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それにしても、ファロン公爵夫妻は以前からエルネストに対して好意的だったが、今日はいつにも増して笑いかけてくれる。
「エルネスト殿下に承諾していただけて本当によかったです。ライナスからよく聞いていましたが、殿下は皇宮内のお仕事も完璧にこなしておられるとのことで」
「ライナスも、まだまだ足りない部分があると自分でわかっているから。エルネストが結婚してくれればどんなに良いかと会う度に三人で話していたのよ」
「そうでしたか……他に検討しているお相手はいなかったのですね」
――いや、そんな相手が居るはずないか。
親元を離れてさぞ寂しかろうと思っていたのに、ライナスはそれ以前からエルネストとの結婚を虎視眈々と狙っていたのだ。日頃から両親にも根回ししてあったとは本当に余念がない。
今になってみると、昨晩の宴会でライナスが他のオメガに対してまったく笑いかけなかったのも、エルネストと目が合った時だけ笑っていたことも納得できる。
無事に挨拶できて肩の力が抜けたからなのか、体の痛みも多少ましになってきた。エルネストがサラダを口に運ぼうとすると、皇帝から話しかけられた。
「エルネスト。お前こそ、他に検討している相手が居たのではないのか?」
「えっ? いや……」
心配そうな顔でたずねられ、エルネストはフォークを止めた。そういえば父には何度も相談していたのだ。具合が悪いのだから、ライナスの伴侶を早めに見繕ってはどうか。自分の嫁ぎ先はどこか遠方の相手を探すので心配しなくていいと。
「申し訳ありません父上。法改正派がいまだにあきらめていない様子だったので、ライナスの邪魔にならないよう皇都を離れるつもりだったのです。でも結局、嫁ぎ先が見つからなくて……」
「そうだったか。まあお前が皇太子婿になれば、法改正派も黙るだろう」
「あっ……」
父の言葉を聞いて、エルネストはハッとした。確かに、ライナスと結婚して皇太子婿になってしまえば、法改正派がどう足搔こうとエルネストを皇太子にできなくなる。ライナスと結婚するという選択肢が頭になかったので、そんな守り方は思いつかなかった。
視野の狭さに反省しつつ食事に戻ったエルネストだったが、ふと気づいた。この頃、父の食が細くなって心配していたのだが、今日は食欲があるように見える。
「よかったですわねお兄様。エルネストが遠方に嫁ぐと言い出してから、食事が喉を通らなかったのでしょう?」
「フェリシエンヌ。その話は息子の前でするなと……」
「いいではありませんか。心配事がなくなって、今日からはたくさんお召し上がりになれるのですから」
皇帝とファロン公爵夫人の会話を聞いて、エルネストは青ざめた。皇宮医の指導で、エルネストからも「もっと食べるように」と父に言っていたのだが、まさか食欲を失わせていたのが自分の言動だったとは。
いや、確かに食欲も失せるだろう。ライナスと結婚させれば色々と上手くいくと思っていたところに、息子が急にライナスの伴侶候補を見繕ってはどうかと勧めてきて、自分は遠方に嫁ぐなんて言い出したら。
「も、申し訳ありませんでした……父上がライナスとの結婚をお望みとは思わず余計なことばかりして」
「いや。実はライナスが時折、お前の部屋を深夜に訪ねていると報告を受けてな」
「はい。それが何か?」
「この年になっても変わらずそうしていると聞いて、いつ婚約の話を持ってくるのかと待っていたのだが……」
「えっ?」
「自分がそういう相談をしづらい父親なのだと思うと、不甲斐なさで食欲が……余計な心配をかけた」
「い、いえ……」
父の食欲が戻ったのはよかった。しかし、なぜライナスが部屋を訪ねてくることが婚約の話に繋がるのかがわからない。
首を傾げるエルネストの向かい側で、ファロン公爵夫妻が微笑ましいといわんばかりの顔でこちらを眺めている。
「実は私も、いつ婚約の手紙が届くだろうと思っていたのです。殿下にお会いすると、必ずと言っていいほどライナスのフェロモンを感じたので」
「えっ?」
「ライナスにはその都度注意してたのよ? エルネストの負担になるから、婚約するまでは過度な接触を控えなさいって」
「なっ……」
公爵夫妻の話を聞いて、エルネストはようやくピンときた。これは父にも勘違いされている。ライナスが夜中にエルネストの部屋を訪れているのは恋仲だからで、相手のフェロモンが染みついてしまうようなことをしていたのだと。
「ごっ、誤解です。ライナスが雷を怖がるので一緒に寝ていただけで、やましいことは何もありませんでした……!」
慌てて弁解したエルネストだったが、過去形なのがどうも情けない。
昨日までは確かに、やましいことは何ひとつなかった。万に一つもライナスに手を出してしまわないように、抑制剤を飲みながら何年も耐えていたのだ。それなのにまさか、ライナスとすでにそういう関係だと誤解されていたなんて……
エルネストの慌てようが相当面白かったらしく、ファロン公爵夫人が口元を隠しながら笑っている。
「うふふ……そんなに慌てなくても。悪いのはうちの子でしょう?」
「いえ。誤解を招く行動をお詫び申し上げます」
「真面目なんだから。それにしても、雷が怖いのはグスタフだけかと思っていたわ。ねぇあなた?」
「懐かしいな。雷が鳴ると、グスタフがいつもライナスのベッドに潜り込んで」
「ええ。お前は平気だろうと言われて、ライナスはいつも迷惑がっていたわよね」
――えっ? どういうことだ……?
