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第二章
第二十一話
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リザードマンの国
王国『マーズ』 玉座の間
赤いコートを羽織り,きらびやかな王冠を身に着けたリザードマンの王─『竜王』プロメテウス・キングリザード。
頬杖をついてゆったりと,しかし荘厳に玉座に座っている。
左手に握るは,代々この国の王だけが手にすることを許されている国宝─黒刀 煙火。
その黒くも美しく,されど恐ろしい刀剣は,見るもの全ての言葉を失わせる。
玉座の前には二段段差があり,一段下には貴族服を着た初老のリザードマン─ジャック・アイデクセが控えている。
闘牛のような二本の角をもつ,ヒトの身体よりも一回りも二回りも大きな竜の頭骸が玉座の背後の壁に掛けられており,王に不敬を働けば唯では済まないぞというように王の前に立つものを見下ろしている。
「以上が定期連絡になります。」
「そうか,ご苦労だった。下がってよいぞ。」
「はっ,失礼します。」
連絡係の兵士は一礼し,玉座の間から出ていく。
兵士の足音が完全に聞こえなくなった後,ジャックは静かに口を開いた。
「なかなか進展しませんねぇ,失踪事件の調査。」
「・・・そのようだな。」
そう言って,プロメテウスはしばし考え込む。
一カ月前,青色鉱石第三鉱山に勤めていた監督官2名と警備員2名,人間の子ども30名が忽然と姿を消した。
前代未聞の大失踪事件である。
これまでの調査で分かったことは大きく分けて5つ。
①鉱山の洞窟の入口に警備員のものと思われる血痕があったこと(致死量と思われる)。
②休息所のトイレから外まで続く隠し通路があったこと。
③隠し通路の外に,人間の子どもの者と思われる血痕と監督官のものと思われる血痕があったこと(どちらも致死量と思われる)。
④隠し通路は,人間の子供一人がぎりぎり通れるくらいの大きさであったこと(折れた石筍や鍾乳石も通路の中で見つかっていることから,人間の子どもが開通したと考えられる)。
⑤日中,監督官はいつものように仕事をしていたこと。
これらの情報と,土通信の使える監督官が隠し通路の存在に気づいていなかったとは考えにくいことから,監督官が人間の子どもを逃がす手引きをしていたところを反社会勢力によって襲撃され,子供たちを拉致されたのではないかという推測がたてられている。
しかし,いくら近隣を調査しても,その仮説を裏付ける証拠どころかそれ以上の情報さえ得られない。
30人の子どもを移動させるにはそれなりの大きさの馬車がいるし,人手もいる。鉱山の関係者に気づかれずにそれらを用意するのは現実的ではない。犯人の血痕どころか痕跡一つさえ残っていないことも異常である。
近隣の森からも,足跡や飲み食い,排泄の形跡は発見できていない。森に行ったとも考えにくい。
そもそも人間の存在は国家機密であり,外部に漏れないように徹底している。
このような事件が起こること自体おかしいのだ。
一体誰が,どうやって・・・
他国の仕業か?だとしたらなぜそんなことをする?
「竜王様。」
悶々と考えを巡らせていた竜王にジャックが口を開く。
「どうしたジャック。」
「邪推ですが,魔王が復活したのかもしれませんね。」
ジャックの言葉に竜王は一瞬目を丸くし,フッと噴き出した。
「『魔王の遺言』,か。」
1000年前にこの世界を支配し,悪政の限りを尽くした結果,結託した4種族によって滅ぼされたとされる幻の種族─魔人
『1000年後,我は蘇る。我と心通わせしものの身体に宿りて,必ず我が国を復活させる。』
それは精霊歴元年,魔人の王が,結託したオークの王,エルフの王,リザードマンの王,魚人の王によって打ち倒される寸前に残したとされる遺言であり,それぞれの王家に代々言い伝えられている。
「ジャックよ,主も懲りんなぁ。13年前,当時の『竜王』だった私の祖父にも同じようなことを言ったそうではないか。当時はちょうど精霊歴1000年で,かの『狂英雄』によって時空の裂け目が開かれた年でもあったから権力者の間で随分と騒ぎになったが,結局杞憂に終わった。それから13年たった今,『竜王』を継いだ朕にも再び同じような進言をするとは・・・。」
「その節は大変申し訳ありませんでした。しかしながら,どうしても気がかりなのです。」
「そうか。フフッ,まぁいい。主には世話になっているからな。その可能性も頭の片隅に入れておこう。」
「はっ,あり難き幸せに存じます。」
ジャックは恭しく頭を下げる。
「魔王,か・・・。」
(そもそも魔人が存在していたかどうかすらも怪しいのだがな。・・・だがまぁ,もし魔王と名乗る輩が現れた時は─)
