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飲んだはずの抑制剤は、ライナスとの濃厚な口づけに対してまったく仕事をしてくれなかった。エルネストの体は再び発情し、オメガのフェロモンにあてられたライナスは一層淫らな口づけを繰り返した。
取り皿に載っていたチョコレートがすべてなくなる頃。エルネストはライナスの膝に座らされ、朦朧とする頭をライナスの肩に預けていた。発情で汗ばんだ肌に薄いシャツがまとわりつく。ようやく離してもらえた唇を噛んで、エルネストはどうにかライナスの体を求めないよう耐えていた。
ここで手を出したら兄失格だ。そう思いながらオメガの本能に抗っていると、ライナスがぐっと首を伸ばしてエルネストの襟足に鼻をうずめた。
「はぁ……やっぱり、本物のほうがずっといいですね」
「本物、って……?」
「ご自分ではわからないでしょうけれど、エル兄様のフェロモンはチョコレートのような甘い匂いがするんです。あまり吸い込まないように、いつも我慢していたので」
――だからチョコレートが好きなのか……!?
エルネストの言いつけを一度で聞き入れるライナスが、ことチョコレートやココアに関してはその都度口うるさく言わなければ止めなかった。それだけ好きなのだなと微笑ましく思うばかりで、自分のフェロモンと匂いが似ているから代わりに食べているなんて考えもしなかった。
そしてひとつ理由がわかると、エルネストはたちまち理解した。冗談だと笑ってしまったライナスのプロポーズが、冗談ではなかったのだと。
「ラ、ライナス。わかったから、もう放して……!」
「何がわかったんですか?」
「その、今回は本気だってことが」
「今回だけではありません。冗談だと笑われる度に、私がどんな気持ちだったか」
「うっ……」
ライナスにちくりと言われて、エルネストの脳裏にこれまでのライナスの言動がよみがえる。
思い返してみれば、ライナスは常日頃からエルネストへの好意を口にしていた。たとえばエルネストが宴会でアルファから声をかけられず、嫁ぎ先が見つかるかどうか悩んでいた時。ライナスは「僕が結婚するから大丈夫ですよ」と言った。それに対してエルネストは「あはは! ライナスは冗談が上手だね」と返した気がする。自分を励ますためにライナスがジョークを言ったのだと思ったのだ。
似たような事例が次々と思い浮かび、エルネストの額に発情とはまた違った汗が滲む。
「昨晩もそうでしたね。私がキスしても、エル兄様は面白がるだけで」
「そ、それは本当に悪かったよ! でもあんなこと、冗談だと思うじゃないか。私はグスタフの代わりに、本当の弟だと思ってお前に接そうと……」
「なるほど……やっぱり甘えすぎたのがよくなかったか。でもそうするのが一番簡単だったし……」
ライナスは何やらぶつぶつと呟いた後、パッと顔をあげた。
「ああ、申し訳ありません。実を言うと、兄の代わりになってほしいと思ったことは一度もないんです。グスタフと仲が悪いので」
「えっ?」
グスタフがとても良い兄だと思っていたエルネストは驚きを隠せなかった。しかしライナスが言うには、グスタフは「跡を継ぐのは自分のほうだから」と日頃からライナスをこき使っていたらしい。ライナスが皇太子教育を受けることになった時も、「自分より弟が偉くなるのは嫌だ」と言って両親を困らせたのだとか。
「信じ難いでしょう。グスタフは外面がいいので」
「ああ……でも、優しいところもあったんだろう? 前に教えてくれたじゃないか。雷の日はグスタフが一緒に寝てくれてたって」
「ええ。そこだけは私の役に立ってくれました」
「なっ……」
「弟ぶっていたのは寂しかったからではなく、そうすればエル兄様が頻繁に構ってくださったからです。いかにしてあなたを自分のものにしようかと。私は最初から、そればかり考えていました」
そう言いながらうっとりと見つめられ、エルネストは頭を強烈に殴られるような感覚を覚えた。
――なんて危ない奴なんだ……!
七歳の頃からそんなことを考えて? さも寂しそうな顔で近づいてきたのか?
そしてそのことにずっと、自分は気づかなかったと?
