しあわせDiary ~僕の想いをあなたに~

翡翠ユウ

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第一章 第4話 就活と日々の中で

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 僕は暗い気持ちでバイトに出た。
 就活で受けていた企業が全て落ちてしまい、振り出しに戻ってしまったからだ。
 今はもう結果待ちはおろか面接や書類審査の予定は無い。さらに卒研の最終締切もある。そっちは進めていて教授に確認をもらえれば問題がないのだが、もしもらえなかった場合は修正に時間が取られるだろう。

 休憩に入ると、事務所はなんだか異様な空気に包まれていた。
 中村さんは奥の自分のデスクで仕事をしていて、他の人達もまるで話しかけるなとでも言っているような空気を放っていた。
 その原因はなんだろうと思っていると、すぐに分かった。

「翔くんはこれから休憩?」

 真由が休憩スペースにいたのだ。
 先日の一件で中村さんを始め、他の人達の気持ちが分かってしまった。あの日僕が真由を選んだことで全員がそれぞれの思いのもとで真由と関わりたくないのだ。
 特に中村さんにいたっては芹乃さんを支え、真由の目の前でその嫌悪の気持ちを露わにして芹乃さんと僕をくっつけようとしたのだ。その気まずさは計り知れない。

「あぁ。真由は休憩終わりか?」
「うん。それじゃ行ってくるね」

 そうして真由が事務所から出て行った。
 話した感じ、真由はいつもと変わりなかった。だからこそ図太いとでもいうのか何と言うか、この雰囲気に看過されていないのでどうかとも思った。

 しんとした空間で僕も休憩に入る。
 そんな中でも就職先を探さなければいけないという思いで就活サイトに目を通した。そして講義と卒研の合間を縫うようにして面接の予定を入れていった。
 前回は業界を完全に出版業界に絞っていたが、こうなってしまっては絞っているわけにはいかなかった。

 出版の仕事がしたかったなぁという思いで予定を組んでいると、ふと芹乃さんのことを思い出した。
 あの時芹乃さんは、自分のやりたい事に一生懸命な僕を褒めて慰めてくれたのだ。でも今の僕は、正直やりたいとは思わない仕事に受かるために行動をしている。
 これを見た芹乃さんは何と言うだろうか。また変わらずに慰めてくれるのだろうか。

 一社予定を組む毎に自分の心がすり減っていっているのを感じた。
 世の中じゃやりたい仕事に就ける人はほんの一握りで、多くの人は妥協して入れそうな所に入るというのが当たり前の時代。
 今の僕は完全に妥協していた。いや、妥協せざるを得ない状況に陥っていて世の中の厳しさを思い知った。
 とても悲しかった。妥協しか出来ない自分がこれ以上になく情けなく、悔しかった。


***


 あれから数ヶ月。
 どうにか卒研の方は問題が無く進み、最終締切に間に合わせることが出来た。あとはその研究成果を大勢の教授達の前で発表し、そこで合格をもらえれば卒業資格が得られるというところまできた。

 だが、就活の方は完全に行き詰まっていた。
 予定を組んでひたすらに面接を受ける日々と、何通もの不合格通知とお祈りメールを受け取る日々が続いたのだ。
 もう受けたい企業なんて無かった。やりたいと思える仕事なんて無かった。妥協に妥協を重ね、自分でもなぜ受けようと思ったのか分からないような企業を受けていたりもした。

 就活浪人はしたくなかった。
 そんなことをしてしまえば来年はもっと厳しい現実にぶち当たると思ったからだ。そして最悪の場合は引きこもりか、それこそここでずっとバイトをして生きていくことになってしまう。
 そんな未来は嫌だった。

 そろそろ年末となる。
 バイト先は忙しくなり、こんな僕でもシフトに入らざるを得なくなるほどになった。

「はぁ………」

 そんな休憩中に僕は深いため息をついた。

「翔くん。就活は大丈夫?」
「あまり良くないね」

 真由と休憩が被ってそんな事を言ってきた。そして真由は落ち込んでいる僕の手に自分の手を乗せてきた。

「何回も受けていればきっと受かるからね。だから大丈夫だよ。私は味方だからね」
「……ありがとう」

 正直なところその言葉を素直に受け取れるほど余裕は無かった。
 何回も受けていればって、いったいあと何回受ければいいのだろう。
 味方と言いつつも、真由は先日もどこかに遊びに行ってきたようでその買い物の戦利品をLINEで語ってきていた。
 そんな人が本当に僕の味方なのだろうか。

 そこでまた僕は芹乃さんのことを思い出した。
 あの日、落ち込んでいた僕を優しく慰めてくれた芹乃さん。あの時の手は温かく、微笑んだ顔も優しかった。
 真由だって今は同じように手を重ねてきてくれているが、温かさを感じなかった。
 辛いなぁ……
 正直涙が出そうだった。でも真由の手前そんなことをするわけにはいかなかった。だから耐えるしかなかった。


