獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

カエルと行水

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 side・アレク



「愛し子が雨に濡れてしまった。城に戻る前に着替えをさせたい、部屋を用意して貰えるか?」


「これは気が利かず申し訳ございません。直ぐに客間を用意させましょう」


 本当に気が利かない。

 高貴なものを迎えるなら、休憩用の部屋くらい用意するのが常識。

 いや。

 シーパス相手の牧場主に、分かる訳が無かった。

 先に指示を出さなかった俺が悪い。

「他にご入り用な物は御座いますか?」

「そうだな・・・暖炉に火を入れて、清拭用の湯の準備を。後の事はうちの侍従と俺で充分だ」

「は? あの失礼ですが、閣下がお世話をなさるので?」

 なんだよその顔は。
 お前も獣人なら分かるだろう?
 それとも俺が、番の世話も出来ない雄だとでも?

 心外だ。
 非常に心外だ。

「問題あるか?」

「そんな。滅相も御座いません」

「ならいい。よろしく頼む」

 部屋の準備の為下がって行く牧場の主が、 ”噂に聞いていた以上だ。やはり番の存在は偉大だな” とかなんとかブツブツ言っている。


 分かってないな。
 勿論番は、獣人にとって重要な存在だ。

 だが、レンだからこそ偉大になのであって、全ての番がそうとは限らない。

 レンの偉大さを、万民に知らしめる必要がありそうだ。

 ふむ。
 皇都の広場にある初代皇帝の銅像を鋳つぶして、代わりにレンの銅像を建てさせるか?

 アーノルドは神殿にアウラ神とクレイオスと一緒に、レンの彫像。(正確には愛し子の彫像だが、モデルはレンになるのだから、レンの彫像で構わないよな?)も建立すると言っていた。それに加えて、広場に銅像はやり過ぎか?

 その前に、レンの美しさを完全に再現できる者がいるだろうか?

 そう言えば、ディータにゼクトバでレンの姿絵が大人気だったと話したら。レンの姿絵は、3人の商会の売れ筋商品の、トップ3に入っていると言っていたな。

 レンは欲しがる人間がいるとは思っておらず、販売の許可を出した事も忘れていたが。商会の工房で描かれた姿絵は、本人と瓜二つだと評判で、特にテイモンが手掛けた作品は、驚くほどの高値で売れるのだとか?

 テイモンが描いた俺達の肖像画は、素晴らしかった。

 うう~~む。

 やはり神殿の彫像も、テイモンに任せた方が良いだろうか。

 しかし、テイモン一人で帝国中の神殿、全ての彫像を作るなど不可能だ。

 いや、だが、レンとは似ても似つかない彫像が置かれると言うのも・・・。

 俺としては許容できん。
 何かいい手立てはないものだろうか?

「・・・か・・・かっ・・・閣下!!」

「ん? あぁ、フルストか。なんだ?」

「閣下。ポイズントードが出ました」

「なに? 何処にだ?」

「ここと城を繋ぐ、街道の中間辺りです」

「数は?」

「100前後」

「多いな・・・何処に隠れて居た?」

「今年の夏は雨が少なく、森の土の中に隠れて居たのが。この大雨で、土の中から出て来たのではないかと」

「うん? 雨が少なかったのか? 川の水位は下がっていなかった様だが」

「前回の冬は、積雪量が半端なかったですから。ほら国境の山々の尾根のず~っと下まで雪が残っているでしょう? あれの雪解け水だけで、川の水量が変わらないんですよ」

「そうだったのか。ポイズントードが出た辺りは、いくつか沢があったな。湿り気の多い土に集まって来たのだろう」

「如何いたしますか?」

「ふむ・・・ポイズントードの100や200なら俺が出るまでもない・・・」

 あ・・・しまった。
 フロストの顔が強張っている。
 ここの騎士は、第2騎士団程の実力者ではなかった。

「・・・街道を封鎖しろ。この雨では通る者もいないだろうが、念ためだ」

「ハッ」

「護衛に着いて来ているのは何人だ?」

「自分を入れて15名です」

「よし。雨が上がり次第城へ戻る。雨が上がらず日が暮れたら、帰還は明日早朝。ポイズントードの討伐は、その途中で行う」

「討伐が遅れると、ポイズントードが拡散してしまいませんか?」

「その心配はない」

「何故です?」

「土の中に隠れて居たのなら、繁殖期も遅れている筈だ。ポイズントードは繁殖にラムートの実を必要としない。目の前に繁殖相手がうじゃうじゃ居るのに、逃げ出す奴がいるとは思えんな」

