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朝ごはん
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真夜中、俺は意識が飛びそうなくらいアルコールを摂取したあと、おぼつかない足で家に帰っていた。
「おえぇ……」
もうさっきから吐きすぎて胃液らしい透明な液体しか出てこない。
「くっそ、マジであの上司……」
普段からの不満や怒りから1人で飲みすぎてしまった。
だんだんと意識が無くなってくる……
「大丈夫ですか!?」
いきなり後ろから女性の声がしたような気がした。そこからはもう覚えていない。
「ん……んあ」
目を開けると、そこには俺の住むアパートの天井が目に入った。
「帰ってきたのか……?ん?」
そこで異変に気がつく。
天井は似ているが、いつも布団で寝ている俺には馴染まないいつもよりふかふかなベッド。
起きると、明らかに女物のものばかり並ぶ部屋だった。
「あ、起きましたか?」
キッチンの方からいい匂いを漂わせながら、女性が1人出てきた。肩まで伸びた髪は微妙に茶色がかっていて、顔は整っていて、顔は少し幼い感じを残していて、美少女と言った感じだ。
「昨日は大変でしたね、斉藤さん。よかったら朝ごはん食べていきませんか?」
「え……なんで俺の事知ってるの?」
「ここ数週間で結構お見かけしましたから……気づきませんでしたか?」
「全く気が付かなかった。そんなに見かけることあったかな」
「はい。だって隣の部屋の住人ですし」
「え!?」
驚いて、それから納得する。妙に似てる間取りとか、天井も似てたし。
「ごめん俺、隣の人のこと何も知らなかった。」
「いいんですよ、私だって先月引越ししてきたばかりですし」
「先月?あぁ、引越し業者来てた日があったな」
「はい!私堺ひなたと言います。これからよろしくお願いしますね」
真っ直ぐな目で俺を見る。
「うん、よろしく、俺は斉藤大輔」
「じゃあ大輔さんですね、あ、朝ごはんどうします?」
「じゃあ頂こうかな」
平日は会社だから朝昼晩とコンビニで済ませ、休日も外食の生活だった俺にとって、久しぶりの手作り料理だった。
「それじゃあいただきます」
「どうぞ」
味噌汁と卵焼き、ご飯という体に優しい献立だった。
「……おいしい」
「ほんとですか!よかったです!」
嬉しそうにはにかむ彼女。
実際、本当に美味しかった。母の味って感じがする。
「ごちそうさま」
「お粗末さまです」
結局朝はあんまり食べない俺がご飯をおかわりした。
「堺さんは大学生?」
「はい、今年から近所にある大学に通ってます。あとひなたでいいですよ。」
どうやらひなたさんは近所の有名女子大に入学したばかりの一年らしい。バイトは両親が心配するから相談中ということで、暇な時間が多いと言う。
「今日はありがとね、また今度お礼させてよ」
「いえ、そんな大したことないですよ。なんなら、また食べに来ませんか?ご飯」
「え、いいんですか?」
「はい!いつでもいらしてください、別に毎日でも構いませんから」
「え、毎日!?」
「ダメ……ですかね?」
「いや……逆にいいの?」
「基本家にいるので暇なんですよ。大輔さん朝早いですよね?私もそのくらいには支度始めてるので」
「そっか……」
「だから毎日来てくれませんか?」
「じゃあ分かったよ、よろしくね」
「やった……!はい!頑張ります!」
こうして毎朝女子大生にご飯を作ってもらうという謎な関係が完成した。
月曜日。
いつも起きる時間の30分前にかけておくアラーム。いつもは3回くらい聞き流すが、今日は一回で起き上がる。月曜はいつも憂鬱なのに、今日は体が軽い。
