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エルネストが次に目覚めた時、窓の外に太陽が高く昇っていた。朝食の後でベッドに連れて行かれたはずなのに、もう昼前だ。
重い体で寝返りを打つと、きちんと服を着たライナスがベッド脇の椅子にかけて書類の束に目を通していた。
「あっ。エル兄様。お加減はいかがですか?」
「いいわけないだろう……?」
散々啼かされたせいで、エルネストの声は掠れている。
ライナスは書類を棚に預け、グラスに水を注いだ。それを自分で飲んで、エルネストに口づける。口の端から水がこぼれても自分で拭う元気がないエルネストを見て、ライナスが眉を下げた。
「申し訳ありません。エル兄様が好きにしなさいと言うので、ついやりすぎてしまって……」
「確かにそう言ったよ。でも限度ってものがあるだろう」
「じゃあ心を込めて仲直りのキスをさせていただきます」
「しなくていい」
「そんな……エル兄様、僕のこと嫌いに」
「なってないから! するなら短めにしてよね!?」
「わかりました!」
ライナスの顔がぱっと明るくなり、エルネストの唇が塞がれる。
言いつけどおり程々のところで唇を離してくれたが、エルネストを抱きしめた腕を解こうとはしない。
「……ライナス。もう離れなさい。鍵がかかってないとやっぱり落ち着かないんだ」
「鍵ならもう直りましたよ?」
「えっ?」
「エル兄様がお休みになっている間に。鍵の部分を入れ替えるだけで済んだそうです」
まさかもう直っているとは思わなかった。鍵がかからないことを口実にすれば、今晩くらいはぐっすり眠れるだろうと思ったのに。
ライナスは自分の胸にエルネストを寄りかからせ、抱きしめたまま書類を手に取った。執務室に戻らずエルネストの傍で仕事する気らしい。こうしてみると、ライナスは本当に独占欲が強い。逆にこれまで、軽い接触だけでよく我慢できていたなと思ってしまうほどだ。
ライナスが目を通している書類を一緒に眺めるうちに、エルネストはふと気になることを思い出した。
「あれ? そういえば、なぜ鍵が壊れたのか聞いたっけ? お前が壊したというのは聞いたけど」
「ああ。それは私が陛下に婚約書類を持って行った後、部屋に戻ってきたら内側から鍵をかけられていたからです」
「えっ?」
「心の準備がどうとか言って、エル兄様が私を締め出したんですよ。番になるにはもっと恥ずかしいことをしないといけないから、何日か猶予をくれって」
「……あっ」
時間が経って頭の中が整理されたのか、エルネストは婚約書類にサインした時のことまで思い出した。
ライナスに「結婚するからもう許してくれ」と懇願した後。「じゃあ今から番になりましょう」と言われたのだが、体を見られたり足を開かされたりするのが恥ずかしいわ、ライナスのそれがあまりにも大きいわでエルネストの心は完全に折れていた。
どうにか逃げようと思って「婚約せず番になってしまうのは皇族として非常に体裁が悪い」と言うと、ライナスは確かにそうだとすぐに興奮を鎮め、婚約書類を書いてくれた。それに震える手でサインした後、「戻ってきたら番になってもらいますからね」と宣言して部屋を出ていくライナスを見送り、内側から鍵をかけたのだ。
しかし戻ってきたライナスを扉越しに追い返そうとした瞬間、鍵が嫌な音を立てた。開かないはずの扉が開いて、「約束を破るのはいけませんよね?」と。ライナスが幼い頃から「約束したことはちゃんと守らないと駄目だぞ」と指導していた手前、エルネストは観念して体を差し出すことになったのだった。
「おや。思い出したみたいですね」
「う、うん……」
「あの時は強引に迫って申し訳ありませんでした。エル兄様が誰かに取られるんじゃないかと常に不安だったので、一刻も早く番になりたかったんです」
「そういうことならまあ……でも物を壊すのは駄目だぞ」