公爵夫妻の話は、エルネストがライナスから聞いていた内容と随分違う。雷が大の苦手で、実家ではグスタフのベッドに入れてもらっていたと言うので、それなら自分がグスタフの代わりにと思って添い寝していたのだが。
昨日聞いたばかりの話でも、グスタフは良い兄ではなかったが、雷の晩に同じベッドで寝てくれることだけは役に立ってくれたとライナスが言っていたのに。
エルネストがまた首を傾げていると、今度はファロン公爵と目が合った。
「ああ。結婚するのですから、もうエルネスト殿下に話しても構いませんね。これは我が家の秘密なのですが、ライナスは雷魔法が使えるのです」
「えっ?」
「驚きますよね。雷魔法の使い手は貴重ですので」
「え、ええ。とても驚きました」
「逆に、グスタフは雷が大の苦手なんです。ライナスが初めて雷魔法を使った時、グスタフのすぐそばに雷が落ちてしまって」
雷魔法のめずらしさを抜きにすれば、家族の思い出話に聞こえる。しかしエルネストはどうも引っかかった。雷の話になってから、ライナスがこちらをまったく見ようとしない。
「……ファロン公爵。不勉強で申し訳ないのですが、雷魔法も他の属性魔法と同じように制御できるのですか?」
「できますよ。真っ直ぐ落ちないので他の魔法より難しいのですが、ライナスはコントロールが上手なんです」
「なるほど。それは頼もしいことですね」
相槌を打った後、エルネストはライナスのほうに顔を向けた。
ファロン公爵も夫人も、雷を怖がっていたのはグスタフのほうだと言った。しかもライナスは、自分の一存で雷を落とせる。雷が怖いふりをすればエルネストと一緒に寝られると思って、雷魔法を悪用していたのではなかろうか。
「ライナス。食事の後、私の部屋でちょっと話そうか」
「……はい」
エルネストが何について話をするか言及していないのに、ライナスはすでに説教を受ける前の顔になっていた。
「エルネスト殿下に承諾していただけて本当によかったです。ライナスからよく聞いていましたが、殿下は皇宮内のお仕事も完璧にこなしておられるとのことで」
「ライナスも、まだまだ足りない部分があると自分でわかっているから。エルネストが結婚してくれればどんなに良いかと会う度に三人で話していたのよ」
「そうでしたか……他に検討しているお相手はいなかったのですね」
――いや、そんな相手が居るはずないか。
親元を離れてさぞ寂しかろうと思っていたのに、ライナスはそれ以前からエルネストとの結婚を虎視眈々と狙っていたのだ。日頃から両親にも根回ししてあったとは本当に余念がない。
今になってみると、昨晩の宴会でライナスが他のオメガに対してまったく笑いかけなかったのも、エルネストと目が合った時だけ笑っていたことも納得できる。
無事に挨拶できて肩の力が抜けたからなのか、体の痛みも多少ましになってきた。エルネストがサラダを口に運ぼうとすると、皇帝から話しかけられた。
「エルネスト。お前こそ、他に検討している相手が居たのではないのか?」
「えっ? いや……」
心配そうな顔でたずねられ、エルネストはフォークを止めた。そういえば父には何度も相談していたのだ。具合が悪いのだから、ライナスの伴侶を早めに見繕ってはどうか。自分の嫁ぎ先はどこか遠方の相手を探すので心配しなくていいと。
「申し訳ありません父上。法改正派がいまだにあきらめていない様子だったので、ライナスの邪魔にならないよう皇都を離れるつもりだったのです。でも結局、嫁ぎ先が見つからなくて……」
「そうだったか。まあお前が皇太子婿になれば、法改正派も黙るだろう」
「あっ……」
父の言葉を聞いて、エルネストはハッとした。確かに、ライナスと結婚して皇太子婿になってしまえば、法改正派がどう足搔こうとエルネストを皇太子にできなくなる。ライナスと結婚するという選択肢が頭になかったので、そんな守り方は思いつかなかった。
視野の狭さに反省しつつ食事に戻ったエルネストだったが、ふと気づいた。この頃、父の食が細くなって心配していたのだが、今日は食欲があるように見える。
「よかったですわねお兄様。エルネストが遠方に嫁ぐと言い出してから、食事が喉を通らなかったのでしょう?」
「フェリシエンヌ。その話は息子の前でするなと……」
「いいではありませんか。心配事がなくなって、今日からはたくさんお召し上がりになれるのですから」
皇帝とファロン公爵夫人の会話を聞いて、エルネストは青ざめた。皇宮医の指導で、エルネストからも「もっと食べるように」と父に言っていたのだが、まさか食欲を失わせていたのが自分の言動だったとは。