顔を洗って、歯を磨きスーツに着替える。
あんまり気にしなかったひげを剃り、髪にワックスを付けて鏡で何回か確認する。学生の頃は周りを気にして毎日のようにやっていたことだが、歳かなぁと実感する。
ひなたさんとの約束のために、部屋を出て会社に行く前に、俺は隣の部屋に足を向けた。目がいつもより冴えている。
ピンポーン
少し緊張しながらひなたさんの部屋のインターホンを押す。しばらくしてから扉が開き、
「おはようございます、大輔さん」
「うん、おはよう」
「朝ごはんできてますよ、食べましょう」
「ありがとう」
彼女を前に緊張が隠せなくなり、返事が固くなってしまう。
部屋に入ると、この前の甘い匂いと生活感のある部屋があって、ここでひなたさんが生活する姿が想像出来る。
「私もそろそろ朝ごはん食べたら出ようと思ってまして」
「そうなんだね、俺迷惑じゃない?」
「私が提案したんですし、大丈夫ですよ。それに、私が作りたいんです。それじゃあ準備しますね」
「うん、よろしく」
今日は味噌汁とご飯に焼き鮭という、一人暮らしの女子大生の朝ごはんとは思えない充実した献立だった。
「ひなたさん凄いね、これ毎日用意してるの?」
「いえ、今日からは大輔さんが来てくれるので……少し、頑張りました。」
……俺のために頑張ってくれる。その言葉だけでも、俺は今日を頑張れると思った。これはまるで……
そこまで考えて顔が熱くなってしまう。
「あ、えと、じゃあいただきます」
「どうぞ!」
食卓で向かい合って、ぎこちない感じで朝ごはんを食べ進める。会話もなく流れる時間。
「うん、とってもおいしかったよ、ご馳走様」
「はい!お粗末さまです」
「それじゃあ行ってこようかな」
「あ、ちょっと待ってください!」
キッチンに向かって言った彼女は、布で包まれた小さな箱を持ってきた。
「これ、良かったら食べてください……」
「え、弁当!?」
「は、はい。嫌なら私が食べますけど」
真っ直ぐな目で僕に弁当を差し出してきた。
「ほんとにありがとね、じゃあ、貰おうかな」
「……!はい!ありがとうございます」
顔を輝かせる彼女。
「じゃあ、行ってこようかな」
「はい、行ってらっしゃい」
「弁当夜返しに来るね」
「はい!感想待ってます。」
アパートを出てから、さっきの思考が蘇る。
……これって、夫婦みたいだな。
「おー、おはよう大輔」
朝出社し、自分の席に座る。隣に座る丹羽剛
は、5年前俺と同じ新卒採用で入社した同僚。
顔こそまぁまぁだが、嫁もいるし、同い年なのに年上のように感じられる。
「おはよう、剛」
「今日なんかお前かっこよくないか?ひげもしっかり剃ってるし、髪もいい感じだし」
「ああ、なんでもないよ、何となく」
「お?そうか」
不思議そうな顔で見つめる剛。
「そうですよ!先輩どうしたんですかそんなにかっこよくなって」
と、いきなり後ろから妙に高い声が響く。
「あぁ、榊原、おはよう」
「おはようございます!じゃなくて、なんですか先輩、彼女でもできたんですか?」
榊原愛は2年前に入社した同じ部署の後輩。まだ学生の雰囲気が抜けておらず、スーツを学生が来ているような見た目をしている。
「できてないよ、ただお隣さんと知り合っただけ」
「知り合っただけー?本当ですか?」
「本当本当」
本当の事だった。
お昼になって、
「大輔ー、社食いこうぜ」
「悪いけど、俺今日弁当もってきたから」
「は!?あの大輔が?どーしたんだよ今日はほんとに」
「いや普通だろ、てかそんなに珍しいか?」
「いや、お前1回も弁当持ってきたこと無かったじゃん!」
「そうか?」
剛に指摘されて気がついたが、俺は今までお昼を自分で用意したことがなかったらしい。
「っていうか作ってもらったんだけどね」