あまりの衝撃で呆然としているうちに、エルネストの体はライナスに軽々と抱き上げられ、ベッドへと運ばれている。
「さあ、今晩のうちに私と番になりましょう。でないとまた、ルシアン・デマーレのような輩に襲われますから」
「ライナス、一旦落ち着こう。お前は今、私のフェロモンに惑わされて正気じゃないんだ。デマーレ公子も私のフェロモンはなんかすごいみたいなこと言ってたし……!」
「あいつと一緒にしないでください。先程も言いましたけど、私はエル兄様に初めてお会いした時から好きなので」
エルネストをベッドに横たわらせると、ライナスはすかさずその上に跨った。
「バース覚醒していないのに、不思議とこの人と結婚するのだと思いました。だから厳しい皇太子教育にも耐えてきたんです。責任を取って私と番になってください」
「無理だよ……! 弟だと思って可愛がってきたのに、急にそんなふうに見られるわけないだろう!?」
「なるほど。でしたらもう、弟だと思えないようにしますね」
そう言ったかと思うと、ライナスはエルネストに跨ったまま次々と服を脱ぎ始めた。
露わになっていく逞しい体を直視できず、エルネストは自分の目を両手で覆った。暗くなった視界で、衣擦れの音とライナスの荒い呼吸が聞こえてくる。自分の服を脱ぎ終わったのか、エルネストのシャツにもライナスの手がかかった。
「まっ、待って! 私も今、危なくて……!」
「ご褒美なんだからもう黙って。大人しく私に貰われてください」
あっという間に素肌が重なり、気づけばエルネストもライナスの首に腕を回していた。
+ + +
翌朝。エルネストはライナスの腕から抜け出せずにいた。寝転んだまま、自分のうなじをそっと触ってみる。昨晩のことが夢ならよかったのだが、鈍い痛みがエルネストに現実を突きつけた。
「最低だ……」
結局あの後、ライナスに迫られるままやってはいけない、というかやられてはいけない一線を越えてしまった。
なぜ昨晩、何の警戒もなくライナスを部屋に入れてしまったのか。ああそうだ。ライナスが欲しがるであろうご褒美がチョコレート菓子だと疑わず、準備を整えて待っていたのだった。まさかライナスの望みが自分と番になることだとは思わず、本当に不用心なことをした。
エルネストが頭を抱えていると、ライナスのほうに体を引き寄せられた。
「おや。起きてたのか」
「はい……やっぱり、ご満足いただけませんでしたか?」
「うん?」
「最低だとおっしゃったので。上手にできなくて失望させてしまったのかなと」
「いや! すごかった! お前は何でも上手にできてえらい子だよ……!」
エルネストはしょげるライナスの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でた。
失望させてしまうとすれば、それは皇帝陛下とライナスの両親だろう。ようやくライナスが皇太子になった。これから伴侶を探そうという時に、エルネストの不注意で契ってしまったのだから。
とにかく、速やかに状況を説明した上で謝るしかない。襲ってきたのはライナスのほうだが、ライナスを部屋に入れなければこうはなっていなかったと思うと、非があるのは自分のほうである。
番になってしまった以上、責任を取ってライナスを娶る……いや、娶られますと言うほかないのだと、エルネストは決心した。
取り皿に載っていたチョコレートがすべてなくなる頃。エルネストはライナスの膝に座らされ、朦朧とする頭をライナスの肩に預けていた。発情で汗ばんだ肌に薄いシャツがまとわりつく。ようやく離してもらえた唇を噛んで、エルネストはどうにかライナスの体を求めないよう耐えていた。
ここで手を出したら兄失格だ。そう思いながらオメガの本能に抗っていると、ライナスがぐっと首を伸ばしてエルネストの襟足に鼻をうずめた。
「はぁ……やっぱり、本物のほうがずっといいですね」
「本物、って……?」
「ご自分ではわからないでしょうけれど、エル兄様のフェロモンはチョコレートのような甘い匂いがするんです。あまり吸い込まないように、いつも我慢していたので」
――だからチョコレートが好きなのか……!?
