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第一章 第5話 未来に向けて変わっていく日々
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煙草を吸い終えると、そのまま部室に戻った。そして家から持ってきた寄付出来るものを後輩に託し、部室に置いたままにしていた私物を鞄に詰めた。
「それじゃ、また来るよ。次は多分卒業式の日かな」
「今日部活があるんですけど、高橋先輩は出ないんですか?」
「そうだね。今日はこの後用事があるから。他の人は出る感じ?」
「はい。飯菜先輩とあと何人かは来てくださいます」
それを聞いて僕は飯菜の方を見た。すると軽く微笑んでいたものの、特に気にしないでと言っているかのように
「まぁ、用事なら仕方ないんじゃん。でも卒業式後の最後の飲み会は来てよね。全員来るし、もしかしたら私達の先輩もサプライズで来てくれるかもしれないから」
と言った。
「それはもちろん。その時は大学生らしく派手に飲もうな」
「高橋先輩、楽しみにしていますね」
それから僕は部室を出るとそのまま電車に乗った。
時刻は十七時を過ぎたあたりで約束の十八時半に到着するにはぎりぎりの時間だった。
念のために連絡を入れておこう。
そう思ってLINEを開くと、そこには真由からLINEが入っていた。もう完全に別れたし、先日もそれを考え直すように云々でLINEされたが、そんなつもりはないと一蹴した―にも関わらずまた同じ内容で連絡してきていた。
もう彼女ではない。だからこそこのやり取りは億劫で何よりも鬱陶しく感じた。
だから
『何回も言わせないでほしい。考え直すつもりはないからもう連絡してこないでほしい』
とだけ返信してブロックした。
その後は気を取り直して芹乃さんにぎりぎりの到着か多少遅れてしまうかもしれないとLINEを送った。
***
「お待たせしました。けっこう待ちましたか?」
「平気よ。遅延もしたみたいね」
「はい。僕が使っている路線は脆弱なのですぐに停まるんです」
約束の時間から十分程遅れて到着した。そして駅前のロータリーに停車してあった芹乃さんの車の助手席に座った。芹乃さんはそんな僕を責めることなく凛と微笑んだ。
「そう。でも無事に着いて良かった。それじゃ、何を食べようか。お腹空いたでしょ?」
「そうですね。芹乃さんはどんな気分ですか?」
「私はそうねぇ。前回がハンバーグだったから和食か中華かイタリアンかしらね」
「大分抽象的ですね。それじゃ今回は和食にしましょうか」
「がっつりと中華とかじゃなくていいの?」
「はい。聞いた感じだと芹乃さんは定期的に、というかしょっちゅう中村さんと飲んでいるみたいなのでたまには健康的な食事の方がいいと思いまして」
「ま、まぁそうね。明日も飲むことになってるし」
「だったら尚更ですね。もしかして中華かイタリアンの方がいいですか?」
「いや、そんなことはないわよ。そう言われれば最近は和食を食べてなかったわね」
「なら決まりですね。場所は―」
僕がスマホを開いて周囲の店を調べようとした時、
「和食ならおススメがあるわよ。そこに行こうかしらね」
「逆見本詐欺界隈とかじゃないですよね?」
「それはないから大丈夫よ」
「分かりました。どこかは分かりませんが、そこに行きましょう」
ということで場所が決まったので車が動きだした。
制限速度を守って安全運転で進んでいき、窓の外で流れていく景色に目を向けているとふとそこに反射して映る芹乃さんの目と目が合った。
「残業が無くて良かったですね」
「そうね。忙しい時期は越えたから今は落ち着いているというのもあるけどね。それで高橋くんは大学での用事は無事に済んだ―というか大事な事は思い出して終わらせてきたの?」
「はい、問題なく終わりました」
「それで、結局その大事な事って何だったの?」
「卒業判定です。今日の昼十二時に発表でした」
「ものすごく大事じゃないの。それを忘れていたの?」
「まぁ。最近は色々とありすぎて」
「それもそうね。で、どうだったの? まさか留年ってことはないわよね?」
「それは大丈夫です。ちゃんと卒業認定が出ていました。これで四月からは社会人です」
