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朝食を終える頃にはエルネストも自力で歩けるようになり、ライナスと一緒に部屋に戻った。
エルネストがつかつかと部屋に入った後ろから、ライナスが少し遅れてとぼとぼと入ってくる。
「ライナス。そこに座りなさい」
「はい……」
ライナスをソファーに座らせ、エルネストは立ったままライナスを見下ろした。ライナスに身長を追い抜かれてから、お説教する時はいつもこうしているのだ。
「公爵夫妻の話では、雷が怖いのはグスタフのほうらしいな?」
「はい」
「じゃあお前がグスタフと一緒に寝てもらってたんじゃなくて、グスタフがお前と一緒に寝てもらってたんだな?」
「はい」
「それで思いついたのか? グスタフの真似をすれば、私のベッドで一緒に寝られるんじゃないかって」
「はい。そうです」
「それで夜中に雷魔法を? 衛兵に当たるかもしれないのに?」
「その点はご心配なく。グスタフ以外の人間のそばに雷魔法を落としたことはありません」
ライナスの返事を聞いて「それならまあいいか」と一瞬思ったが、よく考えるとよくない。
「ちょっと待って? グスタフの件はわざとなのか?」
「はい。父は初めて雷魔法を使って失敗したのだと思っていますが、ひとりで事前に練習して、初めてのふりをしてグスタフに復讐したのです。ちゃんと威力も控えました。グスタフに実家を継がせて、私がエル兄様と結婚する計画だったので」
――グスタフ、かわいそうに。
実の兄に対してこの仕打ち、悪ガキどころの話ではない。いや、それだけグスタフがライナスをこき使っていたということなんだろうか。どちらにせよ、良かれと思ってやっていたことが何の意味もなかったのだと思うと溜息が出そうだ。
「どうもお前が来てから、城の近くによく雷が落ちるなぁとは思っていたよ」
「はい。申し訳ありませんでした」
「さぞ楽しかっただろうね? 私を騙してベッドに潜り込むのは」
「はい。騙すのは大変心苦しかったですが、とても楽しませてもらいました」
「そうかそうか。それで、私が眠っている間にフェロモンでマーキングしていたんだな?」
「はい。エル兄様に寄ってくる虫があまりにも多かったので、私以外の相手と結婚できないよう駆除させていただきました。遠方の嫁ぎ先を探し始めた頃にはもう、物欲しそうに眺められるだけで誰も近寄らなくなっていたでしょう?」
「ううっ……正直に言えばいいってものじゃないからな!?」
いや、ここまで正直だといっそ気持ちよく叱れる。ライナスが可哀そうで具合が悪いのを耐えていたのに、それもライナスがこっそりフェロモンをつけていたせいだったなんて……誰も近寄ってこなかったのも納得だ。優勢アルファのフェロモンを纏っているオメガなんて、怖くて声をかけられないだろう。
エルネストがじとっとした目を向けると、ライナスは瞳に涙を浮かべてみせた。
「申し訳ありません。僕、どうしてもエル兄様と結婚したかったんです」
「そっ……そうやって可愛い子ぶれば許されるとでも?」
口から出た言葉とは逆に、エルネストはすでにライナスを許しかけている。きっとここ十一年で体にしみ込んだ習慣が、ライナスに悲しい顔をさせてはいけないと思わせているのだ。
エルネストの反応を見て、ライナスはソファーに座ったままエルネストの体に抱きついた。
「エル兄様。僕のこと、嫌いになってしまいましたか……?」
――くっ……!
