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9歳の記す者。
外交戦の一手。
「…つまり、正式な抗議を王都に送ると?」
僕の報告を聞き終えたマックスさんが、少し目を細めた。マックスさんは温和だけど、こういう時は鋭くなる。
「はい。スパイ行為は明確な敵対です。僕個人で裁くことではないです。国家の判断を仰ぎます」
「…リョウの方が、よほど領主らしいな」
「僕は未来を記す者です。領主権はありませんし、命令もできません。あくまで、ここにいる料理家で発明家で、調整役です」
マックスさんが笑った。
「それでも、この街はお前を中心に動いている。わかった、報告の書簡はこちらで添えよう」
「ありがとうございます」
僕は深く礼をして、部屋を出た。すぐに手紙と証拠を王都の兄嫁マリカさんの父…マリエンティ伯爵に送る。外務副大臣で、外交の実務を担う重鎮だ。獣人隊商が今回は急いでくれるようだ。2日で届けると息巻いていた。
『フェキアの不当な諜報活動に関し、ルステインより抗議を行います。僕自身の立場からも、コリント王国の威信を守る必要があると考えます』
3日後、速文が届く。
『よくやったリョウエスト君。国王陛下もこの件に関心を持っておられる。正式な外交ルートで抗議文を送る。君自身は動かなくていい』
…よかった。
僕は王都へ行かない。9歳の僕が直接交渉するには立場が足りない。でも、発明品と経済の力が僕にはある。
お父さんとお兄さん達と相談して、その夜、僕は新しい命令書を出した。
「ルステインからフェキア王国への全てのレシピ・技術の輸出禁止を発令します。例外は一切なし」
フィアが真っ青になって聞き返した。
「フェキアって、ワインの半分以上をこっちに頼ってるでしょ?」
「うん。でも、その依存こそが、こちらの交渉力」
缶詰、蒸留酒、発酵パン、印刷機、調理器具、スサン商会の製品…全部、僕とお父さんとお兄さんと仲間たちが築いてきた。
僕はフェキアに「怒り」を示す。
これは、剣でなく、技術で戦う戦争だ。
「陛下!コリント王国からの通告が届きました!」
フェキア王国の外務官僚が駆け込んできたのは、国王レオナード三世の謁見室だった。書簡には、はっきりこう書かれていた。
『ルステインにおける一連の諜報活動を非難し、王国として正式に抗議する。我が国はフェキアとのあらゆる技術協力、文化交流、物品輸出を凍結する』
「なにぃ…!」
国王の顔が怒りよりも、焦りに歪んだ。
「まさか本当に禁輸するとは…っ!?」
横にいた老練な宰相が言った。
「陛下、これはリョウエスト坊――いや、あのルステインの未来を記す者の発案です。奴は技術と人材をまとめ、発明で国を動かす子どもです」
「九歳の小僧に、この王国がっ…!」
フェキア王国は豊かだ。しかしワインはコリント産。パンの発酵技術も、缶詰製品も、印刷も、酒も、軒並みルステイン製の技術が入ってきている。特に今ようやくルステインからこちらに技術が入り革新が起こり始めた所だ。今止められるのはまずい。
「…技術が止まれば、商人は反発し、都市の供給は乱れる。しかもこの国のワインの八割がコリント産を使っている」
「では、どうすれば…?」
「詫びるしかありますまい」
その言葉に、王は奥歯を噛み締めた。
一方、ルステイン。
僕は、書類を整理しながら、エメイラに言った。
「これで少しは、フェキアに誤魔化しや謀略が通じないってわかってもらえるかな」
「うん。リョウ、あなたすごいわ。戦わずして勝つ、ってやつね」
「ううん、僕は怖かったよ。ほんとは…王都に行くのも嫌だった」
「でも、ちゃんと怒ったわ。誰も怪我しない形で、国に怒りを伝えた。立派だわ」
エメイラの言葉が胸に染みた。
子どもでも怒っていい。自分の言葉で、やってきたことを守っていい。そう、父さんにも教わってきたんだ。
そこへ、マックスさんが書簡を手にしてアトリエに来た。
「王都から続報だ。フェキアから正式に『謝罪の意向あり』。今後の通商再開を協議したいとのことだ」
「…謝罪、か」
僕は小さく息を吐いた。まだ終わりじゃない。けれど、まずは勝った。