「エル兄様が私との約束を破ろうとしなければ壊してませんでしたよ」
「……以後気をつけます」
立場が完全に逆転してしまった。どうにも情けなくてエルネストがライナスの胸に顔を押しつけると、ライナスがくくと喉を鳴らした。
「エル兄様も安心なさったのでは? 私をオメガの群れに放り込んだ後、私ばかり見ておられましたよね?」
「いや……あれはお前がちゃんと伴侶を見つけられるか心配だっただけだよ」
「そうですか? 私が前々から気になっていた人がいると言った時も、不愉快そうな顔をしておられましたけど」
「それもお前に隠し事をされていたんだと思って寂しく思っただけだ」
エルネストの素っ気ない返事に、ライナスは口を尖らせながら仰向けに寝転んだ。
「ちぇっ。私を誰かに取られるのが嫌であんな顔をなさったのだと思ったのに。好きなのは私のほうだけなんですね」
ふてくされるライナスを可愛いなと思いつつ、エルネストは昨日のことを思い返した。
――誰かに取られるのが嫌、か。
そういえば宴会の時、ライナスを送り出して自分の嫁ぎ先を探そうと思ったのに、どうしてもライナスのことが気になって、結局ずっとライナスのことばかり眺めてしまっていた。まさか「ひとりで行け」と突き放しておいて、他のオメガにはライナスを任せられないと心のどこかで思っていたのだろうか。
ライナスが前々から気になっている相手が居ると言った時も。ライナスにやっと良い相手ができたと喜ぶべき場面で、「なんだそんな相手が居たのか」と真っ先に思ってしまった。その時は相談してもらえなかったことが寂しかっただけだと思ったのだが、よくよく思い出してみると寂しいというより、がっかりした気持ちに近かったような気がする。
それこそ先程ライナスが言ったように、ライナスを誰かに取られるのが嫌だと思ってしまったのだと考えたほうが、あの時感じた胸がちくちくするような感覚にしっくりくる。腑に落ちた瞬間、エルネストは顔がだんだんと熱くなっていくのを感じた。
「……エル兄様? 顔が赤いですね?」
「う、うん」
ライナスと目が合うと、エルネストの顔はますます赤くなった。
このまま黙っていてもいいが、ライナスはこれまでエルネストに冗談だと笑われようとも、繰り返し気持ちを伝えてくれたのだ。自分もライナスに対してどう思っているのか、真面目に伝えるべきだろう。
エルネストはライナスの隣に寝ころんで、体をぴたりと寄せた。
「大丈夫ですか? 熱でもあるのでは……」
「……だったのかもしれない」
「はい?」
「私も嫌だったのかもしれない。お前を他のオメガに任せるのが」
つい先程までふてくされていたライナスも、これには思わず頭を持ち上げた。
「エル兄様。それは単に、私が心配なだけではなく?」
「いや。心配とか寂しさはあったけど、それだけじゃなかったかなと思って……お前に気になってる相手がいると知った時、そんな相手がいたのかって、がっかりしたような気持ちもあったような」
「なるほど……それはもう、私のことが大好きと言っても過言ではありませんね?」
「う、うん。お前に良い相手ができたなら、私はもう触らないようにしないといけないなと思って、胸がちくちくする感じもあったし。お前のことを可愛いと思うこともよくあるし……好き、なのかも……?」
自分の気持ちを説明するほどエルネストの顔が熱くなり、ごにょごにょと小声になってしまう。しかしライナスの耳にはしっかりと届いていた。
ライナスはエルネストのほうに寝返りを打つと、エルネストの体をぎゅうぎゅうに抱きしめた。
「ぐっ……苦しい……!」
「どうしようエル兄様。今からもう一回抱いてもいいですか?」
「だっ、駄目に決まってるだろ!?」
「じゃあ今晩、一緒に寝てもいいですか? 鍵も直ったことですし」
「……好きにしなさい」
「はい!」
エルネストから好意を伝えられたライナスの喜びようは凄まじく、エルネストはそれからしばらくの間、ぐっすり眠れない日々を送ることになったのだった。
