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朝食を食べ終えた柊は、せっかくの休日に長居しては悪いと、そっと椅子を引いた。
「ごちそうさま。朝ごはんありがとう。…お礼は今度、ちゃんとするから」
食器を手早く洗い終えると早々にバッグを手に取り、玄関に向かう。
「待って、駅まで送るよ」
楓の声が軽く響いた。
「えっ、大丈夫だよ、地図アプリもあるし——」
と言いかけて、柊は口をつぐむ。
楓は既にスマホとバッグを手に取り、鍵をポケットにしまっていたからだ。
玄関を出ると、夏の朝の空気がふわりと頬に触れた。
「駅まで、歩いて十分くらいだよ」
そう教えてくれた楓は、何気なく道路側を歩き、柊を内側に導く。
広い車道に面した歩道を抜けると、マンションの全貌が振り返りに見えた。
リビングとキッチンに加え、恐らくベッドルームも別にある——改めて考えると、駅近のこの広さはかなりの家賃だろう、なんて余計なことを思う。
楓は話題を途切れさせないように他愛の無い話を口にする。
それが特別な何かでなくても、柊には妙に心地よかった。
人通りは徐々に増え、駅の近くにはショッピングモールや映画館の看板が見えてきた。
ふと目に入ったポスターに、柊は思わず足を止める。
「あ、この映画の最新作、上映してるんだ」
「柊もその映画好きなの?俺も!DVD全巻あるんだぜ」
少し誇らしげな声に、柊は「へぇ」と笑い返す。
楓の横顔はどこか嬉しそうで、まるで子どもが宝物を自慢しているみたいだった。
(研究室と家の往復ばかりで、そういえばTVもみてないな…)
そんなことを考えていると、不意に人混みで肩がぶつかりそうになった。
「ぶつかる、こっち」
低く短い声と同時に、腰にそっと手が添えられ、するりと人を避ける。わずかな距離の近さに、心臓がひとつ跳ねた。
「あっという間に着いたね」
気づけば、駅のアーチが目の前にあった。
本当はもっと歩いていたかった。なんだか楓の隣が心地よくて…そう思う自分に、少し驚く。
「送ってくれてありがとう」
そう告げた柊に、楓はバッグからペットボトルを取り出した。
見覚えのあるラベル。柊がいつも買っている銘柄だった。
「暑いから、気をつけて帰れよ」
差し出された冷たい水を受け取ると、掌まで涼しさが伝わる。
その小さな優しさが、胸の奥をじんわりと満たしていくのを感じた。
◇ ◇ ◇
電車の揺れに身を任せながら、柊は窓ガラスに映る自分の姿をぼんやりと見つめていた。
外の景色を追うその目に、どこか遠くを見るような、微かな迷いが浮かんでいる。
研究室での差し入れ。
自分の好きなものばかりを選んでくれていたことが、ふと思い返される。
あれはただの気遣いか?それとも、なにか意味があるのか?