「そう。それなら良かった。……本当に良かった」
そう言った芹乃さんは心底安心したようだった。そして、僅かに頬を赤くした気がしたがきっと気のせいだろう。
今日はやけに信号につかまり、動いたと思ったら前の車の速度が遅かったりしたこともあってさらに信号につかまった。一見すると進みが遅く煩わしく思えるが、なぜだろうか、そんな事は気にならないくらいに時間があっという間に過ぎていった。
それからようやく店に到着すると、夕食時ということもあって少しだけ混んでいた。
思えば前回のハンバーグの時も混んでいた。もちろん待つことになったわけだが、そんな時間も話していたら短く感じた。
「やっとね」
「そうですね。でもそこまで待ってないですよ」
店に入ってからどれくらい待ったのかは分からないが、案外すぐに席に案内された気がする。そしてメニューを見ていると
「どうかしましたか?」
「ううん。別に」
芹乃さんが僕を見てきていて顔を上げた時に目が合った。話しかけたら話しかけたで微笑むものだから今日は上機嫌に違いなかった。
「僕は決まりました」
「私もよ」
「注文しますね。あ、今日は僕が出しますからね? 芹乃さんには何回も助けてもらいましたし、前回だって出してくれたんですから」
「学生なんだし気にしなくていいのに」
「気にしますって。僕だって男ですので女性の方に奢ってもらってばかりだと情けない気がします」
「でも今回誘ったのは私よ? これで奢らせたら高橋くんは私の財布みたいにならない?」
「ならないですね。僕が好きでやっているので」
「そう。それじゃ今回はそういうことにしようかな。でもこれで対等、次は私だからね?」
「それはその時になってから決めましょうね」
「意固地ね」
「まぁ、いいじゃないですか」
そう言っている間も芹乃さんは終始笑っていて、時折見せる大人っぽい余裕のある表情はなんだか綺麗に見えた。
というか、やっぱり芹乃さんって本当に綺麗だよな。栗毛色のボブカットに張りと艶のある白い肌。凛とした瞳に落ち着きのある雰囲気。すっぴんを見ていることもあって、化粧でそれら演出しているわけではないのは確かだ。だから芹乃さんは素で綺麗な人で間違いない。
「注文するわね」
「あ、はい」
注文を完全に忘れていたので、その言葉で我に返るとテーブルに備え付けられているタブレットで注文を済ませた。
それからも何気ない話をして過ごしていると注文した料理が到着した。そこで気が付いたのだが僕と芹乃さんで注文したものが同じだった。
「なんか前も同じものを注文していませんでしたっけ?」
「そんなこともあったわね。でもこれが良かったんだからいいじゃない」
「まぁ芹乃さんがそう言うならいいですけど。僕もこれが良かったので」
「なら問題無しね」
ということで食事をしていると、やはり今日は特に芹乃さんのことが気になっていた。
なんだろう。飯菜にあんなことを言われたからかやけに芹乃さんの事が気になるな。というか食べ方まで綺麗だな。ん? リップを変えたのか? やけに艶がいいな。
そんな口に運ばれていく和食達と芹乃さんを交互に見てなんかこう、しだいに日本美人のように見えてきた。
「今日はやけに私のことを見てくるわね? 何かあったの?」
「いえ、綺麗に食べるなと思って」
「それだけ?」
「リップ変えました?」
「ま、まぁ変えたけど。……それだけ?」
「それだけです」
「ふーん」
芹乃さんはいじらしく笑った。そこにはまるで僕のことなら何でも分かっているかような大人の余裕も織り交ぜていた。
僕はなんだかその様子が妙に気に入らなかった。怒りとか負の意味でのそれではなく、からかわれている感じがして逆にからかい返したくなってしまった。だから少しだけからかってみることにした。
「……なんか今日の芹乃さんはいつもよりも綺麗に見えるんですよ」
「ふ、ふーん……あ、そう…… ど、どのへんがかしら?」
僅かに動揺したように見えた。だから追撃することにした。
「どのへんというよりも、全部ですね。そもそもすっぴんの時点で綺麗で元がいいんですからそりゃ綺麗ですよ。ナチュラルのメイクも合っていますし、今日は毛先を少し内側に巻いているんですね。それがまた大人の女性らしい凛とした雰囲気が出ていて綺麗です」