いや、確かに食欲も失せるだろう。ライナスと結婚させれば色々と上手くいくと思っていたところに、息子が急にライナスの伴侶候補を見繕ってはどうかと勧めてきて、自分は遠方に嫁ぐなんて言い出したら。
「も、申し訳ありませんでした……父上がライナスとの結婚をお望みとは思わず余計なことばかりして」
「いや。実はライナスが時折、お前の部屋を深夜に訪ねていると報告を受けてな」
「はい。それが何か?」
「この年になっても変わらずそうしていると聞いて、いつ婚約の話を持ってくるのかと待っていたのだが……」
「えっ?」
「自分がそういう相談をしづらい父親なのだと思うと、不甲斐なさで食欲が……余計な心配をかけた」
「い、いえ……」
父の食欲が戻ったのはよかった。しかし、なぜライナスが部屋を訪ねてくることが婚約の話に繋がるのかがわからない。
首を傾げるエルネストの向かい側で、ファロン公爵夫妻が微笑ましいといわんばかりの顔でこちらを眺めている。
「実は私も、いつ婚約の手紙が届くだろうと思っていたのです。殿下にお会いすると、必ずと言っていいほどライナスのフェロモンを感じたので」
「えっ?」
「ライナスにはその都度注意してたのよ? エルネストの負担になるから、婚約するまでは過度な接触を控えなさいって」
「なっ……」
公爵夫妻の話を聞いて、エルネストはようやくピンときた。これは父にも勘違いされている。ライナスが夜中にエルネストの部屋を訪れているのは恋仲だからで、相手のフェロモンが染みついてしまうようなことをしていたのだと。
「ごっ、誤解です。ライナスが雷を怖がるので一緒に寝ていただけで、やましいことは何もありませんでした……!」
慌てて弁解したエルネストだったが、過去形なのがどうも情けない。
昨日までは確かに、やましいことは何ひとつなかった。万に一つもライナスに手を出してしまわないように、抑制剤を飲みながら何年も耐えていたのだ。それなのにまさか、ライナスとすでにそういう関係だと誤解されていたなんて……
エルネストの慌てようが相当面白かったらしく、ファロン公爵夫人が口元を隠しながら笑っている。
「うふふ……そんなに慌てなくても。悪いのはうちの子でしょう?」
「いえ。誤解を招く行動をお詫び申し上げます」
「真面目なんだから。それにしても、雷が怖いのはグスタフだけかと思っていたわ。ねぇあなた?」
「懐かしいな。雷が鳴ると、グスタフがいつもライナスのベッドに潜り込んで」
「ええ。お前は平気だろうと言われて、ライナスはいつも迷惑がっていたわよね」
――えっ? どういうことだ……?
公爵夫妻の話は、エルネストがライナスから聞いていた内容と随分違う。雷が大の苦手で、実家ではグスタフのベッドに入れてもらっていたと言うので、それなら自分がグスタフの代わりにと思って添い寝していたのだが。
昨日聞いたばかりの話でも、グスタフは良い兄ではなかったが、雷の晩に同じベッドで寝てくれることだけは役に立ってくれたとライナスが言っていたのに。
エルネストがまた首を傾げていると、今度はファロン公爵と目が合った。
「ああ。結婚するのですから、もうエルネスト殿下に話しても構いませんね。これは我が家の秘密なのですが、ライナスは雷魔法が使えるのです」
「えっ?」
「驚きますよね。雷魔法の使い手は貴重ですので」
「え、ええ。とても驚きました」
「逆に、グスタフは雷が大の苦手なんです。ライナスが初めて雷魔法を使った時、グスタフのすぐそばに雷が落ちてしまって」
雷魔法のめずらしさを抜きにすれば、家族の思い出話に聞こえる。しかしエルネストはどうも引っかかった。雷の話になってから、ライナスがこちらをまったく見ようとしない。
「……ファロン公爵。不勉強で申し訳ないのですが、雷魔法も他の属性魔法と同じように制御できるのですか?」
「できますよ。真っ直ぐ落ちないので他の魔法より難しいのですが、ライナスはコントロールが上手なんです」
「なるほど。それは頼もしいことですね」
相槌を打った後、エルネストはライナスのほうに顔を向けた。
ファロン公爵も夫人も、雷を怖がっていたのはグスタフのほうだと言った。しかもライナスは、自分の一存で雷を落とせる。雷が怖いふりをすればエルネストと一緒に寝られると思って、雷魔法を悪用していたのではなかろうか。
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「……はい」
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