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12歳の疾走。
皮肉合戦。
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二年ぶりに訪れるエフェルト公爵邸の夜会。王都に来たからには、外せない恒例行事だった。
彼は僕の年の離れた友人であり、数少ない『料理の話が通じる貴族』でもある。
「よう来たな、リョウエスト君。ずいぶん背も伸びたじゃないか」
黒と金の礼服に身を包んだエフェルト公爵が、グラスを片手に笑いかけてくる。彼は表情が若く、ユーモアと好奇心に満ちた目をしていた。
「二年ぶりです、公爵閣下。お約束通り、『肉の珍味』を持ってきました」
僕は厨房の給仕に指示を出すと、ふわりと香ばしい匂いが広間に広がり始めた。
皿の上に乗せられたのは、熱々のフォアグラのステーキ。軽くソテーし、赤ワインと果実のソースで仕上げてある。
「なんと、これは……」
ナイフを入れた瞬間、エフェルト公爵の眉がわずかに動く。
「とろけるような……ほほう……口の中で消える……なんという旨味だ」
「アヒルの肝臓です。選別した個体を一定の環境で飼育し、栄養を管理して肥大させた肝です」
「ふむ、なるほど。……これはまさに珍味だ。しかし」
彼は皿を置き、少し真面目な顔になる。
「それは育て方が残酷なのではないのかな?強制的に太らせるとか、自然の習性に反するとか」
僕は素直にうなずいた。
「ええ。ですから、この料理の生産は慎重に進めます。環境と方法を整えて、きちんと倫理的に育てられる体系ができるまでは、量産は見送りです」
「ほぅ……ますます将来が楽しみだな。君はただの名誉伯爵では終わらない」
そこへ、給仕に連れられて、一人の男が僕たちに近づいてきた。
高い襟に、金のブローチ。片手に葡萄酒を揺らすその男は、いかにも自信家という態度を崩さなかった。
「失礼、エフェルト公爵閣下。ご紹介いただけますか?」
「おう、紹介しよう。こちら、フェキア王国の外交官、アルジェス殿。そしてこちらが、我が王国が誇る発明家で名誉伯爵、リョウエスト・バァン・スサンだ」
「お噂はかねがね。……にしても、まさかお子様が料理で貴族の席に上がるとは。王国の将来が案外、可愛らしいものですね?」
嫌味は、はっきり聞こえた。
僕は、ゆっくりと笑った。
「フェキア王国の外交官が、少年に毒を盛られるほど余裕をなくすとは思いませんでした。まさか、舌で勝てないとは……お口の教育、まだ途中でしょうか?」
僕の言葉に、アルジェスと名乗ったフェキアの外交官は、表情を崩さずに笑みだけを深くした。
「いやはや、口の立つお子様だ。さすが王国一の未来を記す御方……ただ、少し毒が過ぎませんかな? 王宮の礼儀は『刺さない剣』のように使うものですよ」
「そうでしたか? 王都の方々は、だいぶ鋭い刃を向けてきますので、つい合わせてしまいました」
僕は静かにグラスを持ち上げ、フォアグラの香りを軽く鼻に通す。
「けれど『子供』の言葉ひとつに動揺するようでは、外交の場でのご活躍もお察しですね」
「……ふふ、たいした自信ですな。だが、料理にうつつを抜かすだけでは、国の柱にはなれませぬぞ」
「お言葉ですが、僕は『柱』になるつもりはありません。『記す』者です。
でも記すからこそ、柱のぐらつきも、食卓の不安も見えるんです」
言葉の切っ先が交わるたび、エフェルト公爵は目を細めていた。その背後で声がした。
「フェキアでは、『子供が背を伸ばすのが早い』ことを、気に食わんと思う者もいるようね」
そこに立っていたのは、エメイラ。
すでにグラスを片手に、少し斜めから視線を投げていた。
「年を経るごとに、視野が狭くなる種族もあるものよ。目の前の一皿すら理解できず、未来を測るとは……王の使いとは思えないほどお粗末な舌ね」
アルジェスの顔がひきつった。
「……これは失礼。しかし、王国の外交とは、エルフの毒舌にまで及ぶものなのですか?」
「ええ、もちろん。毒は、対話より先に刃を抜いた者に向けて振るうものよ。あなたが最初に剣を構えたのだから、こちらの一言も礼儀のうちでしょう?」
アルジェスはグラスを置き、形だけの礼をして一歩下がった。
「……本日は、勉強になりました。どうぞ、お好きな料理をお楽しみください」
そう言い残し、外交官はエフェルト公爵の配慮によって静かに夜会から離れていった。
広間の空気が、わずかにゆるんだ。
