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千年王国
私の赤ちゃん
しおりを挟む「ふむふむ・・・なるほど」
「パフォス! どうなのだ? レンは何かの病なのか?!」
うんうんと、のんきに頷いているパフォスにしびれを切らして詰め寄ると、ここ数年でシワの深くなった治癒師は、さも煩いと言いた気に、両手で耳をふさいで見せた。
人を小馬鹿にして、ふざけた爺だ。
「あ~耳が痛い。私は梟なのですよ。そんな大声を出されたら、鼓膜が破れてしまいます」
「ふざけてないで、診察はどうなんだ?!」
「ア・・・アレク。怒らないで。私は大丈夫だから」
「レン! 大丈夫だぞ! 俺が付いているからな!」
「はぁ~~。ふざけてなど居りませんよ。閣下、私が柘榴宮に留まっている理由をお忘れですか?」
「お前が宮にいる理由・・・・? ハッ!! まさか?!」
「その、ま・さ・か・でございますよ。若子様は繭になろうと頑張っておられます。そして繭になるために必要な、最後の魔力をレン様から吸収している処なのです。レン様の眩暈と発熱はそのためですな」
「クゥッ! うううううう」
「レッレン?! おい! こんなに苦しそうにして。何とかできんのか?!」
「そうですな。まずは閣下が落ち着くことが先決ですな。貴方様がレン様をお支えせずしてどうするのです。ささ、レン様の御傍に」
「あ? あぁ・・・」
パフォスに背を押され、ベッド脇の椅子に腰かけさせられた俺は、横に立つ治癒師を振り返った。
「それで? 俺はどうしたらいい?」
「冊子に書かれていたことを覚えていますか? レン様の手を握って、少しずつ、いいですか? 一気にはいけません。少~~~~しずつ、レン様に魔力を流すのです」
けしからん図解の書かれた冊子の、出産の項目を思い出しながら、パフォスに言われた通り、レンへ魔力を流していった。
少しずつ、少~~しずつ。
こんな感じか?
「はい、いい感じに出来ていますよ。さてレン様。苦しいでしょうが、息を止めてはいけませんよ?」
「は・・・はいぃぃ・・・ヒッヒッフーーー。ヒッヒッフーーー」
「??? 何ですかその呼吸法は?」
「え?・・・ううう。ラ・・・ラマーズ法?」
「らまーず? 良く分かりませんが、そうではなくて、クレイオス様に習った、魔力回復の呼吸法が有ったでしょう?」
「あっ・・・そっち? あ!! う~~ううう」
苦し気に身もだえるレンの全身から、滝のように流れる汗を、イーリスがそっとふき取りながら、静かにレンを励ましてくれている。
「母になる者が、皆経験した道です。レン様も乗り越えられますよ、気をしっかり持って。もうすぐ若子様の繭に会えますからね」
「頑張れ、レン! 俺がいるからな大丈夫だぞ。 頑張れ! 」
「い・・・たくないけ・・ど、めちゃく・・・ちゃ苦しいぃぃ!」
「なぁ! 本当に大丈夫なのだよな?」
「レン様を不安にさせるような発言は、お控えなさい。大丈夫です。順調ですよ。閣下は魔力の注入に、集中なさってください」
「わっ分かった」
「ううう・・・・ヒューーー・・・・ハアァーーーーヒューーー・・・ハアァ・・・」
「そうです、そうです。上手に出来ています。あと少しです。頑張って。もう少しの辛抱です」
よほど苦しいのか、魔力を流し込む俺の手を小さな手が握り返してくる。その手は関節が白くなるほど力が込められ、整えた爪が手の甲に刺さってくるほどだ。
番が苦しんでいるのに、俺は手を握り魔力を流すことしか出来ない。
なんて無力なんだ。
番が苦しむ姿を見るくらいなら、次は俺が子を産んでやる。
だから今は、頑張れ!
