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第3章 弟子の魔法使いは優等生達を欺き凌駕する(何気なく)。
第16話 懺悔する妹と明かされた真実、そして妹は……(弟子は真実を直視して……)。
しおりを挟む
断斬の余波を受けて壁まで叩き付けられた緋奈を起こす。
怪我はしてないようだが、緊張の糸が切れたか。息を切らして起き上がろうとしない。
「ハァ、ハァ……」
「ほら、飲むか?」
座り込んでいる緋奈に、用意していたスポーツドリンクを渡す。
そこまで疲れていないが、俺も飲むことにする。
「ハァ、強くなり、ましたね。兄、さん……」
「魔法有りだったらお前の方が有利だよ」
「そう、でしょうか? さっきの剣技と太刀筋、神崎流以外の……龍崎流とも違いますよね? いったいどこで……」
魔法勉学を優先していたから、知識こそあったが、神崎流の技を覚えている暇なんてなかった。
引きこもっていたから、龍崎流に関しては覚えようとすらしなかったが。
「ハァ、僅か五年で、身に付く……レベルではありません。気にするなと言うのが、無理な話です」
「…喋ってないで、息を落ち着かせるのを優先しろ。直に迎えの車が来る。質問なら後日でも」
まさかこのタイミングで質問タイムが始まると思わなったが、緋奈の中で何か決まったようだ。
「あの戦いを見たら素直に納得出来ませんよ。……桜香姉さんもきっと同じ気持ちです」
あの戦いとは間違いなく、帰省の際に起きた魔物の騒ぎのことだろう。
質問とはあの件に関することだろうか。正直答えれる範囲は限られているが……。
「…………兄さんを守りたかったんです。あの家から」
「え」
静かに彼女は呟いた。
また俯くと前振りもなく、唐突に。
「小さい頃は自分の家がどういう家かなんて、全然自覚してませんでした」
「お父様もお母様も、お祖父様もお祖母様も……あの家のみんなが優しくて、ごく普通の家だって疑ってませんでした」
あの頃を思い返して、自然と笑みが溢す。
本当に楽しかった思い出だから、緋奈の顔に嘘が感じられなかった。
「まだ小学生の兄さんが、自分の部屋で必死に勉強しているのを……見るまでは」
だが、その表情はすぐに曇った。俺の話で。
「一般の教養と魔法の教養。その両方を寝る間も惜しんで勉強している兄さんを見て、最初はただ寂しかったです」
「滅多に遊んで貰えず、一緒の食事もすぐに済ませて、外でもいつも本ばかり読んでて、どんな時でも兄さんは家の為に自分の時間を使い続けた」
「だから時々遊んでくれるようになった切っ掛けの桜香姉さんと尊さんには心の底から感謝してます。尊さんとはもう仲直りは無理だと思いますが、あの人が何度も兄さんに構ってくれたお陰で兄さんも勉学以外に目を向けてくれるようになりました」
言われるとなんだか懐かしい話だ。
あの頃はとにかく必死だった。全然報われなかったから、余計に焦ってそれが悪循環を生んだ。
ちょうどその頃だ。家の都合で四条家と白坂家と交流会。
その際に知り合ったのが、尊と桜香。それに尊の姉の咲耶姉さんと白坂の……。
「兄さんも楽しそうに笑って、あの頃は本当に楽しかった……」
哀しそうで嬉しそうな複雑な笑み。
理由は分かってる。そんな楽しい時間は長く続かなったからだ。
「でも、それからしばらしたら、また兄さんから笑みが消えました。いえ、寧ろ私たちに隠すようになって、余計に不安になりました」
きっと親父から最後通告を受けた頃の話だ。
十歳間近であの頃は、神崎家の親戚からも色々と言われ始めて、親父もこのままだと不味いと俺に家庭教師を何人も連れて来させた。
遊んでいる暇なんてほぼなくなったが、全然駄目だった所為で周りからの陰口が酷くなった。
しかも、龍崎家のジィちゃんを好ましく思っていない。
神崎家の祖父が遂に親父に何か告げたらしい。虐待こそなかったが、一層妹との扱いの差が大きくなった。
