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愛し子と樹海の王
勝鬨の声
しおりを挟む俺の大事な番は、此方を方を見てニコリと微笑むと、その両腕を広げ、静かに歌い出した。
その歌声に合わせるように、ドラゴン達の咆哮が、高く低く渓谷の中を流れていく。
レンの歌を聴いたライノたちの眼から、次第に攻撃色が薄れ、真っ赤だった瞳が茶褐色の瞳に戻って行くと、ゆっくりと足を踏み出したレンは、歌いながら、ライノへ近づいて行く。
“危ない” ”止まれ“ と叫びたかった。
だが一方で、レンの歩みを止めてはいけない、とも強く思ってしまう。
俺が逡巡する間にも、レンはライノの傍に近付いて行き、レンが前に立つと、ライノは膝を折り、祈るように首を垂れた。
1匹1匹、差し出された角にレンが優しく触れて行く。
その度にライノの体が浄化の光に包まれ、黄金色に輝いた。
気配を感じて、視線を動かすと、レンの後を追って来たのだろう。
アンとその群れが、レンを守る様に、静かに佇んでいる。
そして、森の中から、谷の間からも数えきれない浄化の光が浮かび上がり、空へと登っていった。
まるで大厄災の日の夜明けの様だった。
レンの歌がやみ、全ての浄化の光が空へ登ってしまうと、そこに居たのは。
「イ・・・・イノシシ?」
巨大なライノの群れは、瘴気によって姿を変えられたイノシシだったのか・・・・。
群れの中でも一際体の大きなイノシシが、レンに近付いて、甘える様に鼻面を押し付けた。
レンはその頭をそっと撫でてやり、小さな声で “森へお帰り。もう危ない所に近づいちゃダメよ” と囁いた。
すると、イノシシはレンの手に頭を擦り付けた後、何度も後ろを振り返りつつ、群れを率いて、森の中へ帰っていった。
その様子を呆然と立ち尽くして見つめる、ゴトフリーの兵士達。
涙を流し跪いて祈りを捧げているのは、獣人達だろう。
レンはクレイオスを振り返り、一つ頷いて口を開いた。
「ゴトフリーの獣人族の皆さん。私の名前はレン・シトウ・クロムウェル。クレイオス帝国、アレクサンドル・クロムウェル大公の伴侶であり、創世神アウラと創世のドラゴン、クレイオスの愛し子です」
クレイオスの魔法だろうか、レンの声は大きくは無いが、よく響いた。
後で聞いたのだが、この時のレンの声は、遠く離れた砦の中にまで届いて居たらしい。
”おお!なんと美しい!“
”あれが、愛し子様か“
“後ろにいるドラゴンが、クレイオス様?“
“伝説の通りだ”
レンを賛美する声以上に、この口上で、アウラやクレイオスより先に、俺の伴侶だと名乗ってくれた事に俺は、密かに喜んでいた。
「今こそ永きに渡り、不当に奪われ続けた、あなた方の尊厳を取り戻す時。解放の時がきたのです」
レンの言葉が終わると、血に濡れた渓谷に、クレイオスの咆哮が響き渡った。
それと同時に、巨大な魔法陣が現れ、獣人族の首から、隷属の首輪が音をたて地面に落ちていった。
“首輪がっ!!”
“僕達は、自由だ!”
