獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

サタナス・エレ・ウジュカ 

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 大公子に誘われ腰を落ち着けたのは、晩餐に使われた広間よりも数倍は、煌びやかな宴会場だった。

 貧しい国。
 というアピールをするため、大公は晩餐に用に、わざと地味な部屋を用意させたらしい。

 各々が席に着き、運ばれて来た軽食も、前回に比べると肉が多いようだ。

「俺達に気を使う必要はない。余剰があるなら外の民に配ってやれ」

「お気遣いありがとうございます。愛し子様がお持ち下さった糧食は、既に配給の手筈は整っております。これは城の備蓄品の最後の肉なのですが、細やかではありますが、我等からの感謝の印ですので、どうかお召し上がりください」

 そうまで言われて、断るのは礼儀に反する。
 俺達は有り難く、供された物を頂くことにした。

 そんな儀礼的なやり取りを、この国の守護神と崇められて来たアーロンは、窓辺に置かれた寝椅子の一つにだらしなく寝転び、興味なさげに欠伸を吐きながら眺めている。

 いつもなら空いている寝椅子に、カルも寝そべり同じようにして居ただろう。

 しかし今回は、アーロンに遠慮してか、少し離れた床にクオン達と一緒に座り込んでいる。

 いきなり打ち解けろと言うのは無理なのだろうが、あの図体で子供と一緒に座り込むと言うのはどうなんだ?

 精神年齢がノワール、クオンと変わらないなら仕方がないのか?
 まあ。龍だしな。
 気にするのは止めて置こう。

 其れより今は、大公子のレンに向けられる視線の方が気になる。

 俺の給仕で、一生懸命もきゅもきゅ口を動かす番から、大公子の視線が全く外れない。そんなに熱く見つめても、俺の番だ。

 絶対にやらんぞ!

 食事の席では会話は全く弾まなかったが、大公を失ったばかりでは、それも致し方なかろう。

 大公子が重い口を開いたのは食事がすみ、茶の代わりに温められた甘い酒が運ばてからだった。

「改めまして。皆さまにはウジュカの窮状をお救い下さり、お礼を申し上げます。またわが父が、皆様に対し偽りを申し上げた事もお詫び申し上げます」

 頭を下げた大公子の肩が震えて見えるのは、俺の怒りを恐れてか、それとも大公の裏切りに対するの本人の憤りなのか・・・。

「偽りか。今後の事も有る。詳しく聞かせて貰おうか」

 大公子サタナスの話によれば、大公が語った創世時代からのこの国の成り立ちについては、ほぼ伝承通りの事が語られたようだ。

 ただ、龍神信仰の始まり、アーロンが神殿でレジスの呪いを抑えるに至った話は、全てが大公のでっち上げだった。

「ヨナス様は代を重ねても、最後まで我々をお許しにはなりませんでした。ですので、ヨナス様と共に神殿に入る事などとても・・・」

「大公殿下は、その時の会話や詳しい経緯が記された、文書があると話していたが?」

「私の知る限りそんなものは存在しません。もし在ったとしたら、父がそれらしく見えるものを造らせたのではないでしょうか」

「ふむ・・・・そうまでして大公は何がしたかったのだ」

「それは父とゴトフリー王、そしてあの国の神殿の影響が強かったから。と申し上げれば、ご理解頂けますか?」

「まあ、なんとなくは」

 と言って腕の中のレンを見下ろすと、レンも同じように頷いている。
 
 見下ろした番の髪の付け根に、砂の粒がいくつか入り込んでいるのが見えた、今夜は湯あみをして綺麗にしてやらねばならんな。

「閣下?話を続けても宜しいですか?」

「ん?あぁ、すまん続けてくれ」

「父が、大公の語った予言も、ほぼ正確と言えます。しかし神の愛子に膝を折り、新たな樹海の王へ平伏し忠義を尽くす限り、苦悩から解放され過去の栄華を取り戻す。二度の裏切りは破滅を意味する。という件は父の偽りです」