「不安で本当に不安なのに、家も親戚の人たちも兄さんを無視しなさいって言ってくる。お父様とお母様は言いませんでしたが、極力私と兄さんを一緒にしないようにしているのは、薄々感じていました」
「お祖父様に至っては何故か龍崎家を持ち出して、あの血を引いている兄さんはあの家に呪われてしまったのだと、すべての原因は龍崎家にあるなんて言い出して……」
一番最後は初耳だ。ジィちゃん同士嫌っているのは知っていたが、まさか俺の件も龍崎家の所為にしていたとは……。
当時、もし自分に言われたら何も言い返さなかったと思うが、もしそれが死んだ母のこと指してあの人を否定するような意味があるなら……。いや、今となっては仕方ない話か。
「そして兄さんの猶予が十歳を迎えるまでだと、私にも分かるように咲耶お姉さんや七海さんたちが教えてくれました。後で知りましたが、二人も、もしもの時はどちらかが兄さんを引き取ることも考えていたようです。無難な龍崎家の名が上がったので、白紙になりましたが」
四条家の方はミコからそれとなく聞いたので知っていたが、西蓮寺家も関わっていたのか。
四条に比べて西蓮寺とはそんなに接点は多くないが、個人的に桜香と緋奈、あとミコが親しいようで度々話だけは聞いていた。
「そんなある時、お母様と桜香姉さんそれ桜香姉さんのお母様と四人で話す機会がありました」
「このままだと兄さんの勘当はほぼ確実だと、お母様たちからハッキリ言われました。初めは激しい憤りと裏切られた気持ちで、感情のまま二人を罵倒しましたが……」
「二人は言いました。四条家でも西蓮寺家でもない。龍崎家なら彼は自由になれると」
……それが動機なのか。
自由、確かにそうかもしれない。
「四条も西蓮寺も名家だから、仮に養子として引き取られても俺の未来は危うい。そう言われたのか?」
「……」
否定はしないか。
引き取ると考えてくれていたミコたちだが、結局決めるのは親たちである大人だ。
名家の生まれである以上は利益を重視する。同情はされるかもしれないが、周りはきっといい顔をしない。
神崎家と同じだ。親たちが認めても絶対に周りが了承しない。
時間が経てば、必ず綻びが生まれる。
「桜香姉さんと話し合いました。龍崎家なら兄さんの自由が保障されるなら、私たちが───」
兄さんに嫌われても、兄さんを助ける。
いつの間にか涙目の緋奈が顔を上げて告げる。
「ごめんなさい……ごめんなさい!」
いや、これは懺悔なんだ。
緋奈がひたすら押し込め続けていた気持ち。
限界を超えてとうとう吐き出されたのだ。
「謝って済む問題でないのは重々理解してます。……でも、お願いです。兄さん……!」
縋るように彼女は言う。
「桜香姉さんを、助けてください!」
彼女は知っていたのだ。
学校で桜香が置かれている状況を。
「それで妹さんとの和解は済んだのですか?」
帰って来たマドカに緋奈とのやり取りを話していた。
「和解か……誤解が解けたというべきかもしれないが」
仲直りしたかどうか問われると正直微妙なラインだ。
五年という時の流れか、それとも異世界へ行ったことが影響したか。
あの時の感情はもうずっと昔のように感じている。
今さら過去の話を持ち出されても困るだけだ。
「素直に受け止め切れる自信がない。そう返答した」
「それは過去の件ですか? それとも幼馴染の件ですか?」
「なんだか意地が悪い質問だな。時間を伸ばしたのを怒ってるのか?」
時間はちゃんと1時間で、迎えに来た神崎家の車で緋奈を家に帰した。
粘られるかと思ったが、意外とすんなり帰って行った。
「いいえ、喫茶店での漫画巡りは面白かったですよ。是非、また行きたいです」
異世界人のマドカさんは、この世界の漫画は良い知識となるらしい。
まさかと思うが、最近妙な服が増えてるのはそれが原因じゃないだろうな? ありがとうございます。
「それで話を戻しますが、どうしますか刃?」
「……」
そして話が戻される。
学校での桜香のことを緋奈が知っているのは、まず間違いなく桜香が相談したからだろう。
