融けないΩに触れたくて

Moma

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感情を数値化する――
そんな、少し昔ならSFのように思われたテーマを本気で追っている研究チームがある。

名前は《Project EID(エイド)》

構成メンバーは、国内有数の情報工学系大学院に所属する大学院生5名。
そのうちの二人――しゅうかえでは、Ωとαという 生得的せいとくてきな属性を持ちながら、”フェロモンと感情反応の関連性をAIで読み解く”という、センシティブかつ最先端の研究に取り組んでいた。

午前11時。研究棟の4階、EID専用の個室ラボにはキーボードとマウスの音が交互に鳴る。
モニターに並ぶのは、主観アンケート・心拍数・皮膚温・匂いセンサ・脳波…
大量の生体データが時系列で推移し、AIがそれを解析して「感情の重なり」を数値化する。

「うん、このモデル、昨日より精度出てるな。柊、ちょっと確認お願い」

「了解」

そう返した黒髪の青年――柊は、淡々とデータを受け取って視線を動かす。
端正な顔立ちに、静かな瞳。派手さはないが、そのΩ特有の美しさは否応なく人目を引く。
だが、当の本人はそんなことにまるで興味がない様子で、研究の世界にまっすぐ向き合っている。

「柊くーん、そんな真面目な顔しないで~。ほら、眉間にシワ寄ってるよ?」

ひょいっと顔を覗き込んできたのは、チームのムードメーカーの楓。
高身長のシルエットに揺れる、青灰のインナーカラーがちらりと覗く髪、片耳に三つのピアス。
いかにもチャラそうな見た目だが、実力は折り紙付き。特に、生体データの処理系ではチーム随一の解析屋だった。

「…顔近い。あと、うるさい」

「えー、冷たい。俺、わりと優しさ全開で話しかけてるのに」

「優しさの定義、見直したほうがいいかも」

「それ名言!今度Tシャツに刷るわ!」

「絶対着ないで」

軽口の応酬は、もはや日課のようなものだった。
室内の誰もが、にやにやとした顔で聞き耳を立てている。

「また始まったねぇ…」

コーヒー片手にリナが笑う。

「いや、今日はまだソフトなほうだろ。昨日なんて“お前のコードはもはやポエム”って言われてたぞ」

シンヤが苦笑する。

「“読めば心が動く”って意味でしょ?あれは柊なりののフォローだったと思うけどな~」

カズキが涼しい顔で言うと、ふたりは半信半疑の表情で顔を見合わせた。

そのとき、モニターの向こうから楓の声が聞こえた。

「この学習アルゴリズムのフィードバック、0.3秒遅らせたほうがよくない?感情判定の精度が変わってくると思うんだけど」

「え?逆じゃない?遅延はノイズ。フェロモンの即時変化に合わせて処理すべきでしょ。むしろ0.1秒以内でもいいくらい」

「でもそれ、感情の持続を無視してない?一瞬の動きだけで“怒り”とか“興奮”って判定しちゃうと、誤判定のリスク高いよ」

「だからフィルタリングで滑らかにすればいい。そもそも、拾わないことには処理もできないんだから」

「…なるほど。っていうかさ、そうやってさらっと言い負かすのやめてくんない?」

「別に言い負かしてるつもりはないよ。言ってることが変なんだよ」

「それ余計にムカつくんだけど!?」

「…知らないし」

言葉の応酬はどんどんヒートアップしていくが、どこか楽しそうですらある。
テンポのいい議論に、研究員たちは自然と手を止めて聞き入っていた。

「…あのふたり、やっぱ息合ってるよねぇ」

リナがぽつりと呟く。

「うん、議論のスピードと理解度が他と段違い。なんだかんだ、お互い一番わかってるんだよな」

カズキが頷く。

「なのに、なんで毎回ケンカ口調になるんだろ」

シンヤの小声に、誰も答えは出せなかった。
そのうち、議論は楓の軽い敗北宣言で終わる。

「ごめん、柊の言う通りかも。…あとでその辺の式、まとめて共有お願い」

「いいけど。先に楓の報告書、早く終わらせて」

「そこも容赦ないのね!? はい!やります! 柊さま最高!愛してる!」

「騒がしい。静かにして」

「はーい」

──だけどその返しに、ほんの少しだけ。柊の声が和らいだようにも聞こえた。

Project EIDは、今日も平和だ。
データと議論と、ささやかな“揺れ”が交錯する研究室。
それが、感情をめぐる物語の、始まりの日だった。

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