獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

傭兵の回顧

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「この後はどうしますか?」

 レンに問われ、視察は最後まで行う事にした。

 貯蔵庫だけでなく地下牢の中にも、ヒラリー達が、城から運び出したものが詰め込まれている。

 何処からなにを運び出し、何が売られて行ったのか、それを確認するためにも、視察を途中で止める事は出来なかった。


 しかしあいつ等の所為で、どれだけの国宝級の物が、二束三文で売り飛ばされてしまったのだろうか。

 それも此れも、この城の管理を疎かにしていた俺の責任だ。

「でも、アレクから見れば、唯の廃墟だった訳でしょ?廃墟より生きた人間が暮らす場所に注力したいのは、人として当然だと思うけど」

 と番は優しく慰めてくれたが、それに甘えて、全てを無かった事とすることは、してなならないと思う。

 横領の首謀者3人を拘束した後、残った爺様達は即時謹慎を解き、自由の身とした。

 翌日、爺様達との話し合いの場を設けたのだが、リヒャルトとヤノスは魂が抜けたような状態で、こちらの話しをどこまで理解出来ているのかもよく分からなかった。

 自然ベイを中心に話が進んで行ったのだが、ベイから聞かされた話しに、俺は申し訳なさでいっぱいなった。

 爺様達が所属していた傭兵団は、元はとある貴族の私設騎士団だった。

 当主は温厚な人柄では有ったが、正義感の強い人だったのだそうだ。その中でリヒャルトは、当主の三男と番であることが分かり、婚姻式も間近に控えていたという。

 リヒャルトにとって人生で最も幸せな時期だったのだと、ベイは語った。

 しかしその幸せは長く続かなかった、当主の正義感の強さが災いし、ギデオンに目を付けられたのだ。

 危険を察知した当主は、家門の滅亡を覚悟し、仕えて居た者達を逃がす事を決意した。不穏な噂が流れる中、騎士団は領内の外れに現れた、魔物の討伐に向かわされることになった。だがリヒャルトは当主と番を案じ、最後まで城に残る、と言い続けたのだそうだ。

 しかし当主の意思は固く、また番からも民を助けて欲しい、自分達の婚姻式は、民の犠牲の上に在ってはいけないと諭され、後ろ髪を引かれる思いで、リヒャルトと騎士団は、城を後にした。

 しかし、騎士団が到着した村では、魔物の被害など起こって居なかった。

 当主一家が、彼等をギデオンの魔手から逃すため、一芝居打ったのだと気付いた時は、当主の家門は根絶やしにされた後だった。

 当主一家が惨殺された数日後。嘆き悲しみ、番の後を追おうとするリヒャルトの元へ、番からの手紙が届けられた。その手紙に何が記されていたのか、リヒャルトが語ることは無かったそうだ。

 その時からリヒャルトは、自ら命を断とうとする事は無くなったが、自身の安全を顧みる事もしなくなった。

 誰かを助けるためなら、自らの危険を顧みない。

 そんな、戦い方をするようになったのだそうだ。

 そして、辺境の地マイオールで、俺達は出逢った。

 伯父であるシルベスター侯爵から、傭兵団を紹介された当初、彼等は俺とウィリアムへ、憎しみのこもった目を向けていた。

 それも当然だ。

 俺達は彼等の主を死に追いやり、家門を滅亡させた、憎きギデオンの孫なのだ。

 しかし、まだ子供と言ってもいい年齢の俺とウィリアムが、辺境に追いやられ、皇都への帰還も許されず、騎士達と同じ様に飢餓に苦しみながら、魔物と戦い続ける姿に、彼等の考えも変わって行ったのだそうだ。

 そんな時、グリフォンの襲撃を受けた。

 死に際の傭兵の1人が、俺とウィリアムに残した言葉は、”生き残れ。帝国と民を救え” だった。

 それがあの傭兵団の、総意だったのかもしれない。

 そして、生き残ったリヒャルトは、”死ねなかった。生き残ってしまった” とベイに零したのだそうだ。

 片目を失い、傭兵として生きていく事が出来なくなったリヒャルトは、原因不明の傷みに悩まされる様になった。

 その痛みを抑える為、リヒャルトは魔物除けの香草を手放せなくなったのだという。しかし香草は、他の薬よりも痛みを抑える効果は薄く、ベイとヤノスは何度も、他の薬に替えるか治癒師に見て貰えと勧めていたそうだ。