歓喜に湧き立つ獣人達を、レンは手を挙げて制した。
「愚かな王に仕える、哀れな兵達よ。王都へ帰り偽りの王に伝えなさい。古の神との契約を違え、神の子を僭称する傲慢なる者に、神の裁きが下るだろうと」
呆然と佇むゴトフリーの兵は、レンの言葉をどう捉えたのだろうか。
動くことさえ出来ない兵士達に、クレイオスはその長大な翼を広げ、空に向かって咆哮を上げた。
傍に控えたクオンとノワール、そしてアン達も、クレイオスに倣い、咆哮と遠吠えを上げている。
「うっ!うわあーーー!!」
1人の兵が駆け出すと、次々にゴトフリーの兵は逃げ始めた。
その後ろ姿に、虐げられ続けた獣人達が、石を投げ、騎士達が勝鬨の声を上げたのだった。
あたりが喧騒に包まれる中、俺は番の元へと駆け寄った。
「レン! 砦で首輪の解除をして居たのではなかったのか?」
「ごめんね。心配した?」
抱き上げた番の髪に顔を埋め、暖かな体温を感じて、やっと番の無事を実感できた。
「ライノに近付いて行った時は、心臓が止まるかと思った」
「本当にごめんなさい。でも私もアレクが心配で、じっとして居られなくて」
「俺の姫は、なんでそんなに狡いのだ? そんな可愛いことを言われたら、叱れないじゃないか」
「へへへ」
『我が傍に付いておるのだ。怪我などさせるわけが無かろう』
「クレイオス。あんた人の争いには関わらないのじゃなかったのか?」
『そうじゃが、ずっと大神と交渉しておったのよ。それがやっと上手くいっての』
「交渉?」
『帝国では駄目じゃったが、ゴトフリーの王は、アウラと人の王との契約を違え、獣人を虐げておる。そしてアウラと我の愛し子に危害を加えようとしたじゃろ?この二つは天罰級の悪徳だ。しかし天罰を与える立場のアウラは、呪いの所為で力が弱って居るしの』
「それで?アウラに代わって、あんたが天罰を下すのか?」
『そこまでの権限は我には無い。だが、ゴトフリーの悪徳の原因が、アウラに呪いを掛けたヴァラクじゃからの、ゴトフリーに関する事だけは、全面的に愛し子の力になっても良い、とのお墨付きを貰ったのじゃ』
なるほど・・・直接手を下す事は出来ないが、レンの手助けをする事で、間接的に罰を下すと言うことか。
「・・・それより話し方が、益々ジジ臭くなってないか?」
『おう!? これはいかん。大神と長く話した所為で、爺いの喋り方が移ってしまった』
俺たちの話に、クスクスと笑うレンの髪を撫で、小さな顔を覗き込んだ。
「それにしても派手な登場だったな?」
「あの・・・初めはアンに乗って行こうと思ったのよ。でも砦の前に・・・ほら、あれがいっぱい居たから・・・」
あ~。蜘蛛が怖くてクレイオスに乗って来たのか。
怖いのを我慢して、俺の所に飛んで来てくれるなんて。
かわいい奴め。
夜になったら、どうしてくれよう。
『其方、今ものすごく不埒な事を考えておっただろ?』
「なんの事だ? 俺は番への愛を再確認して居ただけだ」
『ふ~ん・・・・おっ? あそこでエーグルに抱えられているのはマークか?』
クレイオスの視線を辿り振り返ると、マークを横抱きにしたエーグルが、森から出て、マークをエンラに乗せようとしたいた。
どうやら、サンドワームを恐れたのか、マークのエンラは、主から離れてしまって居たようだ。
「しまった! レン!マークが負傷した。治癒してやってくれないか?」
「マークさんが? 大変!直ぐに行きましょう」
マークをエンラに乗せ、自分のオロバスとエンラの手綱を引いて、こちらに向かって歩いて来るエーグルの元へ、俺達は駆けつけたのだった。
◇◇◇
翌朝、昼も近い時間に、モーガン率いる第3騎士団が到着した。
ダンプティーの知らせで、ゴトフリー軍の襲来と、戦闘に入った連絡を受けていたモーガンは、到着が遅れた事に、何度も申し訳ないと謝っていた。
当初のモーガンの到着予定は2・3日前になる筈だった。
それがポータルからポータルまでの移動中サンフェーン近くで、ジャイアントホッパーが大量発生した村から、助けを求められたのだそうだ。
サンフェーンは第4の管轄地域でもあり、最初は断ろうとしたそうなのだが、セルゲイが騎士の半数を連れて、出征中という事で、第4も手が足りず、その村へ向かえるのは1週間後になるとの事だった。
秋の収穫の前に、これ以上作物を食い荒らされては、税を納めるどころか、村民の越冬も難しくなる。
またジャイアントホッパー自体も、これ以上数が増えると近隣どころか、帝国中に被害が広がる可能性もあった。
そこで、モーガンは害虫駆除に乗り出した。
これが思って居た以上にジャイアントホッパーの数が多く、駆除に時間がかかってしまったのだそうだ。
土産だと言って、モーガンが大量に持って来たのは、駆除したジャイアントホッパーの脚を塩茹でし、燻製にした携帯食だった。
「私も食べてみたが、中々美味かった」
モーガンはニコニコしているが、俺は虫はどうも苦手だ。
マイオールにいた頃、食った虫が異様に苦かったせいもあるだろう。
この燻製は、酒の肴としても好まれる様だが、棘のある脚先まで、こうも形がはっきりしていると、食指は動きにくい。
それでも、遠征中の貴重な食糧である事に変わりはない。
俺はモーガンに礼を告げ、トゲトゲの脚が突き出した箱を、大量に受け取ったのだった。
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