神童と呼ばれたアイツの手腕でも参考にしたかったか。いずれにしても外部の緋奈の耳に入っているとすれば、ミコや三年の咲耶姉さんや西蓮寺の耳にあるいは、三年の二人は相談を受けている可能性がある。
「直接的な影響がない限り、関わるつもりはなかったが……」
五年溜め込んだ懺悔と涙混じりな妹の懇願。
アイツだって桜香ほどじゃないが、プライドの硬いところがある。
他人に弱いところを見せるような真似は自らしようとしない。
「あそこまで言われたらな。さすがに無理かも」
「折れましたか」
折れたというか妥協したと言える。
まだ何も自分の中で変わっている気はしないが、元妹からの必死な頼みを無視出来る程、自分は鬼になれてないのだと気付いてしまった。
「マドカ……やっぱり俺は甘いか?」
「さぁどうでしょう? ですが、多少苦味ある方が私は好きですよ?」
それは手元にあるチョコケーキのことを言ってるのではないだろうか。
前回の仕返しか、微かにイタズラっぽい笑みを見せながら、美味しそうに俺が買ったチョコを食べていた。
と、刃たちの話は一旦終わりを迎えた頃。
緋奈が帰宅した神崎家の方では……。
「ではお父様お母様、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「ちゃんと休むのよ?」
食事と風呂を終えて、両親に挨拶を済ませ自室に戻る緋奈。
「……はぁぁぁ、さすがに疲れました」
パジャマ姿で真っ黒な自室に入ると、今まで溜め込んだ息を一気に吐く。
夕方まではごく普通の日常だったのが、思わぬ形で何十時間にも感じるような長い邂逅へと繋がった。
「あまり怒られなくて良かった。警護の藍沢さんにも口裏を合わせてもらってから、どうにかなったみたい」
帰宅した際、まず警護兼任の運転手を騙して、兄がいる龍崎家に赴いたことに対しての謝罪。
実際は無理を言って迎えを無しにしてもらったが、理由はなんであれ、神崎家の人間として褒められた行動ではなかったことと、そして前もって兄との話し合いを相談しなかったに対して、しっかりと謝罪を述べた。
普段の行いもあっても、今回の緋奈の行動に対する処罰はなかった。
龍崎家の関係を悪化させ、さらに後継者である緋奈自身を危険に晒しかねない行動だったが、親たちにも負い目があった。
母親たちの策に加担した緋奈だが、そんな状況にまで追い込んでしまったのは神崎家だ。
仮にここで緋奈に厳しい処罰を与えて、もしくは兄にこれ以上近づくなと命じた場合、過剰なプレッシャーが重なって、まだ中学生の身である緋奈の精神が押し潰される危険があった。
大袈裟かもしれないが、後継者が彼女しか残されていない状況で、緋奈にヘソを曲げられても困る。
以上のことから父親である拳は処分なしと判断したが、傍で聞いてた母親の方は何故か引っ掛かる不審そうな視線を彼女に向けていたが、とく何も言及せず今回の騒動は終わりとなった。
「これで多分大丈夫。兄さんが聞いてくれるか殆ど賭けだったけど、なんとか話が出来た。これで……」
「桜香姉さんを使って、兄さんを退学できる」
神崎家、白坂家、そして龍崎家の刃たちは……。
「今度こそ私だけの兄さんが手に入る」
神崎緋奈という少女の本質を見誤っていた。
「桜香姉さんが悪いんだからね? 約束破って兄さんに近付くから」
彼女は最初から兄のことしか眼中にない。
「四条にも西蓮寺にも渡さない。兄さんは絶対に私だけのもの」
邪魔者を兄に近付かせない為に、わざと手を組んだ。
そして誰も手が出せない龍崎家と彼を……幽閉した。そう仕組んだ。
「はい、もしもし私です」
取り出したスマホで連絡を取る。
敬語なのは相手が年上だからではない。
「順調ですか? 大変結構です。ええ、急な報告があったので連絡しました」
染み付いてしまった言葉遣い。けど、相手を圧迫させる威圧感と支配力を兼ね備えた美声が、電話越しで相手を縛り上げる。
