獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

羊はブタさん?

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「前に来た時より、村も畑も元気って言うか、生き生きしてるように見えるね」

「季節の所為もあるだろうが、今年は作物の生育も良いし、山おろしの被害も無い。何より瘴気で腐った水が、元に戻ったのが大きいのではないか?」

「2.3カ月前に臨時の診療所も、最後の患者さんが元気になってお家へ帰ったから、お役御免で閉じたのよね?」

「あぁ。新たな患者が出たとの報告も無い。魔晶石を使った水の浄化が上手く行ったようだ」

 レンは自分で浄化したがったが、全ての場所を一人で浄化して回る事など不可能。

 もし仮に可能だったとしても、そんな事を繰り返して居たら、いくらレンが神の加護を受けた身とは言え、命がいくつあっても足りなくなってしまう。

 愛し子は神に愛された存在だが、神から民を救えと命ぜられたわけではない。

 ”できれば、ヴィースから魔物を消して欲しい。それ以外は好きにして構わない”

 これまでレンは、使命とも呼べない神の願いと、その優しさだけで人々に尽くして来ただけなのだ。

 魔物を産みだす瘴気溜まりを浄化し、魔物による被害も激減した。

 創世の神もその身に受けた呪いを、レンの働きにより、全てではないが解呪に至ったと言う。

 ならば俺の番が、これ以上身を削るほどの献身をする必要はなく、招来の時に神が約した自由を、謳歌したとして何が悪い?

 俺の番甘やかし計画は、レンの勤勉さを前に巧く行かない事も多い。

 それでも日々機嫌よく楽しそうに過ごしている姿を見られることは、浄化により疲れ切り、青褪めた顔を見るよりも、何万倍も嬉しい事なのだ。

「ねぇねぇ。あんな所に水車なんてあったかしら?」

「ん? あれか? もともとあの場所には水車があったのだ。水が汚れてしまった時に、水車も朽ちたそうでな。建て直したばかりだと聞いている」

「へぇ~。知らなかった」

「この辺りは、ああいう川の段差のある所に、水車を作る事が多いのだ」

「なんで段差のある所に水車を作るの?」

「このクロムウェル領は、余り土地が肥えて居ない事もあって、耕作と酪農に従事する者が半々でな。中には兼業して居る者も居る。日々忙しく働いている彼等の利便の為に、水車小屋は欠かせない」

「どういう事?」

「小屋の中は水車を動力にした臼で、麦や豆を挽くのだ。あとは、川の淵は水が渦を巻くだろ?」

「うん」

「それを利用し、刈り取ったシーパスの毛を、淵に設置した大きな籠の中に入れ、汚れを洗い流したり、洗濯に利用したりするのだ」

「おお! 自然の洗濯機!! シーパスって、モッコモコに毛が生える家畜だったよね? 羊毛を川で洗うのと同じなのね」


「うむ。シーパスの毛は、主に絨毯を作るのに使われるのだが、マイオールではシーパスの毛皮で、防寒用の外套を作る事も多いな」

「ふーん。毛糸にしてセーターを編んだりはしないの?」

「せーたーと言うものが何かが分からんが、糸を編むのはレースくらいじゃないか?」

「なんと? こんな寒い地域で毛糸の編み物文化が無い?」

「わざわざ、編まずとも毛皮で充分なのではないか?」


「うーん。そうかもしれないけど。毛皮を取るって事は、シーパスを殺さなくちゃならないのでしょ? 刈り取った毛を使った毛糸なら、長くシーパスを飼えると思うのだけど」


「レンのいう事は一理あるが、シーパスは食用でもあるから、肉を食う為に屠殺したものの毛皮を利用するのは普通だろ?」

「食べるんだ。シーパスは美味しいの?」

「う~ん、どうかな。独特の臭いがあるから、好みが別れる食材だと思う」

「そこも羊と一緒かぁ。山羊とか羊も草だけを食べている割に、獣臭が強いのよね」

「シーパスの煮込みは、マイオールの郷土料理の一つなのだが、子供の頃はあの臭いが苦手だったな」

「臭いの強い食べ物が苦手って子は多いものね」

「俺もその一人だったな。俺が子供の頃、シーパスは放牧されていて、数も多かったのだ。だが魔物が出る様になってからは、魔物除けの柵で囲った牧場飼育をするようになり、シーパスの飼育数は減ったのだそうだ」

