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アレクサンドル・クロムウェル
ミーネの森3
しおりを挟む老爺へは話の礼として金貨数枚、村長には村民の邪魔をする迷惑料として、革の小袋に入った金貨を其々握らせると、2人は恐縮しきり、何度も頭を下げながら帰って行った。
翌朝、出発の準備をしているところに、ミュラー到着の知らせが入った。
身支度を済ませ階下に降りると、ミュラーと数名の団員の他に、見慣れぬ者が1人混ざっていた。
村人の様には見えないし、長いローブ姿はギルドの魔法使いが好む服装だが、誰だろうか。
「ミュラーご苦労。他の者はどうした?」
補給部隊を連れての移動にしては到着が早過ぎる。途中で何かあったか?
「ライザに任せました。私は陛下から此方の方を任されまして」とローブ姿の獣人を目で示した。
「陛下から、閣下の手伝いをする様に依頼されて来た」とその雄は、懐から取り出した手紙を差し出した。
受け取った手紙の封蝋は、ウィリアムが私的な手紙に使う紋章が押されており、本人からの手紙で間違いない様だ。
手早く封を開け、手紙に目を通した俺は、軽い頭痛を覚えて額を押さえた。
「アレクお疲れ様ぁ~。アレクの事だから村に着いても休まないと思うけど、あんまり無理しちゃだめだよ~。ロロシュなんだけど、治癒が得意で、他にも色々便利な子だから、アレクに貸してあげる。良い子だからいじめないでね? じゃあ、愛し子様との帰還を待ってるよ~!」
なんなんだ、この手紙は?
行間にハートが飛んで見える。
仮にも皇帝の書いた文章がこれか?
いくら私的な手紙でも・・・。
ない、これは無い。
帰ったら宰相殿と相談して、マナーの教師をつけ直すべきか?
「閣下、何か問題でも?」頭を抱える俺に不穏なものを感じたのか、ミュラーが真剣な顔で聞いて来た。
すまないミュラー。
問題はあるがそっちじゃない。
俺は魔力の炎を指に纏わせ、手紙を燃やして、今見た事を無かったことにした。
「問題はない。ロロシュ、お前は魔法使いか?」
「似たようなもんです。給料分はきっちり働きますんで、安心してください」
コイツは獣歯があるから獣人だろうが、嗅いだことのない匂いで、なんの獣人か分からない。
「そうか・・・同行を許可する。励めよ」
脚を踏み出した俺は、すれ違い様にロロシュに「影か?」と小声で問うたが、意味深な笑みを返されただけだった。
森に入って3日。
俺達は未だ、神殿を見つけられないでいた。
ヴィンター家は3歳の子供を連れての移動でも、3.4日で村に戻って来ていた。
立ち入りが禁じられている範囲は広くとも、神殿までは然程遠くはないだろう、とたかを括っていたが、大間違いだったようだ。
初日は村から北東へ真っ直ぐ進み、翌日合流した後続部隊を左右に展開して捜索を進めたが、思う様な成果は得られないままだ。
当時ヴィンター達が使っていたであろう道も、20数年も経てば森に沈み、痕跡を見つけることも難しい。
下草を踏み固め、藪を掻き分け進んできたが、今日で萌黄月も終わり、神託の白花月、最初の満月まで約2日。
目印一つ見つからず、焦りばかりが募っていく。
それは隣に控えるマークも同じ様で、いつもと変わらぬ取り澄ました顔をしてはいるが、白銀の髪に木の葉が絡んでいることにも気付いていない。
俺の視線に気付き、何か用かと小首を傾げるマークに、頭を指差し「葉っぱがついてるぞ」と教えてやった。
長い指で髪をすいたマークは、摘んだ木の葉にため息をこぼした。
「はぁ・・・そう言う閣下も、肩に蜘蛛の巣が張り付いていますよ」
言われて見下ろした肩には、黒い軍服に施された刺繍とは違う、銀色の模様が増えていた。
しかし指で取るのも面倒で、放っておくことにした。見方によれば、斬新なデザインと言えなくもないだろう。
すると、後ろにいたミュラーが笑い声を上げた。
「街道で、ボロきれ状態の団員を見つけた時も酷いと思いましたが、今の我々も良い勝負ですね」
笑ってはいるが、ミュラーの顔は無精髭に覆われて、いつもはキッチリと整えられている灰色の髪も、ボサボサで艶がなく、全体的にヨレヨレだ。
どうやらミュラーは、生活魔法が得意ではないらしい。
「このままでは埒があかんな」言いながらミュラーに洗浄魔法をかけてやる。
ついでに自分にも洗浄魔法を掛けると、張り付いていた蜘蛛の糸も綺麗に無くなった。
お互いに、これで少しは見られる様になっただろう。
「もっと奥に入りますか?」
ミュラーの問い掛けに、俺は手で顔をひと撫でして考えた。
「いや、子連れのヴィンター達が通える距離じゃないな、何か見落としがある筈だ」
「見落としですか」
それがなんなのか
が問題なのだが・・・。
マークとミュラーも考え込んでいる。
ヴィンター達の遺体が見つかったのは、禁忌の森の入り口近く。子連れの一行は、毎回森に入ってから3.4日で村に戻っており、ヴィンター家は神殿の管理も行なっていた。
いくら慣れているとは言え、幼子を連れて森の中を長距離移動した上で、祭祀と神殿の管理の両方をできるものだろうか?
では、移動で3.4日ではなく、滞在時間の方が長かったとしたら?
短時間で長距離を移動し、時間をかけて神殿での祭祀と管理を行っていたのだとしたら?
それならば、子供への負担も少なくて済む筈だ。
だとすれば
「・・・ポータル・・・か?」
「ポータル?」マークとミュラーがお互いの顔を見合わせた。
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