「「作ってもらった!?」」
気がついたら剛の隣に榊原が立って、2人で俺を珍しそうなめで眺めていた。
「先輩、やっぱりその人怪しいですよ!先輩を利用してなにか企んでますよ!」
不機嫌そうに顔をしかめながらよく響く声で訴える
「いやいや、普通の子だから。」
「まぁまぁ、じゃあ今日は外で食べようぜ、なんかコンビニで買ってくるよ。愛ちゃんも行く?先輩の怪しい話が聞けるかも」
「はいっ!行きます!」
俺無しで話がどんどん進んでゆく。
春も終わりが近づいてきていて、心地よいがたまに暑いと感じる時もある。今日は雲ひとつない晴れだから、さらに日光が加わって暑い。
「いやぁ、もうこんなに暑いのか!」
「暑いです……やっぱ中で食べません?」
「いや、中で話すと騒がしくなりそうだからここにしよう」
会社のビルの前にある公園のベンチに俺を真ん中にして腰かける。
「んで、その子はどんな子なんだよ」
待ってましたと言わんばかりに、榊原も興味を向ける。
「そうですよっ、どんな子なんですか!」
「んーっとね……まず結構かわいい、かな」
「おお」
「先輩もそんなこと思うんですね……」
何故か少し引かれる。
「あとね、うちの近所の女子大に通ってる」
「「大学生!?」」
今日はよくハモるなぁ。
「んで、ご飯作って貰う約束をした。」
「え、それなんですか婚約ですか」
怖い顔をしながら彼女が聞いてくる。
「いや、違うだろ。料理の練習とかじゃない?」
「それにしたって大輔にそんなもの渡すなんて気があるんじゃないか?」
「そうですよ!鈍感なんですか!」
「榊原はちょいちょい失礼だな」
そのあとも色々、出会いとか話す羽目になった。
俺は毎日数時間は残業をしていく。というのも
「せんぱぁいい……うう、助けてください……」
「はぁ……分かったちょっとお前の分分けてくれ」
榊原を初めとした俺の後輩たちの後始末や手助けをするために会社に残る。剛やほかの同僚たちは皆それぞれやらないといけないことがあるからと少し残業したらすぐに帰ってまい、結局仕事しかない俺に一任される。
「こっちは終わったぞ、ほかなんかあるか?」
「いえ……こっちも終わりました……ありがとうございますぅ……先輩だいすいきぃ」
「うお……!おい、抱きついてくんな」
榊原は昼休みの時のような生意気な部分もあるが、本当の妹みたいのように甘えて来るから、やれやれと結局手伝ってしまう。
「先輩!この後飲みに行きません?私が奢りますよっ!」
しばらくして平常運転に戻った榊原が提案する。
時計は9時半を指している。今帰れば、10時半前には家につくだろう。ひなたさんに弁当を返すため早く帰らないと迷惑になってしまう。
「すまん、榊原、俺今日は帰るよ」
「ええっ!やっぱり……あの大学生ですか……?」
「ああ、弁当返さないと行けないし」
「そうですか……じゃあまた今度行きましょう、約束ですよ?」
「おう、その時は俺が奢るよ」
榊原と会社で別れ、電車に乗りアパートに帰る。帰りの電車は早くも酔っ払ってサラリーマンや塾帰りの学生、まだまだ人は多かった。
結構遅くなったけど大丈夫だろうか……
眠気に襲われながらもひなたさんのことを考える。
「電話できたら便利だな……」
自分の部屋に帰りつき、時計を見たら10時40分。
風呂に入る前にひなたさんを尋ねることにした。
ピンポーン
インターホンを鳴らし、しばらくして
「こんばんは」
「こんばんは、大輔さん。お仕事お疲れ様です」
「うん、ありがとう、これもありがとね、美味しかったよ、唐揚げとか」
「本当ですか!それは良かったです」
朝とは別のパジャマを着ている、それに風呂に入ったばかりだろうか、少し濡れて艶のある髪と赤くなった頬。思わずどきりとしてしまう。
