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第4章 私はただ真面目に稼ぎたいだけなのに!
22 警戒 (ライラ視点)②
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ライラがルリエラに掛けるための布団を腕に掛けて寝室から出ると、ちょうど研究室の扉が開きアヤタが戻ってきた。
ライラはアヤタが助手になった最初の頃はアヤタを胡散臭くて怪しい奴だと警戒していた。
正直に言うと、助手の採用面接で見たアヤタには一瞬見惚れていた。
アヤタという青年は黄金のような金髪、この世界の月のような赤い瞳、エキゾチックな褐色の肌、非常に整った顔立ちの20代半ばのとても爽やかな笑顔を浮かべる真面目そうな雰囲気を醸し出している美形の好青年であり、ライラのこれまでの人生で見た男性の中で一番のイケメンだった。
しかし、正式に助手として採用されてルリエラから紹介されたとき、初めて違和感を感じた。
ライラに「これからよろしくお願いします」と爽やかで真面目そうな好青年が美形を最大限に活かした素敵な笑顔を浮かべながら丁寧に挨拶をしてくれた。そこに普通の女性ならば見惚れて気付かない僅かな違和感があった。アヤタの瞳の奥にはライラを品定めするような、値踏みするような、見定めるような、何とも言えない厳しくて冷たいものが潜んでいた。
ライラがそれに気付けたのは、ライラがアヤタの素敵な笑顔に顔を赤くして逆上せることなく、ルリエラのメイドとして自分の同僚でありながらも助手というただのメイドよりも身分が上の人間として緊張しながらアヤタに挨拶をしていたからだった。
これからの仕事仲間としてだけでアヤタを見ていて、異性としてアヤタを意識していなかったからライラは冷静さを失わず、笑顔に惑わされず、美形に騙されずにいられた。
ライラの中にどこかでそれまでのルリエラとの二人きりのそれなりに平和で幸せな生活を邪魔する存在のようにアヤタを感じて反発心が生まれ、敵として心の奥底では警戒していたおかげもあったのかもしれない。
だから、アヤタの違和感に気付けた。
見た目通りの爽やかで真面目な美形の好青年ではなく、それは偽りの姿だと直感した。
それはライラのただの勘でしかなく、何の確証も証拠も無い。しかし、一度そう感じてしまうと、アヤタのことが胡散臭くて怪しい男に思えてしまい、ライラは常にアヤタを警戒するようになった。
ルリエラからアヤタに暴漢から助けられたという話を聞いても、警戒心を薄めるどころか、逆に高めることになった。
ルリエラを助けたことも単なる偶然ではなく、何か裏があったのではないかと疑った。
アヤタには助手としてお金を稼ぐ目的だけではなく、他にもルリエラに近付こうとする理由があるのではないか、何かを企んでいるのではないかと怪しさが倍増しただけだった。
ライラは常に決してルリエラとアヤタを研究室という密室に二人きりにはしないように気を付けた。どうしても研究室で二人きりにしてしまう場合は急いで用事を済ませてなるべく早く研究室に戻るように最大限努めた。
ライラでは理術などの専門的な部分の手伝いはできない。理術は全く理解不能で意味不明だった。二人が何を話しているのか、使っている言葉は同じ言語だということは分かるのに、話の内容が理解できなかった。
ルリエラという理術師にとって助手としてのアヤタの必要性と有用性をライラは間近で接していて十分に理解できていた。
だから、アヤタを排除しようなどとは思わなかったが、それでもなかなか警戒心は薄れなかった。
ルリエラはライラの警戒心など露ほどにも気付かずどんどんアヤタを警戒しなくなっていったからだ。
アヤタに怪しいところは一切無い。真面目に助手として働き、助手として以上にルリエラを助けている。
ルリエラがアヤタを信頼するのは当然の結果だった。
ルリエラはアヤタに異性としての警戒心も一切持たず、まるで孤児院の仲間のように身内として、頼りになる兄貴分のように心許していった。
アヤタがルリエラに害をなすことも、損をさせることも、利用することもなく、時間が経つに連れてどんどん親身に過保護に接するようになっていった。
時間を共に過ごしていると、ときどき爽やかな笑顔を浮かべて、人当たりの良さそうな雰囲気を醸し出している美形の好青年の仮面が剥がれ、少し軽薄で酷薄な雰囲気を纏っている男という素の姿を覗かせることもある。