「えっと…」
「肌艶もいいですね。少しだけチークを使っているのかほんのりと頬もピンク色っぽくて、綺麗の中にそれがあると可愛いく見えます。それになによりも―」
「わ、分かったから。今日高橋くんがやけに私のことを見てくる理由はもう分かったから」
「なんならまだありますよ?」
「それももういいから。逆に恥ずかしくなるわ」
「でも最後に一言だけいいですか?」
「…なによ?」
恥ずかしそうに目線を泳がせる芹乃さん。だが、僕の次の言葉が気になるのか少しずつ僕の目に視線を固定し始めた。そして完全に合ったところで口を開いた。
「今日までありがとうございます。最高に綺麗ですよ、加奈さん」
「―っっっ!!!」
次の瞬間、芹乃さんは耳まで赤くして俯いてしまった。
何も答えてくれないけれど、この感じからして怒って俯いているわけではなさそうだ。
なんかもっと言ってみたいなぁ。でもさっき最後って言ったからやめておこう。
それから少しして芹乃さんが顔を上げた。しかしその顔はまだほんのりと赤くなっていた。
「どうかしましたか? 加奈さん」
「あのね、高橋くんはそういうことを誰にでも言うのかしら?」
「言わないですよ? 芹乃さん以外に言ったこともないです。それに、僕は嘘はつかないんですよ?」
「その言葉が嘘に聞こえる気がするんだけど。ま、まぁいいわ。いい? 高橋くん」
「はい」
「そういう言葉はみだりに色んな人に言ったら駄目よ? 色んな勘違いを生んで気が付いたら後戻り出来なくなっているなんてこともあるんだからね?」
「分かりました。他の人には言いません」
「私にもよ?」
「どうしてですか?」
「どうしてって……私だって勘違いしちゃうかもよ……?」
「僕相手に勘違いしてくれるんですか?」
「……意地悪ね」
「でも、僕は嘘は言いませんから」
「まったく……」
芹乃さんからは当初あった凛とした落ち着きも大人っぽさも無くなっており、完全に自分と大差ないような普通の女性に見えた。しかしそれがまたなんだか可愛いく見えてしまった。
****
食事を終えると店を出て芹乃さんの車で帰路に着いていた。
結局お礼ということで僕が会計をしたが、芹乃さんは次は私ねと言って聞かなかった。
「今日は流石に駅でいいですよ。自転車は駐輪場にありますし」
「そう。それにしても高橋くんもあと少しで卒業ね。残りの時間でやり残したこととか予定していることはあるの?」
「そうですね。残りは部活の飲み会と研究室の飲み会くらいですかね。あぁ、正式にバイトを辞める手続きもしないとです」
「そっか。社会人になったら大学生みたいにしょっちゅう遊んでなんかいられないんだから最後まで好きに遊ぶといいわ。でも羽目は外し過ぎちゃ駄目よ? それこそ合コンに行きまくったりとか女の子ばかりのところに行きすぎたりとかね」
「大丈夫ですよ。それに最近では合コンなんて無いですし、そもそも理系の僕にはそういう機会はありませんから」
「部活の女の子とは?」
「卒業式の後の飲み会に行くくらいで予定は無いです。そこで最後ですね」
「そう。その卒業式はいつ?」
「たしか―……」
そこで僕はスマホを開いて確認し、その日にちを教えた。
「そう。だったら、卒業式の次の日かその次の日にまたご飯に行かない?」
「いいですけど、芹乃さんは予定は大丈夫なんですか? それこそ時期が時期なので仕事の方で飲み会があったりとか、職場を離れる人を送り出す何かがあったりするんじゃないんですか?」
「確かにあるわね。でもそれは別の日だから平気よ」
「そうですか。なら、卒業式の二日後にしましょうか。そこでしたら大丈夫です」
「分かったわ。その日は高橋くんの卒業祝いね」
「そんな大袈裟な。いつも通りでいいですよ」
「そんなわけにはいかないわよ。大学院に行かないんだからこれが学生としての最後の卒業なんだし、ね?」
「そう言われればそうですけども」
「当日は任せておいてね。私がいい店を探しておくから」
そう言った芹乃さんは微笑みながらも、その内になにか真剣なものでもあるかのような複雑な顔をしていた。
「今日もありがとうございました。楽しかったです」
「私もよ。次は卒業式の後ね」
