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第五十六話 喪失花
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「さてと、ミーティア。貴様はロイド商会とやらに行って旅の準備をしておけ。俺はリンちゃんとセ……話をするからな」
階段を下りながらそういうと、ミーティアがじとーっとした目で見てきた。
「ふーん。それなら携行食はジャンの嫌いな野菜ばっかりにしちゃおうかな」
「ぬ……ぐ……」
受付に座るリンと階段で立ち止まるミーティアを交互に見る。
「……気が変わった。やはり一緒に行ってやろう」
「やった。買い物終わったらカフェでアップルパイ食べよ」
「そこもツケになるのかね」
物資を買い込みアップルパイとついでに昼食をとった俺たちは、その足でツェリの街を出ることにした。
なるべく周囲の人々に印象を残さないよう、誰にも挨拶しない寂しい出立となる。
「いい街だったね。人が温かくて活気があって」
馬に乗って街道を行きながらミーティアがツェリを振り返る。
「そうだな。美人も多かったし。だが、天使教団とやらの件がなかったにせよ、世界中のいい女を抱くという俺の野望のためにはそろそろ出る時期だったのだろう」
「現役の姫様抱いたら本当に死刑になるかもだけど、そうだね。もしもアルダン王国が後ろ盾になってくれるなら、エレンディア再建の大きな足がかかりになるかもしれないし、一丁がんばりますか」
アルダン王国までは四日間の旅路だったが、道中襲撃もなくモンスターに悩まされる村人もおらず、穏やかな時間だった。
ミーティアとカジリガラスの悪魔リゾットの説明によると、アルダン王国は温暖な気候で穀倉地が多いことで知られており、小麦などの一大生産地だそうだ。確かに一面の小麦畑とオリーブの木が街道沿いにずっと並んでいる。
アルダン王国に入って最初の街ソラは国境沿いの街らしく強固な壁と厳重な関所となっていたが、ミロの書類のおかげでなんのトラブルもなく入ることができた。
宿屋に馬を預けると、街を少し散策して広場のベンチに腰を下ろした。
「……なんか、ここまで何にもないとかえって退屈だな。エレンディアの追手の連中でも来てくれてよかったのに」
「なに縁起でもないこと言ってんの」
「移動ばかりで飽きたしな。剣を振るったり暴力振るったりしたいぜ」
「こんなやつが元王様だったって、昔のうちの国は大丈夫だったのかしら」
「例えばほら、あいつらにちょっかいかけるとか」
広場の反対側では若い女が木箱の上に乗って演説をしていた。王国の腐敗やら貧困層の悲鳴に声を貸せなどとアジテーションをしている。そこそこ可愛い子だったためか、足を止めて話に耳を傾けている聴衆が数人いた。
「ほっときなよ、どうせそのうち憲兵が来て追い払われるでしょ」
「うるさいなあ、放っておいてよ!」
演説をかき消すような大声が俺たちの真後ろから聞こえた。
女が二人。一人は石段に腰を掛け、もう一人はその前にひざまずいている。
「ねえ怒らないで、ちゃんと聞いて。その花は絶対危ないわ。前会った時よりもやつれてるし、目のクマもひどくなってるよ」
「臨時パーティーで一緒だっただけのあんたには関係ないでしょ。あたしにはもうこれさえあればいいの!」
相手を落ち着かせようとしている方の声と話し方に聞き覚えがあった。それにあの古風な帽子と群青色のマントは……。
「リゼ?」
「え? ってあら、ジャンとミーティアちゃん。こんなところで会うなんて……でもごめんね、今ちょっと立て込んでて」
石段に座っている方はよく見れば以前酒場でレクトと一緒にいた弓使いだった。彼女は両手で淡い紫色の切り花を握りしめている。