「ごめんね、お風呂上がったばかりだった?」
「あ、はい、ごめんなさいバタバタしてて」
「いや、いいんだよ、こっちこそありがとね、色々」
「はい!……そう言えば夜ご飯まだですか?」
「え……?うん、まだだね」
「じゃ、じゃあ私が何か作ってもいいですか?」
「さすがに悪いよ、近くで何か買って食べるから」
「それなら私に作らせてくれませんか?」
何故か強く主張するひなたさんに疑問が湧きながらも、
「じゃあ、お願いしようかな」
「はい!お任せ下さい!」
ぱぁっと顔を輝かせるひなたさん。
こんな夜遅くに女性の部屋にいた経験がない俺はこの状況にすこし緊張していた。彼女は意識していないのだろうか。この状況に。
「できましたよ!」
「い、ありがとう」
「どうぞー」
「いただきます。」
今日はオムライスだった。レストランで食べるような綺麗な形、ケチャップの量、卵のとろけ具合、どれも完璧だった。
ひなたさんの料理を食べる時、ついつい無言になってしまう。
「ごちそうさま」
「はい!」
「ひなたさんって本当に料理上手だよね」
「そうですかね?ありがとうございます」
本当に正直でいい子だ
ここでさっき疑問に思ったことが蘇った。
「なんで俺に料理を作ってくれるの?」
思わず聞いてしまった。
「そ、それはですね……」
そこで固まってしまう。微妙な沈黙が、彼女と俺の間に流れる。
「いや、やっぱり答えなくていいよ!うん」
「ええっ!あ、はい!」
なんとなくそのままにするのが怖くて、大きくひなたさんとの関係が変わってしまいそうで、咄嗟に誤魔化した。
「それじゃあ帰るね」
「はい、いつも食べに来てくれてありがとうございます」
「こちらこそだよ、ありがとう」
「大輔さんってありがとうってよく言いますよね」
「まぁ、本当にありがとうだしね」
くすくすと上品に笑うひなたさん。
「それじゃあ、またね」
「はい!また明日」
謎な関係だが、今の状態を少し楽しんでいる俺がいた。
「おえぇ……」
もうさっきから吐きすぎて胃液らしい透明な液体しか出てこない。
「くっそ、マジであの上司……」
普段からの不満や怒りから1人で飲みすぎてしまった。
だんだんと意識が無くなってくる……
「大丈夫ですか!?」
いきなり後ろから女性の声がしたような気がした。そこからはもう覚えていない。
「ん……んあ」
目を開けると、そこには俺の住むアパートの天井が目に入った。
「帰ってきたのか……?ん?」
そこで異変に気がつく。
天井は似ているが、いつも布団で寝ている俺には馴染まないいつもよりふかふかなベッド。
起きると、明らかに女物のものばかり並ぶ部屋だった。
「あ、起きましたか?」
キッチンの方からいい匂いを漂わせながら、女性が1人出てきた。肩まで伸びた髪は微妙に茶色がかっていて、顔は整っていて、顔は少し幼い感じを残していて、美少女と言った感じだ。
「昨日は大変でしたね、斉藤さん。よかったら朝ごはん食べていきませんか?」
「え……なんで俺の事知ってるの?」
「ここ数週間で結構お見かけしましたから……気づきませんでしたか?」
「全く気が付かなかった。そんなに見かけることあったかな」
「はい。だって隣の部屋の住人ですし」
「え!?」
驚いて、それから納得する。妙に似てる間取りとか、天井も似てたし。
「ごめん俺、隣の人のこと何も知らなかった。」
「いいんですよ、私だって先月引越ししてきたばかりですし」
「先月?あぁ、引越し業者来てた日があったな」
「はい!私堺ひなたと言います。これからよろしくお願いしますね」
真っ直ぐな目で俺を見る。
「うん、よろしく、俺は斉藤大輔」
「じゃあ大輔さんですね、あ、朝ごはんどうします?」
「じゃあ頂こうかな」