 別の日、その日も僕は死んだような目で就活サイトを見ていた。
 そこである企業を発見した。それは聞いたことがある名前の会社だった。たしかサービス業だったはずだ。
 今のこのバイトの経験が活かせるかもしれない。
 そんな気持ちでまずは会社説明会に申し込んでみた。そしてよく見ると、会社説明会の後に希望者には一次面接とあった。
 そうしてその会社以外はもう知らない会社ばかりで、受ける気力も無かったのでそれだけにした。



 後日、その会社の説明を聞きに指定された会場に行った。
 するとそこは貸会議室が並ぶビルだった。そしてやけに静かで、最奥の部屋に入った時人事課とも思われる二人のスーツの男が迎えてくれた。
 他に誰もいなかったものの、その人達はなんとも気の良さそうな人だったので安心した。
 そうして僕が椅子に座ると会社説明が始まった。
 どうやら僕だけのようだ。

 それから滞りなく説明が続いていき、そこで初めて知った。
 この会社は僕が知っている会社ではないということを。むしろ業界も異なっていてサービス業ではなく、アミューズメント業界だった。もっといえばパチンコの会社だった。
 パチンコなんてやったこともなければ一切知らない僕は動揺した。
 この後は面接を受けるつもりで来たのだが、こんなことならと思って説明だけで帰ろうと思った。だがそこで僕の気持ちが一気に動き出す出来事が起きたのだ。

「それでは、弊社の仕事風景と新店オープンの準備の様子を映した映像を流しますのでどうぞ」

 その映像には社員一同が切磋琢磨し、新店オープンという一つの目標に向けて一生懸命に働いている様子が映し出された。そしてその中の人達がみんな楽しそうで、それでいてお互いを信頼して仕事をしていた。
 また、仕事だけではなくふとした休憩時間の様子も流れて、そこでも全員の目が輝いていたのだ。
 それから映像は進み、最終的に新店オープン日の前日に全ての仕事を終えた人達が互いにたたえ合い帰っていった。
 そこで映像は終了した。

「以上です。どうでしたか?」
「……なんかこう、すごく良かったです。すいません。こんなことしか言えずに」

 夢中で観ていた僕の頭は真っ白になっていた。
 こうも楽しそうで、みんなが一つの目標に向けて一生懸命に働いている様子を僕は見たことがなかったのだ。だからこそ、僕は感動していた。

 それからはもちろん一次面接を受けた。
 そこで僕はこの会社がサービス業だと勘違いしていた事を話し、それでもさっきの映像に感動して就職がしたいということを一生懸命に伝えた。
 それこそ感動しすぎてしっかりとした言葉で伝えられているのかは分からなかったが、それでも一生懸命に伝えた。
 そうして会社説明会と一次面接が終了した。


****


「やった……」

 数日を待たずして一次面接の結果が来た。それは通過の連絡だった。そこには二次面接の日程が記されていて、同時にそれを通過出来た場合は、次は最終面接である事も書かれていた。
 その結果を真由に伝えた。すると真由は喜んでくれて次の面接の応援をしてくれた。

 来たるその日まで僕は何を話そうかだったり、何が聞かれそうだろうかと考えていた。
 もう僕の頭の中にはその会社のことしかなかった。それこそ、全てを賭けていた。 

 ついにその二次面接の日となり、その会場は本社だった。
 到着すると、会社の前に置かれていた電話機にて面接のことを伝えた。すると中から先日の人事課の人の一人が出てきて応接室に案内してくれた。
 そして今回の面接はその人だった。聞くと前回の人はこの人の部下の係長だったようで、今回のこの人は人事課の全権を任されている課長だった。

 それから二次面接が始まった。
 そこでも僕は聞かれたことに対してしっかりと答えつつ、この会社に入りたいという意思を熱く強く主張した。今回も僕はちゃんとした言葉を言えているのか分からなかった。それでもテンプレのような言葉ではなく、しっかりとした自分自身の言葉で伝えた。

「うーん。そこまで言われるとね、人事として少し疑う気持ちもあるんだよね。本当にうちの会社に入りたいの? 冗談とかで誇張していたりしない?」
「いえ、冗談ではありません。私は御社に入社して役に立ち、出世し、皆様と一丸となって成長していきたいのです。ですので、この気持ちに嘘偽りはありません。あの映像にとても感動しました。本気で入社したいです」

 その言葉は紛れもない本心だった。それを課長に向けて真っ直ぐに伝えると、少しして決意した顔になった。

「分かった。それじゃ結果は後日―と言いたいところだけど、そこまで熱く言われたらこっちとしても応えないわけにはいかないよ。だから本来であれば後日に結果なんだけど、今回は異例中の異例、二次面接を通過にするからね。これは俺の権限で通すよ」
「あ…ありがとうございます」

 その言葉を聞いて僕は心底安心した。
 それだけでなく、次は最終面接だと思うと緊張もしてきた。
 すると、応接室に一次面接をしてくれた係長の人が入ってきた。

「やっちゃったよ」
「何かしたんですか?」
「いやぁ…」

 課長が今回のことを係長に話すと、係長も心底驚いていた。本当に異例中の異例だったようだ。
 それからこの場で最終面接の日程が伝えられた。
 来週ということになって、かなりの急なスケジュールで進むことになった。
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