エルネストの言いつけを一度で聞き入れるライナスが、ことチョコレートやココアに関してはその都度口うるさく言わなければ止めなかった。それだけ好きなのだなと微笑ましく思うばかりで、自分のフェロモンと匂いが似ているから代わりに食べているなんて考えもしなかった。
そしてひとつ理由がわかると、エルネストはたちまち理解した。冗談だと笑ってしまったライナスのプロポーズが、冗談ではなかったのだと。
「ラ、ライナス。わかったから、もう放して……!」
「何がわかったんですか?」
「その、今回は本気だってことが」
「今回だけではありません。冗談だと笑われる度に、私がどんな気持ちだったか」
「うっ……」
ライナスにちくりと言われて、エルネストの脳裏にこれまでのライナスの言動がよみがえる。
思い返してみれば、ライナスは常日頃からエルネストへの好意を口にしていた。たとえばエルネストが宴会でアルファから声をかけられず、嫁ぎ先が見つかるかどうか悩んでいた時。ライナスは「僕が結婚するから大丈夫ですよ」と言った。それに対してエルネストは「あはは! ライナスは冗談が上手だね」と返した気がする。自分を励ますためにライナスがジョークを言ったのだと思ったのだ。
似たような事例が次々と思い浮かび、エルネストの額に発情とはまた違った汗が滲む。
「昨晩もそうでしたね。私がキスしても、エル兄様は面白がるだけで」
「そ、それは本当に悪かったよ! でもあんなこと、冗談だと思うじゃないか。私はグスタフの代わりに、本当の弟だと思ってお前に接そうと……」
「なるほど……やっぱり甘えすぎたのがよくなかったか。でもそうするのが一番簡単だったし……」
ライナスは何やらぶつぶつと呟いた後、パッと顔をあげた。
「ああ、申し訳ありません。実を言うと、兄の代わりになってほしいと思ったことは一度もないんです。グスタフと仲が悪いので」
「えっ?」
グスタフがとても良い兄だと思っていたエルネストは驚きを隠せなかった。しかしライナスが言うには、グスタフは「跡を継ぐのは自分のほうだから」と日頃からライナスをこき使っていたらしい。ライナスが皇太子教育を受けることになった時も、「自分より弟が偉くなるのは嫌だ」と言って両親を困らせたのだとか。
「信じ難いでしょう。グスタフは外面がいいので」
「ああ……でも、優しいところもあったんだろう? 前に教えてくれたじゃないか。雷の日はグスタフが一緒に寝てくれてたって」
「ええ。そこだけは私の役に立ってくれました」
「なっ……」
「弟ぶっていたのは寂しかったからではなく、そうすればエル兄様が頻繁に構ってくださったからです。いかにしてあなたを自分のものにしようかと。私は最初から、そればかり考えていました」
そう言いながらうっとりと見つめられ、エルネストは頭を強烈に殴られるような感覚を覚えた。
――なんて危ない奴なんだ……!
七歳の頃からそんなことを考えて? さも寂しそうな顔で近づいてきたのか?
そしてそのことにずっと、自分は気づかなかったと?
あまりの衝撃で呆然としているうちに、エルネストの体はライナスに軽々と抱き上げられ、ベッドへと運ばれている。
「さあ、今晩のうちに私と番になりましょう。でないとまた、ルシアン・デマーレのような輩に襲われますから」
「ライナス、一旦落ち着こう。お前は今、私のフェロモンに惑わされて正気じゃないんだ。デマーレ公子も私のフェロモンはなんかすごいみたいなこと言ってたし……!」
「あいつと一緒にしないでください。先程も言いましたけど、私はエル兄様に初めてお会いした時から好きなので」
エルネストをベッドに横たわらせると、ライナスはすかさずその上に跨った。
「バース覚醒していないのに、不思議とこの人と結婚するのだと思いました。だから厳しい皇太子教育にも耐えてきたんです。責任を取って私と番になってください」
「無理だよ……! 弟だと思って可愛がってきたのに、急にそんなふうに見られるわけないだろう!?」
「なるほど。でしたらもう、弟だと思えないようにしますね」
そう言ったかと思うと、ライナスはエルネストに跨ったまま次々と服を脱ぎ始めた。
露わになっていく逞しい体を直視できず、エルネストは自分の目を両手で覆った。暗くなった視界で、衣擦れの音とライナスの荒い呼吸が聞こえてくる。自分の服を脱ぎ終わったのか、エルネストのシャツにもライナスの手がかかった。
「まっ、待って! 私も今、危なくて……!」
「ご褒美なんだからもう黙って。大人しく私に貰われてください」
あっという間に素肌が重なり、気づけばエルネストもライナスの首に腕を回していた。
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翌朝。エルネストはライナスの腕から抜け出せずにいた。寝転んだまま、自分のうなじをそっと触ってみる。昨晩のことが夢ならよかったのだが、鈍い痛みがエルネストに現実を突きつけた。
「最低だ……」
結局あの後、ライナスに迫られるままやってはいけない、というかやられてはいけない一線を越えてしまった。
なぜ昨晩、何の警戒もなくライナスを部屋に入れてしまったのか。ああそうだ。ライナスが欲しがるであろうご褒美がチョコレート菓子だと疑わず、準備を整えて待っていたのだった。まさかライナスの望みが自分と番になることだとは思わず、本当に不用心なことをした。
エルネストが頭を抱えていると、ライナスのほうに体を引き寄せられた。
「おや。起きてたのか」
「はい……やっぱり、ご満足いただけませんでしたか?」
「うん?」
「最低だとおっしゃったので。上手にできなくて失望させてしまったのかなと」
「いや! すごかった! お前は何でも上手にできてえらい子だよ……!」
エルネストはしょげるライナスの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でた。
失望させてしまうとすれば、それは皇帝陛下とライナスの両親だろう。ようやくライナスが皇太子になった。これから伴侶を探そうという時に、エルネストの不注意で契ってしまったのだから。
とにかく、速やかに状況を説明した上で謝るしかない。襲ってきたのはライナスのほうだが、ライナスを部屋に入れなければこうはなっていなかったと思うと、非があるのは自分のほうである。
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