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研究室に全員が顔を揃えたのは、柊のヒートが完全に明けてから数日後だった。
あの日『柊の抑制剤が効かないみたいだから向かってる。場合よっては俺も休む』と皆に連絡していたので、研究室に入った瞬間、全員の視線が二人へ集まる。
「おおー、元気そうじゃん!」
真っ先に声を上げたのはシンヤだ。
リナがすぐに続く。
「ほんと、心配したんだからね。柊が大丈夫ならいいけどさ」
柊は少し照れながら
「ありがとう、心配させて済まない。今はもう大丈夫」
と返す。その横で楓は落ち着いた表情のまま、さりげなく柊の背を支えていた。
だが次の瞬間、リナが楓の袖を小さく引っ張り、耳元で囁く。
「ねえ…今日の柊、色気ヤバくない?」
楓は苦笑を噛み殺しながら小さく溜息ををつく。
(そんなの一番俺が気づいてるよ。ヒートの間に重ねた温もりが、まだ滲み出てる。できれば誰の目にも触れさせたくなかったのに…)
内心そんな独占欲を抱えながらも、平静を装う。
「通りすがりのαに睨み利かすの大変だったんだぞ、こっちは」
研究室の椅子に腰を下ろしたところで、楓がぼそりと零す。
「早く番になって、安心したい…」
愚痴めいたその一言に、すかさずカズキが笑いながら返す。
「いやいや、番になっても柊の色気は消えねぇって。むしろ増すんじゃないの?」
「……?!」
珍しくショックを受けたように黙り込む楓を見て、リナもシンヤも吹き出した。
場が和んだところで、本来の作業に戻る。
感情同期のセンサーを装着し、測定開始。以前と同じように、二人は一日を通して研究と日常を並行しながら過ごし、その数値を随時モニターに送っていく。
午前中はいつものデータ整理とサンプル検証。
午後には試薬の調整を並んでこなし、合間には些細な会話を交わす。ヒート前と同じ行動を重ねていくのに、なぜか研究室の空気は以前より柔らかく感じられた。
夕方、最終集計がモニターに浮かぶ。
リナが数字を読み上げ、目を丸くする。
「ちょっと、見てこれ!ヒート前は同期率65%前後だったよね?今回は…」
「92%だな…」
カズキが淡々と告げる。
「マジか!」
シンヤが両手を上げて大げさに叫ぶ。
「これはもう番確定でいいんじゃね?」
「うんうん、数字が証明してるし」
リナも笑顔で頷く。
柊は真っ赤になり”え…待って”と口ごもるが、周りは聞いちゃいない。
そんな仲間たちのからかいを受けながら、楓はというと、どこか誇らしげに微笑んでいた。
「…そうか。俺たち、もうそんなふうに見えちゃう?」
その声音は余裕に満ち、嬉しさを隠そうともしない。
「ちょっと、嬉しそうなの隠せてないから!」
リナが慌ててツッコむと、楓は軽く肩をすくめる。
「隠す理由がないからな」
彼の余裕たっぷりの表情に、柊はますます耳まで赤く染めるのだった。
◇ ◇ ◇
サブ実験室で二人きり。タブレットに映る測定データを整理しながら、楓はふと呼びかけた。
「ねぇ、柊」
顔を上げると、スクリーンの青白い光に照らされた柊の瞳が、こちらを見つめる。
「ん?」
楓は息を整え、できるだけ落ち着いた声で言葉を紡ぐ。
「俺達…一緒に暮らさないか」
タブレットを操作していた手が、ほんの一瞬止まる。驚きと戸惑いが入り混じった視線が、楓をまっすぐに見返す。
「…は?」
楓は心の中で小さくため息をつく。抑制剤が効かない時、すぐに対応できる距離にいたいという気持ち。あの夜、甘くも苦しいほど近くで抱き合った柊の存在が、胸を占めて離れないこと。誰にも触れさせたくない独占欲──それを口には出さず、理性で覆い隠す。
「抑制剤の効きが悪いなら、俺がそばにいる方が安心だし、ヒートの時、柊を一人にしておくのは…正直、怖い」
柊は視線を逸らす。
「でも他人同士が一緒に住むって、簡単なことじゃない。俺、一人の時間も大切だと思うし、急に暮らすのは…ちょっと気持ちが追い付かない」
「わかってる」
楓はすぐに言葉を重ねる。
「ずっと一緒に、なんて今は言わない。どうしても一人になりたい時は、すぐに自分の部屋に戻ればいい。…でも、普段は、俺の家で一緒に過ごして欲しい」
声ににじむ必死さを、楓はぎりぎりで抑える。あの夜、抱き尽くした後に見た柊の柔らかな表情。甘く香る身体の余韻が、心臓を強く打つ。あの色香を、誰にも見せたくない──だが、それは言わない。
「…楓」
名前を呼ばれて、柊の瞳を真っすぐに見た。
「お試しでいい。柊が『無理』だと思ったら、すぐに終わりにすればいい」
沈黙。小さな息遣いだけが研究室に響く。
柊は唇を噛み、眉をわずかに寄せて考え込むが、やがて小さく笑った。
「…そこまで言うなら。あくまでも、お試しだよ?」
その返事に、楓の胸はぐっと熱くなる。
だが表情には出さず、静かにうなずく。
「もちろんお試し感覚で。俺の家に遊びにくるついでに泊まっていく程度の気持ちでいいよ」
心の中では、ほっとした安堵と、守りたい気持ちが同時に弾けた。そして一度深呼吸して楓は柊の目を見つめる。
「それでね、ここからが本番。今は恋人として柊の横に居るけれど…いつか柊と番になりたい。番として柊とこの先歩んでいきたい」