素の自分を見せるほどにアヤタもルリエラに気を許していると思うともう少しアヤタを信頼して警戒心を解いてもいいのではないかと思うときもあるが、やはりライラは完全にアヤタを信じることはできない。
アヤタにとってルリエラがどういう存在なのかが分からない内はやはり警戒を解くわけにはいかない。
ルリエラを守れるのは自分だけだとライラは自負していた。
ライラはもうアヤタを胡散臭くて怪しいルリエラにとって害になる恐れがある危険な存在とは思ってはいない。
しかし、あまりにもアヤタが助手という枠を越えてルリエラに対して親切過ぎるので別の警戒心を抱くようになった。
ルリエラは基本的にアヤタを助手としてしか見ていなくて、それを越えてまで何かを要求することはない。
身内のように信頼していても、一応理術師と助手という雇用関係は越えずに接している。
だが、アヤタは完全に単なる雇用関係を越えてルリエラに接している。
ただの雇用主や上司や認定理術師として以上の相手と想っていることが間近で第三者として外から見ていると本人達以上に分かってしまう。
アヤタはルリエラに馴れ馴れしいわけでも、図々しいわけでもない。
ただ、とてもルリエラを大切に想っていることが分かる。
なぜアヤタがそれほどまでにルリエラを大切に想っているのかが分からないことがライラに警戒心を抱かせる。
研究室に入ってきたアヤタはすぐにライラを見つけて爽やかな笑顔を浮かべて真面目そうに「ただいま戻りました」と挨拶してくれた。
ライラは自分の唇に布団を持っていない方の手の薬指を当てて「静かに」という合図を送る。
不思議そうな表情を浮かべて、それでもライラの指示に従い足音を立てないようにしてライラに近づいてきて、
「何かありましたか?」
と声を潜めてライラに心配そうに尋ねてきた。
ライラも同じように声量を最大限抑えてアヤタにルリエラが執務机で眠ってしまったことを伝えた。
アヤタはライラを置き去りにして足音を立てず、それでいて素晴らしい速歩きでさっさとルリエラの元へ向かって行った。
ライラも同じように足音を立てないようにぎこち無く静かに歩きながらアヤタの後を追う。
ライラがルリエラの元へ辿り着いたとき、アヤタはいつもの爽やかで真面目そうな様子ではなく、素顔の軽薄で酷薄な雰囲気のある姿でありながら、顔には真剣にルリエラを心配する表情を浮かべてルリエラの隣に立ちルリエラの顔を覗き込みながらルリエラの様子を確かめていた。
ルリエラが本当にただ眠っているだけということを確かめるとアヤタは安堵した表情を浮かべた。
ライラがアヤタにルリエラに布団を掛けたいからそろそろ退いてほしいと伝えようかと思ったとき、アヤタがしゃがみ込んでルリエラに抱きついた。
「な、何をしているんですか!?」
ライラは驚きのあまりそれまでの配慮を忘れて大きな声でアヤタに叫んだ。
アヤタはそんなライラの声が聞こえないかのように我関せずという態度のまま、気付けばルリエラを縦抱きにして抱き上げている。
「このままここに寝かしてはおけない。俺が寝室まで運ぶ」
アヤタは軽々とルリエラを抱き上げながら、ルリエラの頭を載せている自身の右肩とは逆の左側に首を向けながらライラにきっぱりとそれだけを告げてライラの横を通りすぎていった。
ライラは一瞬状況を理解できず、呆然とルリエラを抱いたアヤタを見送ってしまったが、すぐに現状を理解して足音を立てて慌てて走りながらアヤタの後を急いで追う。
すぐにアヤタに追い付き、アヤタの横からアヤタの肩に載っているルリエラの顔を見る。机にうつ伏せの体勢は苦しかったのか、ルリエラは先程よりも気持ち良さそうな顔をして寝ている。
起きる様子が無いことにひとまず安堵しながら、ルリエラはアヤタを追い越して、両手が塞がっているアヤタの為にルリエラの寝室の扉を開けてルリエラを抱き上げているアヤタを中へ入れた。
アヤタのその手はとても慎重で、まるで壊れ物を扱うかのようだ。脆くて儚い大切な宝物に触れるかのような手つき。それはまるで騎士が高貴なお姫様に触れるかのようだ。
ライラがルリエラを抱き上げたならもっと強い手つきになってしまう。そんなに丁寧に慎重な手つきにはならない。
