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12歳の疾走。
イタヌさんと地獄の合宿。
王都滞在二日目。
僕は青の技と陽炎隊の護衛を受けながら、玉座の間へ向かっていた。空は晴れ、石造りの通路には高窓から陽光が差し込んでいる。けれどその眩しさよりも、今はこの場に立つことの重みを強く感じていた。
赤と金の絨毯の奥、玉座に座るのは王国の王、ドナハルト・ロ・コリント王陛下。リディアとも酒を酌み交わす王様。
けれど今この場では、その肩書きも空気もまさに「王」そのものだった。
玉座の前でひと息、そして深く一礼。
「『未来を記すもの』、リョウエスト・バァン・スサン、まかり越してございます」
僕の声が、石造りの謁見の間に吸い込まれていく。少し緊張していたけど、声は震えていなかった。
王様は、少し目を細めてから口元をゆるめた。
「……久しぶりだな、リョウエスト」
「はい。王都に来るのは、二年ぶりです」
「そうか。だが、お主の名はこの一年でしょっちゅう耳にしたぞ。特に……」
王様はそこで少し間を置いた。
「国庫が、三倍になったぞ」
「……え?」
思わず僕は、顔を上げてしまった。
「じ、三倍……ですか?」
「うむ。お前とスサン商会の利益も、税制見直しの建言も、発明品の輸出と酒類の課税もすべてが追い風となった。まったく……12歳で、王国の財政を富ますとはな」
「……恐縮です」
さすがにそれは、国の仕組みや、皆の努力があってこそ。でも誇らしい。
王様は軽く笑って椅子にもたれかけた。
「今度また、飲みに行こう。……酒の話も、女の話も、今はできんがな」
「……はい、楽しみにしております」
お互いに笑みを交わし、玉座の間の空気がやわらかくなった。謁見という形ではあるけれど、これは友人としての会話でもあった。
リディアと王様が笑いながら話す姿を思い出す。あれと同じくらい、肩の力が抜けていた。
「ご機嫌よう、リョウエスト。引き続き、頼みにしておる」
「はい。王国の未来を、記し続けます」
一礼して下がると、次の仕事のために足を速めた。
「次は……料理ギルドだ。イタヌさんを迎えに行こう」
次なる大戦、料理レシピ登録の二日間が、もう始まっていた。
王様との謁見を終えたその足で、僕は料理ギルド本部へ向かった。ギルドの門前で待っていたのは、料理ギルド本部長、イタヌさんだった。
「おう、おう!来たなァ!うちのギルドが誇る天才!いや、もうそないな言い方したらアカンか!」
「……ご無沙汰しております。今日はよろしくお願いします」
「せやせや、今回は『登録』やろ? あのチョコレートやら米やらの料理、まとめて登録するんやてな!」
「はい。数が多いので、タウンハウスの台所を使って実演しながら進めたいと思ってます」
「ふふん、ほなうちも覚悟決めて行くで! 胃袋の限界まで味見してやる!」
そうして始まった、一泊二日の怒涛のレシピ登録作業。
タウンハウスの厨房は、まるで戦場のような熱気に包まれた。
まずはチョコレート。
僕がまず出したのは…。
「チョコレートケーキです」
「おおぅ……しっとりしとるのに、口でふわってとける……これ、どうやって焼いとるんや……?」
「次はチョコロールケーキ。これが巻き型です。中のクリームはチョコと生クリームの二層で――」
「ま、巻きおるッ!?」
「はい、巻いてます。続いて、チョコクリームパン、チョコサンド、チョコチップ入りクッキー、そして……チョコアイスです」
「アァッ!冷たい!なのにチョコの香りが……これは冬でも夏でも売れるでェ……!」
ノートと舌を駆使して、イタヌさんは一つひとつの味を記録していく。その手元にはすでに十数ページにおよぶレシピがびっしりと書かれていた。
休む間もなく次は米。
「これは、白米。炊いただけの状態です」
「はぁ……真っ白で……ふっくら……箸が止まらん……」
「塩むすび、焼飯、オムライス、カレーライス、ピラフ、おじや、炊き込みご飯。全部順番にいきます」
「多いッ! けどウマイッ! けど胃がッ!」
それでもイタヌさんは弱音を吐かず、各料理の味と構成、火加減や調味料の使い方まで漏らさず記録していった。
一日目が終わる頃には、二人とも完全にぐったりしていた。
イタヌさんはソファに沈み込みながら、口をもぐもぐさせていた。
