きれいだから。

ねのん

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真夜中、
彼の部屋からナースコールがきた。
急いで彼女が部屋の戸を開けると、
彼は汗でびっしょりの体を起こし、
涙目でこちらを見てきた。
月明かりに照らされて、
汗がキラキラと輝いている。

「どうされました?」
「………怖い夢を見たんだ。」
「……そう。」

彼女は少し眉間にシワを寄せたあと、
張り詰めていた思いを
息と共に吐き出した。

「心配しましたよ…」
「ごめんね。
 どうしても君に会いたかったんだ。」

眉を下げて微笑むその姿からは
何か言いたげな趣を感じた。

「どんな夢を?」

彼女は彼のベッドの脇に腰かけ、
話を聞いてみる事にした。
幸い、
彼の部屋は個室なので問題はない。
彼は俯き、
少し口角を上げて口を開いた。

「……落ちていくんだ。
 僕が、プール…かな?
 海かもしれない。
 大きな水溜まりに落ちていくんだ。
 底は見えないけれど、
 それは悪いものではなくて、
 確実に美しいものなんだ。
 その暖かさを僕は知っていて、
 落ちる時も全く怖くなかったよ。」

彼は月明かりに左手を照らして、
床元へ生み出した影を
楽しそうに眺めた。

「落ちた後、
 僕は静かに自分の体が沈んでいくのを
 楽しんだ。
 でもね、そこまで来て気付いたんだ。
 美しかったものが、
 汚れてきていることに。
 焦ってどうにか戻そうとするんだ。
 春風を連想するような歌を歌ってみたり、
 人魚を連想するような踊りをしたり。
 そしてわかった。
 汚れてきているのは
 僕が入ってきたからだ、って。」

彼は彼女の手を握り、
眉間にシワを寄せて続ける。

「美しいものには
 美しいままであってほしい。
 だから、僕は必死に水面へ泳いだ。
 でも何故か上がれない。
 そこで考えを変えた。
 もういっそのこと、
 消えてしまおう、と。」

彼女はその言葉に
酷く敏感に反応したようで、
彼の手をぎゅっと握り返した。
彼はそれに気付き、

「あぁ、そんな顔をしてはいけない。
 何も心配することは無いよ。」

と言うと、
優しく微笑みかけ、
彼女の手を
握っている手の親指で優しく撫でた。

「でも、
 ただ泡のように
 消えてしまうのは嫌だから、
 僕は胸から金色に輝く光を生み出して、
 その水溜まり全体を照らしたんだ。
 僕の最後の…お願い?、
 のような感覚かな。」

話終えると、
彼はコップ1杯の水を飲んだ。

「怖かったなぁ。
 美しい夢ではあったけれど、
 何故かとても怖かった。」

ふと、彼が彼女の方を見ると、
彼女は静かに泣いていた。
彼はとても驚いたようで、
呼吸も忘れて彼女を見つめた。

「何故、君が泣くんだい?」

すると、
彼女は慌てて涙を拭い彼を見つめた。

「ごめんなさい。
 何故かしら。
 あなたの恐怖心は
 勿論伝わって来るのだけれど、
 何故かその夢の話からは
 底抜けの美しさが伝わってくるの。
 それが幸せで、幸せで……
 あぁ、ごめんなさい。
 私、涙が止まらないわ…」

彼女は
ぽろぽろと涙をこぼし、
それを隠すように両手で顔をおおった。

彼は彼女の背をさすり、
小さく呟いた。

「君は本当に美しいなぁ」

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