獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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アレクサンドル・クロムウェル

誤解を解くならお早め / 家出

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「お帰りなさいませ」
 もしかしたら、"レンが出迎えてくれるかも"という淡い期待は裏切られ、宮で俺を出迎えたのはセルジュだった。

「ローガンはどうした」
「レン様のお世話中です」

「セルジュ、お前にも怖い思いをさせた。すまなかったな」

 硬い声を出すセルジュを見下ろして謝罪すると、セルジュは深く腰を折って顔が見えなくなった。

「僕・・私とローガンさんはレン様の専属侍従として当然の事をしただけです」

「そうか。・・レンはどうしてる?食事は取ったのか?」

「レン様は、家出なさいました」
「・・・あ”?」

 いえで?
 今、家出と言ったのか?

「よく聞こえなかった、もう一度言ってくれ」
「レン様は、

 レンが家出?

「ローガンが・・・世話をしていると言わなかったか?」
「はい。レン様はこちらの事情をご存じないので、ローガンさんが道中のご案内を」

 嘘だ!!
 レンが家出?
 そんな筈ない!!

 セルジュの話を最後まで聞かず、俺は階段を駆け上がり、蹴破る勢いでレンの部屋の扉を開け放った。

 そこに愛しい人の姿はなく、仄かに花の香りがするだけだった。

 レン!どこだ?
 何処にいる?!

 俺の部屋との間にある、二人の寝室にもレンの姿はなく。
 レンの刀も無くなっていた。

 俺から逃げたのか?
 もう許してくれないのか?

「・・セルジュ・・・レンは何処だ?」
「存じ上げません」
「知らないで済むかっ!!レンは愛し子だ!ローガン一人で護れると思っているのか!!」

「護衛の心配は要りません。アーチャー卿と近衛騎士が同行致しております」

「マークと近衛だと?!」

 どう言う事だ?

 マークの謝罪はこの為か?
 マークは知っていて、俺を騙したのか?

 近衛が同行?、
 母上の指示か?
 いや。母上はまだ上皇の元だ。
 
 ウィリアム。
 彼奴が企んだのか?!
 彼奴が俺から番を奪うのか?!

 俺は地下へと駆け降りて、ワインセラーの壁を動かし、真っ暗な秘密通路へ潜り込んだ。

 皇宮内全ての秘密通路の地図は、頭の中に入っている。
 剣の魔晶石に魔力を流して光源として、俺は後宮のウィリアムの部屋へ走った。

「ウィリアム!どういう事だ!!」
「煩いよ。声を落として」
「レンが居なくなった!!お前の仕業だろ!!」
「だったら何?」
「ふざけるなっ!」

 レンが居なくなり、混乱し怒り狂う俺に、ウィリアムは皇帝の時の様な、冷たい視線を向けて来た。

「取り敢えず座って。そんなんじゃ話も出来ない。冷めたお茶しか無いけど、今のアレクには丁度良いよね?」

 手ずから茶を入れる、ウィリアムの向かいに座ると、冷たい視線が突き刺さって来た。

「アレクが言った通り、護衛の手配をしたのは僕だよ」

「何故そんな勝手な事を?!」

「静かにしなよ」

 ウィリアムは、さも煩いと言いた気に、両耳に指で栓をしてみせた。

「何故かって?レンちゃんがお外にお出かけしたいって言ったからだよ」

「レンは愛し子だぞ。どんな危険があるか」
 俺の言葉は、ウィリアムに遮られた。

「そう?レンちゃんは僕より強いよ?アレクだって自慢してたじゃない」

「それは・・・」

 言葉に詰まる俺に、ウィリアムは小馬鹿にした様に鼻を鳴らした。

「昨日の事もそうだけど、騎士団を預かる者としてどうなのさ。求愛行動中の獣人がピリピリするのは仕方ないと思うよ。でもちょっとやりすぎじゃない?」

「あれは・・・反省している」

「そう?今のアレクを見ていると、反省している様には見えないよ?このままじゃ、レンちゃんが可哀想だ」

「レンが、可哀想?俺はレンを大事にしてるだろ!」

「昨日のアレで?レンちゃん泣いてたじゃない。言っとくけど、僕はめちゃくちゃ怒ってるんだからね」

「うっ・・・」
 
「いくらアレクが大事にしてるって言い張ったって、結局独り占めしたいだけじゃないか。分からないの?たった一人で異界から渡ってきたレンちゃんは、自分の世界を一から作り直さなきゃならないんだよ?」

