、ページの隅には何度も修正の跡があった。試して、壊して、また組み立てて。彼なりに、全力で飛ぼうとした跡が残っていた。
「…すごいよ。これ、ちゃんとやってたんだね。たぶん、飛ばないけど、それでも…すごいよ」
老小人の目が、一瞬だけ潤んだ。
「おまえは、嘘を言わないな…なら、それで充分だ」
その夜、僕は塔の上で星を見ながら、ノートを読み込んだ。小人伯は僕の隣で、眠そうにあくびをしていた。
「ねぇ、おじい、元気なかったね…」
「うん。でも、すごくいい顔してたよ」
小人伯は、ぱちりと目を開いた。
「ボクね、あいつの飛ぶって夢、ぜんぶ聞いてた。バカだって言われても、ずっと、飛ぶことばっか考えてた…でも、もう飛べないの、分かってたみたい」
僕は、ノートを胸に抱いた。
「…じゃあ、僕が飛ぶよ。絶対に」
そして次の日の朝、老小人バレトは、静かに息を引き取った。
老小人バレトの遺体は、塔の奥にある古びた作業台の横で安らかに眠っていた。目を閉じて、まるで昼寝でもしているかのような表情だった。
「…おじい、ほんとに、いなくなっちゃったんだね」
小人伯が、ぽつりとつぶやいた。その声には、いつもの明るさがなかった。
僕は研究ノートを胸に抱きしめ、塔の片隅で黙っていた。
「彼の夢は、空を飛ぶことだった。孤独でも、笑われても、ただそれだけをずっと…」
棚に並んだ金属片や、バネ、羽根の試作機。どれも年季が入っていて、油にまみれ、ところどころ焼け焦げている。
(でも、使える)
彼が残した素材や技術は、僕の元いた世界の知識と組み合わせれば、十分に応用できるものばかりだった。ねじ一本、軽量材の扱い方一つにすら、工夫と執念が詰まっていた。
「……たとえ、間違っていたとしても。これは、無駄なんかじゃない」
「……うん。ボクも、そう思うよ」
小人伯が、小さな拳を握りしめて言った。
「ねぇ……あいつの夢、キミが叶えてあげるんでしょ?」
僕は頷いた。
「僕が飛ぶ。絶対に。バレトさんの材料と、僕の知識を合わせて。時間はかかるけど、やる」
ふいに、小人伯が僕の袖を引いた。ふと見ると、潤んだ瞳で僕を見上げていた。
「じゃあボクも、手伝う。すぐには無理でも、きっと。飛ぶのって……かっこいいしっ!」
「ありがとう。頼もしいね、小人伯」
その言葉に、彼は顔を赤くしながらふんっと胸を張った。
「当然だっ! だってボク、小人伯だぞっ!」
そう叫んで、彼は塔の中をぴょんぴょんと跳ね回った。その背中が、どこか哀しみを振り切ろうとしているように見えた。
夜。塔の上に立って、星空を見上げる。
小人伯は寝息を立てて、隣で丸まっていた。彼はまだ知らない。
僕が、この世界に来る前の記憶を持っていることを。
それを知っているのは、いまのところ家族とエメイラとミザーリとドルトとアニナと王様達だけだ。
(…バレトさんの理論は、推進力の概念が足りてない。揚力計算もズレてる。でも、あのパーツの構造、軽量合金の作り方はすごい。…あれなら、翼の骨組みに使える)
僕の中で、過去の知識とこの世界の技術が、ひとつに繋がりはじめていた。
…飛ぶ。
…誰も届かなかった空へ。
僕はそっとバレトの研究ノートを撫でた。
「必ず飛ぶよ、バレトさん。あなたがくれた夢と、この世界の空を…僕の翼で、つなぐんだ」
風が静かに吹いた。
どこからか、老小人の笑う声が聞こえた気がした。
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