5番目の王子

Moma

文字の大きさ
21 / 61

その後のふたり

しおりを挟む
アルとリューネの婚約から、穏やかな日々が流れるように過ぎていき、気づけばもう一月が経っていた。

この日、リューネはアルのアトリエの一室で、のんびりとした時間を過ごしていた。
アルは転移魔法という便利な能力を持っているせいで、リューネを頻繁に部屋へ連れ込んでは、ほぼ軟禁状態にしていた。
そのせいで、一度レステュユルニに”婚約を白紙に戻す”と脅されてしまい、今ではジュウトやレステュユルニの許可をしっかり得た上で、お泊りをするようになっている。

「アル、このサラダとっても美味しい。今度作り方教えてね」

昨夜はアルと二人でゆっくり過ごしたせいで、リューネは今日は少し体が重かった。
そんな時、いつも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのがアルだ。
今日のブランチもアルが担当。一緒に食事をするようになってから、リューネは以前よりずっとよく食べるようになった。
というより、今までのリューネの食事量が、男性としては少なすぎたのだろう。
それだけが理由ではないだろうけれど、最近のリューネは以前にも増して肌の調子が良く、体調もすこぶる快調だった。

「ほら、これも食ってみろ。お前の国じゃ採れないフルーツだろ?」

アルが差し出したスプーンには、瑞々しいオレンジ色の果実が乗っている。
リューネはそれをぱくりと口に含み、甘さが口いっぱいに広がると、感嘆の声を漏らした。

「アルと一緒にご飯を食べると、不思議と何でも美味しく感じて……つい食べ過ぎちゃう気がするな」

「何言ってんだ……俺の半分も食ってねえじゃねぇか」

もっと食え、とばかりに、アルはフルーツの皿ごとリューネに押しやった。
食後にはノンカフェインの珈琲とエスプレッソが用意され、二人はそれぞれの香りを静かに楽しんでいた。
その時――音もなく部屋の扉の前に女性が現れた。
扉を開けて入ってきたわけではない。
まるで空気そのものが形を成したかのように、突然、そこに立っていた。
リューネは驚きのあまり、声すら出ない。

「あー、ちょっと待ってろ」

アルは立ち上がり、不思議な雰囲気を纏う女性の前へと歩み寄った。そして、静かに彼女の額へ手を添えそっと瞳を閉じる。
リューネが二度、三度と瞬きをする間に――
女性の姿は陽炎のように揺らぎ、次の瞬間には跡形もなく消えてしまった。
あまりにも唐突な出来事に、リューネはぽかんと口を開けたまま、今目の前で起こったことを理解しようとしていた。

「そうか、お前見るの初めてか。さっきのは人形ドールと言って、王家の人間なら誰でも使える便利な…人間の形をした人形って所か。魔力で操作してる。さっきのは伝達ドールで親父からの言伝を運んできてくれた。頭に手を乗せるとメッセージが直接意識の奥へ流れ込んでくるような感覚とでもいえばいいか」

リューネには、思い当たる光景があった。
以前、王都のカフェでアルが女性と時折一緒に店を出ていくのを目撃していたのだ。

「ひょっとしてカフェに何度か現れてたりした?」

「お前…気付いてたのかよ。カフェに来るドールは大体母親が連絡寄越せって連絡。さっきみたいに伝達を受け取ると消えちまうんだよ。カフェで急に目の前の人が消えたりしたら面倒だろ?まぁ人間じゃあねぇんだけど」

「そっか……僕、てっきり……」

「てっきり?なに?」

アルがいたずらっぽく微笑みながら、じっとリューネの顔を覗き込む。

「恋人かなって……」

その言葉を聞いた瞬間、アルは迷いなくリューネにキスを落とした。

「……妬いた?」

唇を離した後、アルが楽しそうに尋ねる。

「羨ましかった……。僕はアルに話しかける勇気もなかったし。あの頃は、ただ遠くから見つめて、アルの声を聴けるだけで幸せだったから……」

リューネのかすかな声が、少し切なげに響く。

「もしかして、あの襲撃から俺が助けなかったら、お前とはこんな時間を過ごすことすらできなかったってこと?」

アルはリューネの唇をゆっくりと辿るように舐め上げ、深く求めるような口づけを重ねる。
それに応えるように、リューネは細い腕をアルの首へ絡ませ、もっと深く、と言葉にならない願いを込める。
アルはそのままリューネをソファへ優しく押し倒し、啄むようなキスを幾度も重ねながら、甘い口づけを落とした。
とろけるような時間がゆっくりと流れていく。