「はい、そっちも楽しみにしてます」
駅に到着して僕が降りると芹乃さんは寂しそうな顔をしていた。でもすぐにいつもの凛とした顔に戻って微笑んだ。
まもなくして発進した車はやけにゆっくりで、僕はその後ろ姿が見えなくなるまで見ていた。
「それじゃ、また来るよ。次は多分卒業式の日かな」
「今日部活があるんですけど、高橋先輩は出ないんですか?」
「そうだね。今日はこの後用事があるから。他の人は出る感じ?」
「はい。飯菜先輩とあと何人かは来てくださいます」
それを聞いて僕は飯菜の方を見た。すると軽く微笑んでいたものの、特に気にしないでと言っているかのように
「まぁ、用事なら仕方ないんじゃん。でも卒業式後の最後の飲み会は来てよね。全員来るし、もしかしたら私達の先輩もサプライズで来てくれるかもしれないから」
と言った。
「それはもちろん。その時は大学生らしく派手に飲もうな」
「高橋先輩、楽しみにしていますね」
それから僕は部室を出るとそのまま電車に乗った。
時刻は十七時を過ぎたあたりで約束の十八時半に到着するにはぎりぎりの時間だった。
念のために連絡を入れておこう。
そう思ってLINEを開くと、そこには真由からLINEが入っていた。もう完全に別れたし、先日もそれを考え直すように云々でLINEされたが、そんなつもりはないと一蹴した―にも関わらずまた同じ内容で連絡してきていた。
もう彼女ではない。だからこそこのやり取りは億劫で何よりも鬱陶しく感じた。
だから
『何回も言わせないでほしい。考え直すつもりはないからもう連絡してこないでほしい』
とだけ返信してブロックした。
その後は気を取り直して芹乃さんにぎりぎりの到着か多少遅れてしまうかもしれないとLINEを送った。
***
「お待たせしました。けっこう待ちましたか?」
「平気よ。遅延もしたみたいね」
「はい。僕が使っている路線は脆弱なのですぐに停まるんです」
約束の時間から十分程遅れて到着した。そして駅前のロータリーに停車してあった芹乃さんの車の助手席に座った。芹乃さんはそんな僕を責めることなく凛と微笑んだ。
「そう。でも無事に着いて良かった。それじゃ、何を食べようか。お腹空いたでしょ?」
「そうですね。芹乃さんはどんな気分ですか?」
「私はそうねぇ。前回がハンバーグだったから和食か中華かイタリアンかしらね」
「大分抽象的ですね。それじゃ今回は和食にしましょうか」
「がっつりと中華とかじゃなくていいの?」
「はい。聞いた感じだと芹乃さんは定期的に、というかしょっちゅう中村さんと飲んでいるみたいなのでたまには健康的な食事の方がいいと思いまして」
「ま、まぁそうね。明日も飲むことになってるし」
「だったら尚更ですね。もしかして中華かイタリアンの方がいいですか?」
「いや、そんなことはないわよ。そう言われれば最近は和食を食べてなかったわね」
「なら決まりですね。場所は―」
僕がスマホを開いて周囲の店を調べようとした時、
「和食ならおススメがあるわよ。そこに行こうかしらね」
「逆見本詐欺界隈とかじゃないですよね?」
「それはないから大丈夫よ」
「分かりました。どこかは分かりませんが、そこに行きましょう」
ということで場所が決まったので車が動きだした。
制限速度を守って安全運転で進んでいき、窓の外で流れていく景色に目を向けているとふとそこに反射して映る芹乃さんの目と目が合った。
「残業が無くて良かったですね」
「そうね。忙しい時期は越えたから今は落ち着いているというのもあるけどね。それで高橋くんは大学での用事は無事に済んだ―というか大事な事は思い出して終わらせてきたの?」
「はい、問題なく終わりました」
「それで、結局その大事な事って何だったの?」
「卒業判定です。今日の昼十二時に発表でした」
「ものすごく大事じゃないの。それを忘れていたの?」
「まぁ。最近は色々とありすぎて」
「それもそうね。で、どうだったの? まさか留年ってことはないわよね?」
「それは大丈夫です。ちゃんと卒業認定が出ていました。これで四月からは社会人です」
「そう。それなら良かった。……本当に良かった」
そう言った芹乃さんは心底安心したようだった。そして、僅かに頬を赤くした気がしたがきっと気のせいだろう。