「予定通り兄さんが動きそうです。動きがあり次第、貴女は手筈通り兄さんを嵌めて、退学への足掛かりとなりなさい。ああ、桜香姉さんにもしっかり罰を与えるのを忘れずに。裏切って兄さんに近寄ろうとした人に慈悲など不要ですので」
兄にしたお願いとは全く違う。
一方的な命令。拒否など欠片も許されない。絶対的な言霊。
「ええ、クラスメイトどう扱うかは貴女の采配に任せます。多少の怪我人も必要ならいくらでも構いません。ですが……これだけは忘れないように」
最後に、美声の中に純心な闇を含ませた一言を乗せる。
「もし裏切れば容赦なく貴女の秘密を公開して、輝かしい未来を滅ぼしてあげましょう。ええ、どうか頑張ってくださいね? でないと、貴女にも私の怒りの刃を向けなければなりませんので」
暗闇の中で、キラキラと彼女の周囲でガラスのような刃が光り輝く。
手元に集まると一本のガラスのナイフが生成。
彼女の机に置いてある一枚の写真へ、滑らすようにトンと突き刺した。
「では、頼みましたよ。優等生さん?」
その笑みはこれまでとは明らかに違う。
快楽に近いようで、自虐的にも近い。
破滅の色を含んだ笑みを、誰にも見られない自室で露わにしていた。
*作者コメント*
天国から地獄へ落ちた感じです。別に天国でもなかったけど。
遂に明かされた過去の一件。これはまだ想像レベルでしょうか?
けど、後半の終わったと思ったら、さりげなく出て来ちゃった闇気味なブラコン妹の本性!!
深めの闇気味に前ふりで注意書きしようか迷いましたが、結局スルーして出しました。
カクヨムさまの前の外伝を読んでいる人だったら気付いたと思いますが、そうです。妹さん既に結構やっちゃってます! 今後も外から介入する感じです多分。
魔神よりも魔神みたいな暗躍者。
既に刺客を送り込んで裏切った桜香と刃を狙っている。本命は刃だけど!
さぁ誰が妹さんの息のかかった刺客でしょうか。まだ全然登場してないので、無理がありますね! 徐々に出していく予定です。
怪我はしてないようだが、緊張の糸が切れたか。息を切らして起き上がろうとしない。
「ハァ、ハァ……」
「ほら、飲むか?」
座り込んでいる緋奈に、用意していたスポーツドリンクを渡す。
そこまで疲れていないが、俺も飲むことにする。
「ハァ、強くなり、ましたね。兄、さん……」
「魔法有りだったらお前の方が有利だよ」
「そう、でしょうか? さっきの剣技と太刀筋、神崎流以外の……龍崎流とも違いますよね? いったいどこで……」
魔法勉学を優先していたから、知識こそあったが、神崎流の技を覚えている暇なんてなかった。
引きこもっていたから、龍崎流に関しては覚えようとすらしなかったが。
「ハァ、僅か五年で、身に付く……レベルではありません。気にするなと言うのが、無理な話です」
「…喋ってないで、息を落ち着かせるのを優先しろ。直に迎えの車が来る。質問なら後日でも」
まさかこのタイミングで質問タイムが始まると思わなったが、緋奈の中で何か決まったようだ。
「あの戦いを見たら素直に納得出来ませんよ。……桜香姉さんもきっと同じ気持ちです」
あの戦いとは間違いなく、帰省の際に起きた魔物の騒ぎのことだろう。
質問とはあの件に関することだろうか。正直答えれる範囲は限られているが……。
「…………兄さんを守りたかったんです。あの家から」
「え」
静かに彼女は呟いた。
また俯くと前振りもなく、唐突に。
「小さい頃は自分の家がどういう家かなんて、全然自覚してませんでした」
「お父様もお母様も、お祖父様もお祖母様も……あの家のみんなが優しくて、ごく普通の家だって疑ってませんでした」
あの頃を思い返して、自然と笑みが溢す。
本当に楽しかった思い出だから、緋奈の顔に嘘が感じられなかった。
「まだ小学生の兄さんが、自分の部屋で必死に勉強しているのを……見るまでは」
だが、その表情はすぐに曇った。俺の話で。
「一般の教養と魔法の教養。その両方を寝る間も惜しんで勉強している兄さんを見て、最初はただ寂しかったです」
