獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

閣下と皇帝

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 神の粋な計らい。
 ならばそれを利用しない手はない。

 花弁が舞って居る内に、戴冠式を初めてしまおう。

 宝冠と皇帝のマントを捧げ持った者達に合図を送り、今日の主役の名を呼んだ。

「アーノルド・ネルソン・クレイオス!」

 アーノルドは参列席の最前列で、ポカンとこちらを見上げていたが、俺の呼び出しにハッとして、意識を集中し直したようだ。

 俺はレンの横から一歩下がり宝冠を受け取って、静かに祭壇前の階を登って来る、弟の姿を見守った。

 血剣を下げ、親父殿に廃位を迫る俺を、不思議そうに見上げていた幼子。

 祖父と兄の首を刎ねた俺を怖れる事も、恨むこともせず。遊んでくれと無邪気に駆け寄って来ては。肩車をせがんだ小さな弟。

 ウィリアムのしごきに耐え切れず、俺の執務室に匿ってくれ、と逃げて来た事も有ったな。

 それがいつの間にか、弱音を吐くことが無くなり、皇太子の執務をしっかりとこなす様になった。偶に生意気な口を聞くが、それでも変わらぬ信頼を寄せてくれる、たった一人生き残った俺の兄弟。

 4兄弟の中で、唯一人穢れたギデオンに囚われる事無く、純真な瞳を失わなかった大事な弟。

 お前の存在が、どれだけ俺とウィリアムの慰めになって居たか、お前は知らないのだろうな。

 ロイド様がギデオンからお前を守り抜くとこに、どれだけ心血を注ぎこんだか計り知れない。そしてだらしのない親父殿の手も借りず、愛情深く、正しくお前を育ててくれたロイド様には、感謝の念しか浮かばない。

 白い花弁が舞い散る中、階の最後の段で跪いたアーノルドへ、寿ぎの言葉を送って居るのは俺の番だ。

 そして今、俺が差し出した宝冠を受け取った番が、真っ白な指で弟の頭に皇帝の宝冠を乗せてくれた。

「神より賜りしこの地を、身命を賭して守り導く事を、創世の神アウラ神と創世のドラゴン、クレイオス様へ誓います」

 皇帝の印のマントを肩に羽織り立ち上がった弟の、何と凛々しく立派な姿か。

 新しく誕生した皇帝へ、恭順を示す礼を取った頬に、熱い物が流れた事は、誰にも気付かれなかった事だろう。

『我からも、祝いの品を遣ろうかの』

 そう言うとクレイオスは、いつもの謎な空間から一振りの剣を取り出した。

 その剣は、実戦向きではないと一目で分かる、柄の中央に大きな魔晶石が嵌め込まれた、宝物と呼ぶにふさわしい煌びやかな剣だった。

『皇帝自ら剣を取って戦うとなれば、それは国の終わりの時であろう?故に其方にはこのような剣で充分だ。人の身に我の加護を与えることは出来ないが、この剣が其方を邪なるものから護ってくれよう』

「ありがたき幸せ。この剣に恥じぬよう。国と人を導いてまいります」

 時の流れとは速い物だ。
 あの幼子が、こんなに立派な返答が出来るようになるとは。
 
『其方はラジート以来、初めてアウラと我からの祝福を受けた皇帝だ。アウラの期待に応え良き皇帝となる様に。それから例の件も其方達の考え通り、存分にするが良い、とアウラも申して居る」

 例の件?とは?
 ・・・・やはりな。
 アーノルドとロイド様は何か企んでいる。
 俺とレンに内密にしているとは、怪しい。
 絶対に何かある。

 感動から一転、警戒を強める俺に気付いたのか、アーノルドが俺に苦笑を浮かべて見せた。

 だが即位の場で、生まれたばかりの皇帝を問い詰める事も出来ず、進行役の文官に誘われるいざなわれるまま、アーノルドはリアンを連れ、参列者の拍手に送られながら、パレードの馬車に乗る為に、ホールの中をゆっくりと歩いて行った。

 清楚で有りながら華やかさの有る衣装を纏ったリアンの顔は、喜びに満ち幸せそうだ。

「4人とも、少しずつ衣装が違って居るのだな?」

「うん。最初はみんなお揃いにしようかと思たのだけど、其々似合うスタイルってあるでしょ?それにリアンはアーノルドさんとパレードに参加するから、皆よりちょっと豪華にしたの」