重い体で寝返りを打つと、きちんと服を着たライナスがベッド脇の椅子にかけて書類の束に目を通していた。
「あっ。エル兄様。お加減はいかがですか?」
「いいわけないだろう……?」
散々啼かされたせいで、エルネストの声は掠れている。
ライナスは書類を棚に預け、グラスに水を注いだ。それを自分で飲んで、エルネストに口づける。口の端から水がこぼれても自分で拭う元気がないエルネストを見て、ライナスが眉を下げた。
「申し訳ありません。エル兄様が好きにしなさいと言うので、ついやりすぎてしまって……」
「確かにそう言ったよ。でも限度ってものがあるだろう」
「じゃあ心を込めて仲直りのキスをさせていただきます」
「しなくていい」
「そんな……エル兄様、僕のこと嫌いに」
「なってないから! するなら短めにしてよね!?」
「わかりました!」
ライナスの顔がぱっと明るくなり、エルネストの唇が塞がれる。
言いつけどおり程々のところで唇を離してくれたが、エルネストを抱きしめた腕を解こうとはしない。
「……ライナス。もう離れなさい。鍵がかかってないとやっぱり落ち着かないんだ」
「鍵ならもう直りましたよ?」
「えっ?」
「エル兄様がお休みになっている間に。鍵の部分を入れ替えるだけで済んだそうです」
まさかもう直っているとは思わなかった。鍵がかからないことを口実にすれば、今晩くらいはぐっすり眠れるだろうと思ったのに。
ライナスは自分の胸にエルネストを寄りかからせ、抱きしめたまま書類を手に取った。執務室に戻らずエルネストの傍で仕事する気らしい。こうしてみると、ライナスは本当に独占欲が強い。逆にこれまで、軽い接触だけでよく我慢できていたなと思ってしまうほどだ。
ライナスが目を通している書類を一緒に眺めるうちに、エルネストはふと気になることを思い出した。
「あれ? そういえば、なぜ鍵が壊れたのか聞いたっけ? お前が壊したというのは聞いたけど」
「ああ。それは私が陛下に婚約書類を持って行った後、部屋に戻ってきたら内側から鍵をかけられていたからです」
「えっ?」
「心の準備がどうとか言って、エル兄様が私を締め出したんですよ。番になるにはもっと恥ずかしいことをしないといけないから、何日か猶予をくれって」
「……あっ」
時間が経って頭の中が整理されたのか、エルネストは婚約書類にサインした時のことまで思い出した。
ライナスに「結婚するからもう許してくれ」と懇願した後。「じゃあ今から番になりましょう」と言われたのだが、体を見られたり足を開かされたりするのが恥ずかしいわ、ライナスのそれがあまりにも大きいわでエルネストの心は完全に折れていた。
どうにか逃げようと思って「婚約せず番になってしまうのは皇族として非常に体裁が悪い」と言うと、ライナスは確かにそうだとすぐに興奮を鎮め、婚約書類を書いてくれた。それに震える手でサインした後、「戻ってきたら番になってもらいますからね」と宣言して部屋を出ていくライナスを見送り、内側から鍵をかけたのだ。
しかし戻ってきたライナスを扉越しに追い返そうとした瞬間、鍵が嫌な音を立てた。開かないはずの扉が開いて、「約束を破るのはいけませんよね?」と。ライナスが幼い頃から「約束したことはちゃんと守らないと駄目だぞ」と指導していた手前、エルネストは観念して体を差し出すことになったのだった。
「おや。思い出したみたいですね」
「う、うん……」
「あの時は強引に迫って申し訳ありませんでした。エル兄様が誰かに取られるんじゃないかと常に不安だったので、一刻も早く番になりたかったんです」
「そういうことならまあ……でも物を壊すのは駄目だぞ」
「エル兄様が私との約束を破ろうとしなければ壊してませんでしたよ」
「……以後気をつけます」
立場が完全に逆転してしまった。どうにも情けなくてエルネストがライナスの胸に顔を押しつけると、ライナスがくくと喉を鳴らした。