小さな街の、小さな発明家でも、国家の嘘を暴き、正しく怒りを伝えられるんだ。
フェキアからの謝罪文は、上質な羊皮紙に金の縁取りが施されていた。文面は丁寧だが、明らかに屈辱の跡が滲んでいる。
『一部の過激な諜報担当者による軽率な行為があったことを認めます。コリント王国とルステインに深く謝意を表明し、今後の協力体制の維持を希望いたします』
署名は、フェキア王国・宰相のものだった。
マリエンティ伯爵からも新たな速文が届いた。
『よくやった、リョウエスト。国王陛下もご覧になった。君の発明は今や王国の柱だ。今回の外交勝利は、完全に君の手柄とする』
僕は肩の力が抜けて、椅子に沈んだ。
「やっと…終わった」
マックスさんが笑う。「いや、これは始まりさ。お前の技術が国の安全保障にも繋がると証明された」
「そうですね…だから、もう少し整理したい。各種技術の国外提供基準、技術保護法…なんかを」
「えらいな、リョウ。こんなときに次のことを考えるなんて」
「フェキアに勝ったからって、いつまでも怒ってばかりじゃいけませんし」
僕はそう言いながら、ふと笑った。
数日後。ルステインの広場では小さな祝賀会が開かれた。町のパン屋もワイン屋も、鍛冶屋も、皆が僕を讃えてくれた。
「坊っちゃん、あんたのおかげでパンの値が下がらずにすんだよ!」
「リョウ様!これ、新しい干し葡萄入り缶詰っす!」
「次はコリント王国内限定ブランドで高級品作ろうよ!」
でも、僕は言う。
「みんなのおかげです。僕はきっかけを作っただけです」
異種族たち…ヒト、獣人、小人、ドワーフ、エルフ…そのすべてが今、笑っていた。
僕が作りたかったのは、国を動かす偉大な発明じゃない。『みんなが安心して暮らせる《土台》』だった。
夜。アトリエの机で、僕は静かに筆を取った。
『技術は剣よりも強い』
『怒りは暴力ではなく、信念として伝えるもの』
『年齢ではなく、信じた道が人を動かす』
これは、僕自身の記録だ。
まだ九歳。けれど、僕は国家を一つ、『戦わずして動かした』。
ルステインの名誉伯爵として。未来を記す者として。そして、一人の子どもとして。
僕は誇りを持って、今日も次の発明を考える。
僕の報告を聞き終えたマックスさんが、少し目を細めた。マックスさんは温和だけど、こういう時は鋭くなる。
「はい。スパイ行為は明確な敵対です。僕個人で裁くことではないです。国家の判断を仰ぎます」
「…リョウの方が、よほど領主らしいな」
「僕は未来を記す者です。領主権はありませんし、命令もできません。あくまで、ここにいる料理家で発明家で、調整役です」
マックスさんが笑った。
「それでも、この街はお前を中心に動いている。わかった、報告の書簡はこちらで添えよう」
「ありがとうございます」
僕は深く礼をして、部屋を出た。すぐに手紙と証拠を王都の兄嫁マリカさんの父…マリエンティ伯爵に送る。外務副大臣で、外交の実務を担う重鎮だ。獣人隊商が今回は急いでくれるようだ。2日で届けると息巻いていた。
『フェキアの不当な諜報活動に関し、ルステインより抗議を行います。僕自身の立場からも、コリント王国の威信を守る必要があると考えます』
3日後、速文が届く。
『よくやったリョウエスト君。国王陛下もこの件に関心を持っておられる。正式な外交ルートで抗議文を送る。君自身は動かなくていい』
…よかった。
僕は王都へ行かない。9歳の僕が直接交渉するには立場が足りない。でも、発明品と経済の力が僕にはある。
お父さんとお兄さん達と相談して、その夜、僕は新しい命令書を出した。
「ルステインからフェキア王国への全てのレシピ・技術の輸出禁止を発令します。例外は一切なし」
フィアが真っ青になって聞き返した。
「フェキアって、ワインの半分以上をこっちに頼ってるでしょ?」
「うん。でも、その依存こそが、こちらの交渉力」
缶詰、蒸留酒、発酵パン、印刷機、調理器具、スサン商会の製品…全部、僕とお父さんとお兄さんと仲間たちが築いてきた。
僕はフェキアに「怒り」を示す。
これは、剣でなく、技術で戦う戦争だ。
「陛下!コリント王国からの通告が届きました!」