「滅多に遊んで貰えず、一緒の食事もすぐに済ませて、外でもいつも本ばかり読んでて、どんな時でも兄さんは家の為に自分の時間を使い続けた」
「だから時々遊んでくれるようになった切っ掛けの桜香姉さんと尊さんには心の底から感謝してます。尊さんとはもう仲直りは無理だと思いますが、あの人が何度も兄さんに構ってくれたお陰で兄さんも勉学以外に目を向けてくれるようになりました」
言われるとなんだか懐かしい話だ。
あの頃はとにかく必死だった。全然報われなかったから、余計に焦ってそれが悪循環を生んだ。
ちょうどその頃だ。家の都合で四条家と白坂家と交流会。
その際に知り合ったのが、尊と桜香。それに尊の姉の咲耶姉さんと白坂の……。
「兄さんも楽しそうに笑って、あの頃は本当に楽しかった……」
哀しそうで嬉しそうな複雑な笑み。
理由は分かってる。そんな楽しい時間は長く続かなったからだ。
「でも、それからしばらしたら、また兄さんから笑みが消えました。いえ、寧ろ私たちに隠すようになって、余計に不安になりました」
きっと親父から最後通告を受けた頃の話だ。
十歳間近であの頃は、神崎家の親戚からも色々と言われ始めて、親父もこのままだと不味いと俺に家庭教師を何人も連れて来させた。
遊んでいる暇なんてほぼなくなったが、全然駄目だった所為で周りからの陰口が酷くなった。
しかも、龍崎家のジィちゃんを好ましく思っていない。
神崎家の祖父が遂に親父に何か告げたらしい。虐待こそなかったが、一層妹との扱いの差が大きくなった。
「不安で本当に不安なのに、家も親戚の人たちも兄さんを無視しなさいって言ってくる。お父様とお母様は言いませんでしたが、極力私と兄さんを一緒にしないようにしているのは、薄々感じていました」
「お祖父様に至っては何故か龍崎家を持ち出して、あの血を引いている兄さんはあの家に呪われてしまったのだと、すべての原因は龍崎家にあるなんて言い出して……」
一番最後は初耳だ。ジィちゃん同士嫌っているのは知っていたが、まさか俺の件も龍崎家の所為にしていたとは……。
当時、もし自分に言われたら何も言い返さなかったと思うが、もしそれが死んだ母のこと指してあの人を否定するような意味があるなら……。いや、今となっては仕方ない話か。
「そして兄さんの猶予が十歳を迎えるまでだと、私にも分かるように咲耶お姉さんや七海さんたちが教えてくれました。後で知りましたが、二人も、もしもの時はどちらかが兄さんを引き取ることも考えていたようです。無難な龍崎家の名が上がったので、白紙になりましたが」
四条家の方はミコからそれとなく聞いたので知っていたが、西蓮寺家も関わっていたのか。
四条に比べて西蓮寺とはそんなに接点は多くないが、個人的に桜香と緋奈、あとミコが親しいようで度々話だけは聞いていた。
「そんなある時、お母様と桜香姉さんそれ桜香姉さんのお母様と四人で話す機会がありました」
「このままだと兄さんの勘当はほぼ確実だと、お母様たちからハッキリ言われました。初めは激しい憤りと裏切られた気持ちで、感情のまま二人を罵倒しましたが……」
「二人は言いました。四条家でも西蓮寺家でもない。龍崎家なら彼は自由になれると」
……それが動機なのか。
自由、確かにそうかもしれない。
「四条も西蓮寺も名家だから、仮に養子として引き取られても俺の未来は危うい。そう言われたのか?」
「……」
否定はしないか。
引き取ると考えてくれていたミコたちだが、結局決めるのは親たちである大人だ。
名家の生まれである以上は利益を重視する。同情はされるかもしれないが、周りはきっといい顔をしない。
神崎家と同じだ。親たちが認めても絶対に周りが了承しない。
時間が経てば、必ず綻びが生まれる。
「桜香姉さんと話し合いました。龍崎家なら兄さんの自由が保障されるなら、私たちが───」
兄さんに嫌われても、兄さんを助ける。
いつの間にか涙目の緋奈が顔を上げて告げる。
「ごめんなさい……ごめんなさい!」