エフェルト公爵が喉を鳴らして笑った。
「いやぁ……さすがだ。外交の場で、王族に匹敵する『刃の会話』ができるのは、君たちぐらいだよ」
「ご迷惑をおかけしました」
「むしろ爽快だったさ。ああいう相手には、はっきりと言わねばならん。……で、エメイラ嬢?」
「何かしら?」
「結婚はまだなのかね?」
「……余計な口を叩くと、フォアグラでは済まないわよ?」
公爵の肩が笑いで震える。
和やかな余韻と、料理の香りが、広間を再び包み込んでいた。
夜も更け、夜会のざわめきはワインと笑いの中で落ち着きを見せていた。
フォアグラの余韻が残るテーブルの片隅、僕とエフェルト公爵は少し遅めのデザートを前にしていた。
「……リョウエスト君、昔よりずいぶん刺のある話し方をするようになったな」
「そうですか?」
僕はグラスを傾けながら、涼しい顔をして返す。
「刺があるわけじゃありません。ちゃんと、言葉に『柄』をつけてるだけです。抜かないと決めた人に、刃が当たらないように」
エフェルト公爵は目を細めて、それから声を低くして笑った。
「うむ……まさに『未来を記すもの』らしい答えだ」
「……昔の僕なら、腹を立ててただ怒ってたかもしれません。でも、記す立場なら、残さなきゃいけない。
誰が何を言ったのか、どう返したのか、そしてその結果、どうなったのか」
「そうして初めて、人は過ちを繰り返さずにすむ、か」
「そう思ってます」
僕は膝にいるナビの背を撫でながら、ふと窓の外に目をやった。王都の屋根が、星明かりの中に連なっていた。
「……公爵様は、どう思いますか? 僕みたいな年端もいかない子供が、王国の外交に首を突っ込むのは、やっぱりおかしいでしょうか」
「ふむ」
エフェルト公爵はグラスを机に置き、少し間を置いてから答えた。
「おかしいよ。普通なら、だが」
「ですよね」
「だがな、リョウエスト君。君が普通じゃないことは、国中が知ってる」
その言葉に、僕は少しだけ肩の力を抜いた。
「今日のフォアグラもそうだ。舌で驚かせ、頭で考えさせる。これはただの料理人にはできん。『記す者』だからこそできる仕事だ。君がどんな立場でいても、そこに意味がある。それで十分だ」
「……ありがとうございます」
その瞬間、遠くの楽団が、夜会の終わりを告げる柔らかな曲を奏で始めた。灯りが少しずつ落ち、給仕たちが静かに皿を片づけていく。
「さて、そろそろお開きだな。来年も『驚く料理』を楽しみにしてるぞ」
「はい。その時までに、もっと面白い味を見つけておきます」
彼は僕の年の離れた友人であり、数少ない『料理の話が通じる貴族』でもある。
「よう来たな、リョウエスト君。ずいぶん背も伸びたじゃないか」
黒と金の礼服に身を包んだエフェルト公爵が、グラスを片手に笑いかけてくる。彼は表情が若く、ユーモアと好奇心に満ちた目をしていた。
「二年ぶりです、公爵閣下。お約束通り、『肉の珍味』を持ってきました」
僕は厨房の給仕に指示を出すと、ふわりと香ばしい匂いが広間に広がり始めた。
皿の上に乗せられたのは、熱々のフォアグラのステーキ。軽くソテーし、赤ワインと果実のソースで仕上げてある。
「なんと、これは……」
ナイフを入れた瞬間、エフェルト公爵の眉がわずかに動く。
「とろけるような……ほほう……口の中で消える……なんという旨味だ」
「アヒルの肝臓です。選別した個体を一定の環境で飼育し、栄養を管理して肥大させた肝です」
「ふむ、なるほど。……これはまさに珍味だ。しかし」
彼は皿を置き、少し真面目な顔になる。
「それは育て方が残酷なのではないのかな?強制的に太らせるとか、自然の習性に反するとか」
僕は素直にうなずいた。
「ええ。ですから、この料理の生産は慎重に進めます。環境と方法を整えて、きちんと倫理的に育てられる体系ができるまでは、量産は見送りです」
「ほぅ……ますます将来が楽しみだな。君はただの名誉伯爵では終わらない」
そこへ、給仕に連れられて、一人の男が僕たちに近づいてきた。
高い襟に、金のブローチ。片手に葡萄酒を揺らすその男は、いかにも自信家という態度を崩さなかった。
「失礼、エフェルト公爵閣下。ご紹介いただけますか?」
「おう、紹介しよう。こちら、フェキア王国の外交官、アルジェス殿。そしてこちらが、我が王国が誇る発明家で名誉伯爵、リョウエスト・バァン・スサンだ」
「お噂はかねがね。……にしても、まさかお子様が料理で貴族の席に上がるとは。王国の将来が案外、可愛らしいものですね?」
