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9歳の記す者。
継続する強さとは?
しおりを挟む今日は風の穏やかな午後だった。王都の僕の工房の中庭には、花とハーブの香りがほんのりと漂い、陽だまりでナビがうたた寝している。そこに、ヤルス君が息を切らせてやってきた。
「はぁ、はぁ…従兄弟、今日も訓練終わったよ!」
「また走って来たの? おやつの時間に間に合いたいのは分かるけど、無理しすぎじゃない?」
僕が用意していたおやつは、ドワーフのレシピで作ったバタークッキーと、火の民のハーブ入り甘酒。机の上に並べると、ヤルス君は汗を拭きながら、むしゃむしゃとクッキーをほおばった。
「おいし…やっぱ、従兄弟んちのは特別だなー。これで午後の訓練もがんばれる!」
「午後も? え、午前は父上、午後はツヴァイでしょ? 昨日も一日中剣振ってなかった?」
「うん。でもオレ、従兄弟の騎士になるって決めたから。鍛えて鍛えて、誰にも負けないくらい強くなりたいんだ!」
真剣な瞳でそう言われて、僕は少し言葉を詰まらせた…うれしい。だけど、どこかで無理してるんじゃないかって、不安だった。
その日の夕方、僕はある場所に彼を連れて行くことにした。ルステインにある、織物工房だ。そこでは『ジルケルスパイダー』という特殊な蜘蛛の糸を織って、王国最高級の布を作っている。
「ここは……?」
「ジルケル織物の工房。今、王宮の礼服とか、魔導士の衣装もここで作ってるんだって。おばあさんたちが、ずっと作り続けてるの」
中へ入ると、独特の湿気と静かな織機の音が僕らを迎えた。白髪の小柄なお婆さんたちが、指先で繊細な糸を操っている。
「ほぉ…!すごい…。なんか、魔法みたいだ…」
「おや、リョウ坊たち見学かい?」
小柄で背中の曲がったマルセ婆さんが、柔らかく笑いかけてきた。
「うん。従兄弟が、騎士になるためにすごく頑張ってて。でも、最近ちょっと頑張りすぎじゃないかって思って…」
「…オレ、剣の練習してるんです。おばあさんたちは、こんな細かい作業、どれくらい練習したんですか?」
ヤルス君が目を輝かせて聞くと、マルセ婆さんは手を止めて、ほほえんだ。
「そうだねぇ…練習っていうより、毎日やってたら、気づいたらできるようになってた、って感じかねぇ」
「えっ!? ものすごく訓練したんじゃないんですか?」
「そりゃぁ初めの頃は手が震えたし、何度も失敗したけどさ。無理して詰め込んだら、嫌になっちゃってたと思うよ」
別のお婆さんが糸巻きをくるくると回しながら、さらりと言う。
「わしら、長い時間をかけて、少しずつ好きになっていったのさ。好きでい続けるには、無理しすぎないってのも大事なことだよ」
ヤルス君は、はっと目を見開いた。
「無理しすぎない…それって、甘えじゃないんですか?」
「甘え? それはちがうよ。自分の体と心を、大切にするってことさ。そしたらね、ずっと長く、強くなれるんだよ」
ゆっくりと紡がれる言葉が、ヤルス君の胸に染み込んでいくのが、僕にもわかった。
「従兄弟…オレ、もしかしたら…ちょっと、焦ってたのかも」
「うん。強くなりたい気持ちはすごく大事。でも、剣も心も、時間をかけて磨くものだよ」
織機の音が、また静かに響きはじめる中で、ヤルス君はじっとその作業を見つめていた。
あの日、ジルケル織物のお婆さんたちの話を聞いてから、ヤルス君の様子が少しだけ変わった。
「従兄弟…今日の訓練、ちょっとだけ早く切り上げた」
いつものおやつの時間、汗だくで現れる代わりに、今日は軽く整えた髪と、落ち着いた表情で工房の裏庭にやってきた。僕が淹れたハーブティーの湯気が、静かに風に揺れている。
「どうしたの? ツヴァイさん、厳しいのに許してくれたの?」
「うん。正直に話したんだ。『今までの訓練、ちょっとやりすぎてたかも』って。でも、ただ時間を減らすだけじゃなくて、練習の質を上げたいって伝えたら、うんって頷いてくれた」
ヤルス君はクッキーをかじりながら、どこか誇らしげに言った。
「『質を上げたい』って、たとえばどうするの?」
「ツヴァイさんに言われたのは、『自分の動きを自覚しながら剣を振れ』ってこと。今まではただ、全力で振り回してただけだった。だけど、よく見て、感じて、正確に振る。それが本当の意味での『鍛錬』なんだって」
彼は木の枝を拾って、まっすぐ立ち上がった。
「たとえばこの構え。足の置き方、腕の角度、肩の力の抜き方…意識してみると、今までのオレ、無駄に力入れすぎてたってわかったよ」
「へぇ…動き、すごく安定してる。さっきより静かだけど、なんだか強そう」
「だろ? ツヴァイさんが言ってた。『真に洗練された技は、静かに鋭く、美しい』ってさ」
得意げに言うその姿は、昨日までの『無理してでも強くなりたい』少年とは違って見えた。
その日から数日間、ヤルス君の訓練スタイルは大きく変わった。練習時間は以前よりも短くなったが、密度は明らかに高くなったようだった。
ツヴァイもその変化に気づいていたらしく、ある日のこと、僕のところにふらりと立ち寄ってきた。
「リョウ様、ヤルス坊に何か言ったのかい?」
「え?いや…ただ、一緒に織物のお婆さんたちを訪ねただけで」
「ふむ…なるほど。あの坊主、稽古の合間に『剣の呼吸を聞く』とか言い出して。妙に風流なことを言うから驚いたんです」
ツヴァイはそう言って、どこかうれしそうにニヤリと笑った。
「『頑張る』ってのは、無茶することじゃねぇ。『続けられること』を見つけるのが、いちばんの才能です」
「それって…魔術にも通じる気がしするや。僕も、焦らずに地道にやっていこう」
「おぉ、いい心構えですな。……しかし、ま、たまには張り合いも必要かもですな」
「張り合い?」
「ヤルス坊、リョウ様の隣にいるからこそ、『負けたくない』って思えてるようですよ?」
そう言われて、僕はちょっと驚いた。そして同時に、うれしさと、ちょっぴりの責任を感じた。
だから、ヤルス君は、あんなに一生懸命だったんだ。
その日の夕方、再びヤルス君が現れた。今度は、練習帳と呼ばれるノートを持って。
「見てよ、従兄弟。これ、オレの『修練ノート』。今日気づいたこととか、失敗したこととか、全部書いてるんだ!」
「わぁ…ちゃんと記録してるんだね。字、丁寧だし…『今日の課題:間合いを詰めるとき、足の運びを二拍で』って書いてある」
「こういうの書いてるとね、自分の成長が見えてくるんだ。ちょっと前の自分が、どれだけ空回りしてたかもわかるし」
ヤルス君は笑っていた。その笑顔には、どこか余裕があって、そしてなにより『継続する強さ』があった。
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