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その日、研究室はちょっとしたパニックに見舞われていた。
「え、ちょっと待ってこれ…消えてない?」
「あああああ俺のせいじゃないと思いたい…!!」
「誰の手順ミス?ていうかバックアップ、どこに飛ばしたの…?」
焦りと叫びの飛び交う中で、端末の前に立ち尽くすのは――研究員のひとり、シンヤだった。
数日前に行った、最新の感情反応モデルの学習データが、一部ごっそり消えていたのだ。
「あー…これ、やっちゃったかも」
シンヤの顔色が見る間に悪くなり、指先が震えているのがわかる。
「かもじゃなくて確定だよねこれ」
カズキが思わず頭を抱える。
「復旧は…リナ、いける?」
柊が手早くログを追いながら尋ねると、リナが小さく唇を噛んだ。
「ログは取れてるけど、データそのものは吹き飛んでる。復元できる可能性あるけど、やるなら別室で集中したい」
「じゃあ、私たちが復旧班やるから、こっちは任せた」
「うん。楓、柊。お願いしてもいい?」
「まかせて~。柊もいるしダイジョブっしょ」
「俺ひとりのほうが安心かも」
すかさず返した柊に、カズキが苦笑した。
◇ ◇ ◇
――静まり返った研究室。端末のモニターだけが、ふたりの顔を淡く照らしている。
「柊…そろそろ休憩、入れよう?」
楓が言い、ガサゴソと持ってきたビニール袋を開ける。
コンビニの袋の中には、いかにもありふれた夜食たち。
甘いパンに、おかかチーズ入りのおにぎり、チョコウエハースにミルク多めのカフェオレ。
その中身を覗いた瞬間、柊の手がぴたりと止まった。
「…え?」
無意識の声が漏れる。
どれも、柊の“好物”だった。
疲れたときに自然と選ぶ味。喉が渇いたときに手に取る飲み物。
誰にも話した覚えはないのに、まるで当然のようにそこに並んでいる。
「…これ」
思わず楓の横顔をちらりと盗み見る。
すると、楓は食べかけのおにぎりを手にしながら、ニッと笑った。
「それ、お前好きだろ?」
いつも通りの軽い調子。
深く考えていないような口ぶりで、けれど、その一言が妙に胸に引っかかった。
「…なんで、知ってるの」
「さぁ?」
楓はそれきり答えず、黙々と食事に戻る。
問いにすら反応せず、もぐもぐとおにぎりを頬張る姿は、いつも通りに飄々としていて、どこか核心をついてくるようで…ちょっとずるい。
「……」
柊はそっと視線を落とし、手にしたカフェオレの缶を見つめた。
一口。
やさしい甘さが、からからになった喉を潤していく。
ほんの少し、息がゆるんだ。
(……本当、いつもチャラいくせに。変なところ、気が利く)
言葉にしない小さな感情が、心のどこかにぽつんと浮かぶ。
疲労で張り詰めていた意識が、するするとほぐれていく。
どこか不思議な静けさのなかで、柊は楓の横顔をそっと見つめた。
ただ、何も言わず、いつも通りにしているだけなのに。
どうしてだろう――こんなふうに自分のことを“分かってる”ような気遣いが、妙に胸に響いた。
(…やめよう。ちょっと疲れてるだけ…作業に集中しなくちゃ…)
そう思いながらも、ほんの少しだけ、頬が火照るのを感じて、
柊はあわてて視線をモニターに戻した。
「え、ちょっと待ってこれ…消えてない?」
「あああああ俺のせいじゃないと思いたい…!!」
「誰の手順ミス?ていうかバックアップ、どこに飛ばしたの…?」
焦りと叫びの飛び交う中で、端末の前に立ち尽くすのは――研究員のひとり、シンヤだった。
数日前に行った、最新の感情反応モデルの学習データが、一部ごっそり消えていたのだ。
「あー…これ、やっちゃったかも」
シンヤの顔色が見る間に悪くなり、指先が震えているのがわかる。
「かもじゃなくて確定だよねこれ」
カズキが思わず頭を抱える。
「復旧は…リナ、いける?」
柊が手早くログを追いながら尋ねると、リナが小さく唇を噛んだ。
「ログは取れてるけど、データそのものは吹き飛んでる。復元できる可能性あるけど、やるなら別室で集中したい」
「じゃあ、私たちが復旧班やるから、こっちは任せた」
「うん。楓、柊。お願いしてもいい?」
「まかせて~。柊もいるしダイジョブっしょ」
「俺ひとりのほうが安心かも」
すかさず返した柊に、カズキが苦笑した。
◇ ◇ ◇
――静まり返った研究室。端末のモニターだけが、ふたりの顔を淡く照らしている。
「柊…そろそろ休憩、入れよう?」
楓が言い、ガサゴソと持ってきたビニール袋を開ける。
コンビニの袋の中には、いかにもありふれた夜食たち。
甘いパンに、おかかチーズ入りのおにぎり、チョコウエハースにミルク多めのカフェオレ。
その中身を覗いた瞬間、柊の手がぴたりと止まった。
「…え?」
無意識の声が漏れる。
どれも、柊の“好物”だった。
疲れたときに自然と選ぶ味。喉が渇いたときに手に取る飲み物。
誰にも話した覚えはないのに、まるで当然のようにそこに並んでいる。
「…これ」
思わず楓の横顔をちらりと盗み見る。
すると、楓は食べかけのおにぎりを手にしながら、ニッと笑った。
「それ、お前好きだろ?」
いつも通りの軽い調子。
深く考えていないような口ぶりで、けれど、その一言が妙に胸に引っかかった。
「…なんで、知ってるの」
「さぁ?」
楓はそれきり答えず、黙々と食事に戻る。
問いにすら反応せず、もぐもぐとおにぎりを頬張る姿は、いつも通りに飄々としていて、どこか核心をついてくるようで…ちょっとずるい。
「……」
柊はそっと視線を落とし、手にしたカフェオレの缶を見つめた。
一口。
やさしい甘さが、からからになった喉を潤していく。
ほんの少し、息がゆるんだ。
(……本当、いつもチャラいくせに。変なところ、気が利く)
言葉にしない小さな感情が、心のどこかにぽつんと浮かぶ。
疲労で張り詰めていた意識が、するするとほぐれていく。
どこか不思議な静けさのなかで、柊は楓の横顔をそっと見つめた。
ただ、何も言わず、いつも通りにしているだけなのに。
どうしてだろう――こんなふうに自分のことを“分かってる”ような気遣いが、妙に胸に響いた。
(…やめよう。ちょっと疲れてるだけ…作業に集中しなくちゃ…)
そう思いながらも、ほんの少しだけ、頬が火照るのを感じて、
柊はあわてて視線をモニターに戻した。
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