「それも異界の風習なのか?」

「そうでも無いかな?子供にフラワーボーイとかベールガールをお願いする時は、お揃いが多いけど。大人の付添人を頼む時は、自前のドレスが多いから、色を合わせるだけって言うのが一般的かも」
 
「異界の風習も色々あるのだな?」

「うん。ウェディングドレスとか付添人とかは、私の国の風習ではなくて、他所の国から入って来た風習なのね。でもお着物の白無垢とかより人気が高いのよ?」

「自国の風習よりもか?」

「お着物より華やかだし、人生で一度くらいお姫様になってみたいもの」

「そう言うものか?」

「そう言うものです」
 
 そのお姫様というのが、今一ピンとこないのだよな。
 
「ではレンは、一生俺のひめだから問題ないな?」

「あ・・・ほんとだ。私お姫様になってた」

 えへへと笑う、番が可愛い。

「しかし、そのベールは美しいが、邪魔にならないのか?」

「邪魔だし重いけど、ベールとトレーンは見せびらかすための物ですからね」

「そうなんだ」

「そうなんです。ファッションにはやせ我慢も必要なんです。女子高生の真冬の生足とか、それはもう健気なのです」

「・・・・・」

 じょしこうせい?
 なまあし?
 よく分からんが、レンは何をしても綺麗なのだから、やせ我慢なんていらないと思うぞ?

「だから、抱っこ移動は駄目ですよ?私はドレスを見せびらかしたいので」

「う・・・分かった」

 先手を打ってそう言われてしまったら、仕方がない。
 
 祭壇からホールの入り口まで、番と腕を組みゆっくりと歩を進めていくと、参列席から熱い溜息が聞こえて来る。

 悪いな。
 この美しい人は俺の番だ。
 見るだけで我慢しろよな?

 本当は見せるのも、嫌なのを特別に見させてやって居るのだからな?

 ホールの入り口に立つと、ちょうどアーノルドとリアンが馬車に乗り込もうとしている処だった。

 二人に声を掛けたレンは、手に持ったブーケから花を数本引き抜いた後、リアンにブーケを手渡した。

「私の国では、花嫁のブーケを受け取った人が、次の花嫁になれるという言い伝えがあるの。だからこのブーケはリアンが貰ってくれると嬉しいわ」

「まあ!嬉しい!」

「あなた達の婚姻式を、楽しみにしているわ」

「はい。ありがとうございます、レン様」

 ハグをする2人に、嫉妬の炎が揺らめいたが、家族の抱擁にまで、嫉妬心を露わにしたら、レンに嫌われてしまいそうで、グッと我慢した。

 それを見て居たマークは、俺の心情を見抜いているのか、一瞬冷たい視線を俺に投げつけて来たが、直ぐににこやかな仮面を被って見せ、この変わり身の早さと言うか、切り替えの早さは流石だと思う。

「レン様。おめでとうございます。この後の予定も詰まっておりますので、そろそろ馬車にお乗りください」

「ありがとうマークさん。マークさんには前にブーケをあげたから、今日は一輪だけね」

 そう言うとレンはマークの胸の勲章に、花を刺してやったのだ。

 するとマークは、とても嬉しそうに、そして大事そうに胸の花に手を当てていた。

「ありがとうございます。以前いただいたブーケは保存魔法を掛けて、大事に保管しております。この花も大切にさせて頂きますね」

 微笑み合う二人は、まるで一枚の絵画のようだ。

 あぁ。俺もマークのような美貌であったなら、これ程までに嫉妬深くならずに済んだのだろうか。

 マークに花を挿して遣ったレンは、キョロキョロと周りを見渡し、目当ての人物を見つけると、こっちに来いと手招いた。

 レンに呼ばれて小走りで近づいて来たのは、付添人を務めた3人とアルマだった。

 レンの友人席に座っていた4人は。
 他の王族たちよりも早く会場から出て来られたのだ。

 マークと同じ様に、花を渡された4人は、異界の風習を聞き、感動して顔を輝かせている。

 レンの育った異界とヴィースでは、異なる風習が沢山あって、戸惑う事も多いが、こういう人を幸せな気持ちにさせる風習は、ヴィースでも広がって行くと良いと思う。



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