今日はやけに信号につかまり、動いたと思ったら前の車の速度が遅かったりしたこともあってさらに信号につかまった。一見すると進みが遅く煩わしく思えるが、なぜだろうか、そんな事は気にならないくらいに時間があっという間に過ぎていった。
それからようやく店に到着すると、夕食時ということもあって少しだけ混んでいた。
思えば前回のハンバーグの時も混んでいた。もちろん待つことになったわけだが、そんな時間も話していたら短く感じた。
「やっとね」
「そうですね。でもそこまで待ってないですよ」
店に入ってからどれくらい待ったのかは分からないが、案外すぐに席に案内された気がする。そしてメニューを見ていると
「どうかしましたか?」
「ううん。別に」
芹乃さんが僕を見てきていて顔を上げた時に目が合った。話しかけたら話しかけたで微笑むものだから今日は上機嫌に違いなかった。
「僕は決まりました」
「私もよ」
「注文しますね。あ、今日は僕が出しますからね? 芹乃さんには何回も助けてもらいましたし、前回だって出してくれたんですから」
「学生なんだし気にしなくていいのに」
「気にしますって。僕だって男ですので女性の方に奢ってもらってばかりだと情けない気がします」
「でも今回誘ったのは私よ? これで奢らせたら高橋くんは私の財布みたいにならない?」
「ならないですね。僕が好きでやっているので」
「そう。それじゃ今回はそういうことにしようかな。でもこれで対等、次は私だからね?」
「それはその時になってから決めましょうね」
「意固地ね」
「まぁ、いいじゃないですか」
そう言っている間も芹乃さんは終始笑っていて、時折見せる大人っぽい余裕のある表情はなんだか綺麗に見えた。
というか、やっぱり芹乃さんって本当に綺麗だよな。栗毛色のボブカットに張りと艶のある白い肌。凛とした瞳に落ち着きのある雰囲気。すっぴんを見ていることもあって、化粧でそれら演出しているわけではないのは確かだ。だから芹乃さんは素で綺麗な人で間違いない。
「注文するわね」
「あ、はい」
注文を完全に忘れていたので、その言葉で我に返るとテーブルに備え付けられているタブレットで注文を済ませた。
それからも何気ない話をして過ごしていると注文した料理が到着した。そこで気が付いたのだが僕と芹乃さんで注文したものが同じだった。
「なんか前も同じものを注文していませんでしたっけ?」
「そんなこともあったわね。でもこれが良かったんだからいいじゃない」
「まぁ芹乃さんがそう言うならいいですけど。僕もこれが良かったので」
「なら問題無しね」
ということで食事をしていると、やはり今日は特に芹乃さんのことが気になっていた。
なんだろう。飯菜にあんなことを言われたからかやけに芹乃さんの事が気になるな。というか食べ方まで綺麗だな。ん? リップを変えたのか? やけに艶がいいな。
そんな口に運ばれていく和食達と芹乃さんを交互に見てなんかこう、しだいに日本美人のように見えてきた。
「今日はやけに私のことを見てくるわね? 何かあったの?」
「いえ、綺麗に食べるなと思って」
「それだけ?」
「リップ変えました?」
「ま、まぁ変えたけど。……それだけ?」
「それだけです」
「ふーん」
芹乃さんはいじらしく笑った。そこにはまるで僕のことなら何でも分かっているかような大人の余裕も織り交ぜていた。
僕はなんだかその様子が妙に気に入らなかった。怒りとか負の意味でのそれではなく、からかわれている感じがして逆にからかい返したくなってしまった。だから少しだけからかってみることにした。
「……なんか今日の芹乃さんはいつもよりも綺麗に見えるんですよ」
「ふ、ふーん……あ、そう…… ど、どのへんがかしら?」
僅かに動揺したように見えた。だから追撃することにした。
「どのへんというよりも、全部ですね。そもそもすっぴんの時点で綺麗で元がいいんですからそりゃ綺麗ですよ。ナチュラルのメイクも合っていますし、今日は毛先を少し内側に巻いているんですね。それがまた大人の女性らしい凛とした雰囲気が出ていて綺麗です」
「えっと…」
「肌艶もいいですね。少しだけチークを使っているのかほんのりと頬もピンク色っぽくて、綺麗の中にそれがあると可愛いく見えます。それになによりも―」
