敗残王と亡国姫、冒険者として再起す  ~王女も聖女も皇女も魔女も、巫女も受付嬢も獣人もエルフも、いい女はぜーんぶ俺のもの!~

春風トンブクトゥ

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第三十二話 新米魔法使いと散歩

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 ときに獣道を、ときに藪の中を、小川のほとりを、崖を下から見上げて首を横に振ったりしながら正午ごろまで俺達は散策を続けた。

「モンスター、出ないね」

 少し残念そうにミーティアが言った。

「そのほうが良い事だがな」

 村のこんな近くでモンスターがうじゃうじゃ出るようだと、本格的にあの開拓村は終わりだろう。

「あ、あそこ。オークの木に出来たコブ」

 一端の冒険者らしく、無防備に歩いているようでもさり気なく周囲を見渡しながら、ミーティアはコブに近づき、ヴァリリア産のナイフで削り出した。

「村からそう離れてないところでも、探せば色々あるもんだな」

「ん、うん。それはですね」

 咳払いをしてミーティアがこちらを振り返る。

「第十三開拓村が実質的に開拓を放棄されていて人の流動が少なく、よって村の周りの自然が手つかずで残っているから、なんですねー。例えばスチャの街くらい大きなところだと、周囲の森も林業だったりで整備されてるから、自然のサイクルで生み出される触媒や薬の原料がなかなか見つからなかったりするんですよ」

 なるほど。お勉強の方は順調なようだ。
 彼女の話を聞き流していたからだろうか。俺の鼻が違和感を捉えた。

「ニオイがする」

「え?」

 わずかなニオイ。第十三開拓村のバラックで嗅いだ据えたニオイに近い。

 動物の死骸……の可能性が高そうだが、俺の直感は警戒のサインを出していた。
 鼻を頼りにニオイのもとへ近づいていく。俺達が探索していた場所からは徐々に離れていく。

「本当だ、確かに臭い」

 森の中の、ちょっとした丘のような場所だった。そこまで近づくと、ニオイはもはや痛烈な悪臭だった。大きな生き物の死体が発酵したニオイ、嘔吐したときの胃液のニオイ、糞尿のニオイも嗅ぎ取れる。

 自然と音を出さないようゆっくりと丘を上り、反対側を見た。
 最初その黒、白、茶色の物体がなにかは分からなかった。
 だがすぐに分かった。

 骨だ。
 大小様々、新旧様々なモンスター、動物の骨。そして確認できるだけでも四つの人骨が含まれる小山が出来ていた。

 隣でミーティアが必死に吐き気をこらえている。

 分かったことがいくつかある。
 肉食の何かがここを寝屋にしている。

 獣道の大きさと木の皮のこすれ具合から、その何かは非常に大きい。
 そして、幸いなことに今は留守であるようだ。

 俺達は登ったときの倍の注意を払って音を出さないように丘を降りた。
 そしてピリピリと周囲を観察しながら無言で、そして急いで森を抜けて細い街道に出た。

 歩いているうちに、ふとミーティアがクスクス笑いをした。それは俺にも移り、最後には二人で大笑いをしながら村の門にたどり着いた。

 俺達は今までミーティアの兄が差し向けた刺客を退けた。ダイアウルフの群れも概ね簡単に捌いたし、リゼの力を借りたがジェネラルオークすら討伐した。
 結局のところ冒険者にとって大事なのは情報だ。情報が不足しているから過剰に怖がったり、逆に過小に評価して痛い目を見たりする。

 そんなわけでこの村でそう言った情報に一番詳しいであろう、魔女アカリのもとに直行した。


「というものを見たんですよ、先生」

 ミーティアが荒い大判の紙に村とモンスターの寝屋の位置関係、見かけた骨の山のスケッチを描いた。

「あのチンピラたちの言ってた人が消える事件ってのも、犯人はこいつなんじゃないかと思う」

 いつもの白いカットシャツを着たアカリはミーティアと俺の話を真剣な顔で聞き、スケッチを無言で見つめた。唇をキュッと結び、美しい眉をひそめて彼女は目を閉じて何やら思案していたが、やがて顔を上げて俺達を見た。

「まず、わたしがここに越してから二十年、これに該当するようなモンスターはこの地域では見たこともないし、噂で聞いたこともない」

 細い指をトンと骨山の絵の上に乗せる。

「魔女としての知識で言うなら、こういう生態のモンスターは何種類か心当たりがある。どれも……とても厄介だ。明日は月に一度の市が立つ日で忙しくなるだろうから、それが終わったらこの村の顔役、と言えるような人間たちに相談してみよう。ひょっとしたら討伐依頼を出す必要があるかもしれない」

 有識者の意見を聞いたことでその場は一応終わった。
 だが、正体不明であることに変わりはない。ミーティアは午後の訓練で失敗を繰り返し、拾い集めた素材の大半を無駄にしてしまった。

 夜、魔力を使い果たしたミーティアは早々に部屋に帰っていった。
 テーブルに掛けた俺は、アリアが出した酒精の強い酒をチビリと口に含んだ。アカリがいつもの席に座る。

「冒険者のサガかい。正体不明のモンスターに過敏に反応するのは」

「嫌な予感ってやつだ。俺もあいつも、あの森にいる時『こいつはやばい』って確かに感じた。まあ森を出てからはそんな空気もなくなったが」

 アカリがまつげの長い目で俺の顔を見る。

「……君たちはいつまでこの村にいるつもりだ?」

「そうだな、ミーティアの魔法の訓練が一区切り着いたらと思っていたが……どうやら魔法ってやつは区切りとかないようだからなあ。明後日の調査とやらに同行して、それを区切りにするつもりだ」

「そうか。じゃあ今のうちに言っておこう。君の血についてだ。確認だが、三百年前、君が英雄だったときは性交合一なんて力は持っていなかったんだな」

「ああ。女王も王妃も姫も抱き放題だったあの頃そんな力があれば、無名誉戦争は違う終わり方をしていただろうよ」

 グラスを煽ると胸の奥がカッと焼けるような感覚がした。

「ブレイブハート、その左手の光子が顕著だが、君の体にはある種の魔術式が書き込まれていて、それが性体合一なんて馬鹿げた能力をもたらしている」

「ってことは、俺が復活するときに描いた魔法陣にそれだけの力があったってわけか。どうりで複雑な模様だと思ったぞ」

 魔女はため息をついて空になった自身のグラスを指で弾いた。

「逆だよ。魔女でも魔法使いでもない君程度が使える魔法陣に、これだけ複雑な意味を持たせられる。その事実にはわたしはショックを受けているんだ。嫉妬してしまうが、君に魔法陣を教えたあの女は、やはり天才だよ」

 そこでアカリは口をつぐんだ。

 俺も彼女も同じ人間の顔を思い浮かべているだろう。悪魔のような、あるいは悪魔そのものの女の顔を。

「……難しい話はそれで終わりか? ところで、俺はこの村に来てから気になってることがあってな。カリスマ性のある女が性交合一の対象なら、村中から恐れられてる女はどうなのかってな」

 ショートヘアの美女は流し目で俺を見た。口元に微笑を浮かべている。
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