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決意を胸に朝の支度を済ませたエルネストだったが、情事の痕跡とライナスにつけられた痕を侍従たちに見られてしまった恥ずかしさで早くも心が折れそうになっている。
その上、昨晩の営みの余波でいつまで経っても足腰に力が入らない。
「ううっ……」
「エル兄様。無理せずお部屋でゆっくりなさっては?」
「いや。今日はお前のご両親も朝食の席にいらっしゃるから……」
ちょうど昨日はライナスの両親が皇宮に泊っており、朝食に同席すると言っていた。昨晩の件を直接謝罪するために、なんとしてでも参加したいのだ。
ライナスに支えてもらってエルネストが部屋を出ようとすると、ふとおかしなことに気づいた。扉の鍵が壊れている。
「あれ……どうして鍵が壊れてるんだ?」
「覚えておられないのですか? 昨日、私が壊しましたよね?」
「えっ?」
まったく覚えのない話にエルネストが首を傾げると、ライナスがエルネストの体を抱き上げた。
「エル兄様は発情中のことをあまり覚えていられないタイプなのですね。まさか、私のプロポーズを受け入れてくださったことまで忘れていませんよね? 覚えていなければもう一度同じことをしましょうか?」
「いや! 大丈夫だ! そこはちゃんと覚えてるから……!」
昨晩のことを思い出して、エルネストの頬が真っ赤に染まった。
朦朧としていたが、さすがに覚えている。弟のように思って接してきたのだから急に結婚なんて無理だと拒否したら、かわいがっていた従弟が突然行方不明になった。ライナスが雄だということを執拗に見せつけられ、耐えかねたエルネストが「結婚するからもう許してくれ」と懇願するに至ったのだ。
エルネストがきちんと覚えている様子を見てか、ライナスは満足そうに目を細めている。
「記憶にあってよかったです。エル兄様が結婚すると言ってくださった後、『番になるのは婚約してからじゃないと駄目だ』とおっしゃって、その場で婚約書類を書いたんですよ」
「えっ? そうだったのか?」
「そこは覚えてないんですね。ぼんやりしておられましたけど、エル兄様もちゃんと署名なさって、私が陛下のお部屋まで届けに行ったのです。控えを見ますか?」
「見る!」
まったく覚えがなかったが、ライナスに運ばれて執務机の前に行ってみると、整頓された机の上に婚約書類の控えが置かれていた。少し筆跡が乱れているが、確かにエルネストのサインがある。その上にはライナスの署名もあり、ファロン公爵と皇帝が同意した旨のサインと玉璽も押されている。申請日も受理時も昨日の日付だ。
「そうか……番になったのは一応、婚約した後だったんだね」
「はい。このとおり、書類の上では昨日付けで婚約しております」
「……えらいぞライナス! よくやった」
エルネストはライナスの頭を撫でた。自分が朦朧としている間にライナスがちゃんと手続きをしてくれていたのだ。夜遅くに皇帝とライナスの父に書類を書いてもらったのは申し訳ないが、両家の合意を取る前に番になってしまうよりはずっと良い。
ほっとしながらライナスの頭を撫でるうちに、エルネストはふと思い出した。そういえば昨日、ライナスに前々から気になっているオメガが居るのだと知って、それが自分のこととは思わず、今後は一切の接触をやめなければと思ったのだった。今後も気兼ねなくライナスを撫でてやれると思うと、そう悪くない結婚かもしれない。
――そうだな。私ならライナスの弱点を言いふらすこともないし。
よく考えたら、ライナスの雷嫌いを悪用して雷魔法で暗殺を試みる輩が居ないとも限らない。その点、エルネストが伴侶になれば安心だし、まだ嫁ぎ先が見つかっていなかったことも考えると、エルネストはだんだんとありがたい気持ちになってきた。
気づけばライナスがエルネストを抱えたまま、執務椅子に座っている。
「どうも元気がないと思ったら、心配しておられたのですね」
「ああ。婚約もしないで番になってしまったなんて、お前の両親に申し訳ないことをしたと思って」
「ご心配なく。昨日陛下に書類を持って行ったら、ちょうど私の両親と話しているところだったんです。父も母も喜んでいました……という話もしたのですが」
「うっ……覚えてない」
「やっぱり、ご無理なさらないほうがいいのでは?」
「いや。せっかくだからご一緒するよ。直接ご挨拶できるいい機会だ」
婚約しているのならライナスの手を借りても不自然ではない。というわけでそのままライナスに運んでもらったのだが、食卓について待つだけでもエルネストの体は悲鳴をあげている。
ライナスの言うことを聞いて安静にすべきだったかと思っていると、皇帝と一緒にファロン公爵夫妻がやってきた。ライナスの手を借りて立ち上がろうとするエルネストを見て、皇帝が声をかけた。
