融けないΩに触れたくて

Moma

文字の大きさ
2 / 26

2

しおりを挟む
その日、研究室はちょっとしたパニックに見舞われていた。

「え、ちょっと待ってこれ…消えてない?」

「あああああ俺のせいじゃないと思いたい…!!」

「誰の手順ミス?ていうかバックアップ、どこに飛ばしたの…?」

焦りと叫びの飛び交う中で、端末の前に立ち尽くすのは――研究員のひとり、シンヤだった。
数日前に行った、最新の感情反応モデルの学習データが、一部ごっそり消えていたのだ。

「あー…これ、やっちゃったかも」

シンヤの顔色が見る間に悪くなり、指先が震えているのがわかる。

「かもじゃなくて確定だよねこれ」

カズキが思わず頭を抱える。

「復旧は…リナ、いける?」

柊が手早くログを追いながら尋ねると、リナが小さく唇を噛んだ。

「ログは取れてるけど、データそのものは吹き飛んでる。復元できる可能性あるけど、やるなら別室で集中したい」

「じゃあ、私たちが復旧班やるから、こっちは任せた」

「うん。楓、柊。お願いしてもいい?」

「まかせて~。柊もいるしダイジョブっしょ」

「俺ひとりのほうが安心かも」

すかさず返した柊に、カズキが苦笑した。

◇ ◇ ◇

――静まり返った研究室。端末のモニターだけが、ふたりの顔を淡く照らしている。

「柊…そろそろ休憩、入れよう?」

楓が言い、ガサゴソと持ってきたビニール袋を開ける。
コンビニの袋の中には、いかにもありふれた夜食たち。
甘いパンに、おかかチーズ入りのおにぎり、チョコウエハースにミルク多めのカフェオレ。

その中身を覗いた瞬間、柊の手がぴたりと止まった。

「…え?」

無意識の声が漏れる。

どれも、柊の“好物”だった。
疲れたときに自然と選ぶ味。喉が渇いたときに手に取る飲み物。
誰にも話した覚えはないのに、まるで当然のようにそこに並んでいる。

「…これ」

思わず楓の横顔をちらりと盗み見る。
すると、楓は食べかけのおにぎりを手にしながら、ニッと笑った。

「それ、お前好きだろ?」

いつも通りの軽い調子。
深く考えていないような口ぶりで、けれど、その一言が妙に胸に引っかかった。

「…なんで、知ってるの」

「さぁ?」

楓はそれきり答えず、黙々と食事に戻る。
問いにすら反応せず、もぐもぐとおにぎりを頬張る姿は、いつも通りに飄々としていて、どこか核心をついてくるようで…ちょっとずるい。

「……」

柊はそっと視線を落とし、手にしたカフェオレの缶を見つめた。
一口。
やさしい甘さが、からからになった喉を潤していく。
ほんの少し、息がゆるんだ。

(……本当、いつもチャラいくせに。変なところ、気が利く)

言葉にしない小さな感情が、心のどこかにぽつんと浮かぶ。
疲労で張り詰めていた意識が、するするとほぐれていく。
どこか不思議な静けさのなかで、柊は楓の横顔をそっと見つめた。
ただ、何も言わず、いつも通りにしているだけなのに。
どうしてだろう――こんなふうに自分のことを“分かってる”ような気遣いが、妙に胸に響いた。

(…やめよう。ちょっと疲れてるだけ…作業に集中しなくちゃ…)

そう思いながらも、ほんの少しだけ、頬が火照るのを感じて、
柊はあわてて視線をモニターに戻した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

αに軟禁されました

雪兎
BL
支配的なαに閉じ込められたΩ。だがそれは、愛のはじまりだった――。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

隣の番は、俺だけを見ている

雪兎
BL
Ωである高校生の湊(みなと)は、幼いころから体が弱く、友人も少ない。そんな湊の隣に住んでいるのは、幼馴染で幼少期から湊に執着してきたαの律(りつ)。律は湊の護衛のように常にそばにいて、彼に近づく人間を片っ端から遠ざけてしまう。 ある日、湊は学校で軽い発情期の前触れに襲われ、助けてくれたのもやはり律だった。逃れられない幼馴染との関係に戸惑う湊だが、律は静かに囁く。「もう、俺からは逃げられない」――。 執着愛が静かに絡みつく、オメガバース・あまあま系BL。 【キャラクター設定】 ■主人公(受け) 名前:湊(みなと) 属性:Ω(オメガ) 年齢:17歳 性格:引っ込み思案でおとなしいが、内面は芯が強い。幼少期から体が弱く、他人に頼ることが多かったため、律に守られるのが当たり前になっている。 特徴:小柄で華奢。淡い茶髪で色白。表情はおだやかだが、感情が表に出やすい。 ■相手(攻め) 名前:律(りつ) 属性:α(アルファ) 年齢:18歳 性格:独占欲が非常に強く、湊に対してのみ甘く、他人には冷たい。基本的に無表情だが、湊のこととなると感情的になる。 特徴:長身で整った顔立ち。黒髪でクールな雰囲気。幼少期に湊を助けたことをきっかけに執着心が芽生え、彼を「俺の番」と心に決めている。

処理中です...