黒刀を握る手に力がこもる。
(─この剣で骸とするだけだ。)
王国『マーズ』 玉座の間
赤いコートを羽織り,きらびやかな王冠を身に着けたリザードマンの王─『竜王』プロメテウス・キングリザード。
頬杖をついてゆったりと,しかし荘厳に玉座に座っている。
左手に握るは,代々この国の王だけが手にすることを許されている国宝─黒刀 煙火。
その黒くも美しく,されど恐ろしい刀剣は,見るもの全ての言葉を失わせる。
玉座の前には二段段差があり,一段下には貴族服を着た初老のリザードマン─ジャック・アイデクセが控えている。
闘牛のような二本の角をもつ,ヒトの身体よりも一回りも二回りも大きな竜の頭骸が玉座の背後の壁に掛けられており,王に不敬を働けば唯では済まないぞというように王の前に立つものを見下ろしている。
「以上が定期連絡になります。」
「そうか,ご苦労だった。下がってよいぞ。」
「はっ,失礼します。」
連絡係の兵士は一礼し,玉座の間から出ていく。
兵士の足音が完全に聞こえなくなった後,ジャックは静かに口を開いた。
「なかなか進展しませんねぇ,失踪事件の調査。」
「・・・そのようだな。」
そう言って,プロメテウスはしばし考え込む。
一カ月前,青色鉱石第三鉱山に勤めていた監督官2名と警備員2名,人間の子ども30名が忽然と姿を消した。
前代未聞の大失踪事件である。
これまでの調査で分かったことは大きく分けて5つ。
①鉱山の洞窟の入口に警備員のものと思われる血痕があったこと(致死量と思われる)。
②休息所のトイレから外まで続く隠し通路があったこと。
③隠し通路の外に,人間の子どもの者と思われる血痕と監督官のものと思われる血痕があったこと(どちらも致死量と思われる)。
④隠し通路は,人間の子供一人がぎりぎり通れるくらいの大きさであったこと(折れた石筍や鍾乳石も通路の中で見つかっていることから,人間の子どもが開通したと考えられる)。
⑤日中,監督官はいつものように仕事をしていたこと。
これらの情報と,土通信の使える監督官が隠し通路の存在に気づいていなかったとは考えにくいことから,監督官が人間の子どもを逃がす手引きをしていたところを反社会勢力によって襲撃され,子供たちを拉致されたのではないかという推測がたてられている。
しかし,いくら近隣を調査しても,その仮説を裏付ける証拠どころかそれ以上の情報さえ得られない。
30人の子どもを移動させるにはそれなりの大きさの馬車がいるし,人手もいる。鉱山の関係者に気づかれずにそれらを用意するのは現実的ではない。犯人の血痕どころか痕跡一つさえ残っていないことも異常である。
近隣の森からも,足跡や飲み食い,排泄の形跡は発見できていない。森に行ったとも考えにくい。
そもそも人間の存在は国家機密であり,外部に漏れないように徹底している。
このような事件が起こること自体おかしいのだ。
一体誰が,どうやって・・・
他国の仕業か?だとしたらなぜそんなことをする?
「竜王様。」
悶々と考えを巡らせていた竜王にジャックが口を開く。
「どうしたジャック。」
「邪推ですが,魔王が復活したのかもしれませんね。」
ジャックの言葉に竜王は一瞬目を丸くし,フッと噴き出した。
「『魔王の遺言』,か。」
1000年前にこの世界を支配し,悪政の限りを尽くした結果,結託した4種族によって滅ぼされたとされる幻の種族─魔人
『1000年後,我は蘇る。我と心通わせしものの身体に宿りて,必ず我が国を復活させる。』
それは精霊歴元年,魔人の王が,結託したオークの王,エルフの王,リザードマンの王,魚人の王によって打ち倒される寸前に残したとされる遺言であり,それぞれの王家に代々言い伝えられている。
「ジャックよ,主も懲りんなぁ。13年前,当時の『竜王』だった私の祖父にも同じようなことを言ったそうではないか。当時はちょうど精霊歴1000年で,かの『狂英雄』によって時空の裂け目が開かれた年でもあったから権力者の間で随分と騒ぎになったが,結局杞憂に終わった。それから13年たった今,『竜王』を継いだ朕にも再び同じような進言をするとは・・・。」
「その節は大変申し訳ありませんでした。しかしながら,どうしても気がかりなのです。」
「そうか。フフッ,まぁいい。主には世話になっているからな。その可能性も頭の片隅に入れておこう。」
「はっ,あり難き幸せに存じます。」
ジャックは恭しく頭を下げる。
「魔王,か・・・。」
(そもそも魔人が存在していたかどうかすらも怪しいのだがな。・・・だがまぁ,もし魔王と名乗る輩が現れた時は─)
黒刀を握る手に力がこもる。
(─この剣で骸とするだけだ。)
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