獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

軟膏と手紙

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「ローガン!ローガン居るか?」

 レンに忠誠の全て捧げた侍従を呼びながら階段を降りると、俺の呼び声に応えた忠義者が足早に近付いて来た。

「閣下、漸くお出ましになられましたか。レン様のご様子は如何でしょうか?」

 俺への挨拶より先に、レンの様子を尋ねるのかよ。

 レンへの忠義は天晴だが、俸給を払っている雇い主が、俺だという事を忘れて居ないか?

「元気だ。明日から外を見て回りたいと言っているから、準備を頼む」

「外で御座いますか?」

「散歩がてら近くを案内してやろうと思う。それと城を見たいと言って居るのだが、あそこは今どうなっている?」

「城ですか?あそこなら問題なくご覧になれます」

「本当か?しかしあの城の修繕費は、請求されたことが無かったと記憶しているが」

「・・・ふむ。閣下は御存じではない・・・」

 生真面目な侍従は、眼鏡を押し上げて考え込んだ。

「何か有るのか?」

「いえ。不正があったと言う訳では御座いませんので、ご安心ください」

「では何なのだ」

「実は屋敷の爺さん達が、自分達で城の修繕を行って居ります。閣下の許可を得ているという事でしたが、御存じないという事は、彼等が勝手にやって居る事になりますね」

「なんでそんな事を」

「屋敷の仕事で、彼等が出来る事は多くありません。単なる暇つぶしではないでしょうか」

「そうか」

 爺様達は、其々が魔物との戦いで体の一部を失っている。昔の様に剣を振るう事も、力仕事も長くは出来ない。だからこそ、この屋敷に引き取ったのだが・・・。

 戦場を駆けまわっていた彼等に、侍従の仕事は向いていない。かと言って、大公領の治安を護る、騎士の仕事を任せられるほどの体力も残っておらず、屋敷の警護と雑用を任せる事しか出来なかった。

 そんな暮らしは、勇名を馳せた雄達にとって、退屈でしかなかったのだろう。

「近いうちにレンと見に行くと伝えて置いてくれ」

「承りました。他に御用は御座いませんか?セルジュに軽食を持たせましょうか?」

 自分でと言わない所を見ると、俺のマーキングを警戒しているな?

 安心していい。

 期待通りたっぷりマーキングして有るからな、ローガン以上に爺様達は、レンに近寄れんだろうな。

「レンは今休んでいるから、後で持って来させてくれ。あと・・・」

「はい、なんでしょう」

「あ~~。そのなんだ・・・・」

 レン程ではないが、これは確かに言い難いな。

「その・・・秘所に塗る軟膏はあるか?」

「軟膏?」

 と、見る間にローガンの顔が怒りを抑える為か、ヒクヒクと痙攣し始めた。

「閣下・・・まさか、ま・さ・か・とは思いますが、念の為に伺います。今までレン様に軟膏や香油の類を、使って差し上げていなかったのですか?」

「あのな・・ローガンも知っている通り、レンと俺達の体は作りが違っていてな?こちらのオス同士が致す時の様に、軟膏や香油は必要無くてだな・・・」

「はあ?だから何です?現に今、必要になって居ますよね?」

「たっ確かにそうだが、でもな」

「言い訳は結構。レン様に関するものは全て閣下が用意されると言うから、安心してお任せいたしておりましたが、どうやら間違いだったようですね」

 なんだよ。

 これ見よがしに、レンからもらった眼鏡をクイクイ上げて見せやがって。レンは俺の番で、お前の番じゃないだろうが。

「そう思うなら、最高級の物を一通り用意しろ。取り敢えず今使えるものは無いのか?」

「チッ!」

 コイツ、今舌打ちしたのか?
 雇用主のおれに向かって?

「すぐにご用意いたします。ですが閣下」

「なんだ」

 人の事をごみを見るような目で見るなよ。
 雇ってるのは俺だぞ?