椅子に座らせたのがいけなかった。逞しく成長してもなお、抱きつきながら見上げられると小さかった頃のライナスを思い出してしまう。一人称を僕に戻しているのも小細工だとわかっているのに、体が言うことを聞いてくれない。
しばしの葛藤の後、エルネストはライナスの頭にぽんと手をのせた。
「大丈夫。この程度で嫌いにはならないから」
「じゃあ仲直りのキスをしてもいいですか?」
「……うん。それで水に流そう」
「ありがとうございます!」
エルネストの惨敗。そしてライナスは満面の笑みである。
ライナスに抱き寄せられて膝に座らされると、エルネストの脳裏に昨晩の執拗なまでのキスが蘇った。
まあ仲直りのキスということなので、頬に軽くちゅっとするだけだろう。そう思ってライナスのほうに自分から頬を差し出したが、ライナスの唇は迷いなくエルネストの口を塞いだ。
「んむっ……ちょっと待っ……」
エルネストの抗議はライナスの口にすべて吸い込まれてしまった。執拗に舌を貪られ、エルネストの体から力が抜けていく。
「ライナス……もう、怒ってないから……」
「いいえ。ちゃんと仲直りしないと」
体を立てていられなくなってようやく唇を離してもらえたかと思いきや、エルネストはライナスに抱き上げられベッドに運ばれた。仰向けに寝かされた上に、ライナスが覆いかぶさる。
体重をかけられると下肢が密着して、エルネストはライナスがキスよりもっと先を求めているのだと察した。
「こら……! 鍵が壊れてるんだからこれ以上は……」
「ご心配なく。部屋に入る時、私が呼ぶまで誰も入ってこないよう言っておいたので」
ライナスがにやりと笑うのを見て、エルネストはようやく気づいた。それであんなにのろのろと後ろを歩いていたのかと。
ライナスはエルネストの唇を塞ぎながら器用にブラウスのボタンを外した。首に巻かれた包帯が露わになったエルネストの襟元に、ライナスが嬉しそうに鼻を寄せる。
「はぁ……甘い匂いがしてきましたね」
「ライナスお前……最初からこうするつもりで、大人しく着いてきたんだな?」
「今気づいたんですか? 本当に不用心な人ですね」
くすくすと笑いながらライナスもシャツの襟を緩め、エルネストの手に指を絡める。
「エル。抱いてもいいですか?」
「……好きにしなさい」
エルネストはぷいと顔を横に向けながらも、ライナスの手を握り返した。
エルネストがつかつかと部屋に入った後ろから、ライナスが少し遅れてとぼとぼと入ってくる。
「ライナス。そこに座りなさい」
「はい……」
ライナスをソファーに座らせ、エルネストは立ったままライナスを見下ろした。ライナスに身長を追い抜かれてから、お説教する時はいつもこうしているのだ。
「公爵夫妻の話では、雷が怖いのはグスタフのほうらしいな?」
「はい」
「じゃあお前がグスタフと一緒に寝てもらってたんじゃなくて、グスタフがお前と一緒に寝てもらってたんだな?」
「はい」
「それで思いついたのか? グスタフの真似をすれば、私のベッドで一緒に寝られるんじゃないかって」
「はい。そうです」
「それで夜中に雷魔法を? 衛兵に当たるかもしれないのに?」
「その点はご心配なく。グスタフ以外の人間のそばに雷魔法を落としたことはありません」
ライナスの返事を聞いて「それならまあいいか」と一瞬思ったが、よく考えるとよくない。
「ちょっと待って? グスタフの件はわざとなのか?」
「はい。父は初めて雷魔法を使って失敗したのだと思っていますが、ひとりで事前に練習して、初めてのふりをしてグスタフに復讐したのです。ちゃんと威力も控えました。グスタフに実家を継がせて、私がエル兄様と結婚する計画だったので」
――グスタフ、かわいそうに。
実の兄に対してこの仕打ち、悪ガキどころの話ではない。いや、それだけグスタフがライナスをこき使っていたということなんだろうか。どちらにせよ、良かれと思ってやっていたことが何の意味もなかったのだと思うと溜息が出そうだ。
「どうもお前が来てから、城の近くによく雷が落ちるなぁとは思っていたよ」