その答えはまだ、はっきりとは見えなかった。
飲み会でのみんなの会話も浮かんでくる。
『ねえ柊、もしかして気づいてない?楓って柊にだけやたら優しいんだけど?』
『いやマジで、俺ら結構前から気づいてたよ。楓って、柊のことずっと気にしてる』
『いやいや、逆に何でわかんないの?あんなわかりやすい態度で、よく鈍感でいられるなってレベルだよ?』
『ま、柊が一番、楓の気持ちに鈍いよね』
仲間たちのその言葉に、胸の奥がざわつく。
それなのに、自分では何も変わらない。
楓に対して感じているものが、単なる”好き”なのか、それともただの居心地の良さなのか。
――答えを求めるのは、まだ早いのかもしれない。
だが確かなのは、
楓の笑顔を見ると、心の奥が不思議に暖かくなること。
そしてその気持ちを、無意識に追いかけている自分がいること。
柊は窓の外の景色に視線を戻し、指先で軽く吊革を握り直した。
電車は静かに加速していき、行く先を告げるアナウンスが響く。
自分の心が少しずつ、だが確実に揺れていることに、まだ気づかないまま。
「ごちそうさま。朝ごはんありがとう。…お礼は今度、ちゃんとするから」
食器を手早く洗い終えると早々にバッグを手に取り、玄関に向かう。
「待って、駅まで送るよ」
楓の声が軽く響いた。
「えっ、大丈夫だよ、地図アプリもあるし——」
と言いかけて、柊は口をつぐむ。
楓は既にスマホとバッグを手に取り、鍵をポケットにしまっていたからだ。
玄関を出ると、夏の朝の空気がふわりと頬に触れた。
「駅まで、歩いて十分くらいだよ」
そう教えてくれた楓は、何気なく道路側を歩き、柊を内側に導く。
広い車道に面した歩道を抜けると、マンションの全貌が振り返りに見えた。
リビングとキッチンに加え、恐らくベッドルームも別にある——改めて考えると、駅近のこの広さはかなりの家賃だろう、なんて余計なことを思う。
楓は話題を途切れさせないように他愛の無い話を口にする。
それが特別な何かでなくても、柊には妙に心地よかった。
人通りは徐々に増え、駅の近くにはショッピングモールや映画館の看板が見えてきた。
ふと目に入ったポスターに、柊は思わず足を止める。
「あ、この映画の最新作、上映してるんだ」
「柊もその映画好きなの?俺も!DVD全巻あるんだぜ」
少し誇らしげな声に、柊は「へぇ」と笑い返す。
楓の横顔はどこか嬉しそうで、まるで子どもが宝物を自慢しているみたいだった。
(研究室と家の往復ばかりで、そういえばTVもみてないな…)
そんなことを考えていると、不意に人混みで肩がぶつかりそうになった。
「ぶつかる、こっち」
低く短い声と同時に、腰にそっと手が添えられ、するりと人を避ける。わずかな距離の近さに、心臓がひとつ跳ねた。
「あっという間に着いたね」
気づけば、駅のアーチが目の前にあった。
本当はもっと歩いていたかった。なんだか楓の隣が心地よくて…そう思う自分に、少し驚く。
「送ってくれてありがとう」
そう告げた柊に、楓はバッグからペットボトルを取り出した。
見覚えのあるラベル。柊がいつも買っている銘柄だった。
「暑いから、気をつけて帰れよ」
差し出された冷たい水を受け取ると、掌まで涼しさが伝わる。
その小さな優しさが、胸の奥をじんわりと満たしていくのを感じた。
◇ ◇ ◇
電車の揺れに身を任せながら、柊は窓ガラスに映る自分の姿をぼんやりと見つめていた。
外の景色を追うその目に、どこか遠くを見るような、微かな迷いが浮かんでいる。
研究室での差し入れ。
自分の好きなものばかりを選んでくれていたことが、ふと思い返される。
あれはただの気遣いか?それとも、なにか意味があるのか?
その答えはまだ、はっきりとは見えなかった。
飲み会でのみんなの会話も浮かんでくる。
『ねえ柊、もしかして気づいてない?楓って柊にだけやたら優しいんだけど?』
『いやマジで、俺ら結構前から気づいてたよ。楓って、柊のことずっと気にしてる』
『いやいや、逆に何でわかんないの?あんなわかりやすい態度で、よく鈍感でいられるなってレベルだよ?』
『ま、柊が一番、楓の気持ちに鈍いよね』
仲間たちのその言葉に、胸の奥がざわつく。
それなのに、自分では何も変わらない。
楓に対して感じているものが、単なる”好き”なのか、それともただの居心地の良さなのか。
――答えを求めるのは、まだ早いのかもしれない。
だが確かなのは、
楓の笑顔を見ると、心の奥が不思議に暖かくなること。
そしてその気持ちを、無意識に追いかけている自分がいること。
柊は窓の外の景色に視線を戻し、指先で軽く吊革を握り直した。
電車は静かに加速していき、行く先を告げるアナウンスが響く。
自分の心が少しずつ、だが確実に揺れていることに、まだ気づかないまま。
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