ルリエラを乱暴に粗雑に扱う気は無いが、もっとしっかりと力を込めて触れる。壊れ物のように慎重には触れない。
ライラはルリエラがそんなに弱いとは思っていない。ライラにはルリエラを繊細なガラス細工のような貴重品のようには思えない。
苦しくないように、傷つけないように、落とさないように、起こさないように、そっと優しく、それでいて力強い少し乱暴な手付きになるだろう。
アヤタの手付きには恐る恐るという危なげな様子は無い。一般的な成人男性の力があれば、小柄で華奢なルリエラを抱きかかえるのは余裕そうだ。
男性にしては細身で優男のような見た目だが、とても軽々と危なげなくルリエラを抱きあげている。見かけによらずアヤタは力持ちのようで落とす心配は一切する必要は無さそうだ。
アヤタは躊躇せずに堂々と寝室へ入り、ベッドの上にゆっくりと丁寧にそっと静かにルリエラを横たえる。
そこには全く怪しい動きは介在していない。
変な下心も異性への関心も見当たらない。
しっかりと落とさないように、それでいて起こさないように気を付けている。
とても高価で壊れやすい脆くて繊細で貴重なものを扱うかのような仕草。
その手付きはひどく優しく柔らかで温かだ。
表情はいつも浮かんでいる爽やかな笑顔でも、ときどき浮かべる素の軽薄そうな笑顔でもなく、真剣でありながらも穏やかで優しい眼差しであり、初めて見る顔だった。
アヤタがルリエラに向ける目には恋愛対象に向ける熱さや甘さは無い。
その目には穏やかさと優しさと慈しみが込められているように見える。
ルリエラをベッドへ慎重に確実に降ろし終えたアヤタはすぐに寝室から出ていこうとしたが、ライラはアヤタを呼び止めた。
そして、アヤタに少しルリエラの体を支えてもらい、ケープと上着だけを脱がした。
ケープだけは替えが無いので、どうしても脱がして皺にならないようにしなければならない。ライラ一人ではルリエラの体を支えながらケープを脱がすことは難しい。上着はついでだった。
その後はアヤタに寝室から出てもらい、ライラ一人でルリエラの靴を脱がし、ブラウスのボタンを上から二つだけ外し、一度持ち出した布団をルリエラに掛けた。
ライラは幸せそうに安らかに眠るルリエラの頭を再びそっと撫でて、「よい夢を」と静かに告げて、足音を立てずに部屋を出る。
寝室を出るライラのアヤタへの警戒心は寝室に入る前に比べてほんの少しだけ薄れていた。
ライラはアヤタが助手になった最初の頃はアヤタを胡散臭くて怪しい奴だと警戒していた。
正直に言うと、助手の採用面接で見たアヤタには一瞬見惚れていた。
アヤタという青年は黄金のような金髪、この世界の月のような赤い瞳、エキゾチックな褐色の肌、非常に整った顔立ちの20代半ばのとても爽やかな笑顔を浮かべる真面目そうな雰囲気を醸し出している美形の好青年であり、ライラのこれまでの人生で見た男性の中で一番のイケメンだった。
しかし、正式に助手として採用されてルリエラから紹介されたとき、初めて違和感を感じた。
ライラに「これからよろしくお願いします」と爽やかで真面目そうな好青年が美形を最大限に活かした素敵な笑顔を浮かべながら丁寧に挨拶をしてくれた。そこに普通の女性ならば見惚れて気付かない僅かな違和感があった。アヤタの瞳の奥にはライラを品定めするような、値踏みするような、見定めるような、何とも言えない厳しくて冷たいものが潜んでいた。
ライラがそれに気付けたのは、ライラがアヤタの素敵な笑顔に顔を赤くして逆上せることなく、ルリエラのメイドとして自分の同僚でありながらも助手というただのメイドよりも身分が上の人間として緊張しながらアヤタに挨拶をしていたからだった。
これからの仕事仲間としてだけでアヤタを見ていて、異性としてアヤタを意識していなかったからライラは冷静さを失わず、笑顔に惑わされず、美形に騙されずにいられた。
ライラの中にどこかでそれまでのルリエラとの二人きりのそれなりに平和で幸せな生活を邪魔する存在のようにアヤタを感じて反発心が生まれ、敵として心の奥底では警戒していたおかげもあったのかもしれない。
だから、アヤタの違和感に気付けた。
見た目通りの爽やかで真面目な美形の好青年ではなく、それは偽りの姿だと直感した。
それはライラのただの勘でしかなく、何の確証も証拠も無い。しかし、一度そう感じてしまうと、アヤタのことが胡散臭くて怪しい男に思えてしまい、ライラは常にアヤタを警戒するようになった。