平日は会社だから朝昼晩とコンビニで済ませ、休日も外食の生活だった俺にとって、久しぶりの手作り料理だった。
「それじゃあいただきます」
「どうぞ」
味噌汁と卵焼き、ご飯という体に優しい献立だった。
「……おいしい」
「ほんとですか!よかったです!」
嬉しそうにはにかむ彼女。
実際、本当に美味しかった。母の味って感じがする。
「ごちそうさま」
「お粗末さまです」
結局朝はあんまり食べない俺がご飯をおかわりした。
「堺さんは大学生?」
「はい、今年から近所にある大学に通ってます。あとひなたでいいですよ。」
どうやらひなたさんは近所の有名女子大に入学したばかりの一年らしい。バイトは両親が心配するから相談中ということで、暇な時間が多いと言う。
「今日はありがとね、また今度お礼させてよ」
「いえ、そんな大したことないですよ。なんなら、また食べに来ませんか?ご飯」
「え、いいんですか?」
「はい!いつでもいらしてください、別に毎日でも構いませんから」
「え、毎日!?」
「ダメ……ですかね?」
「いや……逆にいいの?」
「基本家にいるので暇なんですよ。大輔さん朝早いですよね?私もそのくらいには支度始めてるので」
「そっか……」
「だから毎日来てくれませんか?」
「じゃあ分かったよ、よろしくね」
「やった……!はい!頑張ります!」
こうして毎朝女子大生にご飯を作ってもらうという謎な関係が完成した。
月曜日。
いつも起きる時間の30分前にかけておくアラーム。いつもは3回くらい聞き流すが、今日は一回で起き上がる。月曜はいつも憂鬱なのに、今日は体が軽い。
顔を洗って、歯を磨きスーツに着替える。
あんまり気にしなかったひげを剃り、髪にワックスを付けて鏡で何回か確認する。学生の頃は周りを気にして毎日のようにやっていたことだが、歳かなぁと実感する。
ひなたさんとの約束のために、部屋を出て会社に行く前に、俺は隣の部屋に足を向けた。目がいつもより冴えている。
ピンポーン
少し緊張しながらひなたさんの部屋のインターホンを押す。しばらくしてから扉が開き、
「おはようございます、大輔さん」
「うん、おはよう」
「朝ごはんできてますよ、食べましょう」
「ありがとう」
彼女を前に緊張が隠せなくなり、返事が固くなってしまう。
部屋に入ると、この前の甘い匂いと生活感のある部屋があって、ここでひなたさんが生活する姿が想像出来る。
「私もそろそろ朝ごはん食べたら出ようと思ってまして」
「そうなんだね、俺迷惑じゃない?」
「私が提案したんですし、大丈夫ですよ。それに、私が作りたいんです。それじゃあ準備しますね」
「うん、よろしく」
今日は味噌汁とご飯に焼き鮭という、一人暮らしの女子大生の朝ごはんとは思えない充実した献立だった。
「ひなたさん凄いね、これ毎日用意してるの?」
「いえ、今日からは大輔さんが来てくれるので……少し、頑張りました。」
……俺のために頑張ってくれる。その言葉だけでも、俺は今日を頑張れると思った。これはまるで……
そこまで考えて顔が熱くなってしまう。
「あ、えと、じゃあいただきます」
「どうぞ!」
食卓で向かい合って、ぎこちない感じで朝ごはんを食べ進める。会話もなく流れる時間。
「うん、とってもおいしかったよ、ご馳走様」
「はい!お粗末さまです」
「それじゃあ行ってこようかな」
「あ、ちょっと待ってください!」
キッチンに向かって言った彼女は、布で包まれた小さな箱を持ってきた。
「これ、良かったら食べてください……」
「え、弁当!?」
「は、はい。嫌なら私が食べますけど」
真っ直ぐな目で僕に弁当を差し出してきた。
「ほんとにありがとね、じゃあ、貰おうかな」
「……!はい!ありがとうございます」
顔を輝かせる彼女。