驚きのあまり固まっている柊の額にそっと唇を落とし楓は”嫌って言っても、俺もう柊の事離せないんだけどね”と、耳元で囁いた。
あの日『柊の抑制剤が効かないみたいだから向かってる。場合よっては俺も休む』と皆に連絡していたので、研究室に入った瞬間、全員の視線が二人へ集まる。
「おおー、元気そうじゃん!」
真っ先に声を上げたのはシンヤだ。
リナがすぐに続く。
「ほんと、心配したんだからね。柊が大丈夫ならいいけどさ」
柊は少し照れながら
「ありがとう、心配させて済まない。今はもう大丈夫」
と返す。その横で楓は落ち着いた表情のまま、さりげなく柊の背を支えていた。
だが次の瞬間、リナが楓の袖を小さく引っ張り、耳元で囁く。
「ねえ…今日の柊、色気ヤバくない?」
楓は苦笑を噛み殺しながら小さく溜息ををつく。
(そんなの一番俺が気づいてるよ。ヒートの間に重ねた温もりが、まだ滲み出てる。できれば誰の目にも触れさせたくなかったのに…)
内心そんな独占欲を抱えながらも、平静を装う。
「通りすがりのαに睨み利かすの大変だったんだぞ、こっちは」
研究室の椅子に腰を下ろしたところで、楓がぼそりと零す。
「早く番になって、安心したい…」
愚痴めいたその一言に、すかさずカズキが笑いながら返す。
「いやいや、番になっても柊の色気は消えねぇって。むしろ増すんじゃないの?」
「……?!」
珍しくショックを受けたように黙り込む楓を見て、リナもシンヤも吹き出した。
場が和んだところで、本来の作業に戻る。
感情同期のセンサーを装着し、測定開始。以前と同じように、二人は一日を通して研究と日常を並行しながら過ごし、その数値を随時モニターに送っていく。
午前中はいつものデータ整理とサンプル検証。
午後には試薬の調整を並んでこなし、合間には些細な会話を交わす。ヒート前と同じ行動を重ねていくのに、なぜか研究室の空気は以前より柔らかく感じられた。
夕方、最終集計がモニターに浮かぶ。
リナが数字を読み上げ、目を丸くする。
「ちょっと、見てこれ!ヒート前は同期率65%前後だったよね?今回は…」
「92%だな…」
カズキが淡々と告げる。
「マジか!」
シンヤが両手を上げて大げさに叫ぶ。
「これはもう番確定でいいんじゃね?」
「うんうん、数字が証明してるし」
リナも笑顔で頷く。
柊は真っ赤になり”え…待って”と口ごもるが、周りは聞いちゃいない。
そんな仲間たちのからかいを受けながら、楓はというと、どこか誇らしげに微笑んでいた。
「…そうか。俺たち、もうそんなふうに見えちゃう?」
その声音は余裕に満ち、嬉しさを隠そうともしない。
「ちょっと、嬉しそうなの隠せてないから!」
リナが慌ててツッコむと、楓は軽く肩をすくめる。
「隠す理由がないからな」
彼の余裕たっぷりの表情に、柊はますます耳まで赤く染めるのだった。
◇ ◇ ◇
サブ実験室で二人きり。タブレットに映る測定データを整理しながら、楓はふと呼びかけた。
「ねぇ、柊」
顔を上げると、スクリーンの青白い光に照らされた柊の瞳が、こちらを見つめる。
「ん?」
楓は息を整え、できるだけ落ち着いた声で言葉を紡ぐ。
「俺達…一緒に暮らさないか」
タブレットを操作していた手が、ほんの一瞬止まる。驚きと戸惑いが入り混じった視線が、楓をまっすぐに見返す。
「…は?」
楓は心の中で小さくため息をつく。抑制剤が効かない時、すぐに対応できる距離にいたいという気持ち。あの夜、甘くも苦しいほど近くで抱き合った柊の存在が、胸を占めて離れないこと。誰にも触れさせたくない独占欲──それを口には出さず、理性で覆い隠す。
「抑制剤の効きが悪いなら、俺がそばにいる方が安心だし、ヒートの時、柊を一人にしておくのは…正直、怖い」
柊は視線を逸らす。
「でも他人同士が一緒に住むって、簡単なことじゃない。俺、一人の時間も大切だと思うし、急に暮らすのは…ちょっと気持ちが追い付かない」
「わかってる」
楓はすぐに言葉を重ねる。
「ずっと一緒に、なんて今は言わない。どうしても一人になりたい時は、すぐに自分の部屋に戻ればいい。…でも、普段は、俺の家で一緒に過ごして欲しい」
声ににじむ必死さを、楓はぎりぎりで抑える。あの夜、抱き尽くした後に見た柊の柔らかな表情。甘く香る身体の余韻が、心臓を強く打つ。あの色香を、誰にも見せたくない──だが、それは言わない。
「…楓」
名前を呼ばれて、柊の瞳を真っすぐに見た。
「お試しでいい。柊が『無理』だと思ったら、すぐに終わりにすればいい」
沈黙。小さな息遣いだけが研究室に響く。
柊は唇を噛み、眉をわずかに寄せて考え込むが、やがて小さく笑った。
「…そこまで言うなら。あくまでも、お試しだよ?」
その返事に、楓の胸はぐっと熱くなる。
だが表情には出さず、静かにうなずく。
「もちろんお試し感覚で。俺の家に遊びにくるついでに泊まっていく程度の気持ちでいいよ」
心の中では、ほっとした安堵と、守りたい気持ちが同時に弾けた。そして一度深呼吸して楓は柊の目を見つめる。
「それでね、ここからが本番。今は恋人として柊の横に居るけれど…いつか柊と番になりたい。番として柊とこの先歩んでいきたい」
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