「そっか。たしかに牧場だと飼える頭数は制限が出来ちゃうか。また放牧が出来る様になるといいね」

「道を塞ぐシーパスの群れを、また見てみたい。あれは近くで見ると圧巻だぞ」

「うふふ、楽しみが増えたね。メェーメェー鳴きながら移動する所を早く見たいな」

 うん。

 楽しみが増えるのはいい事だ。

 その分幸せが増えるという事だからな。

 しかし、レンの思い込みは正してやらんといかんな。

「異界の ”ひつじ” という家畜はメェーメェーと可愛らしく鳴くのか?」

「うん? そうだけど?」

「異界とヴィースは似たような生き物や物が多いようだが、シーパスは少し違うようだ」

「じゃあ、シーパスはメェーメェー鳴かないの?」

「そうだ。シーパスの鳴き声は、メェーメェーではなく、ブーブーだな」

「ぶっブーブー? 豚さん?」

「ぶた? それも良く分からん」

「あ~え~っと。ジャイアントボアを小さくして、毛をなくした感じ?」

「う~ん。確かに顔はボアに近いが、毛が無いとなると想像できんな」

「あはは。だよね~」

「まあ、見て見れば分かる。視察の場所に牧場も入れる事にしよう」

「それ良いですね。モコモコの毛にも触ってみたいし」

「そうか」

 レンはでかい魔物に慣れているから、まあ、問題はないだろう。

 シーパスの毛に触りたいか・・・。 

 触れると良いな?



 そうこうする内に、母が残した城へ到着したのだが・・・。

「フェーンさんは、お城に来てって言ってたのよね?」

「うむ」

「前よりも、とっても綺麗になって居るけれど、誰もいないのかしら?」

 バイスバルトのような派手な出迎えを期待していた訳では無いが、流石に誰も出てこないと言うのは・・・。

 城の管理の為に、人は増やした。

 領内の警護と治安維持の為に、騎士も2個中隊から、1個大隊に増員済みだ。

 城の修繕も、騎士の宿舎や練武場を優先させたのだから、職務で城の外に出ている者が居るのは当然として。

 今頃なら、残った者達の訓練の声が聞こえて来るはずなのだが・・・。

 やけに静かだ。

 これではレンもブルーベルも、休ませてやれんではないか。

「どうする? 中に入っても良いのかな?」

「いいも何も」

 一応この城は俺の城だ。

 主の俺が、締め出される謂れはないよな?

「とにかく中に入ろう。ここで立っていても仕方がない」

「ベルちゃんは?」

「今は好きにさせておく。厩舎に連れて行くのは後でもいい」

「休ませてあげれなくてゴメンね。後でアイゲの実をあげるから、我慢してね?」

 背中から降りたレンに鼻面を撫でられたブルーベルは、盛大に鼻を鳴らし、不満を主張してきたが、直ぐに手近な木陰で伏せの姿勢を取ると、前足に乗せた頭を、フイッとあらぬ方向へ向けてしまった。

「ご機嫌斜めさんね」

「ブルーベルも、休みたかっただろうから仕方ない」

 不貞腐れたブルーベルを心配するレンを抱き上げ、城の玄関を押し開けた瞬間。

 パッ! パッ! パンッ! パパンッ!

「キャッ!!」

 魔法の攻撃か?!

 連続する破裂音に驚いたレンが、首に縋り付き。

 剣を引き抜いた俺は、レンを抱いたまま反射的に音の元へ駆け寄り、前蹴りを叩き込んだ。

 壁に吹き飛び、床に倒れた胸を足で踏みつけ、首筋に刃を押し付けると、毎日手入れを欠かさない愛刀に、引き攣った顔が映り込んだ。

「どういう了見だ?」

「かっ・・・閣下・・・ごっ誤解です」

 震え声を出す、雄の頬に汗が一筋。

「これは反逆か?」

 自分でも驚くほどの低い声が出た。

 これではまるで、地獄からの囁き声の様だ。

 いかんな。

 番を怖がらせてしまう。


 チラリと見下ろした番は、両目を大きく見開き、踏みつけにした者の顔をポカンと見つめていた。

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