「エル兄様も安心なさったのでは? 私をオメガの群れに放り込んだ後、私ばかり見ておられましたよね?」
「いや……あれはお前がちゃんと伴侶を見つけられるか心配だっただけだよ」
「そうですか? 私が前々から気になっていた人がいると言った時も、不愉快そうな顔をしておられましたけど」
「それもお前に隠し事をされていたんだと思って寂しく思っただけだ」
エルネストの素っ気ない返事に、ライナスは口を尖らせながら仰向けに寝転んだ。
「ちぇっ。私を誰かに取られるのが嫌であんな顔をなさったのだと思ったのに。好きなのは私のほうだけなんですね」
ふてくされるライナスを可愛いなと思いつつ、エルネストは昨日のことを思い返した。
――誰かに取られるのが嫌、か。
そういえば宴会の時、ライナスを送り出して自分の嫁ぎ先を探そうと思ったのに、どうしてもライナスのことが気になって、結局ずっとライナスのことばかり眺めてしまっていた。まさか「ひとりで行け」と突き放しておいて、他のオメガにはライナスを任せられないと心のどこかで思っていたのだろうか。
ライナスが前々から気になっている相手が居ると言った時も。ライナスにやっと良い相手ができたと喜ぶべき場面で、「なんだそんな相手が居たのか」と真っ先に思ってしまった。その時は相談してもらえなかったことが寂しかっただけだと思ったのだが、よくよく思い出してみると寂しいというより、がっかりした気持ちに近かったような気がする。
それこそ先程ライナスが言ったように、ライナスを誰かに取られるのが嫌だと思ってしまったのだと考えたほうが、あの時感じた胸がちくちくするような感覚にしっくりくる。腑に落ちた瞬間、エルネストは顔がだんだんと熱くなっていくのを感じた。
「……エル兄様? 顔が赤いですね?」
「う、うん」
ライナスと目が合うと、エルネストの顔はますます赤くなった。
このまま黙っていてもいいが、ライナスはこれまでエルネストに冗談だと笑われようとも、繰り返し気持ちを伝えてくれたのだ。自分もライナスに対してどう思っているのか、真面目に伝えるべきだろう。
エルネストはライナスの隣に寝ころんで、体をぴたりと寄せた。
「大丈夫ですか? 熱でもあるのでは……」
「……だったのかもしれない」
「はい?」
「私も嫌だったのかもしれない。お前を他のオメガに任せるのが」
つい先程までふてくされていたライナスも、これには思わず頭を持ち上げた。
「エル兄様。それは単に、私が心配なだけではなく?」
「いや。心配とか寂しさはあったけど、それだけじゃなかったかなと思って……お前に気になってる相手がいると知った時、そんな相手がいたのかって、がっかりしたような気持ちもあったような」
「なるほど……それはもう、私のことが大好きと言っても過言ではありませんね?」
「う、うん。お前に良い相手ができたなら、私はもう触らないようにしないといけないなと思って、胸がちくちくする感じもあったし。お前のことを可愛いと思うこともよくあるし……好き、なのかも……?」
自分の気持ちを説明するほどエルネストの顔が熱くなり、ごにょごにょと小声になってしまう。しかしライナスの耳にはしっかりと届いていた。
ライナスはエルネストのほうに寝返りを打つと、エルネストの体をぎゅうぎゅうに抱きしめた。
「ぐっ……苦しい……!」
「どうしようエル兄様。今からもう一回抱いてもいいですか?」
「だっ、駄目に決まってるだろ!?」
「じゃあ今晩、一緒に寝てもいいですか? 鍵も直ったことですし」
「……好きにしなさい」
「はい!」
エルネストから好意を伝えられたライナスの喜びようは凄まじく、エルネストはそれからしばらくの間、ぐっすり眠れない日々を送ることになったのだった。
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