「わ、分かったから。今日高橋くんがやけに私のことを見てくる理由はもう分かったから」
「なんならまだありますよ?」
「それももういいから。逆に恥ずかしくなるわ」
「でも最後に一言だけいいですか?」
「…なによ?」
恥ずかしそうに目線を泳がせる芹乃さん。だが、僕の次の言葉が気になるのか少しずつ僕の目に視線を固定し始めた。そして完全に合ったところで口を開いた。
「今日までありがとうございます。最高に綺麗ですよ、加奈さん」
「―っっっ!!!」
次の瞬間、芹乃さんは耳まで赤くして俯いてしまった。
何も答えてくれないけれど、この感じからして怒って俯いているわけではなさそうだ。
なんかもっと言ってみたいなぁ。でもさっき最後って言ったからやめておこう。
それから少しして芹乃さんが顔を上げた。しかしその顔はまだほんのりと赤くなっていた。
「どうかしましたか? 加奈さん」
「あのね、高橋くんはそういうことを誰にでも言うのかしら?」
「言わないですよ? 芹乃さん以外に言ったこともないです。それに、僕は嘘はつかないんですよ?」
「その言葉が嘘に聞こえる気がするんだけど。ま、まぁいいわ。いい? 高橋くん」
「はい」
「そういう言葉はみだりに色んな人に言ったら駄目よ? 色んな勘違いを生んで気が付いたら後戻り出来なくなっているなんてこともあるんだからね?」
「分かりました。他の人には言いません」
「私にもよ?」
「どうしてですか?」
「どうしてって……私だって勘違いしちゃうかもよ……?」
「僕相手に勘違いしてくれるんですか?」
「……意地悪ね」
「でも、僕は嘘は言いませんから」
「まったく……」
芹乃さんからは当初あった凛とした落ち着きも大人っぽさも無くなっており、完全に自分と大差ないような普通の女性に見えた。しかしそれがまたなんだか可愛いく見えてしまった。
****
食事を終えると店を出て芹乃さんの車で帰路に着いていた。
結局お礼ということで僕が会計をしたが、芹乃さんは次は私ねと言って聞かなかった。
「今日は流石に駅でいいですよ。自転車は駐輪場にありますし」
「そう。それにしても高橋くんもあと少しで卒業ね。残りの時間でやり残したこととか予定していることはあるの?」
「そうですね。残りは部活の飲み会と研究室の飲み会くらいですかね。あぁ、正式にバイトを辞める手続きもしないとです」
「そっか。社会人になったら大学生みたいにしょっちゅう遊んでなんかいられないんだから最後まで好きに遊ぶといいわ。でも羽目は外し過ぎちゃ駄目よ? それこそ合コンに行きまくったりとか女の子ばかりのところに行きすぎたりとかね」
「大丈夫ですよ。それに最近では合コンなんて無いですし、そもそも理系の僕にはそういう機会はありませんから」
「部活の女の子とは?」
「卒業式の後の飲み会に行くくらいで予定は無いです。そこで最後ですね」
「そう。その卒業式はいつ?」
「たしか―……」
そこで僕はスマホを開いて確認し、その日にちを教えた。
「そう。だったら、卒業式の次の日かその次の日にまたご飯に行かない?」
「いいですけど、芹乃さんは予定は大丈夫なんですか? それこそ時期が時期なので仕事の方で飲み会があったりとか、職場を離れる人を送り出す何かがあったりするんじゃないんですか?」
「確かにあるわね。でもそれは別の日だから平気よ」
「そうですか。なら、卒業式の二日後にしましょうか。そこでしたら大丈夫です」
「分かったわ。その日は高橋くんの卒業祝いね」
「そんな大袈裟な。いつも通りでいいですよ」
「そんなわけにはいかないわよ。大学院に行かないんだからこれが学生としての最後の卒業なんだし、ね?」
「そう言われればそうですけども」
「当日は任せておいてね。私がいい店を探しておくから」
そう言った芹乃さんは微笑みながらも、その内になにか真剣なものでもあるかのような複雑な顔をしていた。
「今日もありがとうございました。楽しかったです」
「私もよ。次は卒業式の後ね」
「はい、そっちも楽しみにしてます」
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