「……あんた、ほんまに化け物やで。味覚と創造の化け物や」
「……僕も、自分の胃袋の限界を見た気がします」
「けどな……登録する価値、十二分にあるで。こら王都の食文化、何段階も飛躍するわ」
その夜は、二人とも早めに寝た。
翌日、残りの微調整と文書整理を進め、一泊二日の登録作業は、なんとか完了へと向かう。
翌朝のタウンハウスの厨房は、戦のあとの静けさだった。
火は落とされ、器具は拭き上げられ、調味料の瓶も棚に整然と戻っている。だけどそこには、どこか誇らしい『気配』が残っていた。
イタヌさんは、食後の薬湯を片手に、ソファでぐったりしていた。
「ふぅーーー……やっと、終わったなぁ……登録……」
「……はい。全料理、工程付きで記録済み。サンプルも保存分があります」
「これ、ギルド戻ってから全部分類して再編せなアカンのよな……書くのはわしやけど……」
「イタヌさんの偉業です」
「うまいこと言うて褒めても、胃は癒えんぞぉ……」
そう言いつつも、イタヌさんの顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
テーブルの上には、ぎっしり書き込まれた登録用のレシピ用紙と、サンプルを収めた木箱が並んでいた。
『チョコクリームパン(溶け防止処理あり)』『塩むすび(乾燥法併記)』などのメモも添えられていて、僕たちの地道な作業の跡がそこにあった。
「しかしなリョウエストはん……これ、ほんまに『文化』変えるわ。チョコも米も。国全体がびっくりするやろなぁ」
「広がってくれたら嬉しいです。どれも、たくさんの人が食べてくれたらって思ってます」
「うんうん、そうや。おいしさは人を笑顔にする。商いにしても、料理にしてもな」
その日の午後。
イタヌさんはサンプル箱と書類の入った鞄を抱えて、タウンハウスの門を出た。馬車を手配してあったが、見送りの時には一度だけ振り返った。
「なぁリョウエストはん。……次の『新作』も、また登録させてくれるか?」
「もちろんです。その時はまた、胃袋と相談しながら」
「ふはは、それが一番や。ほんま、おおきに!」
馬車が走り出し、王都の石畳をコトコトと響かせながら、料理ギルド本部へと向かっていった。
僕は青の技と陽炎隊の護衛を受けながら、玉座の間へ向かっていた。空は晴れ、石造りの通路には高窓から陽光が差し込んでいる。けれどその眩しさよりも、今はこの場に立つことの重みを強く感じていた。
赤と金の絨毯の奥、玉座に座るのは王国の王、ドナハルト・ロ・コリント王陛下。リディアとも酒を酌み交わす王様。
けれど今この場では、その肩書きも空気もまさに「王」そのものだった。
玉座の前でひと息、そして深く一礼。
「『未来を記すもの』、リョウエスト・バァン・スサン、まかり越してございます」
僕の声が、石造りの謁見の間に吸い込まれていく。少し緊張していたけど、声は震えていなかった。
王様は、少し目を細めてから口元をゆるめた。
「……久しぶりだな、リョウエスト」
「はい。王都に来るのは、二年ぶりです」
「そうか。だが、お主の名はこの一年でしょっちゅう耳にしたぞ。特に……」
王様はそこで少し間を置いた。
「国庫が、三倍になったぞ」
「……え?」
思わず僕は、顔を上げてしまった。
「じ、三倍……ですか?」
「うむ。お前とスサン商会の利益も、税制見直しの建言も、発明品の輸出と酒類の課税もすべてが追い風となった。まったく……12歳で、王国の財政を富ますとはな」
「……恐縮です」
さすがにそれは、国の仕組みや、皆の努力があってこそ。でも誇らしい。
王様は軽く笑って椅子にもたれかけた。
「今度また、飲みに行こう。……酒の話も、女の話も、今はできんがな」
「……はい、楽しみにしております」
お互いに笑みを交わし、玉座の間の空気がやわらかくなった。謁見という形ではあるけれど、これは友人としての会話でもあった。
リディアと王様が笑いながら話す姿を思い出す。あれと同じくらい、肩の力が抜けていた。
「ご機嫌よう、リョウエスト。引き続き、頼みにしておる」
「はい。王国の未来を、記し続けます」
一礼して下がると、次の仕事のために足を速めた。
「次は……料理ギルドだ。イタヌさんを迎えに行こう」
次なる大戦、料理レシピ登録の二日間が、もう始まっていた。