「お・・・おぉ? パフォス!! 凄い勢いで魔力が吸い取られてるぞ?!」
「そのまま。そのまま魔力を与えてください。繭が出てきます。レン様あと少しです。頑張って!」
パフォスの言葉の途中で、レンの臍のあたりから黄金色の光が一筋、ゆらゆらと立ちのぼり、シュルシュルと渦を巻き始めた。
「い・・・い・・と?」
「そうだぞ。繭が出来るぞ! レン! 頑張れ!」
「うう・・・うん・・・う?・・・うっ! きゃあぁっ!!」
レンの叫びと共に、レンの腹から光の玉が浮かび上がり、その玉を覆うように、数えきれない光の糸が巻き付いていった。
「おおっ!! なんと眩い! こんなに魔力の強い若子様は、初めてだ!」
「レン! 俺達の子だぞ?! 頑張れ! 繭が出来るぞ!」
なんと神秘的で、美しい光だ。
ミーネでレンが招来された時の様だ。
黄金色の輝きは、拍動するように瞬きを繰り返し、次第に光が弱まっていった。
そして最後の光が、繭の中に吸い込まれるように消えていくと、そこにはレンの黒髪に俺の赤毛がグラデーションを作ったような、黒と赤の糸が巻かれた繭が、レンの腹の上にコロンと乗っていた。
「あ・・・繭が・・・」
「あかちゃん? 私の赤ちゃん?」
「はは・・・ははは・・・」
生まれた。
俺の子が・・・。
俺とレンの子が生まれた。
繭から出てくるのはまだ先だが、この繭の中に、俺とレンの子が生きている。
感動だ。
命とは、これほどまでに美しいものだったのか。
「さあさあ、レン様。若子様を抱いて差し上げて」
「は・・・はい」
震える指で繭を持ち上げたレンは、その胸に我が子の入った繭を抱くと、そっと頬を寄せた。
「会いたかったわ、私の赤ちゃん。早く大きくなって、かわいいお顔をお母さんに見せてね」
繭に摺り寄せた頬に、雫が一粒。二粒。
「よく頑張ったな。ありがとう」
我が子の繭を抱く、レンの肩を抱き寄せると、レンはその細い指先で俺の頬を撫でた。
「ありがとう、アレク」
何度も何度も頬を撫でる指先が、濡れ光っている。
「あ・・・うぅぅ」
我が子の誕生に、俺は気付かぬうちに、滂沱の涙を流していたのだ。
◇◇◇
「この度は、おめでとうございます。レン様も産後つつがないご様子。安堵いたしました」
「ありがとう。マークさん達も順調そうで良かったわ。相変わらず赤ちゃんは食いしん坊なの?」
「ははは! ええ、相変わらず食いしん坊です。ロロシュは魔力をカラッカラにされて、藁人形みたいに倒れ込んでいます」
「それは・・・凄いね。マークさんは平気なの?」
「私ですか? 私は魔力切れを起こす様なへまはしません」
「ですよね~」
畏まった挨拶から始まった、マーク、ロロシュ、エーグルの3人との茶会は、すぐに慣れ親しんだ和やかな時間へ変わっていった。
「おいおい。繭だって大人の話を聞いてんだぜ? あんま、こき下ろしてくれんなよ」
「あら、ごめんなさい。気にすると思ってなかったわ」
「ちびっ子よ。オレを何だと思ってるんだ?」
「面倒くさいおじさん?」
「かぁーーッ!! 聞いたかよ閣下。ちいーと甘やかしすぎなんじゃねぇの?」
「ん? 妥当な意見だと思うが?」
「あーーッ!! 閣下までそういう事言うのな?! 拗ねるぞ? 泣くぞ?!」
「はいはい。そういうのはマークさんと二人っきりの時にしてくださいね」
「冷たい! 冷たすぎる!」
まったく、ワザとらしいのだよな。
このオッサンは。
マークが許しても、お前がマークを捨てることを、レンが許すわけが無かろう。
「ロロシュ煩い。そんな事より、エーグルとは久しぶりだな。アーチャー家での暮らしはどうだ?」
「そんな事よりッて。オレの存在意義は?」
「ロロシュさん、ハウス!」
「ハ? ハウス~~?? なんだよオレは犬か? 犬なのか?」
「もう本当に黙って。蛇って静かな生き物じゃなかったの?」
「ひっでぇ~」
口ではなんだかんだと言いながら、ロロシュはこんなやり取りを楽しんでいるらしい。
相も変わらず悪趣味だとは思うが、そう遠くない時期に陰に潜り、日の当たる世界から去っていく雄の空元気と思えば腹も立たん。
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