ルリエラからアヤタに暴漢から助けられたという話を聞いても、警戒心を薄めるどころか、逆に高めることになった。
ルリエラを助けたことも単なる偶然ではなく、何か裏があったのではないかと疑った。
アヤタには助手としてお金を稼ぐ目的だけではなく、他にもルリエラに近付こうとする理由があるのではないか、何かを企んでいるのではないかと怪しさが倍増しただけだった。
ライラは常に決してルリエラとアヤタを研究室という密室に二人きりにはしないように気を付けた。どうしても研究室で二人きりにしてしまう場合は急いで用事を済ませてなるべく早く研究室に戻るように最大限努めた。
ライラでは理術などの専門的な部分の手伝いはできない。理術は全く理解不能で意味不明だった。二人が何を話しているのか、使っている言葉は同じ言語だということは分かるのに、話の内容が理解できなかった。
ルリエラという理術師にとって助手としてのアヤタの必要性と有用性をライラは間近で接していて十分に理解できていた。
だから、アヤタを排除しようなどとは思わなかったが、それでもなかなか警戒心は薄れなかった。
ルリエラはライラの警戒心など露ほどにも気付かずどんどんアヤタを警戒しなくなっていったからだ。
アヤタに怪しいところは一切無い。真面目に助手として働き、助手として以上にルリエラを助けている。
ルリエラがアヤタを信頼するのは当然の結果だった。
ルリエラはアヤタに異性としての警戒心も一切持たず、まるで孤児院の仲間のように身内として、頼りになる兄貴分のように心許していった。
アヤタがルリエラに害をなすことも、損をさせることも、利用することもなく、時間が経つに連れてどんどん親身に過保護に接するようになっていった。
時間を共に過ごしていると、ときどき爽やかな笑顔を浮かべて、人当たりの良さそうな雰囲気を醸し出している美形の好青年の仮面が剥がれ、少し軽薄で酷薄な雰囲気を纏っている男という素の姿を覗かせることもある。
素の自分を見せるほどにアヤタもルリエラに気を許していると思うともう少しアヤタを信頼して警戒心を解いてもいいのではないかと思うときもあるが、やはりライラは完全にアヤタを信じることはできない。
アヤタにとってルリエラがどういう存在なのかが分からない内はやはり警戒を解くわけにはいかない。
ルリエラを守れるのは自分だけだとライラは自負していた。
ライラはもうアヤタを胡散臭くて怪しいルリエラにとって害になる恐れがある危険な存在とは思ってはいない。
しかし、あまりにもアヤタが助手という枠を越えてルリエラに対して親切過ぎるので別の警戒心を抱くようになった。
ルリエラは基本的にアヤタを助手としてしか見ていなくて、それを越えてまで何かを要求することはない。
身内のように信頼していても、一応理術師と助手という雇用関係は越えずに接している。
だが、アヤタは完全に単なる雇用関係を越えてルリエラに接している。
ただの雇用主や上司や認定理術師として以上の相手と想っていることが間近で第三者として外から見ていると本人達以上に分かってしまう。
アヤタはルリエラに馴れ馴れしいわけでも、図々しいわけでもない。
ただ、とてもルリエラを大切に想っていることが分かる。
なぜアヤタがそれほどまでにルリエラを大切に想っているのかが分からないことがライラに警戒心を抱かせる。
研究室に入ってきたアヤタはすぐにライラを見つけて爽やかな笑顔を浮かべて真面目そうに「ただいま戻りました」と挨拶してくれた。
ライラは自分の唇に布団を持っていない方の手の薬指を当てて「静かに」という合図を送る。
不思議そうな表情を浮かべて、それでもライラの指示に従い足音を立てないようにしてライラに近づいてきて、
「何かありましたか?」
と声を潜めてライラに心配そうに尋ねてきた。
ライラも同じように声量を最大限抑えてアヤタにルリエラが執務机で眠ってしまったことを伝えた。
アヤタはライラを置き去りにして足音を立てず、それでいて素晴らしい速歩きでさっさとルリエラの元へ向かって行った。
ライラも同じように足音を立てないようにぎこち無く静かに歩きながらアヤタの後を追う。
ライラがルリエラの元へ辿り着いたとき、アヤタはいつもの爽やかで真面目そうな様子ではなく、素顔の軽薄で酷薄な雰囲気のある姿でありながら、顔には真剣にルリエラを心配する表情を浮かべてルリエラの隣に立ちルリエラの顔を覗き込みながらルリエラの様子を確かめていた。
