私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第1章 私はただ平穏に暮らしたいだけなのに!

13 間違い

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 それは私が6歳の時のことだった。

 当時の村長の1一人娘で真っ赤な髪のちょっとふくよかな体型で勝気なヘルマという10歳の女の子がいた。

 この村周辺の地域では美人の条件として赤毛が挙げられる。この地域の住民の多くは赤茶色の髪で黄土色の瞳をしている。多くの人は茶色が強く出ているが、稀に赤色が強く出た赤色の髪の子が生まれる。
 赤色の髪の子は周囲から生まれつき美人として扱われる。顔の美醜よりも髪の色が美人の基準としてこの地域では重視されている。

 地球では美醜の基準は場所や時代で変わっていた。目が一重が美人の時代も二重が美人の時代もあり、ふくよかな体型が美人の時代もスリムな体型が美人の時代もあり、金髪が美人の場所も黒髪が美人の場所もある。

 この村周辺地域では赤毛が美人の条件だ。そういう場所と時代であり、それは仕方のないことだ。
 黒髪の私は美人からは程遠く、赤茶の髪の村人達からは少し浮いた存在だった。顔の造形は将来美人になると期待できるくらいには整っていると自分では思っていたが、異質な黒い髪と紺碧の瞳で美人とか可愛いとか言われたことは村では一度も記憶にない。
 特にモテたいという願望は無かったし、私自身は自分の髪色も瞳の色も顔も気に入っていたので何も問題は無かった。

 ヘルマは美人で村長の一人娘ということで周囲の親や村人から甘やかされて育てられていた。
 そんな中で孤児院に新しい女の子が増えた。その子は近くの村の子で、両親を病気で相次いで亡くしたため孤児院に預けられることになった。10歳で真っ赤な夕焼け色の綺麗な髪に大人しい顔立ちのライラという女の子だった。

 ヘルマとライラが並ぶとライラの髪のほうが赤が強く出ていた。ライラと比べるとヘルマの髪は赤というよりもオレンジ色に見えた。村一番の美人という肩書を奪われたヘルマがライラを目の敵にして、ライラをいじめるのは当然の成り行きだった。

 ライラは物静かで大人びた子で、感情を表に出すことをほとんどしない。両親が亡くなって不安で心細くて寂しいだろうに、そのような弱さを周囲に見せない強い子だ。最初は笑うことも怒ることも泣くこともほとんどしないライラが赤髪で美人だということでお高くとまっているのかと周囲に誤解されたが、ちょっと恥ずかしがり屋で不器用なだけで、本当はいろいろと気が利く優しい子であることはすぐに孤児院の子たちに理解された。ほどなくライラは孤児院に馴染んでいった。

 ライラは私の前世の彼女に似ていた。姿形は全く似ていが、物静かで年の割に大人びている雰囲気が似ていた。それだけでなく、ライラの強さが一番私の中で彼女を彷彿とさせた。
 両親を亡くして心細いのに決して弱さを見せないライラの強さは、病でどんなに辛くても決して弱音を吐いたりしない彼女の強さと重なった。
 私にはない強さを持ったライラに憧れて、私はライラになついた。
 
 ライラが孤児院に預けられてから数か月後には、ライラは私を妹のように可愛がり、私はライラを実の姉のように慕うようになっていた。

 そんなある日、私はヘルマとその取り巻きの村の子供達に取り囲まれているライラを見つけた。ライラの周囲の地面が真っ赤な色をしていた。
 誰か怪我をしているのかと慌てて近づいてみると、その地面の赤い色は血ではなく、ライラの髪の毛だった。

 ライラの髪は村の子に切られて無残な状態になっていた。
 ライラは声を出さずに泣いていた。
 そのライラを見て、ヘルマとその取り巻きは笑っていた。

 ライラの涙を見た瞬間、私の目の前が真っ赤に染まり、頭に血が上った。
 私は暴走した。正確には私の知識が暴走した。6歳児ではあり得ないほどの語彙力と表現力で言葉を駆使して完膚なきまでにライラをいじめていた主犯のヘルマを負かしてしまった。
 私の精神年齢とは釣り合わない私の前世の彼女の20年ほどの記憶という名の膨大な知識。普段はその知識を人前で披露しないように気を付けていたが、怒りで我を忘れた私はその知識を使うことに一切の抵抗を覚えなかった。

 優越感と全能感に浸って、相手を言葉で徹底的にいたぶった。自分に酔っていた。

 勝手に口が動いて自分の知らない言葉が出てくる。今まで一度も使ったことのない言い回しや皮肉が口から飛び出していく。そのたびに相手が傷つき弱っていく。相手が言い返して来たら、倍にして返す。

 多勢に無勢なので、主犯のヘルマに狙いを定め、言葉でヘルマを馬鹿にして、彼女の性格、人格、容姿の全てを侮辱して否定し尽した。
 ヘルマは孤児院の人間は何を言ってもやっても何もやり返してこないものだと思っていたから、私の反撃に驚いて、口をパクパクさせるだけで碌に言い返すこともできなかった。下手な言い返しには倍にして返した。
 ヘルマの取り巻きも、6歳の私が流暢に小難しい言葉を言い出したことに驚いて止めることもせずに呆然と眺めているだけだった。