「本来は何と?」

「予言では、神の愛子に膝を折り、新たな樹海の王へ平伏し忠義を尽くせ。神の愛子と新たな王に国を差し出し、本来の持ち主に返せ。二度の裏切りは身の破滅を呼ぶと在ります」

「似ているが微妙に違うな」

「そうですね。国を差し出すのと、忠義を尽くすのでは、国の存続が掛かってきますよね?」

「そうだな。身の破滅というのも、個人に限定されている気がする」

「お二人のお考えは正しいと思います。予言を与えた方は、エストの主へ国を返せ、と言いたかったのではないでしょうか。そしてその邪魔をするなと」

「ううむ」

「どうしたの?」

「今までの神託や、この予言だと。エストは俺とレンの物。という事になってしまわないか?それだと人を王に獣人を盾に。という神との契約に反してしまうだろ?」

「そっか」

「私の様な若造が口を挿むのは気が引けますが、神話の契約は、神との契約を破らぬ限り。という条件が有りました。私は国の外の事は詳しくありませんが、ゴトフリーが獣人を弾圧してきたことは知っていますし。帝国でも近年似たようなことが有った、と聞き及んでおります。これらを考えますと、既に神との契約は破られているのではないでしょうか」

 レンは何かを思い出したように、ハッとして俺を振り仰いだ。

「ママ・・・アウラ様はヴァラクの呪いを受けた時。すでに契約は破られたと言って、泣いていたの」

「ふむ・・・・」

 後でママンに聞いてみますね。とレンはひそひそと俺に耳打ちし、真面目くさった顔で大公子へ向き直った。

「私は予言通り。この国を愛し子様と大公閣下。いえ、新たな樹海の王にお返ししたく存じます」

「・・・・・それでいいのか?」

「はい。我等の祖先は、レジス様を裏切り、永い時を贖罪の為に代を重ねてまいりました。しかし父はそんな先人たちの努力を裏切り、己の欲を優先し、多くの人を殺め、守るべき民を困窮の中に落としましたのです。父の破滅は予言通りと言えるでしょう」

 大公子の瞳に偽りはなく、その決意は確固たるものの様だ。
 しかし・・・。

「大公殿下が人を殺めた、とはどいう事だ?」

 大公子は唇を噛締め、俯いてしまった。

「父は・・・大公は、側室の子で四男でした。しかし大公家を継ぐべき叔父達は、病や不慮の事故で次々と身罷られ、継承の可能性が最も低かった父が、大公子の座へ就いたのです。そしてお爺様、先代の大公も突然の病で、あっという間に亡くなられてしまった。それを閣下はどうお考えになりますか?」

「・・・・簒奪だな」

俺の言葉に大公子は頷いて見せた。

「証拠は有りません。ですが閣下の仰る通りだったのだと私は考えます。父はゴトフリーの使者や神官と頻繁に会って居ました。表向きは支援を受ける為と申して居りましたが、簒奪に関わる、何事かの相談だった可能性が高いと思います」

「なるほど」

 ヴァラクが遣りそうな手だ。

「父は表向き人当たりの良い人間を演じてきました。もしかしたら本当に、ただ人の良いだけの雄だったのかも知れません。だからこそゴトフリーに付け込まれ、言いなりになったとも考えられます」

 肉親に対する憤りと恥辱で、大公子の肩はわなわなと震え、その声は苦悩に満ちていた。

「殿下?辛ければ、無理にお話しされなくても良いんですよ?」

「愛し子様・・・ありがとうございます。ですがこれはお伝えしなければならない。失われた命に対する義務なのです」

「サタナス殿下。その気概は認めるが、一旦落ち着かれてはどうか」

 見苦しい処を見せ申し訳ない、と肩を落とす年若い大公子は、これまで多くの苦悩を抱え、誰にもそれを、相談する事が出来ずに来たのではないだろうか。

 義務としてではなく。
 誰かに聞いて貰いたい。
 罪を告白して楽になりたい。
 その気持ちが強いように、俺は思う。

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