【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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9歳の記す者。

閑話・龍と翼猫の陽だまり。

 リディアがアトリエに住み始めて、数日が過ぎたある日のこと。

「――む? そこの毛玉、お主……猫か?」

 陽だまりのテーブルの上で丸くなっていた翼猫ナビが、リディアを見上げて「にゃあ」と小さく鳴いた。

 その姿は銀灰色のふわふわした毛並みに、コウモリのような小さな翼。
まるでチンチラ猫のようだが、目だけが深い琥珀色に光っていた。

「……この気配、ただの猫ではあるまい?」

 リディアはゆっくりとナビに手を伸ばす。
 だが、ナビはするりと身を引いて、もう一度「にゃ」と鳴いた。

「ほう、手は拒むか。しかし敵意はないようじゃの」

 僕はその様子を見ながら言った。

「ナビは、人見知りなんです。でも、リディアさんのこと……嫌ってないと思いますよ」
「ふふん、ならば時間をかけて口説いてみせよう。わらわの蒸留仲間になれる日が来るかもしれん」

 その日の午後。

 リディアがテラスで酒の香りの調整をしていると、いつの間にかナビが足元に来ていた。

「お主、気になるのか? これは“はちみつを燻製にした酒”の香りじゃ。どうじゃ、良い香りじゃろ?」

 ナビは鼻をひくつかせ、「……ふにゃ」と喉を鳴らすような声を漏らす。

「ふふ、わかるか。これは甘く見えて後に残らぬ、潔き一杯じゃ」

 リディアは、ナビの背にそっと指を伸ばした。ナビは逃げなかった。

「……ふふ。お主、森の生き物じゃな」
「にゃ」
「やはり。わらわの勘は正しかったようじゃ。お主は“森の王”の眷属か……いや、本体か?」

 その瞬間、ナビの尾がふわりと揺れて、小さな翼がぱたぱたと跳ねた。


 夜。僕がナビのごはんを用意していると、リディアが空いた酒樽を手に現れた。

「リョウエストよ。これでナビの寝床を作ってみた。どうじゃ? 中に毛布も敷いたぞ?」
「わっ……それ、リディアさんの一番高級な酒の樽じゃないですか!?」
「よいのじゃ。わらわが一度呑んだ酒は、魂を分けたようなもの。寝床に使ってもらえれば本望よ」

 ナビはそろりと樽に近づき、鼻先でくんくんと匂いを嗅ぎ――すぽん、と中に収まった。

「……にゃあ」
「ふふ、見たかリョウエスト。わらわ、口説き落としたぞ?」
「すごい……!」

 ナビとリディアの、奇妙で静かな友情が、確かにそこに芽生えた瞬間だった。



「にゃあ」
「ほれ、今日の香りは『チェリー樽熟成』。どことなく気まぐれな猫に似ておる、と思わぬか?」

 リディアは、昼下がりのアトリエ裏庭で酒の香りを調整していた。
そしてその足元では、翼猫ナビがごろんと転がっている。

 最初は近づくたびにナビが逃げていたのに、今ではリディアの膝枕で寝るほどに懐いていた。

「……まさか、リディアさんとここまで仲良くなるなんて」

 僕がそう言うと、リディアはふふんと鼻を鳴らした。

「わらわを誰と心得る。千年の時を生きた龍ぞ? 毛玉ひとつ、落とせぬはずがなかろう」
「……それ『口説き落とした』のと意味違いますけどね?」
「細かいことは気にするでない。ナビはわらわの『飲み友達』じゃ」
「飲んでませんよね? ナビは」
「いや、香りを呑んでおるのじゃ。嗅覚は味の一部、そうじゃろ?」

 確かに、ナビはお気に入りの香りがすると、わざわざ樽の近くで丸くなっている。
嗅ぎ分けてるというより、『香りを“味わっている”』としか思えないほどだった。


 ある夜のこと。雨が降って、気温がぐっと下がった日。

「にゃっ……にゃ」

 ナビが毛を膨らませていた。術で小さくなっている分、寒さに弱い。

「ぬぅ、これはいかん。わらわの鱗でもくれてやろうか」
「いや、ナビに鱗布団は重いですって!」
「では……これでどうじゃ」

 リディアは自身のマントを広げ、ナビをそっと包んだ。香るのは温かいスパイス入りの蒸留酒の匂い。

「にゃ……ぅ」

 ナビはそれだけ言うと、リディアの胸元で丸くなった。

「……ふふ、これはもう、わらわに惚れたのではないか?」
「さすがにナビもそこまでじゃないと思います……」

 だが、確かにナビはリディアの胸元でぐっすり眠り――夢の中で、くるくると翼を動かしていた。


 次の日。僕が起きると、リディアとナビは一緒に縁側にいた。

「……にゃ」
「うむ。今日の香りは“白い桃”じゃ。これは女子供に人気なのだ」
「にゃっ」
「ほう。そなたは『熟した果実』の方が好みか。わらわと同じじゃの」
「……リディアさん、会話してません? ナビと」
「む……心と心は通じるものじゃ。言葉など不要。これが『大人の友情』というものよ」

 ナビは、僕の方を一度だけ振り向いて、また「にゃあ」と鳴いた。

(……なんか、ちょっと嫉妬した)

 龍と翼猫。奇妙な『共鳴』は、確かにそこにあった。

 夜が深まるころ、アトリエの中庭。
リディアは焚き火を前に、ふと小さくつぶやいた。

「……ナビ、そなた……やはりただの魔獣ではあるまいな」

 焚き火の向こう、月明かりに照らされた翼猫ナビが、じっとこちらを見ていた。
 黄金の瞳が、龍の瞳に似ていた。

「にゃ」
「わらわは見抜いたぞ。お主……本来は大熊ほどの巨躯を持ち、『森の王』と呼ばれし魔獣であろう」

 ナビはしばらく黙っていたが――やがて、ぴくりと尻尾を振って「にゃう」と鳴いた。

 それは否定でも肯定でもない、『悟られたことへの肯定』に近い響きだった。

 リディアはくすりと笑った。

「ふふ……驚かぬさ。わらわも、かつて『空の王』と呼ばれた存在じゃ」
「にゃ」
「なに、今はただの『酒飲み』よ。そしてお主もリョウエストの仲間となった時点で、『ただの化け物』ではなくなった」

 ナビはそっと歩み寄り、リディアの膝に前足を乗せた。

「……にゃん」
「ふふ、よしよし。今日も一杯、共に香りを味わおうかの」
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