リゼが向き直る間に彼女はその花を顔に近づけ、大きく息を吸った。
途端に弓使いの目がとろんとしたものに変わる。
「メリー! だからそれ使っちゃダメだって……」
「ああ、レクト。あたしのレクト。一緒に村を出て、ずっと二人でやってきたのに、どうしてあんな芋娘なんかに……。でもいいの。今だけはあたしを見ててくれるから……」
「なんだありゃ、麻薬か?」
立ち上がってリゼの背後に立った俺の質問にミーティアが首をひねる。
「そうっぽいけど、先生の図鑑では見たことないな」
彼女の胸元のカラスのブローチが黒い羽根をはばたかせた。
「ウケケ、俺ちゃんは知ってるぜ。知りたいか? 知りたいか?」
「いいからさっさと話して。おやつのチーズあげないよ」
「分ったよぉ」
第七十一位階の悪魔リゾットはすっかりミーティアに飼いならされていた。
「あれは喪失花。暗黒大陸の一部で咲いてる花だな。魔物にとっちゃ食べると酩酊感を味わわせてくれるだけだが、人間種が使うと御覧の通り。多幸感とともに自分の一番良かった記憶を何度も味わわせてくれる楽しい花だ。ただしちょっと副作用があって、使うのをやめるとその記憶がどんどん薄れてしまう。だから一度味わったやつは怖くてやめられなくなるのさ。ケケ」
「丁寧な説明ご苦労様」
ミーティアはそういうとポケットからチーズのかけらを取り出してカラスに与えた。
リゼはまだ必死に弓使い、メリーに喪失花の使用をやめるよう説得している。
ふと広場や町の通りを見渡すと、三人、四人と同じように座り込んで花を吸っている人間が目についた。
「流行ってんだな」
俺がそう言った時、男がメリーのすぐ隣で足を止めた。
「おう魔法使いのねーちゃん、そこの女に用があってな。悪いがどっか行ってくんねーか」
いかにもガラの悪い物言いをしたのは熊の獣人だ。身長は二メートル近くあるだろうか。その隣には犬狼族の獣人。こちらも背が高い。どちらもおよそカタギには見えない格好をしていた。
「何?」
リゼが目を細めて立ち上がった。
獣人二人の後ろから彼らの腰ほどの身長しかないハーフリングが歩み出た。
階段を下りながらそういうと、ミーティアがじとーっとした目で見てきた。
「ふーん。それなら携行食はジャンの嫌いな野菜ばっかりにしちゃおうかな」
「ぬ……ぐ……」
受付に座るリンと階段で立ち止まるミーティアを交互に見る。
「……気が変わった。やはり一緒に行ってやろう」
「やった。買い物終わったらカフェでアップルパイ食べよ」
「そこもツケになるのかね」
物資を買い込みアップルパイとついでに昼食をとった俺たちは、その足でツェリの街を出ることにした。
なるべく周囲の人々に印象を残さないよう、誰にも挨拶しない寂しい出立となる。
「いい街だったね。人が温かくて活気があって」
馬に乗って街道を行きながらミーティアがツェリを振り返る。
「そうだな。美人も多かったし。だが、天使教団とやらの件がなかったにせよ、世界中のいい女を抱くという俺の野望のためにはそろそろ出る時期だったのだろう」
「現役の姫様抱いたら本当に死刑になるかもだけど、そうだね。もしもアルダン王国が後ろ盾になってくれるなら、エレンディア再建の大きな足がかかりになるかもしれないし、一丁がんばりますか」
アルダン王国までは四日間の旅路だったが、道中襲撃もなくモンスターに悩まされる村人もおらず、穏やかな時間だった。
ミーティアとカジリガラスの悪魔リゾットの説明によると、アルダン王国は温暖な気候で穀倉地が多いことで知られており、小麦などの一大生産地だそうだ。確かに一面の小麦畑とオリーブの木が街道沿いにずっと並んでいる。
アルダン王国に入って最初の街ソラは国境沿いの街らしく強固な壁と厳重な関所となっていたが、ミロの書類のおかげでなんのトラブルもなく入ることができた。