ルリエラが本当にただ眠っているだけということを確かめるとアヤタは安堵した表情を浮かべた。
ライラがアヤタにルリエラに布団を掛けたいからそろそろ退いてほしいと伝えようかと思ったとき、アヤタがしゃがみ込んでルリエラに抱きついた。
「な、何をしているんですか!?」
ライラは驚きのあまりそれまでの配慮を忘れて大きな声でアヤタに叫んだ。
アヤタはそんなライラの声が聞こえないかのように我関せずという態度のまま、気付けばルリエラを縦抱きにして抱き上げている。
「このままここに寝かしてはおけない。俺が寝室まで運ぶ」
アヤタは軽々とルリエラを抱き上げながら、ルリエラの頭を載せている自身の右肩とは逆の左側に首を向けながらライラにきっぱりとそれだけを告げてライラの横を通りすぎていった。
ライラは一瞬状況を理解できず、呆然とルリエラを抱いたアヤタを見送ってしまったが、すぐに現状を理解して足音を立てて慌てて走りながらアヤタの後を急いで追う。
すぐにアヤタに追い付き、アヤタの横からアヤタの肩に載っているルリエラの顔を見る。机にうつ伏せの体勢は苦しかったのか、ルリエラは先程よりも気持ち良さそうな顔をして寝ている。
起きる様子が無いことにひとまず安堵しながら、ルリエラはアヤタを追い越して、両手が塞がっているアヤタの為にルリエラの寝室の扉を開けてルリエラを抱き上げているアヤタを中へ入れた。
アヤタのその手はとても慎重で、まるで壊れ物を扱うかのようだ。脆くて儚い大切な宝物に触れるかのような手つき。それはまるで騎士が高貴なお姫様に触れるかのようだ。
ライラがルリエラを抱き上げたならもっと強い手つきになってしまう。そんなに丁寧に慎重な手つきにはならない。
ルリエラを乱暴に粗雑に扱う気は無いが、もっとしっかりと力を込めて触れる。壊れ物のように慎重には触れない。
ライラはルリエラがそんなに弱いとは思っていない。ライラにはルリエラを繊細なガラス細工のような貴重品のようには思えない。
苦しくないように、傷つけないように、落とさないように、起こさないように、そっと優しく、それでいて力強い少し乱暴な手付きになるだろう。
アヤタの手付きには恐る恐るという危なげな様子は無い。一般的な成人男性の力があれば、小柄で華奢なルリエラを抱きかかえるのは余裕そうだ。
男性にしては細身で優男のような見た目だが、とても軽々と危なげなくルリエラを抱きあげている。見かけによらずアヤタは力持ちのようで落とす心配は一切する必要は無さそうだ。
アヤタは躊躇せずに堂々と寝室へ入り、ベッドの上にゆっくりと丁寧にそっと静かにルリエラを横たえる。
そこには全く怪しい動きは介在していない。
変な下心も異性への関心も見当たらない。
しっかりと落とさないように、それでいて起こさないように気を付けている。
とても高価で壊れやすい脆くて繊細で貴重なものを扱うかのような仕草。
その手付きはひどく優しく柔らかで温かだ。
表情はいつも浮かんでいる爽やかな笑顔でも、ときどき浮かべる素の軽薄そうな笑顔でもなく、真剣でありながらも穏やかで優しい眼差しであり、初めて見る顔だった。
アヤタがルリエラに向ける目には恋愛対象に向ける熱さや甘さは無い。
その目には穏やかさと優しさと慈しみが込められているように見える。
ルリエラをベッドへ慎重に確実に降ろし終えたアヤタはすぐに寝室から出ていこうとしたが、ライラはアヤタを呼び止めた。
そして、アヤタに少しルリエラの体を支えてもらい、ケープと上着だけを脱がした。
ケープだけは替えが無いので、どうしても脱がして皺にならないようにしなければならない。ライラ一人ではルリエラの体を支えながらケープを脱がすことは難しい。上着はついでだった。
その後はアヤタに寝室から出てもらい、ライラ一人でルリエラの靴を脱がし、ブラウスのボタンを上から二つだけ外し、一度持ち出した布団をルリエラに掛けた。
ライラは幸せそうに安らかに眠るルリエラの頭を再びそっと撫でて、「よい夢を」と静かに告げて、足音を立てずに部屋を出る。
寝室を出るライラのアヤタへの警戒心は寝室に入る前に比べてほんの少しだけ薄れていた。
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