「エルネスト。無理に立たなくていい」
「……はい。お気遣いに感謝いたします」
父に気遣われ、エルネストの手のひらに汗が滲む。
ファロン公爵夫妻に挨拶するために出てきたが、父と顔を合わせるのが思いの外恥ずかしい。騒ぎにならないよう朝の支度を手伝ってくれた者たちには口止めしたが、皇帝にはライナスと番になったことを報告するよう遣いを送っておいたのだ。婚約書類を受け取ったばかりなのに、もう関係を持ったのかと呆れているかもしれない。
エルネストが気まずさで顔を伏せているうちに皇帝が上座の席に着き、ファロン公爵夫妻がライナスとエルネストの向かい側に着席した。
ライナスの父、ファロン公爵は温厚で気さくなアルファ。そして皇帝の妹――フェリシエンヌ・ファロン公爵夫人は裏表がなく、さっぱりした性格のオメガだ。
「エルネスト殿下。愚息の求婚を受けていただいたとのこと、感謝申し上げます」
「こちらこそ、夜遅くにありがとうございました。突然のご報告になってしまい申し訳ありません」
「いえいえ。我々は昨日の宴会で、婚約発表のサプライズがあるのではないかと予想していたくらいで」
「お祝いの準備もしてあったのに、ライナスったらまだプロポーズしてないって言うんだもの」
心から喜んでもらえている様子にエルネストが胸を撫で下ろす隣で、ライナスが口を尖らせている。
「違いますよ母上。これまではプロポーズしてもまともに受け取ってもらえなかったんです」
「あらそう。でも昨日はちゃんとしたんでしょう?」
「はい。もう何度目か忘れましたけど、宴会の後で私の気持ちを改めてしっかりお伝えしました」
「想いが通じてよかったわね。どんなプロポーズをしたのか気になるわ」
「ああ。それはですね……」
――ライナス! それ以上は駄目だ……!
まさか言わないよな? プロポーズされたのを今年一番の冗談だと笑われたので、本気で好きだとわかってもらえるまで延々とキスしましたなんて言わないよな?
責任を取って結婚しろと言っても「弟だと思って接してきたから急には無理だ」と拒否されたので、弟だと思えなくなるような行為に及んで承諾させましたなんて馬鹿正直に言わないよな……!?
エルネストが必死に目で訴えると、ライナスと目が合ってにこりと微笑まれた。
「秘密です。ふたりだけの思い出にしたいので」
「あら素敵! じゃあ聞かないでおくわ」
それ以上は誰も詮索しようとせず、エルネストは命拾いした心地になった。
その上、昨晩の営みの余波でいつまで経っても足腰に力が入らない。
「ううっ……」
「エル兄様。無理せずお部屋でゆっくりなさっては?」
「いや。今日はお前のご両親も朝食の席にいらっしゃるから……」
ちょうど昨日はライナスの両親が皇宮に泊っており、朝食に同席すると言っていた。昨晩の件を直接謝罪するために、なんとしてでも参加したいのだ。
ライナスに支えてもらってエルネストが部屋を出ようとすると、ふとおかしなことに気づいた。扉の鍵が壊れている。
「あれ……どうして鍵が壊れてるんだ?」
「覚えておられないのですか? 昨日、私が壊しましたよね?」
「えっ?」
まったく覚えのない話にエルネストが首を傾げると、ライナスがエルネストの体を抱き上げた。
「エル兄様は発情中のことをあまり覚えていられないタイプなのですね。まさか、私のプロポーズを受け入れてくださったことまで忘れていませんよね? 覚えていなければもう一度同じことをしましょうか?」
「いや! 大丈夫だ! そこはちゃんと覚えてるから……!」
昨晩のことを思い出して、エルネストの頬が真っ赤に染まった。
朦朧としていたが、さすがに覚えている。弟のように思って接してきたのだから急に結婚なんて無理だと拒否したら、かわいがっていた従弟が突然行方不明になった。ライナスが雄だということを執拗に見せつけられ、耐えかねたエルネストが「結婚するからもう許してくれ」と懇願するに至ったのだ。
エルネストがきちんと覚えている様子を見てか、ライナスは満足そうに目を細めている。
「記憶にあってよかったです。エル兄様が結婚すると言ってくださった後、『番になるのは婚約してからじゃないと駄目だ』とおっしゃって、その場で婚約書類を書いたんですよ」
「えっ? そうだったのか?」
「そこは覚えてないんですね。ぼんやりしておられましたけど、エル兄様もちゃんと署名なさって、私が陛下のお部屋まで届けに行ったのです。控えを見ますか?」
「見る!」
まったく覚えがなかったが、ライナスに運ばれて執務机の前に行ってみると、整頓された机の上に婚約書類の控えが置かれていた。少し筆跡が乱れているが、確かにエルネストのサインがある。その上にはライナスの署名もあり、ファロン公爵と皇帝が同意した旨のサインと玉璽も押されている。申請日も受理時も昨日の日付だ。