いや、これは懺悔なんだ。
緋奈がひたすら押し込め続けていた気持ち。
限界を超えてとうとう吐き出されたのだ。
「謝って済む問題でないのは重々理解してます。……でも、お願いです。兄さん……!」
縋るように彼女は言う。
「桜香姉さんを、助けてください!」
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「それで妹さんとの和解は済んだのですか?」
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「和解か……誤解が解けたというべきかもしれないが」
仲直りしたかどうか問われると正直微妙なラインだ。
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「素直に受け止め切れる自信がない。そう返答した」
「それは過去の件ですか? それとも幼馴染の件ですか?」
「なんだか意地が悪い質問だな。時間を伸ばしたのを怒ってるのか?」
時間はちゃんと1時間で、迎えに来た神崎家の車で緋奈を家に帰した。
粘られるかと思ったが、意外とすんなり帰って行った。
「いいえ、喫茶店での漫画巡りは面白かったですよ。是非、また行きたいです」
異世界人のマドカさんは、この世界の漫画は良い知識となるらしい。
まさかと思うが、最近妙な服が増えてるのはそれが原因じゃないだろうな? ありがとうございます。
「それで話を戻しますが、どうしますか刃?」
「……」
そして話が戻される。
学校での桜香のことを緋奈が知っているのは、まず間違いなく桜香が相談したからだろう。
神童と呼ばれたアイツの手腕でも参考にしたかったか。いずれにしても外部の緋奈の耳に入っているとすれば、ミコや三年の咲耶姉さんや西蓮寺の耳にあるいは、三年の二人は相談を受けている可能性がある。
「直接的な影響がない限り、関わるつもりはなかったが……」
五年溜め込んだ懺悔と涙混じりな妹の懇願。
アイツだって桜香ほどじゃないが、プライドの硬いところがある。
他人に弱いところを見せるような真似は自らしようとしない。
「あそこまで言われたらな。さすがに無理かも」
「折れましたか」
折れたというか妥協したと言える。
まだ何も自分の中で変わっている気はしないが、元妹からの必死な頼みを無視出来る程、自分は鬼になれてないのだと気付いてしまった。
「マドカ……やっぱり俺は甘いか?」
「さぁどうでしょう? ですが、多少苦味ある方が私は好きですよ?」
それは手元にあるチョコケーキのことを言ってるのではないだろうか。
前回の仕返しか、微かにイタズラっぽい笑みを見せながら、美味しそうに俺が買ったチョコを食べていた。
と、刃たちの話は一旦終わりを迎えた頃。
緋奈が帰宅した神崎家の方では……。
「ではお父様お母様、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「ちゃんと休むのよ?」
食事と風呂を終えて、両親に挨拶を済ませ自室に戻る緋奈。
「……はぁぁぁ、さすがに疲れました」
パジャマ姿で真っ黒な自室に入ると、今まで溜め込んだ息を一気に吐く。
夕方まではごく普通の日常だったのが、思わぬ形で何十時間にも感じるような長い邂逅へと繋がった。
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帰宅した際、まず警護兼任の運転手を騙して、兄がいる龍崎家に赴いたことに対しての謝罪。
実際は無理を言って迎えを無しにしてもらったが、理由はなんであれ、神崎家の人間として褒められた行動ではなかったことと、そして前もって兄との話し合いを相談しなかったに対して、しっかりと謝罪を述べた。
普段の行いもあっても、今回の緋奈の行動に対する処罰はなかった。
龍崎家の関係を悪化させ、さらに後継者である緋奈自身を危険に晒しかねない行動だったが、親たちにも負い目があった。