フェキア王国の外務官僚が駆け込んできたのは、国王レオナード三世の謁見室だった。書簡には、はっきりこう書かれていた。
『ルステインにおける一連の諜報活動を非難し、王国として正式に抗議する。我が国はフェキアとのあらゆる技術協力、文化交流、物品輸出を凍結する』
「なにぃ…!」
国王の顔が怒りよりも、焦りに歪んだ。
「まさか本当に禁輸するとは…っ!?」
横にいた老練な宰相が言った。
「陛下、これはリョウエスト坊――いや、あのルステインの未来を記す者の発案です。奴は技術と人材をまとめ、発明で国を動かす子どもです」
「九歳の小僧に、この王国がっ…!」
フェキア王国は豊かだ。しかしワインはコリント産。パンの発酵技術も、缶詰製品も、印刷も、酒も、軒並みルステイン製の技術が入ってきている。特に今ようやくルステインからこちらに技術が入り革新が起こり始めた所だ。今止められるのはまずい。
「…技術が止まれば、商人は反発し、都市の供給は乱れる。しかもこの国のワインの八割がコリント産を使っている」
「では、どうすれば…?」
「詫びるしかありますまい」
その言葉に、王は奥歯を噛み締めた。
一方、ルステイン。
僕は、書類を整理しながら、エメイラに言った。
「これで少しは、フェキアに誤魔化しや謀略が通じないってわかってもらえるかな」
「うん。リョウ、あなたすごいわ。戦わずして勝つ、ってやつね」
「ううん、僕は怖かったよ。ほんとは…王都に行くのも嫌だった」
「でも、ちゃんと怒ったわ。誰も怪我しない形で、国に怒りを伝えた。立派だわ」
エメイラの言葉が胸に染みた。
子どもでも怒っていい。自分の言葉で、やってきたことを守っていい。そう、父さんにも教わってきたんだ。
そこへ、マックスさんが書簡を手にしてアトリエに来た。
「王都から続報だ。フェキアから正式に『謝罪の意向あり』。今後の通商再開を協議したいとのことだ」
「…謝罪、か」
僕は小さく息を吐いた。まだ終わりじゃない。けれど、まずは勝った。
小さな街の、小さな発明家でも、国家の嘘を暴き、正しく怒りを伝えられるんだ。
フェキアからの謝罪文は、上質な羊皮紙に金の縁取りが施されていた。文面は丁寧だが、明らかに屈辱の跡が滲んでいる。
『一部の過激な諜報担当者による軽率な行為があったことを認めます。コリント王国とルステインに深く謝意を表明し、今後の協力体制の維持を希望いたします』
署名は、フェキア王国・宰相のものだった。
マリエンティ伯爵からも新たな速文が届いた。
『よくやった、リョウエスト。国王陛下もご覧になった。君の発明は今や王国の柱だ。今回の外交勝利は、完全に君の手柄とする』
僕は肩の力が抜けて、椅子に沈んだ。
「やっと…終わった」
マックスさんが笑う。「いや、これは始まりさ。お前の技術が国の安全保障にも繋がると証明された」
「そうですね…だから、もう少し整理したい。各種技術の国外提供基準、技術保護法…なんかを」
「えらいな、リョウ。こんなときに次のことを考えるなんて」
「フェキアに勝ったからって、いつまでも怒ってばかりじゃいけませんし」
僕はそう言いながら、ふと笑った。
数日後。ルステインの広場では小さな祝賀会が開かれた。町のパン屋もワイン屋も、鍛冶屋も、皆が僕を讃えてくれた。
「坊っちゃん、あんたのおかげでパンの値が下がらずにすんだよ!」
「リョウ様!これ、新しい干し葡萄入り缶詰っす!」
「次はコリント王国内限定ブランドで高級品作ろうよ!」
でも、僕は言う。
「みんなのおかげです。僕はきっかけを作っただけです」
異種族たち…ヒト、獣人、小人、ドワーフ、エルフ…そのすべてが今、笑っていた。
僕が作りたかったのは、国を動かす偉大な発明じゃない。『みんなが安心して暮らせる《土台》』だった。
夜。アトリエの机で、僕は静かに筆を取った。
『技術は剣よりも強い』
『怒りは暴力ではなく、信念として伝えるもの』
『年齢ではなく、信じた道が人を動かす』
これは、僕自身の記録だ。
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