王様との謁見を終えたその足で、僕は料理ギルド本部へ向かった。ギルドの門前で待っていたのは、料理ギルド本部長、イタヌさんだった。
「おう、おう!来たなァ!うちのギルドが誇る天才!いや、もうそないな言い方したらアカンか!」
「……ご無沙汰しております。今日はよろしくお願いします」
「せやせや、今回は『登録』やろ? あのチョコレートやら米やらの料理、まとめて登録するんやてな!」
「はい。数が多いので、タウンハウスの台所を使って実演しながら進めたいと思ってます」
「ふふん、ほなうちも覚悟決めて行くで! 胃袋の限界まで味見してやる!」
そうして始まった、一泊二日の怒涛のレシピ登録作業。
タウンハウスの厨房は、まるで戦場のような熱気に包まれた。
まずはチョコレート。
僕がまず出したのは…。
「チョコレートケーキです」
「おおぅ……しっとりしとるのに、口でふわってとける……これ、どうやって焼いとるんや……?」
「次はチョコロールケーキ。これが巻き型です。中のクリームはチョコと生クリームの二層で――」
「ま、巻きおるッ!?」
「はい、巻いてます。続いて、チョコクリームパン、チョコサンド、チョコチップ入りクッキー、そして……チョコアイスです」
「アァッ!冷たい!なのにチョコの香りが……これは冬でも夏でも売れるでェ……!」
ノートと舌を駆使して、イタヌさんは一つひとつの味を記録していく。その手元にはすでに十数ページにおよぶレシピがびっしりと書かれていた。
休む間もなく次は米。
「これは、白米。炊いただけの状態です」
「はぁ……真っ白で……ふっくら……箸が止まらん……」
「塩むすび、焼飯、オムライス、カレーライス、ピラフ、おじや、炊き込みご飯。全部順番にいきます」
「多いッ! けどウマイッ! けど胃がッ!」
それでもイタヌさんは弱音を吐かず、各料理の味と構成、火加減や調味料の使い方まで漏らさず記録していった。
一日目が終わる頃には、二人とも完全にぐったりしていた。
イタヌさんはソファに沈み込みながら、口をもぐもぐさせていた。
「……あんた、ほんまに化け物やで。味覚と創造の化け物や」
「……僕も、自分の胃袋の限界を見た気がします」
「けどな……登録する価値、十二分にあるで。こら王都の食文化、何段階も飛躍するわ」
その夜は、二人とも早めに寝た。
翌日、残りの微調整と文書整理を進め、一泊二日の登録作業は、なんとか完了へと向かう。
翌朝のタウンハウスの厨房は、戦のあとの静けさだった。
火は落とされ、器具は拭き上げられ、調味料の瓶も棚に整然と戻っている。だけどそこには、どこか誇らしい『気配』が残っていた。
イタヌさんは、食後の薬湯を片手に、ソファでぐったりしていた。
「ふぅーーー……やっと、終わったなぁ……登録……」
「……はい。全料理、工程付きで記録済み。サンプルも保存分があります」
「これ、ギルド戻ってから全部分類して再編せなアカンのよな……書くのはわしやけど……」
「イタヌさんの偉業です」
「うまいこと言うて褒めても、胃は癒えんぞぉ……」
そう言いつつも、イタヌさんの顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
テーブルの上には、ぎっしり書き込まれた登録用のレシピ用紙と、サンプルを収めた木箱が並んでいた。
『チョコクリームパン(溶け防止処理あり)』『塩むすび(乾燥法併記)』などのメモも添えられていて、僕たちの地道な作業の跡がそこにあった。
「しかしなリョウエストはん……これ、ほんまに『文化』変えるわ。チョコも米も。国全体がびっくりするやろなぁ」
「広がってくれたら嬉しいです。どれも、たくさんの人が食べてくれたらって思ってます」
「うんうん、そうや。おいしさは人を笑顔にする。商いにしても、料理にしてもな」
その日の午後。
イタヌさんはサンプル箱と書類の入った鞄を抱えて、タウンハウスの門を出た。馬車を手配してあったが、見送りの時には一度だけ振り返った。
「なぁリョウエストはん。……次の『新作』も、また登録させてくれるか?」
「もちろんです。その時はまた、胃袋と相談しながら」
「ふはは、それが一番や。ほんま、おおきに!」
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