「そうか……番になったのは一応、婚約した後だったんだね」
「はい。このとおり、書類の上では昨日付けで婚約しております」
「……えらいぞライナス! よくやった」
エルネストはライナスの頭を撫でた。自分が朦朧としている間にライナスがちゃんと手続きをしてくれていたのだ。夜遅くに皇帝とライナスの父に書類を書いてもらったのは申し訳ないが、両家の合意を取る前に番になってしまうよりはずっと良い。
ほっとしながらライナスの頭を撫でるうちに、エルネストはふと思い出した。そういえば昨日、ライナスに前々から気になっているオメガが居るのだと知って、それが自分のこととは思わず、今後は一切の接触をやめなければと思ったのだった。今後も気兼ねなくライナスを撫でてやれると思うと、そう悪くない結婚かもしれない。
――そうだな。私ならライナスの弱点を言いふらすこともないし。
よく考えたら、ライナスの雷嫌いを悪用して雷魔法で暗殺を試みる輩が居ないとも限らない。その点、エルネストが伴侶になれば安心だし、まだ嫁ぎ先が見つかっていなかったことも考えると、エルネストはだんだんとありがたい気持ちになってきた。
気づけばライナスがエルネストを抱えたまま、執務椅子に座っている。
「どうも元気がないと思ったら、心配しておられたのですね」
「ああ。婚約もしないで番になってしまったなんて、お前の両親に申し訳ないことをしたと思って」
「ご心配なく。昨日陛下に書類を持って行ったら、ちょうど私の両親と話しているところだったんです。父も母も喜んでいました……という話もしたのですが」
「うっ……覚えてない」
「やっぱり、ご無理なさらないほうがいいのでは?」
「いや。せっかくだからご一緒するよ。直接ご挨拶できるいい機会だ」
婚約しているのならライナスの手を借りても不自然ではない。というわけでそのままライナスに運んでもらったのだが、食卓について待つだけでもエルネストの体は悲鳴をあげている。
ライナスの言うことを聞いて安静にすべきだったかと思っていると、皇帝と一緒にファロン公爵夫妻がやってきた。ライナスの手を借りて立ち上がろうとするエルネストを見て、皇帝が声をかけた。
「エルネスト。無理に立たなくていい」
「……はい。お気遣いに感謝いたします」
父に気遣われ、エルネストの手のひらに汗が滲む。
ファロン公爵夫妻に挨拶するために出てきたが、父と顔を合わせるのが思いの外恥ずかしい。騒ぎにならないよう朝の支度を手伝ってくれた者たちには口止めしたが、皇帝にはライナスと番になったことを報告するよう遣いを送っておいたのだ。婚約書類を受け取ったばかりなのに、もう関係を持ったのかと呆れているかもしれない。
エルネストが気まずさで顔を伏せているうちに皇帝が上座の席に着き、ファロン公爵夫妻がライナスとエルネストの向かい側に着席した。
ライナスの父、ファロン公爵は温厚で気さくなアルファ。そして皇帝の妹――フェリシエンヌ・ファロン公爵夫人は裏表がなく、さっぱりした性格のオメガだ。
「エルネスト殿下。愚息の求婚を受けていただいたとのこと、感謝申し上げます」
「こちらこそ、夜遅くにありがとうございました。突然のご報告になってしまい申し訳ありません」
「いえいえ。我々は昨日の宴会で、婚約発表のサプライズがあるのではないかと予想していたくらいで」
「お祝いの準備もしてあったのに、ライナスったらまだプロポーズしてないって言うんだもの」
心から喜んでもらえている様子にエルネストが胸を撫で下ろす隣で、ライナスが口を尖らせている。
「違いますよ母上。これまではプロポーズしてもまともに受け取ってもらえなかったんです」
「あらそう。でも昨日はちゃんとしたんでしょう?」
「はい。もう何度目か忘れましたけど、宴会の後で私の気持ちを改めてしっかりお伝えしました」
「想いが通じてよかったわね。どんなプロポーズをしたのか気になるわ」
「ああ。それはですね……」
――ライナス! それ以上は駄目だ……!
まさか言わないよな? プロポーズされたのを今年一番の冗談だと笑われたので、本気で好きだとわかってもらえるまで延々とキスしましたなんて言わないよな?
責任を取って結婚しろと言っても「弟だと思って接してきたから急には無理だ」と拒否されたので、弟だと思えなくなるような行為に及んで承諾させましたなんて馬鹿正直に言わないよな……!?
エルネストが必死に目で訴えると、ライナスと目が合ってにこりと微笑まれた。
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