「それは、そうだが」

「そうだが、じゃないよ。いくら心配だからって、自分の檻で囲って閉じ込める気?討伐以外、皇宮の外は何も見せないつもりなの?レンちゃんは、アレクや僕達、この国のことを受け入れて、理解してくれようとしてるじゃないか。だから、レンちゃんが皇宮の外の世界を知りたいと言うなら、僕は邪魔しないし、助けてあげたいと思う」

「・・・・」

「またダンマリなの?いい加減にしなよ。子供じゃあるまいし」

「だが・・」

「だが、だの何だの、言い訳じみた話はもう沢山だ。番だとか愛だとか言ったって、アレクのやってる事は、自分の欲を押し付けてるだけだ。そんなのは愛とは言わないよ。レンちゃんはこの世界で唯一の愛し子で、たった一人の“女”なんだ。そんなレンちゃんの孤独を、アレク一人で全部埋められるとか、本気で思ってる訳?友達を作るのも許さないなんて、どうかしてるよ。傲慢すぎじゃない?」

「そんなつもりは・・・」

「昨日の今日で無いって言える?僕は愛し子を助けてあげたいと言ったよね?アレクが、レンちゃんには瘴気だけを消させて、その他は何も知らないまま、自分の側に繋いで置きたい。自分以外の人間を排除して、この世界から締め出す事になっても構わない。なんて馬鹿なことを考えてるなら、もう話すことはないよ。頭を冷やして出直しておいで。僕も疲れてるんだ、今すぐ出て行って」

 ウィリアムに追い出された俺は、来た道をすごすごと帰るしかなかった。
 重い足を引き摺り宮へ戻ると、通路の入り口でセルジュが待っていた。

「何故、引き留めなかった」
「私の仕事は、主人であるレン様の望みを叶えて差し上げる事です」
「俺の帰りを待つべきだっただろう」
「閣下は必ず反対なさるからと、陛下のご判断です」

 ウィリアムの奴・・・・。

「俺がお前達を解雇する、とは思わなかったのか?」
「如何様な処分も覚悟の上です」
「・・・そうか。本当にレンが何処に行ったか知らないのか?」
「はい。ただレン様からのご伝言をお預かり致しております」
「レンから?」

 別れの言葉か?
 聞きたくないな。

「レン様は“気持ちの整理が出来たら戻ります”と仰せでした」
「他には」
「承っておりません」
「・・・・下がっていいぞ」
「私の処分は如何様に」
「レンが戻った時、お前がいなかったら、悲しむだろう?」
「・・・失礼致します」

 セルジュは最後まで、俺と目を合わせないまま下がって行った。

 気持ちの整理が出来たら戻るか・・・。
 少なくとも今はまだ、戻る気があるんだな。
 今はな・・・。


 ◇◇◇


 レンのいない日々は、只々空虚だった。

 眠れぬ夜に、愛しい番の衣に顔をうずめ、その残り香に慰めを求めても、瞼の裏に浮かぶ、レンの笑顔は、泣き顔に塗り変えられ。笑い声は、鳴き声にすり替わった。

 忸怩たる想いに責め苛まれようと、赦しを乞う相手は手の届かないとろにいる。

 ウィリアムの言うことは正しい。

 俺が守りたい。俺が世話したい。
 俺が一緒にいたい。俺だけを見て欲しい。

 俺がああしたい、俺がこうしたい、我欲ばかりだ。
 レンが何を望んでいるのかなんて、全く気にかけていなかった。

 世界一幸せにしてやる?
 巫山戯るな。
 お前が幸せにして貰っていただけじゃないか。

 君は今、何処にいる?
 誰に会い、何を見て、何を思う?

 君は笑ってくれているだろうか。
 
 本当に戻って来てくれるだろうか。
 その時は、俺を許してくれるか?

 許してくれなくてもいい。
 ただ君が側に居てくれさえしたら
 それだけでいい。

 レン。
 君に会いたい。
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