私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第3章 私はただ静かに研究したいだけなのに!

10 職分②

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 学園長の懇切丁寧な説明のおかげで自分が何をやらかしてしまったかを完全に理解した。
 きっと私の顔は血の気が引いて真っ青か真っ白な顔色になっているだろう。
 背中に脂汗か冷や汗か分からないが、嫌な汗をかいているのを感じることはできる。
 私は膝に置いている手が震えてしまうことはなんとか気力で抑え込んだ。
 ティーカップを持っていればカタカタと震えていたであろうから、やはり話の前にティーカップを戻しておいて本当に良かった。

 当然のことだが、就いている職業によって職務の内容は異なってくる。

 メイドの仕事は主人の生活の世話をすること。日常生活全般を支える。衣食住を管理する。服の洗濯やアイロン、食事の支度と片付け、部屋の清掃、整理整頓。とても大切な仕事をしてもらっている。決してメイドの仕事を軽んじているわけではない。

 でも、理術師の研究の手伝いはメイドの仕事ではない。
 それは助手の仕事だ。助手は講師、認定師の仕事の手伝いをする。弟子とは違い、給料を支払って雇い、実務の補佐をするのが助手。

 どんなおかしな事でも助手とやっているならば他人からは何か分からないけれど研究をしているいのだと見なしてもらえる。
 しかし、メイドと変なことをやっていたら、それは遊んでいるか、巫山戯ているか、狂っていると思われてしまう。
 どんなに私が「これは研究です。実験をしているだけです」と主張しても、相手が助手ではなくメイドというだけで受け入れてはもらえない。納得してもらうことは難しい。

 私自身がそうだった。

 先ほどの学園長の言葉で、「メイドと街に装飾品を買いに出掛けた」と言われて動揺してしまった。

 「メイドと街に装飾品を買いに出掛けた」と「助手と街に装飾品を買いに出掛けた」では受け取る印象が全く異なる。
 メイドを伴って装飾品を買っているなら、実情はどうであれ、外からは私的にショッピングを楽しんでいるようにしか見えない。
 それがメイドではなくて助手ならば、全く同じことをしていても、研究の為にしていると主張することができるし、他人も事実を事実として納得して受け入れる事ができる。
 それは職業によって予め決められた職分が明確に厳格に存在し、人々はその職分に沿った印象を自然と抱いてしまうからだ。

 メイドでも出来る仕事だとメイドの職分を超えて助手の仕事をやらせることは助手の仕事を軽んずることになる。
 私にそんなつもりが無くても、周囲にはそのように受け止められてしまう。

 その人に職分を超えて仕事をさせることは、それぞれの職分を曖昧にしてしまう。

 下手なことをしてしまうと、助手という立場が軽んじられてしまい、助手と何かをしていても遊んでいると見なされて、実験をしていると受け止められなくなってしまう危険性がある。

 職業による明確な職分を定めることは決して不合理なことでも、非効率なことでもない。
 いろいろな決まりや風紀や人や立場を守るために必要なことだ。

 だから、雇い主は相手の職分を理解して、その職分の中で仕事を任せなくてはならない。それは雇用主の義務だ。
 研究室内で他人から見られることがなくて干渉されない場所ならともかく、少なくとも公の場所ではその職業の職分を超えることをさせるべきでは無い。

 私はライラを守るために、ライラにメイドの職分を超えた仕事をさせてはならない。
 仕事量の問題や難易度の問題や効率の問題ではない。

 雇用主として従業員を守らなければならないという責任の問題だ。



 私は今現在、他人から「メイドと研究室に閉じこもり、研究費で贅沢三昧して、碌に研究もしないで他人の研究に敬意を払わずに見下して馬鹿にしている認定理術師失格の小娘」と見なされている、または、見なされつつある、そんな状況に陥ってしまっている。

 これは身から出た錆で、完全な自業自得だ。もっと周囲からどう見られるかということを注意して考えて行動するべきだった。
 ライラとの生活が快適で楽しくて、実験に夢中になり過ぎて、油断して警戒心が薄まりそこら辺の注意を怠り慎重な思慮深い行動を疎かにしてしまっていた。 

 私はもっと周囲の人達の目を気にして行動しなければいけなかった。
 研究室に閉じこもって研究だけしていても許される力もなく、磐石な立場でもないのに、煩わしさから面倒事から逃げ出してしまっていた。
 それでは何も守れないのに。失ってしまうだけなのに。
 自分の怠慢と愚かさと弱さのせいで自分で自分を窮地に陥れていた。
 本当の敵は他人ではなくて自分自身だ。

 自分自身の過ちに本人はなかなか気付けない。自分で自然に自覚して直すことが難しい。
 だから、他人からの指摘は本当に有難い。
 今までは孤児院長が私の過ちを指摘して改善を促してくれていた。
 社会に出たら誰も自分の過ちや悪い点、間違いを親切に教えてくれる人なんていない。
 自分の行いは全て自己責任だ。
 自分の行いは全て自分に返ってくる。
 


 自分の状況を客観的に分析して少し落ち着いてくると、冷静に思考が働くようになってきた。
 取り返しがつかないことを仕出かしてしまったと動揺したが、まだそこまで深刻な状況ではないはずだ。

 学園長は私にソファーに座るように勧めてお茶を出した。
 その真意は、これは叱責でも注意でもなく、ただの茶話の一つの話題に過ぎない、という形を示している。
 この話はまだ学園からの正式な注意勧告ではない。
 それならば今ならまだ挽回ができる状況ということだ。

 私のこの苦境を乗り越えるためには、助手を一刻も早く雇う必要がある。
 助手を雇えば、研究をせずにメイドと2人だけで研究費で贅沢三昧しているという誤解は解ける。
 研究室は完全な密室で中で何をしているか外からは窺い知ることができないが、助手が出入りしているだけで、多少は研究をしていると外部に示すことができる。
 助手からある程度の情報が外へ流れて、完全な密室ではなくなる。
 研究内容を漏らされては困るが、助手として仕事をして研究を手伝って報酬をもらっているということだけでも周囲に話してくれればいい。助手の仕事が大変だ、くらいの話は他人と普通にするだろう。
 私が研究を真面目にしていることを外部の人間が理解して納得してくれたらそれでいい。
 嘘を広めるわけでは無い。本当に真面目に真剣に研究しているというただの事実が正しく認識されるだけでいい。

 学園では研究成果を発表する「発表会」が年に一度開催されているが、それはまだ数ヶ月先のことだ。
 論文を公表するにしても、媒体の研究を終えるにはまだ時間がかかる。
 この問題を迅速に解決する手段として、私が助手を雇うという方法が一番手っ取り早い。

 悪い噂が広がる前にさっさと体裁を整えて、悪い噂を打ち消してしまわなくてはならない。


 私は取り返しのつかなくなる前に大切なことを教えてくれた学園長に感謝をして、早急に助手を雇うことを約束した。
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