「はい。申し訳ありませんでした」
「さぞ楽しかっただろうね? 私を騙してベッドに潜り込むのは」
「はい。騙すのは大変心苦しかったですが、とても楽しませてもらいました」
「そうかそうか。それで、私が眠っている間にフェロモンでマーキングしていたんだな?」
「はい。エル兄様に寄ってくる虫があまりにも多かったので、私以外の相手と結婚できないよう駆除させていただきました。遠方の嫁ぎ先を探し始めた頃にはもう、物欲しそうに眺められるだけで誰も近寄らなくなっていたでしょう?」
「ううっ……正直に言えばいいってものじゃないからな!?」
いや、ここまで正直だといっそ気持ちよく叱れる。ライナスが可哀そうで具合が悪いのを耐えていたのに、それもライナスがこっそりフェロモンをつけていたせいだったなんて……誰も近寄ってこなかったのも納得だ。優勢アルファのフェロモンを纏っているオメガなんて、怖くて声をかけられないだろう。
エルネストがじとっとした目を向けると、ライナスは瞳に涙を浮かべてみせた。
「申し訳ありません。僕、どうしてもエル兄様と結婚したかったんです」
「そっ……そうやって可愛い子ぶれば許されるとでも?」
口から出た言葉とは逆に、エルネストはすでにライナスを許しかけている。きっとここ十一年で体にしみ込んだ習慣が、ライナスに悲しい顔をさせてはいけないと思わせているのだ。
エルネストの反応を見て、ライナスはソファーに座ったままエルネストの体に抱きついた。
「エル兄様。僕のこと、嫌いになってしまいましたか……?」
――くっ……!
椅子に座らせたのがいけなかった。逞しく成長してもなお、抱きつきながら見上げられると小さかった頃のライナスを思い出してしまう。一人称を僕に戻しているのも小細工だとわかっているのに、体が言うことを聞いてくれない。
しばしの葛藤の後、エルネストはライナスの頭にぽんと手をのせた。
「大丈夫。この程度で嫌いにはならないから」
「じゃあ仲直りのキスをしてもいいですか?」
「……うん。それで水に流そう」
「ありがとうございます!」
エルネストの惨敗。そしてライナスは満面の笑みである。
ライナスに抱き寄せられて膝に座らされると、エルネストの脳裏に昨晩の執拗なまでのキスが蘇った。
まあ仲直りのキスということなので、頬に軽くちゅっとするだけだろう。そう思ってライナスのほうに自分から頬を差し出したが、ライナスの唇は迷いなくエルネストの口を塞いだ。
「んむっ……ちょっと待っ……」
エルネストの抗議はライナスの口にすべて吸い込まれてしまった。執拗に舌を貪られ、エルネストの体から力が抜けていく。
「ライナス……もう、怒ってないから……」
「いいえ。ちゃんと仲直りしないと」
体を立てていられなくなってようやく唇を離してもらえたかと思いきや、エルネストはライナスに抱き上げられベッドに運ばれた。仰向けに寝かされた上に、ライナスが覆いかぶさる。
体重をかけられると下肢が密着して、エルネストはライナスがキスよりもっと先を求めているのだと察した。
「こら……! 鍵が壊れてるんだからこれ以上は……」
「ご心配なく。部屋に入る時、私が呼ぶまで誰も入ってこないよう言っておいたので」
ライナスがにやりと笑うのを見て、エルネストはようやく気づいた。それであんなにのろのろと後ろを歩いていたのかと。
ライナスはエルネストの唇を塞ぎながら器用にブラウスのボタンを外した。首に巻かれた包帯が露わになったエルネストの襟元に、ライナスが嬉しそうに鼻を寄せる。
「はぁ……甘い匂いがしてきましたね」
「ライナスお前……最初からこうするつもりで、大人しく着いてきたんだな?」
「今気づいたんですか? 本当に不用心な人ですね」
くすくすと笑いながらライナスもシャツの襟を緩め、エルネストの手に指を絡める。
「エル。抱いてもいいですか?」
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