「閣下は、白虎ではなく鳥の獣人なのですか?」

「あ?」

「まったく。前回レン様が発熱されるまで、無体を働いたというのに。それも忘れて今回もですか?閣下の頭は鳥並みですか?」

「お前なぁ」

「ええ。確かに閣下は白虎ですね。その執着の強さといい、無駄に性欲が強い事いい。紛れもなく白虎でなのでしょう。ですがアウラ神の加護を受けているとは言え、レン様は人族で、閣下とどれだけ体格差があると思って居るのですか?蜜月と言えど、少しは自重なさっても良いのでは?」

 クッソー。
 ぐうの音も出ない、とはこの事だ。
 まったく反論出来ん。

 俺はレンの番で、コイツの雇い主なのに。

 薬を用意する間、書斎で待つように言われた俺は、仕方なくローガンの言いつけに従った。しかし、これでは俺とローガンの何方が主か分からないじゃないか。

 ブツブツ言いながら書斎に入ると、机の上に手紙の束が置かれていた。

 あの手紙の中身など、読まなくても手に取るようにわかる。

 それでも、大事な要件が紛れて居てはいけないから、差出人だけは確認し、皇宮からの手紙は、一通だけを残し、後は纏めて暖炉に放り込んだ。

 今回の事はアーノルド達が、勝手に決めた事なのだ。休暇の邪魔になる様な事柄は、すべて排除しないとな。

 騎士団からの手紙には、簡単に指示を書き記し、蜜月の邪魔をするなと一言添えて封をした。

 マークから、俺達を心配する手紙も来ていた。

 状況が面倒なものになってしまったが、俺達の休暇は決まって居た事でもあるし、事前の打ち合わせ通りで問題ない。マーク達も休暇を楽しむように、と返事をしておいた。

 あの3人も、寝耳に水の発表で戸惑っている事だろうが、人の心配などしていないで、しっかり自分達の婚姻式の準備を進めて欲しい。

 前々から、ゴトフリーを治める気はないか?

 とロイド様から打診はあった。
 ウジュカで予言の話しを聞いた時に、何時かはこうなるだろうと、予想もしていた。

 だがそれは、自治領の総督として赴任する程度の話しだと考えていたし、それだけでも荷が重いと思っていたのに。

 何故、王などと・・・。

 自分のあずかり知らぬところで、話しが決められていた事も気に入らない。

 皇宮から俺とレンが逃げた事で、アーノルド達は今頃大騒ぎをしてるだろうが、知った事か。

 俺は、今度こそ本当の蜜月を果たすつもりだ。

 皇帝だろうが皇太后だろうが
 その邪魔は絶対にさせるものか!

 そんな事を思いながら、机に残った最後の一通の封を開いた。

 その手紙は上皇、親父殿からの手紙だった。

 ほんの数行の短い手紙だ。

 ”ロイドとアーノルドは、私から叱っておくから、お前の好きな事を、好きな様にやりなさい。そして二人の蜜月を大事にしなさい”

 こんな父親らしいことを書いて寄越すなんて、全く親父殿らしくない。

 本当にらしくない。

 それでも、始めて見せた父親らしい気遣いに、ほんの少しだけ感動したことは、誰にも話すつもりはない。

 親父殿からの手紙を暖炉にくべてしまおうか迷ったが、結局俺はその手紙を引き出しの中に押し込んで鍵を掛けた。

 感慨深い様な、なんとも言えない気分で、窓の外を眺めていると、鈍色の空からチラチラと白いものが舞い始めた。

「どおりで冷えるはずだ」

 寝室の薪を足す様に言わないとな。

「失礼いたします」

 書斎に入って来たローガンの怒りは、収まる様子もなく、極寒の視線に堪えながら軟膏と香油を受け取った俺は、しんみりした気分を、台無しにされた事に抗議する気にもなれず、レンの待つ寝室へと逃げ帰ったのだ。


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