「じゃあ、行ってこようかな」
「はい、行ってらっしゃい」
「弁当夜返しに来るね」
「はい!感想待ってます。」
アパートを出てから、さっきの思考が蘇る。
……これって、夫婦みたいだな。
「おー、おはよう大輔」
朝出社し、自分の席に座る。隣に座る丹羽剛
は、5年前俺と同じ新卒採用で入社した同僚。
顔こそまぁまぁだが、嫁もいるし、同い年なのに年上のように感じられる。
「おはよう、剛」
「今日なんかお前かっこよくないか?ひげもしっかり剃ってるし、髪もいい感じだし」
「ああ、なんでもないよ、何となく」
「お?そうか」
不思議そうな顔で見つめる剛。
「そうですよ!先輩どうしたんですかそんなにかっこよくなって」
と、いきなり後ろから妙に高い声が響く。
「あぁ、榊原、おはよう」
「おはようございます!じゃなくて、なんですか先輩、彼女でもできたんですか?」
榊原愛は2年前に入社した同じ部署の後輩。まだ学生の雰囲気が抜けておらず、スーツを学生が来ているような見た目をしている。
「できてないよ、ただお隣さんと知り合っただけ」
「知り合っただけー?本当ですか?」
「本当本当」
本当の事だった。
お昼になって、
「大輔ー、社食いこうぜ」
「悪いけど、俺今日弁当もってきたから」
「は!?あの大輔が?どーしたんだよ今日はほんとに」
「いや普通だろ、てかそんなに珍しいか?」
「いや、お前1回も弁当持ってきたこと無かったじゃん!」
「そうか?」
剛に指摘されて気がついたが、俺は今までお昼を自分で用意したことがなかったらしい。
「っていうか作ってもらったんだけどね」
「「作ってもらった!?」」
気がついたら剛の隣に榊原が立って、2人で俺を珍しそうなめで眺めていた。
「先輩、やっぱりその人怪しいですよ!先輩を利用してなにか企んでますよ!」
不機嫌そうに顔をしかめながらよく響く声で訴える
「いやいや、普通の子だから。」
「まぁまぁ、じゃあ今日は外で食べようぜ、なんかコンビニで買ってくるよ。愛ちゃんも行く?先輩の怪しい話が聞けるかも」
「はいっ!行きます!」
俺無しで話がどんどん進んでゆく。
春も終わりが近づいてきていて、心地よいがたまに暑いと感じる時もある。今日は雲ひとつない晴れだから、さらに日光が加わって暑い。
「いやぁ、もうこんなに暑いのか!」
「暑いです……やっぱ中で食べません?」
「いや、中で話すと騒がしくなりそうだからここにしよう」
会社のビルの前にある公園のベンチに俺を真ん中にして腰かける。
「んで、その子はどんな子なんだよ」
待ってましたと言わんばかりに、榊原も興味を向ける。
「そうですよっ、どんな子なんですか!」
「んーっとね……まず結構かわいい、かな」
「おお」
「先輩もそんなこと思うんですね……」
何故か少し引かれる。
「あとね、うちの近所の女子大に通ってる」
「「大学生!?」」
今日はよくハモるなぁ。
「んで、ご飯作って貰う約束をした。」
「え、それなんですか婚約ですか」
怖い顔をしながら彼女が聞いてくる。
「いや、違うだろ。料理の練習とかじゃない?」
「それにしたって大輔にそんなもの渡すなんて気があるんじゃないか?」
「そうですよ!鈍感なんですか!」
「榊原はちょいちょい失礼だな」
そのあとも色々、出会いとか話す羽目になった。
俺は毎日数時間は残業をしていく。というのも
「せんぱぁいい……うう、助けてください……」
「はぁ……分かったちょっとお前の分分けてくれ」
榊原を初めとした俺の後輩たちの後始末や手助けをするために会社に残る。剛やほかの同僚たちは皆それぞれやらないといけないことがあるからと少し残業したらすぐに帰ってまい、結局仕事しかない俺に一任される。
「こっちは終わったぞ、ほかなんかあるか?」