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仮にここで緋奈に厳しい処罰を与えて、もしくは兄にこれ以上近づくなと命じた場合、過剰なプレッシャーが重なって、まだ中学生の身である緋奈の精神が押し潰される危険があった。
大袈裟かもしれないが、後継者が彼女しか残されていない状況で、緋奈にヘソを曲げられても困る。
以上のことから父親である拳は処分なしと判断したが、傍で聞いてた母親の方は何故か引っ掛かる不審そうな視線を彼女に向けていたが、とく何も言及せず今回の騒動は終わりとなった。
「これで多分大丈夫。兄さんが聞いてくれるか殆ど賭けだったけど、なんとか話が出来た。これで……」
「桜香姉さんを使って、兄さんを退学できる」
神崎家、白坂家、そして龍崎家の刃たちは……。
「今度こそ私だけの兄さんが手に入る」
神崎緋奈という少女の本質を見誤っていた。
「桜香姉さんが悪いんだからね? 約束破って兄さんに近付くから」
彼女は最初から兄のことしか眼中にない。
「四条にも西蓮寺にも渡さない。兄さんは絶対に私だけのもの」
邪魔者を兄に近付かせない為に、わざと手を組んだ。
そして誰も手が出せない龍崎家と彼を……幽閉した。そう仕組んだ。
「はい、もしもし私です」
取り出したスマホで連絡を取る。
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染み付いてしまった言葉遣い。けど、相手を圧迫させる威圧感と支配力を兼ね備えた美声が、電話越しで相手を縛り上げる。
「予定通り兄さんが動きそうです。動きがあり次第、貴女は手筈通り兄さんを嵌めて、退学への足掛かりとなりなさい。ああ、桜香姉さんにもしっかり罰を与えるのを忘れずに。裏切って兄さんに近寄ろうとした人に慈悲など不要ですので」
兄にしたお願いとは全く違う。
一方的な命令。拒否など欠片も許されない。絶対的な言霊。
「ええ、クラスメイトどう扱うかは貴女の采配に任せます。多少の怪我人も必要ならいくらでも構いません。ですが……これだけは忘れないように」
最後に、美声の中に純心な闇を含ませた一言を乗せる。
「もし裏切れば容赦なく貴女の秘密を公開して、輝かしい未来を滅ぼしてあげましょう。ええ、どうか頑張ってくださいね? でないと、貴女にも私の怒りの刃を向けなければなりませんので」
暗闇の中で、キラキラと彼女の周囲でガラスのような刃が光り輝く。
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「では、頼みましたよ。優等生さん?」
その笑みはこれまでとは明らかに違う。
快楽に近いようで、自虐的にも近い。
破滅の色を含んだ笑みを、誰にも見られない自室で露わにしていた。
*作者コメント*
天国から地獄へ落ちた感じです。別に天国でもなかったけど。
遂に明かされた過去の一件。これはまだ想像レベルでしょうか?
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カクヨムさまの前の外伝を読んでいる人だったら気付いたと思いますが、そうです。妹さん既に結構やっちゃってます! 今後も外から介入する感じです多分。
魔神よりも魔神みたいな暗躍者。
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しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
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4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
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