嫌味は、はっきり聞こえた。
僕は、ゆっくりと笑った。
「フェキア王国の外交官が、少年に毒を盛られるほど余裕をなくすとは思いませんでした。まさか、舌で勝てないとは……お口の教育、まだ途中でしょうか?」
僕の言葉に、アルジェスと名乗ったフェキアの外交官は、表情を崩さずに笑みだけを深くした。
「いやはや、口の立つお子様だ。さすが王国一の未来を記す御方……ただ、少し毒が過ぎませんかな? 王宮の礼儀は『刺さない剣』のように使うものですよ」
「そうでしたか? 王都の方々は、だいぶ鋭い刃を向けてきますので、つい合わせてしまいました」
僕は静かにグラスを持ち上げ、フォアグラの香りを軽く鼻に通す。
「けれど『子供』の言葉ひとつに動揺するようでは、外交の場でのご活躍もお察しですね」
「……ふふ、たいした自信ですな。だが、料理にうつつを抜かすだけでは、国の柱にはなれませぬぞ」
「お言葉ですが、僕は『柱』になるつもりはありません。『記す』者です。
でも記すからこそ、柱のぐらつきも、食卓の不安も見えるんです」
言葉の切っ先が交わるたび、エフェルト公爵は目を細めていた。その背後で声がした。
「フェキアでは、『子供が背を伸ばすのが早い』ことを、気に食わんと思う者もいるようね」
そこに立っていたのは、エメイラ。
すでにグラスを片手に、少し斜めから視線を投げていた。
「年を経るごとに、視野が狭くなる種族もあるものよ。目の前の一皿すら理解できず、未来を測るとは……王の使いとは思えないほどお粗末な舌ね」
アルジェスの顔がひきつった。
「……これは失礼。しかし、王国の外交とは、エルフの毒舌にまで及ぶものなのですか?」
「ええ、もちろん。毒は、対話より先に刃を抜いた者に向けて振るうものよ。あなたが最初に剣を構えたのだから、こちらの一言も礼儀のうちでしょう?」
アルジェスはグラスを置き、形だけの礼をして一歩下がった。
「……本日は、勉強になりました。どうぞ、お好きな料理をお楽しみください」
そう言い残し、外交官はエフェルト公爵の配慮によって静かに夜会から離れていった。
広間の空気が、わずかにゆるんだ。
エフェルト公爵が喉を鳴らして笑った。
「いやぁ……さすがだ。外交の場で、王族に匹敵する『刃の会話』ができるのは、君たちぐらいだよ」
「ご迷惑をおかけしました」
「むしろ爽快だったさ。ああいう相手には、はっきりと言わねばならん。……で、エメイラ嬢?」
「何かしら?」
「結婚はまだなのかね?」
「……余計な口を叩くと、フォアグラでは済まないわよ?」
公爵の肩が笑いで震える。
和やかな余韻と、料理の香りが、広間を再び包み込んでいた。
夜も更け、夜会のざわめきはワインと笑いの中で落ち着きを見せていた。
フォアグラの余韻が残るテーブルの片隅、僕とエフェルト公爵は少し遅めのデザートを前にしていた。
「……リョウエスト君、昔よりずいぶん刺のある話し方をするようになったな」
「そうですか?」
僕はグラスを傾けながら、涼しい顔をして返す。
「刺があるわけじゃありません。ちゃんと、言葉に『柄』をつけてるだけです。抜かないと決めた人に、刃が当たらないように」
エフェルト公爵は目を細めて、それから声を低くして笑った。
「うむ……まさに『未来を記すもの』らしい答えだ」
「……昔の僕なら、腹を立ててただ怒ってたかもしれません。でも、記す立場なら、残さなきゃいけない。
誰が何を言ったのか、どう返したのか、そしてその結果、どうなったのか」
「そうして初めて、人は過ちを繰り返さずにすむ、か」
「そう思ってます」
僕は膝にいるナビの背を撫でながら、ふと窓の外に目をやった。王都の屋根が、星明かりの中に連なっていた。
「……公爵様は、どう思いますか? 僕みたいな年端もいかない子供が、王国の外交に首を突っ込むのは、やっぱりおかしいでしょうか」
「ふむ」
エフェルト公爵はグラスを机に置き、少し間を置いてから答えた。
「おかしいよ。普通なら、だが」
「ですよね」
「だがな、リョウエスト君。君が普通じゃないことは、国中が知ってる」
その言葉に、僕は少しだけ肩の力を抜いた。
「今日のフォアグラもそうだ。舌で驚かせ、頭で考えさせる。これはただの料理人にはできん。『記す者』だからこそできる仕事だ。君がどんな立場でいても、そこに意味がある。それで十分だ」
「……ありがとうございます」
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