「いえ……こっちも終わりました……ありがとうございますぅ……先輩だいすいきぃ」
「うお……!おい、抱きついてくんな」
榊原は昼休みの時のような生意気な部分もあるが、本当の妹みたいのように甘えて来るから、やれやれと結局手伝ってしまう。
「先輩!この後飲みに行きません?私が奢りますよっ!」
しばらくして平常運転に戻った榊原が提案する。
時計は9時半を指している。今帰れば、10時半前には家につくだろう。ひなたさんに弁当を返すため早く帰らないと迷惑になってしまう。
「すまん、榊原、俺今日は帰るよ」
「ええっ!やっぱり……あの大学生ですか……?」
「ああ、弁当返さないと行けないし」
「そうですか……じゃあまた今度行きましょう、約束ですよ?」
「おう、その時は俺が奢るよ」
榊原と会社で別れ、電車に乗りアパートに帰る。帰りの電車は早くも酔っ払ってサラリーマンや塾帰りの学生、まだまだ人は多かった。
結構遅くなったけど大丈夫だろうか……
眠気に襲われながらもひなたさんのことを考える。
「電話できたら便利だな……」
自分の部屋に帰りつき、時計を見たら10時40分。
風呂に入る前にひなたさんを尋ねることにした。
ピンポーン
インターホンを鳴らし、しばらくして
「こんばんは」
「こんばんは、大輔さん。お仕事お疲れ様です」
「うん、ありがとう、これもありがとね、美味しかったよ、唐揚げとか」
「本当ですか!それは良かったです」
朝とは別のパジャマを着ている、それに風呂に入ったばかりだろうか、少し濡れて艶のある髪と赤くなった頬。思わずどきりとしてしまう。
「ごめんね、お風呂上がったばかりだった?」
「あ、はい、ごめんなさいバタバタしてて」
「いや、いいんだよ、こっちこそありがとね、色々」
「はい!……そう言えば夜ご飯まだですか?」
「え……?うん、まだだね」
「じゃ、じゃあ私が何か作ってもいいですか?」
「さすがに悪いよ、近くで何か買って食べるから」
「それなら私に作らせてくれませんか?」
何故か強く主張するひなたさんに疑問が湧きながらも、
「じゃあ、お願いしようかな」
「はい!お任せ下さい!」
ぱぁっと顔を輝かせるひなたさん。
こんな夜遅くに女性の部屋にいた経験がない俺はこの状況にすこし緊張していた。彼女は意識していないのだろうか。この状況に。
「できましたよ!」
「い、ありがとう」
「どうぞー」
「いただきます。」
今日はオムライスだった。レストランで食べるような綺麗な形、ケチャップの量、卵のとろけ具合、どれも完璧だった。
ひなたさんの料理を食べる時、ついつい無言になってしまう。
「ごちそうさま」
「はい!」
「ひなたさんって本当に料理上手だよね」
「そうですかね?ありがとうございます」
本当に正直でいい子だ
ここでさっき疑問に思ったことが蘇った。
「なんで俺に料理を作ってくれるの?」
思わず聞いてしまった。
「そ、それはですね……」
そこで固まってしまう。微妙な沈黙が、彼女と俺の間に流れる。
「いや、やっぱり答えなくていいよ!うん」
「ええっ!あ、はい!」
なんとなくそのままにするのが怖くて、大きくひなたさんとの関係が変わってしまいそうで、咄嗟に誤魔化した。
「それじゃあ帰るね」
「はい、いつも食べに来てくれてありがとうございます」
「こちらこそだよ、ありがとう」
「大輔さんってありがとうってよく言いますよね」
「まぁ、本当にありがとうだしね」
くすくすと上品に笑うひなたさん。
「それじゃあ、またね」
「はい!また明日」
謎な関係だが、今の状態を少し楽しんでいる俺がいた。
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