「リヒャルトは、戦場を離れる事が耐えられなかったのだと思う。自分の死に場所は戦場だと思って居たのだろうな。だから戦場を思い出す香草を手放すことが出来ない。そしてリヒャルトが感じている痛みは、精神的なものなのだと思う」

 傷が癒えた後のベイとヤノスは、屋敷を離れるつもりだった。

 ベイの願いは、昼は街や村の子供達に剣を教え、夜は読書に勤しむ、そんな暮らしだったそうだ。

 ヤノスの方も、庭師だった父親の様に、草木の手入れをしていく事を考えていた。

 しかしリヒャルトは、この頃から俺に対し妙な執着を見せる様になっていた。それは色恋の類ではなく、俺を助けられるのは自分しかいない。と言う思い込みと、妄想の産物だった。

 辺境に居た時ならいざ知らず、国の中央に立つようになった俺に、リヒャルトの手は必要ないのだと、ベイとヤノスは何度も説得したのだが、リヒャルトの考えを覆すことが出来なかった。

 更に騎士時代から、怠け癖と素行の悪さを噂されていた、アドルフまでもが屋敷に残ると聞いた二人は、リヒャルトにとって、悪影響しか与えないであろうアドルフから、リヒャルトを護る為に屋敷に残る事にしたのだそうだ。

「結局、アドルフにはやられっぱなしで、薬を盛られたヤノスも段々おかしくなって行った。最終的には自分の身を護る事で精一杯だ」

「俺やイワンに、助けを求める気は無かったのか?」

「そうしようと思ったことは何度も有る。だけどな、俺は殿・・・閣下の邪魔をしたくなかった。皇帝となったウィリアム殿下、陛下を支え、汚れ仕事の全てを引き受けている姿には、頭が下がる思いだった。国が落ち着いてからも、魔物の討伐に国中を駆けまわっていることも誇らしかった。愛し子様と番となった事は心底嬉しかったよ。だから俺達の事なんかで、邪魔はしたくなかった」

「イワンへは?」

「考えた事はない」

 正規の騎士と傭兵。
 その垣根は越えられなかった、と言う事か。

「そうか・・・薬を盛られ始めたのはいつからだ?」

「5年ほど前。ヒラリーって侍従とアドルフが、懇意になった後辺りからだったと思う。リヒャルトとヤノスはもっと前だったかもしれない」

「薬を盛られて、お前は何故無事なんだ?」

「そんなに警戒しなくても、疚しい事なんてないぞ。俺の親父は薬師だった、それも薬の実験を、息子の俺でする様なヤバい奴でな。いつか親父に殺されると思った俺は、家から逃げ出して、騎士の養成所に転がり込んだんだ。だがな、小さい頃から新薬や毒薬の実験体にされて居た俺には、耐性が出来ていて、其処等の毒薬なら効かない体だ。グリフォンの毒から助かったのも、そのお陰だ」

「そういう事か」

「ヤノスとリヒャルトを助けてやりたがったが、薬が効いてない事がバレたら、何をされるか分からない。だから薬を使ったアドルフの洗脳に掛かった振りで、話しを合わせるしかなかったんだよ」

「そうだったのか」

「閣下が落ち込む必要はない。閣下が言ったように、俺達はただ飯喰らいの厄介者だ。アドルフが裏でコソコソやっている事に気付いていたが、止める事も出来なかったし。ローガンが皇都へ行った後、ヒラリーとユーヴェルが、前からいた使用人達に難癖をつけて辞めさせては、新しく来た使用人達に嘘八百を吹き込んでいるのも、眺めてただけだ。俺達は、閣下に寄生する害虫と同じなんだよ」

「俺は害虫とは思わんがな。ヤノスとリヒャルトがこんな状態なのは、薬が切れたからだろう。この二人はどこかの治療院へ預けようと思うが。お前はどうしたい?」

「そうだな。出来ればあの図書館の管理が出来れば嬉しいが、我儘を言う事も出来んだろう?二人が入れられる治療院の傍にでも、移り住むのが妥当だろうと思う。まあ閣下の好きにしてくれ」

 何処か悟ったように言うベイの顔は、これまで見た中で、一番晴れ晴れとしたものだった。
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