――その時、音もなく、再びドールが現れた。

「さっきの伝達は、親父に王宮へ呼ばれていた内容だったな。こいつは……『早くしろ』という催促のメッセージか……。すまんが、少しだけ待っていてくれ。そんなに長くはかからないと思う」

名残惜しそうに、アルはもう一度だけリューネの唇に軽くキスを落とし、ドールの額に手を添えてメッセージを確認した。
やはり、予想通りの内容だったのだろう。低く短く呟くと、次の瞬間――
転移魔法の魔法陣が現れ、彼の姿は跡形もなく消え去った。
アトリエに残されたリューネは、アルの温もりがまだ残るクッションを抱きしめ、ソファの上でくるりと身を丸めた。

(……アルって、恋人いたことあるのかな。キスも、すごく優しくて……あったかくて……ちょっと、慣れてる気がするし)

アルが自分を愛してくれているのは、彼の優しい眼差しや言葉から、十分すぎるほど感じている。
それでも――どうしても、心のどこかに、小さな不安が残る。そんな漠然とした思いに囚われながらも、お腹は満たされ、昨夜は甘い時間を過ごしすぎて眠りが浅かったせいもあり――いつの間にか、まぶたが重くなっていた。

「アルが帰ってくるまで……」

そう呟くと、リューネは静かに、温かな眠りの世界へと落ちていった――。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヒメ様が賊にさらわれました!

はやしかわともえ
BL
BLです。 11月のBL大賞用の作品です。 10/31に全話公開予定です。 宜しくお願いします。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

【完結】自称ワンコに異世界でも執着されている

水市 宇和香
BL
「たとえ異世界に逃げたとしたって、もう二度と逃さないよ」 アザミが高校二年生のときに、異世界・トルバート王国へ転移して早二年。 この国で二十代半ばの美形の知り合いなどいないはずだったが、 「キスしたら思いだしてくれる? 鳥居 薊くん」 その言葉で、彼が日本にいたころ、一度だけキスした同級生の十千万堂 巴波だと気づいた。 同い年だったはずのハナミは、自分より七つも年上になっていた。彼は王都から辺境の地ーーニーナ市まではるばる、四年間もアザミを探す旅をしていたらしい。 キスをした過去はなかったこととして、二人はふたたび友人として過ごすようになった。 辺境の地で地味に生きていたアザミの日常は、ハナミとの再会によって一変し始める。 そしてこの再会はやがて、ニーナ市を揺るがす事件へと発展するのだった…! ★執着美形攻め×内弁慶な地味平凡 ※完結まで毎日更新予定です!(現在エピローグ手前まで書き終わってます!おたのしみに!) ※感想や誤字脱字のご指摘等々、ご意見なんでもお待ちしてます! 美形×平凡、異世界、転移、執着、溺愛、傍若無人攻め、内弁慶受け、内気受け、同い年だけど年の差

狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない

結衣可
BL
戦の傷跡が癒えた共生都市ルーヴェン。 人族と獣人族が共に暮らすその街で、文官ユリス・アルヴィンは、穏やかな日々の中に、いつも自分を見守る“優しい視線”の存在を感じていた。 その正体は、狼族の戦士長出身の護衛騎士、ガルド・ルヴァーン。 無口で不器用だが、誠実で優しい彼は、いつしかユリスを守ることが日課になっていた。 モフモフ好きなユリスと、心配性すぎるガルド。 灰銀の狼と金灰の文官―― 異種族の二人の関係がルーヴェンの風のようにやさしく、日々の中で少しずつ変わっていく。

処理中です...