「納得です。応援を呼びますか?」

「100程度なら必要ない。だが後始末はさせる必要があるな」

「あいつ等の毒は、死んでも消えませんからね」

 そう。ポイズントードの毒は猛毒で、死んでも消えることはない。そして下手に体を傷つけると、その傷から毒が流れ出してしまい、周囲の草木を枯らしてしまう。

 しかし一定温度以上で加熱すると、毒の成分が分解され、無害となる。

 要は、炎で燃やしてしまえば良いだけなのだが、ここで問題になるのは、半端な火力では、ポイズントードの体表を覆っている粘液を破る事が出来ず、炎に包まれたポイズントードが暴れ回り、延焼の危険があると言う事だ。

 第2の騎士達の火力なら問題ないが、ここの騎士の実力では・・・。

 俺が一気に仕留めるのは構わないが、それだとフルストの顔を潰してしまう。何時までも伯父上の騎士団を頼みにする訳にもいかんし。後進の育成もせねばならん。

 さて、どうしたものか。
 こういう時は、レンの知恵を借りたい処だが・・・?

 そう言えばレンはどこへ行った?

 あっ・・・あんな所に。

 この雨でポーチに出たら、濡れてしまうではないか!

 ん?
 誰と話しているのだ?
 あれは・・・フェーンか?
 2人でいったい何を・・・?

 やけに親密そうじゃないか?
 クソッ!
 雨の音で、2人の声が良く聞こえない。


 嗚呼。
 駄目だ。
 こんな嫉妬に狂った顔で近づいたら、レンを怖がらせてしまう。

 だがそれでも、俺以外の雄と、俺が認めた雄以外と、親し気にしている処は見たくない。

「2人で何を話している?」


 うう、
 これでは不機嫌だと言っているのと、同じではないか!


「あっアレク!」


 君は・・・。
 こんな偏屈な俺を見ても、嬉し気に微笑んでくれるのか。

 あ~~もう!!
 どうしてくれよう!
 何でこんなに可愛いんだ?!


「部屋を用意して貰った、早く着替えないと風邪を引いてしまう」

「ん~~? クレイオス様は、病気にならないって言ってたけど?」

「だが君は、何度も倒れただろ? クレイオスのいう事は当てにならん」

「それを言われちゃうと、何も言い返せないな」

「まったく。何故雨が降る込んでくる、ポーチなんかで話し込んでいたんだ?」

「ん~、成り行きかな? それにフェーンさんはアレク達が思って居る程、メンタルが強くもないし、結構打たれ弱い人みたいね」

「あのフェーンが、か?」

「あのフェーンさんが、よ?」

「ふん・・・取り敢えず着替えが先だ。風呂には浸かれないが、清拭用の湯は用意させた。雨に濡れた所為で手も冷たい。暖炉に火を入れさせたから、しっかり温まるんだ」

「ほんと過保護」

 過保護でもいいじゃないか。
 この世界で君より大切なものなんて、ないのだから。

 牧場主が用意してくれた部屋には、暖炉の前に湯船とは言えないが、たっぷりの湯が入れられた、盥が準備されていた。

 これは、ローガンかセルジュが無理を言ったな。

「盥だ。これなら行水出来るわ。アレクもお湯を使って、早く着替えてね?」

「俺はいい」

「なんで? アレクも濡れてるのに」

 なんでって、ローガン達が俺の着替えまで用意すると思うか?それに、魔法で乾かしてしまえば良いだけだしな。

「あっ! 魔法で乾かしたの? 私もそれでいいのに」

「ローガンとセルジュの努力は?」

「そうでした・・って自分で脱げますよ?」

「そうか? 腰紐が濡れているぞ? 解きにくいだろ?」

「あ・・・お願いします」

 そんなに警戒しなくても、他人の家で悪戯するつもりはないのだが?

 背中に張り付くほど濡れてしまった衣を手早く脱がせ、盥に張った湯に浸かると、レンはホッとした様に溜息を吐いた。

 やはり体が冷えてしまっていたようだ。

 濡れた髪を解き、手桶で肩から湯をかけてやると、張りのある艶やかな肌が湯を弾き、まるで肌の上を、真珠が転がり落ちていくようだ。

 前言撤回。
 悪戯心に火がついてしまった。


 無だ。
 今、俺の心は無の境地。
 俺は今悟りの境地に居るのだ。

 ここで手を出して悪戯などしたら、レンに何と思われるか。

 でも、ちょっとくらいなら・・・。
 ほんのちょっと、胸を・・・。


「こら! ダメですよ」

「あ・・・はい」

 やっぱり叱られてしまった。
 大人しくしとけば良かった。



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