 とうとうヘルマが泣き出した。
 私は勝ったという優越感と悪者をやっつけたという達成感に満たされながら、ライラの手を取って孤児院へ帰った。

 孤児院に着く頃にはライラは泣き止んでいた。ライラは孤児院に着くと私から逃れるかのように私の手を振り払い孤児院の中へ入っていく。私の手を振り払ったとき、泣いて赤くなったライラの目が得体のしれない不気味なものを見るかのように私を見ていた。
 
 ライラの無残な髪のことはすぐに孤児院中に知れ渡り、大騒ぎになった。
 ライラはヘルマとその取り巻き達にされたことをシスターに報告したが、私がやったことは何一つ言わなかった。私も何も言わなかった。

 私はライラに拒絶されたことに衝撃を受け、不満を抱いていた。
 自分はライラを助けただけなのになぜあんな目で見られなくてはならないのか。私は正しいことをしただけだ。ヘルマの行いに正義も情状酌量の余地も無い。ヘルマは自分よりも弱い物をいじめて喜ぶ卑劣な人間だ。ヘルマは悪だ。
 私はその悪人を成敗して懲らしめてライラを救っただけ。なぜライラは私に感謝しないのだろうか。なぜライラは自分を苦しめた人間がやっつけられたことを喜ばないのか。
 
 このときの私は完全におかしかった。
 それまで仲良くしていた年下の女の子がいきなり別人のように豹変して、他人を攻撃したなら、不気味に思えて当たり前だ。
 そんなことに思い至らないほどに私は自分に酔って、意識があり得ないほどに高揚して、危険でおかしい変な人間になっていた。

 それからすぐに、孤児院長がライラのことを村側に抗議に行く前に、村長が孤児院に怒鳴り込んで来て、私がやったことが孤児院にばれた。
 私は当時の孤児院長から一方的に叱られた。 孤児院のルールである、村人と諍いを起こさないことを破ったからと、罰として夕食抜きにされた。

 私はその決定に反発していた。ヘルマが悪いのになぜ私が罰を受けないといけないのか。ライラを泣かせたから反撃しただけ。自分は何も悪くないのに。

 孤児院のルールを破ったことも、村長の一人娘を泣かせたことも、何一つ反省していない私にシスターマリナは自分が傷つけられたかのような悲しい顔で、怒るのではなく、静かな声で懇々と私を諭した。

 相手が間違っているからといって、相手を傷つけて良い理由にはならない。
 相手を傷つけたなら、あなたの行いも相手と同じように間違っている。
 誰かを傷つけて良い理由なんてどこにもない。傷つけることに正当性などない。正義などない。
 どんな理由があっても相手を傷つけるという行為は悪でしかない。

 「相手に傷つけられても、何もせずに耐えることだけしかしてはいけないの?反撃してはいけないの?私が間違っているというなら、何が正しいの?私はどうすればよかったの?」
 シスターマリナの言葉に納得できない私は激しく反発して反抗的に問い詰めた。
 そんな生意気な私にシスターマリナは怒りもあきれもせずに根気強く言葉を尽くして説明してくれる。

 「戦いなさい。傷つけようとする相手に屈するのでも、耐えるのでも、同じように相手を傷つけるのでもなく、相手と向き合って対等な立場で戦いなさい」

 相手に屈したくない、負けたくないと、相手に抗おうとしたり、相手と戦おうとするのは間違いではない。
 でも、相手を傷つけることを目的にして相手を攻撃することは間違っている。
相手を傷つけた理由として相手の非を挙げて、自分の正当性を主張するのはずるくて卑怯だ。
 相手の非を責める為に同じことをするなら、それは相手となんら変わりの無い行動だ。
 それを相手が悪いから自分は悪くない。相手が間違っているから自分は正しいと主張するのはおかしい。
 相手の行いはあなたの行いを正当化する根拠とならない。
 相手が間違っていることはあなたの行動が正義だという証明にはならない。
 自分の行いが正しいか間違っているかは、その行いだけで判断するもの。

 自分の行動に責任を持って行動するべき。自分の行動を他人のせいにして逃げるのは卑怯で汚い。

 「あなたはヘルマが悪いからしたことだと、自分の行動を彼女のせいにしているわね。あなたがしたことは、ライラを傷つけた彼女が憎くて許せないから、彼女を傷つけたくて傷つけただけ。あなたは自分が選んでしたことの責任から逃げてはいけません。今のあなたは卑怯で醜い」

 シスターマリナにそこまで言われてやっと私は自分がやったことの意味を理解した。私は恥ずかしさで顔が真っ赤になった。逆に頭は冷えてずっと昂っていた感情が落ち着いた。
 シスターマリナに言われたことは図星で、正しかった。間違っているのは私だった。



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