宿屋に馬を預けると、街を少し散策して広場のベンチに腰を下ろした。
「……なんか、ここまで何にもないとかえって退屈だな。エレンディアの追手の連中でも来てくれてよかったのに」
「なに縁起でもないこと言ってんの」
「移動ばかりで飽きたしな。剣を振るったり暴力振るったりしたいぜ」
「こんなやつが元王様だったって、昔のうちの国は大丈夫だったのかしら」
「例えばほら、あいつらにちょっかいかけるとか」
広場の反対側では若い女が木箱の上に乗って演説をしていた。王国の腐敗やら貧困層の悲鳴に声を貸せなどとアジテーションをしている。そこそこ可愛い子だったためか、足を止めて話に耳を傾けている聴衆が数人いた。
「ほっときなよ、どうせそのうち憲兵が来て追い払われるでしょ」
「うるさいなあ、放っておいてよ!」
演説をかき消すような大声が俺たちの真後ろから聞こえた。
女が二人。一人は石段に腰を掛け、もう一人はその前にひざまずいている。
「ねえ怒らないで、ちゃんと聞いて。その花は絶対危ないわ。前会った時よりもやつれてるし、目のクマもひどくなってるよ」
「臨時パーティーで一緒だっただけのあんたには関係ないでしょ。あたしにはもうこれさえあればいいの!」
相手を落ち着かせようとしている方の声と話し方に聞き覚えがあった。それにあの古風な帽子と群青色のマントは……。
「リゼ?」
「え? ってあら、ジャンとミーティアちゃん。こんなところで会うなんて……でもごめんね、今ちょっと立て込んでて」
石段に座っている方はよく見れば以前酒場でレクトと一緒にいた弓使いだった。彼女は両手で淡い紫色の切り花を握りしめている。
リゼが向き直る間に彼女はその花を顔に近づけ、大きく息を吸った。
途端に弓使いの目がとろんとしたものに変わる。
「メリー! だからそれ使っちゃダメだって……」
「ああ、レクト。あたしのレクト。一緒に村を出て、ずっと二人でやってきたのに、どうしてあんな芋娘なんかに……。でもいいの。今だけはあたしを見ててくれるから……」
「なんだありゃ、麻薬か?」
立ち上がってリゼの背後に立った俺の質問にミーティアが首をひねる。
「そうっぽいけど、先生の図鑑では見たことないな」
彼女の胸元のカラスのブローチが黒い羽根をはばたかせた。
「ウケケ、俺ちゃんは知ってるぜ。知りたいか? 知りたいか?」
「いいからさっさと話して。おやつのチーズあげないよ」
「分ったよぉ」
第七十一位階の悪魔リゾットはすっかりミーティアに飼いならされていた。
「あれは喪失花。暗黒大陸の一部で咲いてる花だな。魔物にとっちゃ食べると酩酊感を味わわせてくれるだけだが、人間種が使うと御覧の通り。多幸感とともに自分の一番良かった記憶を何度も味わわせてくれる楽しい花だ。ただしちょっと副作用があって、使うのをやめるとその記憶がどんどん薄れてしまう。だから一度味わったやつは怖くてやめられなくなるのさ。ケケ」
「丁寧な説明ご苦労様」
ミーティアはそういうとポケットからチーズのかけらを取り出してカラスに与えた。
リゼはまだ必死に弓使い、メリーに喪失花の使用をやめるよう説得している。
ふと広場や町の通りを見渡すと、三人、四人と同じように座り込んで花を吸っている人間が目についた。
「流行ってんだな」
俺がそう言った時、男がメリーのすぐ隣で足を止めた。
「おう魔法使いのねーちゃん、そこの女に用があってな。悪いがどっか行ってくんねーか」
いかにもガラの悪い物言いをしたのは熊の獣人だ。身長は二メートル近くあるだろうか。その隣には犬狼族の獣人。こちらも背が高い。どちらもおよそカタギには見えない格好をしていた。
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